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第49話

礼庵の診療所 礼庵の部屋-


礼庵の言った通り、婆は医者を呼びに行ってくれた。さほど遠くないところだったのか、すぐに老医師が助手を連れて現れた。外科医東の祖父である。

中條はもちろん、婆とみさもすぐに部屋を出るように言われた。みさは血だらけになって帰ってきた礼庵を見て、半狂乱になっていた。幼い子供にはあまりにも刺激が強過ぎる光景だった。


中條「礼庵先生のことは私がみます…。だから、婆さんはみさちゃんを…」


婆は濡れた目をぬぐいながら、中條のその言葉にうなずいた。


…手術は思いの他早く終わったが、老医師の顔は厳しかった。


老医師「命に支障をきたすような傷ではないが、出血がともかくひどい。気を抜かぬよう…。何かあったらすぐ呼ぶように。婆さんにも言っておくから。」


中條、老医師に礼を言った。老医師は帰っていった。

礼庵は眠っている。このまま目をさまさないのではないかと思うほど、安らかな顔をしていた。

その時、廊下からあわただしい足音が聞こえた。中條が驚いて振りかえると、総司が飛び込むようにして部屋へ入ってきた。


総司「礼庵殿!」

中條「沖田先生!」


総司、中條には目をくれず、礼庵の寝ている横にしゃがみこんだ。


総司「礼庵殿の状態は?」

中條「命に別状はないそうですが、出血がひどいので安心はできないそうです。」

総司「…そうですか。」


総司、肩をおとすと、そのまま座りこむ。


総司「…すまない…礼庵殿」


総司、呟く。中條はじっと黙っていた。しばらくの沈黙ののち、総司が言った。


総司「…私はこの人のことを…何も考えなかった。」


中條、顔を上げる。


総司「可憐殿のことばかり心配して…この人のことは少しも…」


総司の声は、涙声になっていた。中條は黙って聞いていた。


総司「刀も持たないこの人に、可憐殿を守らせるなんて…考えてみれば無謀なことをやらせたものだ…」

中條「…礼庵先生は…」


中條が口を開いた。


中條「沖田先生がたとえ止めたとしても、可憐様を守ったと思います。」


総司は黙っていた。


中條「先生は最初からこうなることをわかっていて、可憐様を守ると沖田先生に言ったのだと思います。そういうお方です。」


総司がやがてうなずいた。


総司「…確かに…そういう人だ。この人は…」


総司がそうつぶやくように言ったとき、礼庵の頭が少し動きうめき声をあげた。総司は思わず身を乗り出していた。中條も思わず総司の傍に近づいて、総司の背中から礼庵の顔を覗き込んだ。


総司「…礼庵殿…?」


呼びかけてみると、礼庵が少し目をあけて、総司を見た。


総司「…私です。総司です。わかりますか?」


総司がそう言うと、礼庵が微笑んだ。総司の後ろからその礼庵の表情を見た中條は、二人に入りこめない何かを感じて、ふと体をしりぞけた。

礼庵が、総司に何かを言おうとして口を開いたとたん、顔をしかめた。総司が首を振った。


総司「…しゃべらない方がいい。」


礼庵は少しうなずく様子を見せて、布団の中から手を差し出した。総司がそれを握ろうとしたとき、その手は総司を追い払うような動きをした。

総司は、驚いた目で礼庵を見た。


礼庵「…可憐殿のところへ」


礼庵がやっと聞き取れるくらいのかすれ声で言った。総司の目に涙が溢れた。そして首を振ると、礼庵の手を両手で握り、その手を抱くようにして泣いた。


……


礼庵は、それ以上総司に何も言わないまま、再び眠りに落ちた。総司はじっと礼庵の手を握ったまま座っていた。どうしても礼庵から離れられないでいた。

中條は黙っていたが、やがて総司に意を決して言った。


中條「沖田先生は、可憐様のところへ行ってあげてください。」


総司は首を振った。中條はその総司の横に膝をついて言った。


中條「可憐様を守れるのは、沖田先生しかいないんですよ。きっと今、心細い思いでいらっしゃるでしょう。」

総司「しかし…」

中條「…このまま先生がこうしておられることを、礼庵先生が喜ぶと思いますか?」


総司は、目を見開いて中條を見た。


中條「礼庵先生は僕に任せて下さい。」

総司「中條君…」


総司はやっと心を決めてうなずくと、礼庵の手を布団の中へ戻し入れ、礼庵の顔を見つめながら立ち上がった。


総司「…この人のこと、頼みます。中條君」

中條「はい」


中條は総司に頭を下げた。総司もうなずいて障子を開け、もう一度礼庵の顔を見つめてから出て行った。

中條は総司を見送ると、さっき総司が座っていた場所に自分が座った。


中條「…先生…これでいいんですよね。」


礼庵は眠ったまま答えない。


中條(そういえば僕も……先生の事を考えていなかった…)


中條は、はっとして礼庵の血で汚れた隊服を今になって脱いだ。そして固まった血の痕を見た。


『隊服を汚してしまって…申し訳ない』


自分の背中でそう言って、気を失った礼庵を思い出した。

隊服を持つ中條の手が震えた。

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