第46話
礼庵の診療所 離れ-
総司は目を閉じたまま言った。
総司「…あの時もそうだった…。とても気持ちがいいのに…眠るのが惜しくて…ずっとこのままでいたいと思いました。」
可憐は何か胸の奥が熱くなり、握った手を胸に当てた。
総司「…姉はずっと私の頭を撫でながら、向こうの人に迷惑をかけないように…いい子でいるように…と、そんなことばかりを言っていましたが、しばらくしてぷつっと言葉が途切れたんです。」
可憐「…?…」
可憐は、目を閉じたまま話す総司の顔を覗き込むようにして、次の言葉を待った。
総司は脳裏に姉の膝で寝ている、子供の頃の自分の姿を思い浮かべていた。
総司「どうしたのかと、ふと姉の顔を見上げると…目にいっぱいの涙を浮かべていました。…それを見て、何かほっとしました…。私一人が家を離されるのは、私が邪魔なのだと子供心にずっと思っていたから…。姉のその涙を見て、違うのだとわかりました。」
可憐は胸をしめつけられる思いで、思わず胸に当てていた手を強く握りしめていた。
総司「姉は私に謝ると、しばらくして子守唄を歌ってくれました。…何度か歌ってもらった事がありましたが…その最後の歌は、いつもより心地よかった…。私はいつの間にか眠ってしまって…目が覚めたら、もう家を出なければならない朝になっていました。」
可憐は思わず両手を口に当てた。嗚咽がこぼれそうになったからである。涙はもはや頬を流れ落ちていた。目を閉じている総司はそれに気づかず「ふふふ」と笑った。
総司「今になってその時のことを思い出すなんて…まだまだ私は子供なのかもしれません。…土方さんや近藤先生に言われるように…」
その時、総司の頬に可憐の涙が落ちた。総司は驚いて目を開いた。
総司「!!可憐殿!?」
総司は飛び起きて、両手で顔を伏せている可憐の両腕を取った。
総司「…どうしました?…気分でも悪くなりましたか?…もしかして、私の頭が重くて足がしびれて…?」
その総司の言葉に、可憐は泣きながらも笑い出した。
可憐「…総司様ったら…」
そう言ったまま、再び両手で顔を覆うと、総司の肩に顔を伏せて泣いた。
総司は訳がわからず、その可憐の体に手を回し、可憐が泣き止むのを待った。
……
可憐が泣き止んだ後も、二人は抱き合ったままで、じっと動かなかった。
何も話さず、ただ黙ったままお互いのぬくもりを感じていた。
だんだん、日が暮れ始めていた。少し開いた障子から、夕焼けの光が差し込んでいる。
総司「…可憐殿…もう…帰らねば…」
総司がやっとの思いでそう言うと、可憐は総司の胸の中でうなずいた。
そして、顔を上げて言った。
可憐「…総司さま…私はお姉さまの代わりにはなれませんが…少しでも総司さまの心の支えになりたいと思っています。…どうぞどんなことでも話してくださいませ。」
総司は微笑んでうなずいた。
総司「…ありがとう…可憐殿。」
そう言うと、そのまま可憐に唇を寄せた。
二人の重なった影が長く延びている…。




