第77話
礼庵の診療所 夜--
総司は、縁側に座り、おぼろ月を見上げていた。
静かな夜だった。
礼庵が現れた。
肩に薄い羽織をかけた姿で立っている。
月明かりに浮かんだその姿を見ると、昼間見るものとは全く違うような雰囲気だった。
礼庵は「冷えるから…」と言って、自分が来ていた羽織を総司の肩にかけた。
柔らかい風が総司の頬にかかる。
総司「…ありがとう…」
礼庵「眠れないのですか?」
総司「ええ・・昼間、寝過ぎました。」
少し、顔をみないようにして総司が笑いながら言った。
礼庵も笑って、総司から少し離れて座った。
礼庵「今日は、おぼろ月夜だな。明日は雨ですか…」
総司「…ええ…」
しばらく沈黙する。
遠くで呼子の音がかすかにした。長く尾を引いている。
総司「…どこの隊だろう?…また出動したのかな…」
総司が眉をしかめる。
総司「一番隊は出さないでくれって土方さんに頼んでおいたけど…そうじゃないだろうな・・」
心優しい若い組長の姿がそこにあった。礼庵は「違いますよ。きっと。」と言った。もちろん根拠も何もない。
総司「…だといいけれど…」
そう言って、総司は目を伏せる。
総司「…巡察にまで出られなくなったら…もうおしまいですね。」
礼庵「…昼間のことを気にしておいでですか?」
総司「少し休むだけのつもりが、とっくに巡察の時間を超えていた…。不覚でした。」
礼庵「それだけ、疲れておいでだったんです。そんな時は、無理をしないのが一番です。」
総司「…私…痩せましたか?」
礼庵は総司のその突然の言葉にどきりとした。誰に言われたのだろうと思った。
確かに少しずつ総司が痩せているように礼庵も感じていた。覇気も薄れてきている。
礼庵「そうですね。またわがまま言って、食べていないでしょう?」
そう言って笑って見せた。真面目に答えるのが怖かったのだ。
総司「わかりますか?」
総司も笑って答えた。礼庵はその笑顔を見て、少しほっとしながら言った。
礼庵「なんでも食べないといざという時に動けなくなります。総司殿のようなお務めをなさっている方は特にいろんなものを食べないと…。」
総司「あなたが医者であることに甘えて言うのですが…このところ食欲がないのです。」
礼庵「!…」
礼庵は息を止めた。
総司「だんだん、体力も落ちてきました。咳をする時間も長くなってきた。…いつまでこの務めを続けていけるのか、自分でも自信がありません。」
礼庵「総司殿…」
総司「…今、想い人殿に会うのが怖いのですよ…弱っていく自分を見せるのが。あまり会えない分、私の体の変化を悟られるような気がして…」
礼庵「……」
総司「…いつまで、あの人と会うことができるだろう…。」
礼庵は何も答えられなかった。
総司は体力が落ちている分、気力も落ちている…と礼庵は感じた。
医者であることもそうだが、友人としての真価を問われているような気がした。




