第55話
礼庵の診療所-
礼庵は縁側から月を見上げていた。未だに傷のあたりを押さえる癖が直っていなかった。無意識に傷のあたりをさすっている。
やがて、はっとして一人苦笑した。
礼庵(…これを見られたら、またみさに心配をかけるな。)
しかし、完全に治ったわけではなかった。やはり、冷えると痛みが出てくるのである。
その時、家を囲む塀の外で音がした。そして次の瞬間には外から誰かの手が塀をつかんでいた。
礼庵(どろぼう!?)
誰かが塀をよじ登ろうとしている。礼庵は立ちあがろうとしたが、とっさに傷のあたりに痛みが走った。
礼庵「くっ…」
礼庵は傷を押さえてこらえた。これでは声も出ないと思った時、塀から男の頭があらわれてこちらを見た。そして身軽にも、ひょいと体ごと塀の上に飛び乗ったのである。
礼庵「!?」
それは中條だった。礼庵の姿を見ると、「よっ」と掛け声を上げて、塀から庭へ飛び降りた。
礼庵は思わずシロの小屋の方を見た。…が、シロが出てくる様子がない。
礼庵は苦笑した。
礼庵(やはり、シロには番犬は向かないようだな。)
中條もシロの小屋の方を見て、思わず苦笑している。
そして、ゆっくりと礼庵のいる縁側へと近づいてきた。
礼庵「…驚かせないで下さい。なぜ、こんなところから…」
中條「もう夜更けだから…戸を叩くとみさちゃんが起きると思って…」
中條は礼庵の座っている縁側にどかっと腰を落とした。その振動で少し家が揺れた。
「しーーーっ!」
二人は思わず向かい合って、指を自分の口に当てていた。二人はそこではっとして、必死に声を落として笑った。
礼庵「…私が起きていると、どうしてわかったのです?」
やっと笑いを収めた時、礼庵が中條に尋ねた。
中條「そんなことわかりませんよ。もしよじ登ってみて、先生がここにいらっしゃらなかったら、そのまま降りて帰るつもりだった。」
礼庵「…無茶なことをなさる御方だ。泥棒と間違われて、番所にでもしょっぴかれたらどうするのです?」
中條は「ふふ」と笑った。別に気にしないという風である。
中條は、組の中ではこんな顔はしないのだが、礼庵には知るよしもない。
礼庵「急にどうしました?派手な登場の仕方ですね。」
礼庵がおどけてそう言ったが、中條はとたんに真面目な顔つきになり、礼庵に向いた。
中條「…実は…沖田先生のことなんですが…」
礼庵の心の中に不安がよぎった。




