第50話
可憐の家-
総司は可憐の家に向かった。可憐の家の前には、山野ともう一人新撰組の新人隊士が立っていた。
「沖田先生!」
山野が、総司に走り寄って来た。
山野「礼庵先生の具合はいかがですか?」
総司は「大丈夫です」と答えて「山崎さんは?」と尋ねる。
山野「はい。今、可憐殿のお父上とお話されています。」
総司「…そうですか。」
総司、山野の肩をたたいて、中へ入っていく。
……
総司を迎えたのは、母親だった。総司は頭を下げて、名を名乗った。
母親「よく存じております。娘がお世話になっております。」
母親は手をついて、総司に深深と頭を下げた。
母親「娘は部屋におります。どうぞ会ってやって下さい。」
総司「お父上の許可をいただかねばなりません。」
総司がそう言うと、母親は首を振った。
母親「可憐の父も、もう許しております。部屋までご案内いたします。」
母親はそう言って立ちあがった。
……
総司は部屋の外から可憐に声をかけた。障子が中から開いた。そこには涙にくれた可憐が立っていた。
可憐「…総司様!」
可憐は、部屋へ入ってきた総司の胸にしがみついた。
可憐「先生は…礼庵先生は…どんなご様子ですか?」
総司「…大丈夫です。おそらく…。」
可憐「私のせいなんです!私が…私が先生に総司様にあやまりに行きたいなどと言ったから!あのまま家にいれば、先生があんな目に合うことはなかったのに!」
可憐はそのまま総司の足元に泣き崩れた。
総司「…あなたのせいじゃない。何もかも私が悪いのです。私自身があなたを守ってやりさえすれば…こんなことには…」
総司はしゃがんで可憐を抱き寄せた。可憐はずっと総司の腕の中で泣き続けていた。
やりきれない思いが、総司の胸に渦巻いていた。
……
土方の部屋-
山崎が、土方の前でかしこまっている。土方はじっと目を閉じていたが、やがて開いて言った。
土方「その父親はどうだった?山崎」
山崎「娘を襲われてすっかり気落ちした様子で、いろいろと教えてくださいました。『よし乃』という料亭に長州人達が日を決めて集まっているようですが、どうも可憐殿の父親の話では、大した人物は関わっていないようです。皆、賞金目当てにごろつきが集まっているという様子でした。中には長州人でない者も混じっているようです。」
土方「ふむ…次の集まりはいつかわかったか?」
山崎「明日の夜だそうです。」
土方「ならば、事は簡単だな。大物がかかわっていないのなら遠慮はいるまい。…総司はどうしてる?」
厳しい顔をしていた土方の顔が「総司」という名で少し崩れた。
山崎「ええ。先ほど屯所に戻って、部屋に閉じこもっておられるようです。」
土方「…そうか…。…それで…あの礼庵という医者の様子は?」
山崎「沖田さんに聞いたところによると、予断を許さない状態だそうです。」
土方がふと黙りこんだ。
土方「誰か、その医者のところに行っているのか?」
山崎「一番隊の中條がいるようです。」
土方「その医者が治るまでいさせろ。」
山崎「は?」
山崎は驚いて、土方の顔を見た。
土方「言った通りだ。」
土方はぶすっとした顔でそう言い、立ちあがった。
山崎「はっ」
山崎が頭を下げた。
……
土方はそのまま総司の部屋に向かった。
土方(あの女医者…。総司の女のために命を落としかけるなんて、どこまで総司に惚れてやがる…。)
礼庵とは、池田屋事変の後に屯所で一度会っただけであるが、土方には一目で女だとわかった。
土方(だから、他の医師のところに行かせたのに…。男姿をした女なんてろくな奴じゃねぇはずなんだ。…しかし…)
土方はそこで思考を止め、総司の部屋の前で立ち止った。
土方「総司…土方だ。入っていいか?」
しばらくの沈黙があったのち「どうぞ」という声がした。土方は障子を開けた。
総司は刀の手入れをしていた。真剣な顔付きである。
土方は何も言わず総司の前に座った。
総司は、ちらりとも土方を見ない。
土方「…おかしな気を起こしていないだろうな…」
土方がおもむろに言った。
総司「…おかしな気とは?」
土方「…一人でやろうってんじゃないだろうな…」
総司は手入れのすんだ刀をそっとしまい、やっと土方を見た。
総司「私は馬鹿じゃありません。」
土方「それならいいんだが。」
総司「明日『よし乃』を襲撃するんですか。」
土方「!聞いたのか」
総司「聞かなくともわかります。…もちろん行くのは一番隊ですね。」
総司はそう言って、鋭い目で土方を見ている。
土方はじっと見返したが、やがて、ふっと表情を緩ませた。
土方「もちろんだ。…俺も行く。」
総司の目が見開かれた。
総司「土方さんも?…なぜ。相手は雑魚の集まりですよ。」
土方「詫びだ。…おめえとその礼庵とかいう医者へのな。」
総司「…土方さん」
土方は、にやりと笑って立ちあがり、総司の部屋を出た。




