第65話
九郎の長屋の近く-
九郎と中條は、自分たちの足元に倒れている男たちを見下ろしていた。
皆、うめき声を上げているが、血はない。
九郎も中條も、峰うちにしたのだった。
九郎「やるなぁ、おめえ…。」
中條「九郎さんも。」
2人は微笑んで顔を見合わせ、歩き出した。
九郎「おめえ…あれだけ飲んで酔ってないところをみると、俺を警戒していたのか?」
中條「お互い様でしょう」
九郎は一瞬目を見開いたが、やがて哄笑した。
九郎「酔ったふりをしたのが無駄だったわけだ。」
中條も一緒に笑ったが、やがて真顔になって立ち止まった。
九郎「?どうした?」
中條「お聞きしたい事があります。」
九郎「…なんでぇ、怖い顔して…?」
中條「…どうして礼庵先生の用心棒を?」
九郎「命の恩人だからよ。」
中條「命の恩人?」
九郎「道場破りもやり尽くして食えなくなってよ。道の真中でぶっ倒れてたら、あの女が声をかけてきた。」
中條「…女性って知ってるんですか?」
九郎「わからないわけないだろう。どんな色男でも、あそこまで線の細い奴はいねぇ。」
中條「礼庵先生に近づいて何をするつもりです?」
九郎「…何?」
中條「…僕は、あなたを信用できない。」
中條は、刀に手をかけていた。
九郎はそれを見て驚いた顔をした。
九郎「やろうってのか?」
中條「あなたが何も企んでいないと証明するまで、信用できません。」
九郎は頭を掻いた。
九郎「…参ったなぁ…証明しろったって…」
中條「……」
中條は黙って、刀に手をかけたまま九郎を睨みつけている。
九郎「わかったよ。じゃぁ、斬れよ。」
中條「!?」
九郎「めんどくせえから、斬ってくれ。その方がおめえもすっきりするだろう?」
九郎はそう言うと刀を鞘ごと抜いて、中條の足元にほおり投げた。そして、その場にあぐらをかいて座った。
九郎「そのかわり、ひと思いにやってくれよ。痛えのは嫌だからよ。」
九郎はそう言って、腕組みをして目を閉じた。
その堂々とした様子に中條はためらったが、やがて刀を抜いた。
中條「…じゃぁ、ひと思いにいきますよ。」
中條は、九郎の後に回った。
九郎は片目をあけて、中條に尋ねた。
九郎「…おめえ、介錯の経験はあるのか?」
中條「ええ。一度だけですが。」
九郎「なら、結構。」
九郎は、再び目を閉じた。
その時、暮六つの鐘が響いた。
中條は、はっとして空を見上げた。
中條「いけない…暮六つだ。帰らなきゃ。」
九郎「え?」
九郎は目を開いた。
九郎「なんだよ、それ?」
中條「一般隊士は、暮六つに屯所へ戻らなければならないんです。」
九郎「戻らねばどうなる?」
中條「切腹です。」
九郎「はあ??」
九郎はしばし目を見開いていたが、大笑いした。
九郎「じゃぁ、早くやっちまえ。おめえさんが、切腹になっちまったら気の毒だ。」
九郎はそう笑いながら、再び目を閉じた。
中條はためらった。ここまで堂々と斬られようとしている人間が、何かを企んでいるようには思えなくなってきたのである。
中條は一つ決心を決めると、九郎の首に向かって刀を振った。刀がびゅんと音を立てた。




