第76話
礼庵の診療所--
土方が診療所へあわただしく入っていくと、婆はその場に手をつき、土方を出迎えた。
土方は、そんな婆に丁寧に頭を下げた。
土方「新選組の土方と言います。…総司はいますか?」
婆は土方を総司の寝ている部屋へ案内した。
部屋の前まで来ると、礼庵と総司が言い争うような声が聞こえてきた。
障子をあけようとする婆を、土方が手を上げて制した。
「そんなご様子では無理です!」
「・・でも、もう巡察の時間なんです」
「中條さんがちゃんとご報告なさっていますから、今日はお休みになった方が…」
「…礼庵殿…頼みますから、手を離してください。いかなければ…」
「だめです。行かせませんからね。」
「強情な人だなぁ、あなたは!」
「強情はどっちです!?」
土方は思わず部屋の前で大声で笑った。
突然、部屋の中が静まりかえった。
土方が笑いながら、婆にうなずいた。婆が恐る恐る障子を開くと、中でつかみ合うようにしている礼庵と総司が目を丸くして土方の方を見ていた。
土方「…取り込み中、すまぬ。…入っていいかな?」
礼庵はあわてて、居住まいを直してひれ伏すように両手をつき、頭を下げた。
土方「ここは、あんたの診療所だ。そういうのはよしにしよう。」
礼庵は、赤い顔を上げた。
礼庵「どうも、お見苦しいところを…」
土方「いや、この総司が悪いんだ。」
土方が礼庵にそう言いながら、総司へ目を向けた。
土方「医者のいうことは聞くもんだぞ、総司。」
総司は何かふてくされている。
礼庵「…私は、席をはずさせていただきます。」
土方「うむ…すまんな。」
礼庵は再び頭を下げて、部屋を出て行った。
土方「…あまり手こずらせるな。そのうち、見捨てられるぞ。」
土方がそう言うと、総司は憮然とした表情で壁を睨んでいる。
しばらくの沈黙ののち、総司が口を開いた。
総司「…巡察は?」
土方「そのまま伍長に権限を持たせて行かせた。…おまえはちょっと他の用事ができたと言ってな。」
総司「それじゃ、完全にばれてるじゃないですか。」
土方「そうか?…まぁ、おまえが鍛えた一番隊だ。長が1日いないくらい、大丈夫だろう。」
総司「……」
(自分がいなくても一番隊は大丈夫だという意味だろうか…)と総司はふと思った。
しかし、それを口に出すのが怖かった。
土方「…最近、またおまえに無理をさせてしまったからな…。」
総司「私だけじゃありません。一番隊全員が無理をしてるんです。…できたら、皆も休ませてやって欲しかったな。」
土方「まぁ、そう言うな。また、まとまった休みをやる。」
総司「……」
それは信用できない…と総司は思ったが、これも口に出さなかった。
土方「…最近、想い人に会ってないのか?」
総司「そんな暇はありませんでしたからね…。」
土方「そうだな…」
二人はしばらく沈黙した。何かよどんだ空気がそこにあった。
土方「…とにかく、おまえは一晩、ここで寝かせてもらえ。屯所では気も休まらんだろう?」
総司「今夜、一番隊を出動させないと約束してくださるのなら、仰せのとおりにいたします。」
土方「わかった、わかった…。…出動させんよ。だから、気にせず休め。」
総司は「はい」と答え、やっと子供のような笑顔を見せた。




