第81話
新選組屯所 道場--
一番隊の撃剣の稽古が始まっていた。
いつもの如く総司の表情は険しい。道場の中央では二人の一番隊士が撃ち合っていた。
気合いの声が響く。
その稽古を、道場の外からそっと覗く男がいた。
九郎である。
礼庵に頼まれて、総司の様子を見に来たのだった。
門番は最初九郎を追い返そうとしたが、礼庵の名前を聞いた途端、すんなりと中へ入れた。
そして、たまたま道場から声がするので、覗いたというわけである。
九郎「(この二人なら…いけそうだな…)」
勝負がついた。二人が頭を下げて引いた時、総司が前に進み出た。
総司「…中條君、久しぶりにやりましょうか。」
中條が上ずった声で返事をした。九郎はその声を聞いて、思わず吹き出す。
九郎「(なんだあいつ。体の割に肝っ玉ちいせえんだな。)」
しかし、撃ち合いを始めた二人を見るうちに、九郎の顔が徐々に険しくなってくる。
さっきの二人と迫力が違う。周囲の隊士達も、息を呑んで見つめていた。
九郎「(あれが…沖田総司か…!新選組の鬼…!)」
礼庵のことを頼む…と言ったときの総司と同じ人物には、とても見えなかった。
九郎「(…やっぱり断ってよかったな…。この二人にはかなわねぇ…)」
九郎はそう素直に思った。今まで打ち破ってきた道場とは、何か違う迫力がある。
九郎「(…こいつらは命張ってるからな…。他の道場のように、いばってりゃ飯が食えるわけじゃねぇし…。迫力が違うのも当たり前か。)」
やがて、中條が竹刀を叩き落とされて、撃ち合いは終わった。
その時、九郎は思わず拍手をしてしまった。
それを聞いた隊士達が、そろって九郎の方を向いた。
「誰だっ!?」
「不審な奴…!」
九郎「…しまった…」
緊張が走ったその時、中條の気の抜けるような声が響いた。
中條「あーーーっ!九郎さんだあああっ!来てくれたんですねっ!?」
その中條の声に、総司が嬉しそうに目を見開いた。ざわめきたっていた隊士達が一様に目を丸くする。
九郎は思わず後ずさりした。
中條は面をかなぐり捨てると、道場の外に出て来た。
中條「九郎さんっ!どうぞ入って下さい!」
九郎「違うっ!俺は礼庵先生に頼まれて、沖田どのの様子を見に来ただけなんだっ!」
中條「またまたそんなことを言って…。」
九郎が逃げ出した。
中條が総司をふと見ると、総司がにこにこと微笑んでうなずいた。
中條は九郎を追いかけた。
しかし、中條が門から出たときには、もう九郎の姿はなかった。
中條「…逃げ足早いなぁ…。」
その時、総司がでて来た。
総司「また逃げられましたか。」
中條「はい、申し訳ありません。」
総司「礼庵殿に頼まれてと言っていましたね…」
中條「はい…」
実は礼庵に、非番の日をまだ伝えていなかったのだ。
総司「(もう少し…体を整えてからにしたい…)」
総司はまだ、想い人に会うことに躊躇していた。




