第71話
町外れの集落--
中條が礼庵を伴って、集落に戻ってきた。
さっきまで洗濯をしていた子ども達は、目を見開いて、薬箱を持った礼庵を見上げている。
礼庵「(…こんな集落があったとは…知らなかった)」
中條は礼庵を気遣いながら、集落の奥へ入っていく。
そして、ある家の前に立ち、外から声をかけた。
中條「先生…礼庵先生をお連れしました。」
中から総司の返事がした。
中條は「失礼します」と言って、引き戸を開けた。
そこには、寝かされた赤ん坊の傍にいる総司の姿があった。
母親と子どもも一緒にいる。
中條は総司が許してもらえたことを悟った。
総司「礼庵殿…この赤ん坊です。」
礼庵「承知しました。…母上殿失礼しますよ。」
礼庵は柔和な微笑を母親に送った。母親はその礼庵の表情を見て、安心したような顔をした。
礼庵は、赤ん坊のそばに座り首元に両手を差し入れた。
礼庵「…ひどい熱だな。」
そう言って診察を始めた。咳は出るか、ひきつけをおこさなかったかなど、母親に尋ねている。
やがて、診察を終えると、濡らした手ぬぐいをいくつか持ってこさせて、赤ん坊の両脇や両足のももにさし入れた。
そのてきぱきとした行動に、総司は感心の目で礼庵を見ていた。医者だから当たり前なのだろうが、今まで自分以外を診察したところを見た事がなかったのだ。
礼庵「薬を置いておきます。また明日参りますので。」
礼庵がそう言うと、母親がさっき総司からもらった金を差し出そうとした。
思わず総司がそれを止めて、総司が懐に手を差し入れた。そして、それを礼庵が手で制した。
礼庵「お金は受け取りません。総司殿のお知り合いとなればなおさらのこと。」
礼庵がそう言って微笑んだ。
総司は、驚いた表情で礼庵を見返している。そして礼庵は、にこにことして子供に向いて言った。
礼庵「君だね、総司殿に石を投げつけたのは。」
子供は顔を赤くしてうつむいた。
礼庵「この人でよかったんだよ。運が悪けりゃ、これじゃ済まなかった。闇雲に人に石を投げたりしたらだめだよ。君の命が危ない。」
子供がうなずいた。
総司「礼庵殿…説教までは頼んでいないんですが。」
中條が後ろでぶっと吹いた。礼庵は「これは失礼」と言って笑った。
子供も一緒になって、大声で笑い出した。
そして母親は…袂の端でそっと涙をぬぐっていた。




