第61話
京の町中-
一番隊巡察中である。
一人の浪人風の男がふらふらと巡察隊の前を横切った。
身なりは小汚く、不精髭がうっすらと生えている。
目つきも少しおかしいような気がして、総司が声をかけた。
男「…なんだ?」
男はうつろな目を総司に向けた。
総司「君はどこの藩の人ですか?」
男「藩~??そんなもんどこでもいいだろうよ。」
総司はその男の口調から江戸の人間だと悟る。
後で聞いていた伍長が、あわてて総司の前へ出て来た。
伍長「おいっ!なんだ、その口の聞き方はっ!」
男「うるせえよ…俺、今腹が減ってるんだ。…怒らせるとどうするかわからねえぞ!」
男がめんどくさそうに伍長に言った。
伍長「…なんだと…!?」
伍長が思わず刀に手をかけたが、総司がとめた。
男「そうだっ!おぬしら新選組だよな?礼庵って医者をしらねぇか?」
総司は驚いて息をのんだが、ふと怒りが込みあげた。
総司「知っているが、そうやすやすと人の名を呼び捨てにするものじゃありませんよ。」
男「知ってるのか!?・・その医者のところへ連れて行ってくれよ!」
総司「あの人を呼び捨てにしなければ、連れて行ってあげますよ。」
男「いいじゃねぇか!礼庵が呼び捨てでいいっていったんだからよ!」
総司「礼庵殿が?」
総司は驚いて言葉を失った。いったい礼庵とこの男はどういう関係なのか…?
そう総司が考えているうちに、突然男が総司の後ろを見て、ぱっと顔を輝かせた。
男「れいあ~~ん♪」
急に、猫がじゃれるような声をあげたかと思うと、両手を広げて一番隊の横をすり抜けた。
そして、こちらに向かって走ってきていた礼庵の体に覆いかぶさるようにして抱きついた。
総司はその瞬間、殺気を覚え、思わず刀に手を当てた。
礼庵「九郎殿っ!往来の真中で恥ずかしいですよ!離れてください!」
礼庵が無理やりその男の体を引き剥がしたのをみて、ふと総司は刀から手を下した。しかし、殺気はまだ残っていた。これが礼庵ではなく想い人ならば、有無を言わさず斬り捨てていたかもしれない。
礼庵「なんだ、まだ仕事が決まらないのですか?…前にすすめた所はどうしました?」
男はぶつぶつと何かいい訳をしている。礼庵はあきれたように笑ってから、総司の方を向いた。
礼庵「総司殿」
礼庵が微笑んで、男をよけ、総司の前へ立った。
礼庵「この人が何かご迷惑を?」
総司「いや…」
総司は咳払いをした。
総司「あまりふらふらと歩いているので、ちょっといろいろとお聞きしようと…。」
礼庵「ああ(笑)」
礼庵は何かふてくされている男に振りかえって笑った。
礼庵「最近、京に出てきたそうなんですが、職もなくいつもふらふらしているんです。」
総司「あの人とあなたの関係は?」
礼庵「(笑って)別に何もないんですが、この前、道の真中で大の字になって寝転んでいるから、どうしたのか尋ねたんです。何かの病気だったら大変ですからね。そうしたら「腹が減った」と(笑)それで食べさせてあげたんです。」
総司、少し不満顔である。
総司「…あなたはあの人に呼び捨てにされて腹が立たないのですか?」
礼庵「呼び捨てにしていいと言ったのは私の方ですから。」
総司「…!どうして、そんな…」
礼庵「(おかしそうに笑う)…「礼庵殿」と言おうとして、舌を噛んだんですよ。この人…」
男、離れたところから「礼庵、早く行こう!」と叫ぶ。
礼庵「では、私はあの男をおとなしくさせにいきますから(笑)これで…」
総司、礼庵の名を呼び、思わず礼庵の腕を取る。
礼庵、驚いて取られた腕を見、総司の顔を見る。
礼庵「…?…何か?」
総司「あなたがそこまでする必要はない…。つけあがらせるだけですよ。」
礼庵、微笑んで首を振る。
礼庵「あれでいいところあるんですよ。…またゆっくりとお話しますから。」
礼庵はそう言って、男のほうへ向かって歩き出した。男、うれしそうに礼庵と肩を並べて歩き出す。
総司はしばらくじっとその二人の後姿を見つめていた。
すると礼庵に何かを言われた男が突然、驚いた表情をしてこちらを振り返った。
男の声「おきたそうじ~っ!?」
そう叫んだかと思うと、とたんに頭を何度も総司に向かって下げた。
その姿があまりにも滑稽で、一番隊士達がくすくすと笑い出した。
総司も、思わず苦笑するしかなかった。




