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第52話

旅館「よし乃」前 夜-


一番隊は闇にまぎれて、土方と総司、そして数人の隊士を旅館の前に残し、残りは旅館の周囲を取り囲んだ。

しばらくして、伍長が全員配置についたことを、総司に報告に来た。

総司、うなずく。

土方が、ぶきみなほど静かな旅館を見上げた。


土方「…襲撃に同行するのは久しぶりだ…嬉しくて身震いするよ。」


そう言ってにやりと笑い、総司に向いた。

総司がくすっと笑った。


総司「土方さんお得意の「喧嘩」とは違うんですよ。」


土方は苦笑した。


土方「…さぁ、そろそろ突っ込むか。…死番はどいつだ?」


その土方の言葉に、後ろにいた一人の青年が緊張して進み出たが、総司が手を上げ、その青年を制止した。


総司「この私ですよ。」


そう言って、総司が旅館の戸を叩いた。そして開かれた戸から、すべるようにして入っていった。

それを見て土方は苦笑し、後ろの隊士達に目配せすると、総司の後へ入っていった。


静かだった旅館は、やがて喧騒に包まれた。


……


礼庵の診療所-


中條「先生…月です!綺麗な月が出ていますよ。」


中條がそう言って、障子を開け放した。礼庵が微笑んだ。


礼庵「本当だ…綺麗な月ですね。」


今その月の下で、総司率いる一番隊が死闘を繰り返しているに違いない。礼庵は正直気が気でなかった。


礼庵(雑魚の集まりだといっていたけど…)


中條がふと翳った礼庵の表情を見た。


中條(沖田先生のことを、心配しておられるのだな…)


中條はそう悟った。


中條「月がこれだけ明るかったら大丈夫ですよ。相手がよく見えるから。」


中條が言った。礼庵がはっとして中條を見た。


礼庵「そうですね。」


礼庵は心の中を見透かされたようで恥ずかしかった。

その時、戸を叩く音がした。中條ははっとして、そちらを見た。


礼庵「あなたが行って下さい。中條殿」

中條「はい!」


中條が玄関へ向かった。婆が出ようとしているのを制して、くぐり戸に寄った。


中條「どなたですか?」

声「私です。総司です。」

中條「先生!」


中條は喜んで木錠をはずし、戸を開けた。


中條「先生…ご無事で…」

総司「当たり前でしょう。」


総司が笑って、中へ入ってきた。血に汚れた隊服のままだった。


総司「早く…礼庵殿に会いたくて…」


中條の視線に気づいて、総司はあわてて隊服を脱いだ。中條は微笑んでうなずき、その隊服を受け取った。

総司は急ぐように、はき物をぬぐと、婆に頭を下げて中へ入って行った。


婆「それ、洗っておきましょうか?」


婆が中條の持っている隊服を指差して言った。


中條「え?…はあ…」


中條も実は婆に隊服を洗ってもらっていた。


婆「どうぞ、気いつかいはらんと…さ、貸しておくれやす。」


中條は頭を下げて、婆に隊服を渡した。


……


中條が礼庵の部屋に行くと、礼庵と総司が手を握り合い微笑みあっていた。中條ははっとして体を隠し、玄関に戻った。


中條(外へ行こう)


中條は履き物を履き、くぐり戸をくぐった。

外は月明かりで明るかった。中條はその月を見上げずに、歩いていた。何故だか寂しかった。


中條(今、沖田先生と一緒に月を見ているのかな。)


やがて川辺についた。中條はふと月を見上げたが、やがて川面に目を落とし、その場にしゃがんだ。


中條(僕は礼庵先生にとって、どういう存在なのだろう?…そして、僕にとって礼庵先生は?)


考えても答えは出なかった。

その中條の肩を誰かの手が優しく叩いた。


中條「!?」


驚いて振り返ると、総司が微笑んで立っていた。中條は立ちあがって、気まずそうに総司に向いた。


総司「突然いなくなるものだから探したんですよ。君は礼庵殿のそばにいなければならないのに…」


中條が下を向いた。


中條「申し訳ありません。」

総司「ああ、勘違いしないで下さい。務めだからではありません。礼庵殿があなたを呼んでいるから。」


中條が驚いて顔を上げた。


総司「私は屯所に戻ります。礼庵殿をよろしくお願いします。」


総司がそう言って背を向け、歩き出した。中條は何故かその場に固まっていた。総司がふと振りかえった。


総司「?どうしたのです。早く行きなさい。」

中條「は、はい!失礼します!」


中條は頭を下げて、総司の横をすりぬけて駆け出していた。総司はその中條の背を見て、思わず笑った。

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