第36話
総司の部屋-
総司は中條の話を聞いて、表情を固くしていた。
総司「…要するに、中條君は途中で追いかけるのをやめたということですね。」
中條「はい…」
中條は、その場にひれ伏すようにしたまま、答えた。
山野は不安そうな表情で総司に言った。
山野「でも中條さんはただ、女性に謝りにいっただけなんです。私も先回りしていましたし…その…」
山野もどう中條をかばってやればいいのか、困り果てている。その後の言葉が継げずにじっと下を向いて黙り込んだ。
このまま、中條をかばいきれなければ、本当に「士道不覚悟」で、切腹か斬首になってしまうかもしれない。
しんとした、気まずい間が訪れた。
が、しばらくして、総司の口から「くくく…」という声が漏れた。
山野が気づいて、はっと顔を上げた。中條も恐る恐る顔を上げた。
総司は必死に笑いを堪えていた。
山野がほっとした表情になり、中條は目を丸くして、総司を見つめている。
総司「…だめだ…私はどうも、こういうことには甘いようです。」
総司はそう言って笑った。中條は理由もわからず、ただ総司の顔を凝視している。
総司「そんな大きな目で見つめないで下さい。確かに土方さんに知られたら、「士道不覚悟」で腹を切らされるでしょうけどね。このことは、三人の腹の内に止めておくことにしましょう。…そのご褒美の三両も、山野さんに感謝して受け取っておきなさい。」
総司のその言葉に、中條はしばらく声を出さなかった。が、しばらくして、総司に向かって、再びひれ伏した。
中條「ありがとうございます!」
総司「私に礼を言ってどうするんですか。山野君に言わなくちゃ。」
総司がそう言って笑いながら山野を見た。山野は「そんな…」と言って、膝を退けた。
中條は、山野に向かって、またひれ伏した。
中條「山野さん、ありがとうございます!…これから山野さんのためならどんなことでもします!」
山野「やめて下さいよ…そういうの私は苦手なんです…!そういうつもりじゃなかったんですから…」
山野がおろおろしながら、中條に言った。
総司は、ただおかしそうにその二人の姿を見ている。
……
総司は山野と中條が出て行った後、畳の上にごろりと寝転んだまま、開いた障子の先にある空を見ていた。
総司(…士道不覚悟か…)
あいまいな言葉だな…と総司は思った。「規律を厳しくしなければ、隊の統率がとれない」という土方の気持ちはわかる。…だが、どんなささいなことでも「士道不覚悟」と言われれば、腹を切らされる。それで、どれだけの新人隊士達が命を落としたか…。総司自身も何度か介錯をさせられ、辛い思いをした。
総司(土方さんは優しいんだか、怖いんだか…)
そう思って苦笑した。隊士達は、厳しい土方しか知らない。だから皆恐れている。しかし、総司にとっては、優しい土方の方をよく知っている。
総司(土方さんが、怖い顔をしだしたのはいつからだろう?)
そう思案した。…つい最近からのような気もするし、もう大分前からの気もする。
試衛館時代から一緒にいた藤堂は、山南の脱走事件から完全に土方から離れていた。原田や永倉も時々、総司に不平をもらすことがあった。江戸から出てきた時にあった結束が、少しずつほどけているような気持ちがしていた。
総司「…ああ、寝られない…」
夜に巡察があるため少し仮眠をとるつもりだったが、寝られそうになかった。総司は体を起こした。
総司「…久しぶりに散歩にでるか…」
総司は立ち上がって、外套を手に取った。




