第4回桜庭メルの自分探しの旅:瑠璃ヶ窪 一
「皆さん成層圏からこんにちは、祟り神系ストリーマーの桜庭メルで~す」
「み……皆さんこんにちは!あなたのハートに神解雷螺!!怪異系レッサーパンダの常夜見魅影で~すっ!!」
『こんにちは~』『メルちゃんトコヨミさんこんにちは!!』『トコヨミさん今日もやらされてるな~』『前回から急に言い出したけど怪異系レッサーパンダって何?』
「うんうん、今日も良かったですよ常夜見さん」
「くぅぅぅっ……!!」
ニコニコ笑うメルと歯を食いしばる魅影という、対照的な2人の表情から今回の配信はスタートした。
「というか桜庭さん!前から思っていたけれど、あなたはそこまで可愛い子ぶって挨拶していないじゃない!どうして私にだけ媚びるような真似をさせたがるの!?」
「えっ、ぶりっ子してる常夜見さんが面白いからですけど」
「殺す!」
魅影が2本の前脚でぺしぺしとメルの胸元を叩くが、メルは全く意に介さない。
「さて、次回がある保証が全く無いでお馴染みの自分探しの旅ですが、今回も常夜見さんが頑張ってくれたおかげで第4回が配信できることになりました~」
「私の頑張りを評価しているのなら、こんなことはさせないで欲しいのだけれど」
「それとこれとは別です」
「殺す!」
再びメルの胸元を前脚で乱打する魅影。
『今日のトコヨミさんちょっと小動物過ぎない?』『動きにレッサーパンダみが増してる気がする』『大丈夫?心までレッサーパンダになってない?』
「っ……そ……そんな、はずは……無いわよね……?」
「いやメルに聞かれても」
小動物過ぎるという指摘が堪えたのか、魅影はピタリと大人しくなった。
「うなだれないでください常夜見さん。せめて4人目のメルティーズがどこにいたのか教えてからうなだれてください」
「ああ、そうね……4人目のメルティーズが見つかったのは、瑠璃ヶ窪という場所よ」
「瑠璃ヶ窪……」
メルは撮影用とは別のスマホを取り出し、瑠璃ヶ窪について検索する。
すると見るも美しい青色の池の画像がいくつもヒットした。
「わ、きれ~」
『めっちゃ綺麗じゃん』『瑠璃ヶ窪綺麗だよな~』『こんなとこ日本にあったんだ』
メルと同じタイミングで瑠璃ヶ窪を調べた視聴者や、元々瑠璃ヶ窪を知っていた視聴者が、次々にコメントを書き込んでいる。
「もしかしてこの瑠璃ヶ窪って有名なところですか?」
「全国区ではないけれど、たまにテレビで紹介されていたりもするわね」
「じゃあ観光地ってことですか?」
「観光地……というと少し違うかもしれないわね」
「ん?どういうことです?」
『瑠璃ヶ窪綺麗だけどクソ遠いんだよな』
「あら、ちょうどいいコメントが来たわね。この視聴者さんの言う通りよ、瑠璃ヶ窪はとんでもなく交通の便が悪いの」
「へ~、そうなんですか?」
メルは瑠璃ヶ窪について、今度は地図アプリで調べてみた。
「う~わ~、どこなんですかここ……」
すると瑠璃ヶ窪が深い深い山の奥に位置していることが分かった。かなり縮尺を大きくしないと街が見えてこない。
「瑠璃ヶ窪は碌に道も整備されていない山の奥にあるわ。公共交通機関は通っていないから、瑠璃ヶ窪には車で向かうしかないのだけれど……最寄りのインターチェンジから半日近くかかるんですって」
「半日!?ホントに日本ですかそこ!?」
「それだけの僻地なものだから、瑠璃ヶ窪には観光客なんて滅多に来ないそうよ。テレビの取材クルーはたまに来るそうだけれど、往復で1日潰れるのだからスタッフも大変よね」
「行って帰るだけで1日……ひぇ~」
その過酷な道程を想像し、メルは震え上がった。
「瑠璃ヶ窪にいるのがどのメルティーズかはまだ分からないけれど、いい住処を見つけたわね。人間がほとんど、寄り付かない上にこれだけ景色の綺麗な場所なんだもの」
「ですね~。じゃあ早速、この瑠璃ヶ窪に行ってみましょうか」
メルがフィンガースナップの構えを取る。
『出たよ』『鳴らないのになんで毎回やるんだろう』『練習したらいいのに』『空飛べるのに指パッチンできないのマジで意味分かんない』
「いいんです~!仕草がカッコよくてやってるだけだから鳴らなくてもいいんです~!」
視聴者からの怒濤のコメントに頬を膨らませつつ、メルは「えいっ!」と気合を入れてフィンガースナップを披露する。
『そして鳴らないと』『いつもの』
「いいんです~!」
メルの背後の成層圏の光景にノイズが走り、テレビのチャンネルが切り替わるように景色が一変する。
次の瞬間には、メルと魅影は鬱蒼とした森の中に立っていた。
「ここが瑠璃ヶ窪の近くですか……すっごい森ですね。彩女の森より森じゃないですか?」
『何だその言い方』『言いたいことは何となくわかるけども』
「瑠璃ヶ窪は……あっちですね。行きましょう」
メルは瑠璃ヶ窪の方向に見当をつけ、森の中を歩き出す。
『いつもワープした後ちょっと歩いてるけど、なんで目的地に直接ワープしないの?』
「おっ、いい質問ですね~。それはですね~、もっとちゃんとワープすれば直接目的地に着けるんですけど、その辺をメルが大雑把にやってるせいで毎回目的地からちょっとズレちゃうからですね」
『草』『メルがずぼらなだけかよ』『できるならちゃんとワープしろよ』『ちゃんとワープって何?』
「いいんです~!こうやってちょっと歩いた方が健康にもいいし配信の尺も稼げるから一石二鳥なんです~!」
人がいないのをいいことに、声を張り上げながら視聴者との雑談を楽しむメル。
そうして歩くこと数分、不意にメルの視界が大きく開ける。
「わぁ……」
メルの目の前に、美しい瑠璃色の池が現れた。
「これが瑠璃ヶ窪の池……写真で見たのとおんなじですね」
『第一声がそれかよ』『まず「キレイ~」とか言えよ』『名所行って「写真と同じ」とか言うなよそんなこと』
「ていうか何なら写真の方がちょっと綺麗でしたね」
『やめろやめろやめろ!』『トコヨミさんコイツ黙らせて!』『メルと旅行行っても楽しくなさそう』
「総好かんね、桜庭さん」
「よくあることです」
『よくあっちゃダメだろ』
メルは池の縁に近付き、体を乗り出して水の中を覗き込んだ。
「生き物は~……少なくとも見えるくらい大きいのはいないみたいですね~」
「水清ければ魚棲まず、と言うものね。これだけ綺麗な水だと、逆に生き物が住むには適さないのかしら」
生き物のいないただの水を眺めていても面白いものではない。メルは早々に水中への興味を失った。
「さて、メルティーズ探しましょうか。常夜見さん、どこにいるか分かります?」
「ええ、どうやらここから少し離れた池のほとりにいるみたいよ。探査術式に反応があるわ」
「お~、今日はすんなり見つかりそうですね~」
「そうね、珍しく」
『そういうこと言っちゃうと逆に見つからなそう』『フラグ立ったな今』
視聴者の懸念は的中せず、5分ほど池に沿って歩いたところ、メルは前方に人影を発見した。
「あっ、いましたよ皆さん!」
その人影は金色の長い髪をツインテールに纏め、ツインテールの中には無数のきらきらとした小さな光が見えた。
そしてその顔立ちは、メルと全く同じ形をしていた。
「あれは確か、桜庭メル・テクトニクスだったかしら」
「そうですね、確か」
メルと魅影の記憶の中にある7人のメルティーズ。その内の1人、桜庭メル・テクトニクスと名乗った怪異と、池のほとりにいる存在は姿が一致していた。
「何してるんでしょう?あれ」
「さあ……?」
テクトニクスは先程のメルと同じように、池の中を覗き込んでいるように見えた。メルと違うのは、生き物もいない池から一切目を離さず、石像のように固まっている点だ。
「私の探査術式はずっとテクトニクスを捕捉していたけれど、恐らくずっとあそこから動いていないわ」
「えっ?メル達ここに来てから10分か20分くらい経ちましたよね?その間ずっとあそこから動いてないんですか?」
「いいえ」
魅影が首を横に振る。その表情を見ると、魅影も相当に驚いていることが窺い知れた。
「私の探査術式にテクトニクスが引っ掛かったのは昨日のことよ。そして昨日からずっと、テクトニクスはあの場所を動いていないわ」
「嘘でしょ!?」
その衝撃の事実に、メルは戦慄した。
「えっ、き、昨日から今までずっとああしてるってことですか!?」
「そういうことになるわね……」
メルと魅影は揃って冷や汗を流す。
「いよいよ何してるんですかあの人……?」
「分からないわ。本当に何も分からない……」
「あっ、ちょっとホントに怖くなってきました!ほら見てください、鳥肌立ってる!」
メルがカメラに自分の腕を近付ける。
『いいよ別にわざわざ鳥肌見せてくれなくて』『祟り神でも鳥肌って立つんだ』
「どうしましょう……メル、あの人に声掛けるの怖いんですけど……」
「そんなこと言ったって、声を掛けないと仕方が無いでしょう」
「……常夜見さん、代わりに声掛けてきてくれません?」
「嫌よ。あなたの身内なのだからあなたが声を掛けるべきだわ」
「別にメルティーズはメルの身内じゃないんですけど……」
メルと魅影が接触の役目を押し付け合っている間も、テクトニクスは池のほとりで微動だにしていない。
「ほら、さっさと行ってきなさい」
「はぁ~い……」
押し付け合いに敗北したメルが、一旦カメラを魅影に預け、肩を落としてテクトニクスに近付いていく。
テクトニクスの背後に立ったメルは、テクトニクスのツインテールの中に見えていた無数の煌めきの正体が、小さなダイヤモンドの粒であることに気が付いた。
「あ……あの~……」
背後から恐る恐る声を掛けるメル。
しかしテクトニクスは振り返らない。
「あの~……」
少し声を大きくして再び声を掛けるも、やはりテクトニクスはメルに背中を向けたままだ。
「あの!」
少々手荒だが、メルはテクトニクスの肩に手を掛けて振り向かせようとした。
「うわ力強っ!?」
しかしメルが手に力を込めても、テクトニクスの体は巨岩のように微動だにしなかった。
「ホントに何してるんですか……?」
メルはテクトニクスの背後から横に移動し、池に向いているテクトニクスの顔を覗き込んだ。
「はぁ……」
テクトニクスは頬に両手を当て、水面を見下ろして恍惚の表情を浮かべている。
「何という美しさでしょう……どれだけ見ていても飽きませんわ……」
メルでなければ聞き取れない声量でテクトニクスが呟いた。
「そんなに綺麗ですか……?」
メルは首を傾げながら、改めて池に視線を向ける。
確かにこれだけ水が透き通った池は稀だろうが、メルにはどれだけ見ていても飽きないほどの美しさには思えない。
「メルにセンスが無さ過ぎるだけですか……?」
自らの美的感覚を疑うメル。
しかしその直後、メルは自分の認識が根本的に誤っていたことを思い知らされた。
「ああ……どうして私はこんなにも美しいのかしら……!」
「……えっ」
テクトニクスは池の美しさに目を奪われていたのではなかった。水面に反射している自分自身の顔に見惚れていたのだ。
「嘘、でしょ……」
メルは愕然とした。
テクトニクスが見惚れている自分自身の顔というのは、つまりはメルと全く同じ造りの顔ということである。
メルも別に自分の顔が悪いとは思っていない。思ってはいないが、だからと言って自分の顔に見惚れるのは全く意味が分からなかった。
「……あら?」
ここでようやく、テクトニクスはメルの存在に気が付いたようだった。
「オリジン?こんなところで一体何をしてるんですの?」
「それはこっちのセリフなんですが!?」
もうメルは叫ばずにはいられなかった。
「テクトニクス、あなたさっきから何してるんですか!?」
「何って……この世で最も尊く美しく麗らかな私の顔という芸術品を鑑賞しておりましたわ!」
「形容詞3つも使って自分の顔を褒めるのは止めてください!あなたの顔はメルの顔でもあるんですよ!?」
メルは顔を真っ赤にして抗議した。ナルシシズムは個人の自由だが、テクトニクスの場合はそのダメージがメルの方にまで飛んでくる。
何せテクトニクスが自らの顔立ちを称える行為は、そのままメルの顔立ちを称えることに等しいのだから
しかしテクトニクスはメルの抗議をどこ吹く風と完全に黙殺し、立ち上がってメルの方へと向き直った。
「改めて自己紹介を致しましょう」
スカートの裾を摘み、優雅なカーテシーを披露するテクトニクス。
「私は桜庭メル・テクトニクス。この世で最も美しき乙女ですわ!」
「あ~っ!!やめてくださいあ~っ!!」
正気では到底口にできないような文言を平然と言い放つテクトニクスに、メルは顔から火が出そうになりながら頭を抱えた。
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