第66話
九郎は身じろぎもしなかった。
九郎「…斬ったか?」
中條「…そのつもりですが…」
九郎は目を開くと、首に手を当てた。
九郎「…斬られてないぞ?」
中條が笑った。
中條「負けましたよ。あなたを信じます。」
九郎「?」
中條「僕は屯所にもどらなくちゃいけないので、これで。もし2度と会えなければ、僕が切腹になったと思ってください。では!」
中條はそう言って、走り去って行った。
九郎はしばらくぽかんとしていたが、はっとして立ちあがろうとした。
九郎「待て!おめえが切腹にならねぇように、俺が一緒に…」
しかし九郎は立てなかった。…腰が抜けてしまっていたのである。
……
新選組屯所 総司の部屋-
中條は門限に遅れて帰ってきたが、それを土方に咎められる事はなかった。
総司が先に、土方から許しを得ていたのである。
中條は、総司の部屋へ入った。
総司「お帰りなさい。」
総司が穏やかな表情で中條を迎えた。
総司「九郎という人は、どうでしたか?」
中條「まず、大丈夫だと思います。「信用できない」と言ったら「じゃぁ、ここで斬れ」と座り込んでしまわれて…。」
総司「…うむ…」
中條「斬るふりをしても、身じろぎもしませんでした。」
総司「よほどのたぬきか…本当に何もないのか…。中條君は、どう思いましたか?」
中條「大丈夫だと思います。先生に頼まれました通り、新選組に入ってはどうかと誘ってみたんでしたが断られました。」
総司「…なんと言って断ったのですか?」
中條「自分は、集団生活には合わないといっていました。独りで自由にしているのがいいのだと。」
総司「…もし、何かを企んでいるのなら、飛びついてくるはずだと思ったんですが…。本当に何もない人なのかもしれませんね。」
中條「自分もそうだと思います。」
総司「わかりました。…ありがとう、中條君。…安心しました。」
中條は頭を下げ、部屋を出た。
……
中條「…いったい、なんのために京へ出て来たのだろう?」
廊下を歩きながら、中條はふと呟いた。
九郎に思想がないとすれば、いったいなんのために、京へ出て来たのか…。
そして、どうして礼庵の用心棒になろうと思ったのだろう。
お金を稼ぐためなら、もっと効率のいい職があるだろう。
そう、新選組に入るとか。
しかし、中條が誘ったとき、九郎はもろに嫌な表情をした。
『集団生活は嫌いなんだ。自分の好きな時に起きて、好きなだけ飯が食えればいいんだ。』
その九郎の言葉を聞いた時、中條はふと不安を感じた。
九郎のような男は、お金がもらえるならば、誰にでもつくのではないか…と。
中條「いつかは敵になるかもしれない…」
そう思った。




