第75話
新選組 屯所-
中條は、帰ってくるとすぐに総司の部屋へ向かった。
そして部屋の前で座り、呼吸を整えてから、中へ呼びかけた。
中條「沖田先生…中條です。今、戻りました。」
中から返事がない。
中條「…?沖田先生?」
何度も呼んでみるが、音一つしなかった。不思議に思った中條は失礼だとは思いながらも、そっとふすまを開いてみた。
中條「…?いない…?」
総司がいないのである。あわてて、大部屋の方へ行ってみたがいなかった。
中條「局長か副長とお話をされているのかな?」
そう思ったとき、いきなり背中から声をかけられた。
土方「おい、中條」
中條「!???????」
土方「どうした?何目をひんむいてやがる?」
中條「い、いえ…何も…」
土方「総司を知らんか?昼頃から姿が見えんのだが…。」
中條「…え?…」
中條は、脇の下に脂汗が流れるのを感じた。
中條「昼間は…外でお会いしたのですが…そのまま…」
土方「外に?…いったいどこへ行ったんだろうな…。帰ってきたら、私が呼んでいると伝えてくれ。」
中條「はい…」
中條は頭を上げて、土方を見送った。
中條(もしかして、あのままお戻りになっていない…?)
中條は冷や汗が体中から吹き出すのを感じた。やはり、あのときそのまま一緒に屯所に戻ればよかったと、今になって後悔した。
しかし、後悔している暇はなかった。
中條は慌てて外へ飛び出した。
……
京の町中-
中條は、総司が咳込んでいた路地に入った。
しかし、いるわけはない。あれから大分時間がたっている。
中條「(またどこかへ行かれたのだろうか?)」
中條は途方にくれたが、やがて「あっ」と声を上げた。
中條「礼庵先生のところへ行っておられるのかも!」
中條は、礼庵の診療所へ向かった。
……
礼庵の診療所-
中條が息を切らせて、診療所へ入ると、婆が玄関を掃除していた。
婆「まぁ、中條はん…」
中條「沖田先生は、こちらにこられてますか?」
婆「へえ。奥の部屋でよお寝てはります。」
中條は思わず玄関の敷台に両手をつき、ほーっと息をついた。
中條「よかったぁ…」
婆「まぁ…なんや、中條はんも疲れてはりますな。」
中條「いえ、先生を探していたので…。それで、先生の具合は?」
婆「それが…青い顔して入ってこられましてな。少し休ませて欲しいって…。で、奥の部屋に床を敷いてご案内したんどすけど…。すぐに寝入ってしまわれて…。」
中條「礼庵先生は?」
婆「それが、往診中なんどす。もうすぐ帰って来はるはずどすけど・・。」
中條は敷台に腰を下ろして、どうしようかと悩んだ。
土方が呼んでいるが、すぐに連れていくわけにはいかない。かと言って、総司が起きるのを待っていても、いつになるかわからないのである。
一番隊の巡察の時間も近づいているが、正直、総司を歩かせたくないと中條は思っていた。
中條は立ちあがって婆に向いた。
中條「あの…沖田先生をよろしくお願いいたします。僕、屯所へ沖田先生のことを報告に帰りますので。」
婆「へえ。…でも、起きはったらどうします?…屯所へすぐに戻ってもらった方がいいんどすやろか?」
中條「いえ…!今日はこちらでお休みになられた方がいいと思うのですが…。副長の許可をいただいてきますので、それまでここで待ってもらっててください。」
婆「へえ。承知しました。」
中條は婆に丁寧に頭を下げると、屯所へ足早に向かった。
…しばらく歩いたところで、角から礼庵が出てきた。後には九郎が控えている。
中條「先生!」
礼庵「中條さん!…こんなところでどうしました?…もしかして、私を尋ねてこられたのでしょうか?」
中條「いえ…実は沖田先生が…」
中條はこれまでの総司のことを礼庵に話した。
…
昼間、長い間咳込んでいたこと。
今、診療所で眠っていること。
最近、出動が多くて、あまり休んでいないこと…。
…
礼庵「…そうでしたか…とにかく、様子を見に行きます。」
中條「お願いします。」
礼庵が厳しい顔をして走り出した。九郎も中條に目礼して追いかけた。
中條は急いで屯所へ向かって走り出した。
中條が土方に総司のことを報告すると、土方の顔が険しくなった。
土方「わかった…すぐに診療所へ行く…。…おまえは巡察の用意だ。総司は別の用ができたからと、伍長に伝えてくれ…。決して、具合が悪いなどと言うんじゃないぞ。」
中條「はい」
黙っていても、皆わかっているのに…。と中條は思ったが、まさかそれを土方に言えない。
土方は、身支度を整えると、あわてて屯所を飛び出して行った。




