第45話
礼庵の診療所 離れ-
可憐「…こんな…膝でよろしければ…」
ふと、そんな小さな呟きが総司の耳に届いた。
総司「…え?」
可憐は赤い顔を上げて、微笑んだ。
可憐「…どうぞお使いください。…でも…きっと寝心地はよくありませんわ。」
総司は首を振った。そして傍に座った可憐の膝に、遠慮がちに頭を乗せた。
可憐の膝の柔らかさが、総司の頭に伝わった。
総司「…重くないですか?」
可憐「いいえ…」
可憐はそう言った。そして、総司の顔を見下ろしていた。…何か不思議な気持ちだった。
可憐「…総司様を見下ろすなんて…初めてですわ。」
その可憐の言葉に、総司は一度閉じた目を見開いて笑った。
総司「そう言えば、そうですね。」
可憐「…何かいつもよりやさしい顔に見えますわ。」
総司「では、いつもは怖いのでしょうか?」
可憐はくすくすと笑った。
可憐「そうかもしれませんわね。」
総司は苦笑した。
その時、可憐がふと真顔になった。
可憐「…巡察の時などは…特に…」
総司「……そうですか。」
可憐「…いつも総司様がこんな風に穏やかでいられたらいいのに…」
総司「……」
総司は目を伏せる可憐の顔をじっと見上げた。…何か「新選組をやめて」と言われたような、そんな気がした。
可憐「総司様、目を閉じて、おやすみになってください。…少しでも眠られた方が…」
総司「…いや、なんだかもったいなくて…」
総司がそう言うと、可憐が笑った。
可憐「まだ暮れまでには時間がありますから…」
総司「…ええ…それはそうなんですが…」
寝入ってしまったら、起きてすぐに別れの時間が来るような気がして、眠る気にはなれなかった。
総司は一度目を閉じてみるが、やはり眠れない。
総司「…そう言えば…子供の頃にも…こんなことがあったな…。」
総司はふと思い出して呟いた。
可憐「…子供の頃…ですか?」
その不思議そうに問い返す可憐の言葉に、総司ははっとした。
総司「…ああ、すいません。…突然思い出してしまって…」
可憐「構いませんわ。…そのお話、聞かせてください。」
総司は苦笑した。
総司「…とても恥ずかしい話ですが…」
総司は、笑顔を消して、一つ一つを思い出すように話し出した。
総司「…母親を早く亡くしたので、私の世話はいつも姉が見てくれました。…でも、家が貧しいこともあって、九つになってから試衛館という道場へ行くことになったのです。」
可憐「…九つですか…まだ甘えたい頃ですわね。」
総司は、照れくさそうにうなずいた。
総司「試衛館へ行く前の晩に…私は姉に最後のわがままを言いました…。…「姉さんの膝枕で寝たい」ってね。」
可憐「……」
総司「…いつもなら片付けなどをしなくてはならない時間です。忙しいはずなのに、姉さんは快く承知してくれたんです。」
総司はその時のことを思い出しながら、目を閉じた。




