第60話
京の町中-
総司は、昨日の女の子のことが気になり、一人町中へ出てきた。
すると、中條がかざぐるまを差し出した場所に、その女の子が一人立っている。
総司「(中條君を待っているのか…)」
総司は女の子に近づこうとしたが、考えてみれば、その子は中條の顔しか見ていない。
いきなり声をかけたりしたら、逃げてしまうのではないかと思い、ふととどまって見ていた。
すると、後から声をかけられた。
「沖田先生?」
驚いて振りかえると、中條であった。
総司「ああ、丁度よかった!…ほら、あそこ…」
総司が女の子の方を指差すと、中條の顔が嬉しそうに緩んだ。
総司「たぶん、君を待っているんだと思います。行ってきなさい。」
中條「はい!」
中條は総司に頭をさげて、女の子に向かって走り寄った。
中條を見つけた女の子は、頬をぽーっと染めた。
中條は女の子の前でしゃがんで女の子に何かを言い、袂から懐紙で包んだ何かを渡した。
女の子は驚いた顔をして首を振ったが、中條は無理やりに手にそれを握らせようとした。
すると、女の子の手からぽとりと何か落ちた。
二人は同時に下を向き、中條がそれを拾い上げて「あっ」と小さく声を上げている。
女の子はもじもじとしながら、その中條に何かを言った。やがて中條が微笑んで礼を言うと、女の子は丁寧に頭を下げた。中條は、もう一度その女の子の手を取ると、懐紙で包んだ物を持たせた。
女の子は嬉しそうにそれを両手で握り、もう一度中條に頭を下げた。
中條がうなずいた時、女の子は走り去って行った。そして途中で何度も振りかえり、中條に手を振った。
中條も女の子が見えなくなるまで手を振り返している。
やがて、総司は中條に近づいて行った。
中條は女の子からもらったものを見つめている。
総司「…何をもらったのですか?」
中條は嬉しそうに、総司に向いてそれを見せた。
中條「…小さな巾着袋です。大事なものをしまっておいて欲しいって。」
総司「へえ…」
青い綿生地の、本当に小さな巾着袋だった。形が整っていないところを見ると、その女の子が自分で作ったのだろう。
中條「お母さんから、生地の切れ端をもらって作ったそうです。この紐も…生地の切れ端を細く切り取ってある…」
中條が少し泣きそうな表情で言った。かざぐるま一つのために、袋を縫ってくれた女の子の気遣いに胸を打たれたのだろう。
総司「…中條君は何をあげていたのですか?」
中條「あ…干菓子です。弟達とたべるようにと…」
総司はうなずいて、中條の大きな手の中にある小さな巾着袋を見た。
そして「帰ろう」と言おうとして、中條の顔を見たが、ふと口をつぐんだ。
…中條の目に涙の粒が浮かんでいた。




