少女と猫は老夫婦の温かな心に触れる
案内されたのは村の外れにある、こぢんまりとした平屋建ての一軒家。
そこに、老人は妻と二人でひっそりと暮らしているらしい。
収入は森で伐った薪。
「この村は貧しいから、魔石なんか流通していない。そのおかげで、わしにも仕事があるのだよ」
ここでも、エルの魔石は売れないようだ。ガッカリと肩を落とす。
老人はエルを家の中へと案内してくれる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「あら、この子は?」
「知人を訪ねてやってきたそうだが、亡くなっていて。外で凍えていて可哀想だから、連れてきたんだ」
「まあまあ、はやくおあがりよ」
家の中はそこまで広くない。
木製のテーブルと棚、煮炊きを行うかまどに、奥にある扉の先は寝室か。
暖炉の火が、ぼんやりと部屋を照らすくらいの薄暗い部屋だ。
「夕食の残りのスープを温めてあげようかね」
「ああ、それがいい」
親切な老夫婦は、心ばかりのもてなしをしてくれる。
エルにはスープと一切れのパンを。ヨヨには乾燥させた魚をくれるようだ。
ヨヨは妖精なので、人間の食べ物を口にしない。老夫婦が見ていない間に、そっとエルの魔法鞄へ忍ばせる。
手作りらしい木の器に、アツアツのスープが注がれた。ほかほかと、湯気が立ち上っている。
「豆しか入っていないスープだけれど、たんとおあがりよ」
「いただきます」
まずは、スープを一口。ただただ、薄い。豆は柔らかく煮込まれていたが、基本味がない。
鳥仮面のありえない治療に慄いていたエルにとっては、ありがたいもてなしだった。
スープを飲んでいると体が芯から温まり、心がホッとする。
パンは薄くカットしているのにもかかわらず、石のように硬かった。スープに浸し、ふやけさせながら食べきった。
食後は、タンポポから作ったというコーヒーを淹れてくれた。
「今日は、一晩泊まっておいき。どれ、暖炉の前に布団を敷いてあげよう」
「あ、布団は持っている」
「そうかい」
暖炉の火が、ユラユラ揺れている。不思議と、いつもの火より暖かく思えた。
きっと、火の中に老夫婦の優しさが溶け込んでいるのだろう。エルはそう理由付けた。
「お嬢ちゃんは、ここの村の人を頼ってここにきたのかい?」
「ううん、王都に行くついでに、立ち寄ったの」
「そうかい。一人と一匹で、辛かったねえ」
そう言って、夫婦はエルの頭を優しく撫でる。
瞼が、じんわりと熱くなった。
モーリッツの家を焼かれて逃げるようにとび出し、やむを得ず旅を始めた。まだ、一日しか経っていないのに、エルにとっては大冒険だった。
村人に家を焼かれ、暴言を吐かれ、住んでいた場所を追いだされて、とても辛かった。
エルの堪えていた気持ちは震えとなって現れる。全身の震えが、収まらなかった。
「おやおや、可哀想に」
「頑張った。あんたは頑張ったよ」
そう言って、エルを優しく励ましてくれた。
落ち着いたあと、弱りきった姿を見られて恥ずかしくなったエルは、誤魔化すように質問を投げかける。
「あの、おじいさんは、あそこで何をしていたの?」
「ああ、奇跡の瞬間を、見たくてねえ。見学は禁止されておるのだが、お嬢ちゃんのように、高く積み上がった木箱の裏から覗き込んだら、見えるかなと思って」
「そっか」
「わしらも、先日知り合いを黒斑病で亡くしてしまってねえ。子どもや、年寄りからバタバタ倒れてしまう。恐ろしい病気だ」
治療の様子を思い出すと、時間が経った今でもゾッとしてしまう。
この世のものとは思えない、恐ろしい光景だった。
「明日には、もう帰るのかい?」
「はい」
「それがいい。ここには、長居しないほうがいいのさ」
胸がツキンと痛む。
このまま放っていたら、いずれこの夫婦も黒斑病に感染してしまうだろう。
これだけ優しくしてもらったのに、見ない振りをするのか。
エルは自身に問いかける。
「あ、あの──」
「今日はもう遅い。ゆっくりお休みよ」
「うん」
「明日は、楽しみにしておくといい。さっき、ばあさんが鶏を絞めて血抜きをしているから、出発前においしい物を作ってもらおうか」
「あ、ありがとう」
鶏は夫婦の大事な財産だろう。それなのに、エルに食べさせるために締めてくれたようだ。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
エルは二人がいなくなってから、暖炉の前に布団を敷く。横たわり、毛布を被ったらヨヨが潜り込んできた。
『エル、この家は温かいね』
「うん、温かい」
だからこそ、胸がきゅっと締め付けられる。
『ねえ、エル。明日、ここを発つの?』
「うん、そのつもり。でも──」
『でも?』
「ちょっとした恩返しをしたい」
『そうだね。それがいい』
エルが老夫婦のためにできることは少ない。けれど、何かを返したいと思ったのだ。
翌日、エルは目覚める。窓のない家なので暗いままだが、扉の隙間から光が差し込んでいた。エルは起き上がり、背伸びをする。
「ヨヨ、朝だよ」
『う~~ん……』
朝に強いヨヨも、旅疲れをしているのだろうか。目がしょぼしょぼした状態で目覚めていた。
扉を開き、空気の入れ替えをした。
玄関に立てかけてあった箒で家の中を軽く掃除する。
だんだんと、太陽が昇っていった。そろそろ、老夫婦が起きてもおかしくない時間だが、寝室からはそれらしき気配はない。
何か朝から料理を作ると言っていたので、勝手に朝食を準備するわけにはいかないだろう。
『声をかけてみる?』
「うん」
エルは寝室の戸を叩きながら声をかけた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう」
返事はない。もう一度声をかけたら、うめき声のようなものが聞こえた。
「なんだろう?」
『中に入って確認したほうがいい』
「うん」
魔石灯を手に持ち、エルは老夫婦の寝室へと入る。
「ううう……」
「はあ、はあ……」
「おじいちゃん、おばあちゃん!」
エルは寝台へ駆け寄る。魔石灯を老夫婦に当てた瞬間、息を呑んだ。
二人の顔に、黒い斑点が浮かんでいた。間違いなく、黒斑病の症状である。




