第3回桜庭メルの自分探しの旅:リアルシアター 三
「スプリット、あなたはどうしてこんなところに?というかここはどこなんですか?」
「あれ、ここに来れたなら分かってるんじゃないの?」
「リアルシアターから繋がってる異空間ということしか分かってないです」
「ふぅん……じゃあ折角だから、ここがどういう場所なのか教えてあげる。暇だからね」
「あっ……じゃあ、お願いします」
早速話が思わぬ方向に転がったが、この異空間がどういう場所なのか気になっていたのは事実。メルは大人しくスプリットの説明を聞くことにした。
「ここはね、リアルシアターで上映されていた『ゾンビリベンジャー』って映画の世界なの」
「それは何となくそんな気してました」
「ゾンビリベンジャーはね、元軍人の父親から訓練を受けた女子大生がゾンビが蔓延する荒廃した世界で僅かな希望を探しながら生き抜くパニックホラー映画なんだけど……」
「え~、面白そうじゃないですか」
「それがね。監督が主演女優をエロく撮ることに集中しすぎて、ストーリーがしっちゃかめっちゃかなんだよね。主人公を庇ってゾンビに食べられた男友達が3シーン後には何事もなかったかのように再登場したりするし」
「クソ映画じゃないですか」
「でも主演女優は本当にエロいよ」
「だから何なんですか」
『ちょっと気になってきた』『ゾンビリベンジャーどっかのサブスクにあるかな』『うわポスター半分くらいケツ出てるじゃん』『マジかよちょっと調べてくる』
スプリットからもたらされた「ゾンビリベンジャーはエロい」という情報によって、コメント欄は活気づいていた。
「実は、リアルシアターから行ける異空間はここだけじゃないんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「そう。リアルシアターにはスクリーンが5つあって、それぞれ別の映画の異空間に繋がってるの」
スプリットは顔の横で右手を広げ、1本ずつ指を折りながら映画についての説明を始める。
「まずスクリーン1が『ゾンビリベンジャー』でしょ。それからスクリーン2は、普段は陰気で友達がいないけど実は忍者の末裔な男子高校生が、突然学校を占拠したテロリスト達相手に無双するアクション映画『スクール・ヒーロー』」
「そんな授業中暇な時の妄想みたいな映画が……!?」
「スクリーン3が終盤も終盤の謎解きパートで4人の容疑者全員にそれぞれ双子のきょうだいがいることが明らかになって、それまでのアリバイが突如として全て無に帰したミステリーの衝撃作『誰がアリスを殺したのか?』」
「ミステリーでやっちゃダメなことめちゃくちゃやってるじゃないですか」
「スクリーン4は高校生同士のピュアでハートフルなラブストーリーかと思いきや、ラスト15分で彼女が突然通り魔に殺されて、彼氏が復讐者としての道を歩き始めるラストを迎える大どんでん返しのクソ映画『パインマンゴーフラッペ』」
「クソ映画って言いましたね」
「そしてスクリーン5は、知る人ぞ知る名作バトル漫画を実写映画化したのはいいけど、監督が主演女優をエロく撮ることに集中しすぎて原作のストーリーを蔑ろにしまくった問題作『地下街のスカベンジャー』」
「2/5がエロ映画じゃないですか」
「ちなみに地下街のスカベンジャーはゾンビリベンジャーと同じ監督だよ」
『そんな気したわ』『説明がほぼ一緒だったもんな』『その監督もうAV撮ったらいいのに』
「とりあえずリアルシアターが碌な映画を上映してなかったことは分かりました」
スプリットから映画の説明を聞いていただけで、なんだか少し疲れたような気がしたメルだった。
「ねぇオリジン。ここに来る前、突然スクリーンに映画が流れ始めたりしなかった?」
「しました。館内にはメル達以外誰もいなかったはずなのに……」
「そう。リアルシアターでは時々、誰もいないはずなのに映画が流れ始めることがあるの。そしてその映画を視認することがトリガーになって、上映されてる映画の世界の異空間に飛ばされる」
「てことは、ゾンビリベンジャー以外の4つの映画の世界にも行けるんですね?」
「そう。そして異空間から脱出するには、特定の条件を満たす必要がある」
「条件?」
「教えて欲しい?」
ニヤリ、とスプリットが意味深に笑う。
「……なるほど?教えてほしければ対価を払えと……」
「あ、いや、普通に教えるけど」
「なんですか紛らわしい」
「完全に裏がある人間の笑い方だったわね」
ごめんごめん、とスプリットは軽く笑った。
「実はね、この異空間のどこかには映画の登場人物がいるんだ」
「へぇ?ゾンビリベンジャーのキャラがってことですよね?」
「そう。そして異空間から脱出するには、映画のストーリーで死亡したキャラが、異空間内でも同じく死亡する必要がある。まあ私達みたいな闖入者が干渉しない限り、異空間内では映画と同じストーリーが進行するから、何もしなければその内帰れるんだけどね」
「詳しいんですね」
「まあ、ここは私の遊び場みたいなものだからね。ちなみに5つの映画の中で、ゾンビリベンジャーが1番帰るの大変だよ。登場人物が1番多い上に人がもうバッタバッタ死ぬからね~」
「ここに来る途中、体を真っ二つにされたゾンビをたくさん見かけましたけど、あれはあなたが?」
「そうだよ。綺麗だったでしょ」
「どうしてそんなことを?」
「え?暇潰し。ここは5つの異空間の中で1番獲物が多いからね。目に付いたゾンビは片っ端から殺していけば、少しは楽しめるよ」
楽しめると言っている割に、スプリットはあまり楽しそうには見えなかった。飽きたゲームを惰性で続けている時のような表情をしている。
「もうしばらくゾンビを殺して、飽きて来たら映画のキャラを殺して回って帰るつもりだったんだ。だからもしオリジンが帰れなくて困ってるってことなら、私がその内帰してあげるから安心していいよ……って言っても、オリジンの用件はそんなことじゃないんでしょ?」
「……まあ、そうですね」
「私のことを殺しに来たのかな?」
「……鋭いですね」
「ふふっ、いいよ。やろっか」
スプリットはステップを踏むような足取りで、メルとの距離を少し縮めた。
「いい加減、リアルシアターで遊ぶのにも飽きてたんだ。外に出て街で暴れてみようかとも少し思ってたんだけど……オリジンと殺し合えるなら、こんなに楽しいことは無いよ」
「メルとしては結構複雑なんですけどね~……」
メルがメルティーズを殺すのは、完全に自分(と魅影)の目的のためだ。スプリットのように周囲に被害を出していないメルティーズを手に掛けるのは、メルにとって気の進むことではない。
しかしそれでもメルは、メルティーズを殺さねばならないのだ。
「合図はどうする、オリジン?」
「合図、ですか?」
「それなら僭越ながら私が合図を担当させていただこうかしら」
魅影がそう言って進み出る。
「やってくれるの?それならあなたにお願いしようかな、ワンちゃん」
「ワンちゃんではないわ、常夜見魅影よ。というかあなた達はどうして必ず私を犬と認識するのかしら?」
魅影の外見は真っ黒なレッサーパンダである。
「まあいいわ。それでは……始め!」
魅影の合図と同時に、メルとスプリットは同時に地面を蹴った。
距離を詰めようとするメルに対し、スプリットは逆にメルから離れようと後方に跳ぶ。
「……クルーエルエッジ」
「っ!?」
スプリットが技の名前らしきものを呟き、嫌な予感を覚えたメルは咄嗟に紫色の炎を纏う。
「あ、っ……!?」
直後、メルの体の前面が大きく切り裂かれ、大量の鮮血が噴き出した。
痛みと失血によって一瞬意識が飛びかけたメルだが、即座に霊力による傷の治療を開始する。
「へぇ、真っ二つにするつもりだったんだけど。その火に防がれちゃったのかな?」
「そういうあなたの方は、風でも操ってるんですか?」
傷を治しながらメルがそう尋ねると、スプリットは驚いたように目を見開いた。
「今の攻撃は、空気を刃物みたいにしてメルを斬ったんですよね?」
「よく分かったね?」
「前にも同じようなことあったので」
メルは以前にも風の刃で攻撃してくる相手と戦ったことがある。その時体を切り裂かれた感覚と、スプリットの攻撃を受けた時の感覚は非常によく似ていた。
経験則からスプリットの能力を即座に看破したメルだが、1つだけ不可解な点があった。
「だけど風の音が全くしませんでした。どういう仕組みですか?」
風の刃という不可視の攻撃であっても、メルは風の音を聞き取ることでその存在を感知できる。
しかしスプリットが放った風の刃は、メルにはその存在を全く認識できなかったのだ。
「そうだなぁ……うん。私の攻撃が風だって見破った観察力に免じて、特別に教えてあげるよ」
「聞いたら何でも教えてくれますねあなた」
「私は空気を操ることができる。そして音っていうのは空気の振動だから、私は音だって自由に操ることができるんだよ。こんな風に」
「ぅあああっ!?」
再びメルの体に大きな裂傷が生じる。
「ね?風の音、全く聞こえなかったでしょ?」
「くっ……」
「見えないし聞こえない。空気があればどこでも生み出せるから防ぐことすらできない。それが私のクルーエルエッジだよ」
「あらあら。音を操る能力が相手では、御自慢の聴覚も形無しね?」
「レッサーパンダは黙っててください」
しかし魅影の言うことは的を得ていた。
空気を操り風の音を消すことができるスプリットが相手では、メルの鋭敏な聴覚は役に立たない。
「どうするの?」
「どうにかしますよ……!」
2つの裂傷の治療を終えたメルは、改めて全身に紫色の炎を分厚く纏う。
紫色の炎は本来防御に使うようなものではないが、それでも身に纏えば相手の攻撃をある程度相殺できる。
「行きますよ!」
炎の塊と化したメルが、スプリットに向かって弾丸のように走り出す。
次の瞬間メルの体の複数個所から血飛沫が上がったが、その傷は先程までと比べれば遥かに浅い。
メルの目論見通り、紫色の炎がクルーエルエッジの威力を軽減しているのだ。
「え、嘘でしょ?」
全身の傷を厭わず真っ直ぐ自分に突っ込んでくるメルを前に、スプリットは表情を引き攣らせる。
「メルティ……」
メルは右脚に紫色の炎を収束させ、回し蹴りの体勢に入る。
しかしメルの右脚がスプリットを捉えるよりも先に、スプリットの体から強い風が吹いた。
「ひゃあっ!?」
強風に煽られ耐性を崩すメル。
その隙にスプリットの体はビルの屋上から離れ、空高く跳び上がっていく。
「じゃ~ね~」
「逃がしませんよ!」
スプリットを追ってメルも空へと飛び出す。
メルが飛行する軌道には紫色の炎が尾を引き、その姿はまるで彗星のようだ。
「うわオリジン速っ!?」
「それはどうもっ!」
「危なっ!?」
スプリットに追いついたメルは炎を纏わせた貫手を放つが、ギリギリのところで躱されてしまった。
「んぅっ、空中戦いづらいぃ~!」
飛行しながら戦うのは、メルにとって初めての経験だ。地上と違い踏ん張りが効かない空中での戦いは、勝手がまだ分からない。
「クルーエルエッジ!」
「いったぁ!?」
スプリットが放つ風の刃がメルの右肩を裂いた。
炎を纏っているため傷は深くないが、やはりメルには風の刃を全く感じ取れない。
「ほらほら、どんどん行くよ~」
「いたっ、ちょ、痛いっ!痛いですって!」
メルが回避できないのをいいことに、スプリットがクルーエルエッジを連発する。
「ちょっと!傷はまだいいにしても服がボロッボロになるんですけど!?」
「え、傷はまだいいんだ?」
「弁償してもらいますよ!?」
「私お金持ってな~い」
「いたたたたっ!?」
メルから逃れつつ、調子付いてクルーエルエッジを乱発するスプリット。
しかしその行動はあまり得策ではなかった。
「あっ、なんか分かってきたかも!なんか分かってきました!」
「嘘ぉ!?」
視覚でも聴覚でも認識不可能なクルーエルエッジを、メルは空気の流れを肌で感じ取ることで徐々に認識し始めていた。
「クルーエルエッジ!」
「あっ避けれる!避けれました!」
「嘘でしょぉ!?」
そして遂にメルは触覚によって空気の流れを完全に把握し、認識不可能だったクルーエルエッジを回避することに成功した。
「オリジン、あなた化け物……?」
「失礼ですね、こんなか弱い女の子捕まえて化け物だなんて……あっ、今は祟り神だから化け物かもですね」
スプリットは続け様に数発の風の刃を放ったが、メルはそれらを全て回避して見せた。
「もうその技は通用しませんよ!」
「くっ……」
スプリットがメルに背中を向けて逃走を図る。
だが。
「飛ぶのはメルの方が速いみたいですね!」
「私気流操って飛んでるのに!?」
10秒と経たずに、メルはスプリットに追いついた。
「ていっ!」
メルは右腕に炎の螺旋を纏わせ、スプリットの心臓目掛けて貫手を放つ。
「ぐぁっ……」
スプリットは体を捻って何とか貫手を回避しようとしたが、躱しきれずに脇腹を抉られる。
「いっ……た……」
スプリットは脇腹の傷を手で押さえるが、出血は一向に止まらない。
「参ったな……私が思ってた以上に、オリジンは強いんだね……」
「はい。強いですよ、メルは」
「……これは私も、出し惜しみはしていられないな」
スプリットが静かに呟く。
するとその瞬間、スプリットの全身がエメラルドグリーンの旋風に覆われた。
「ひゃっ!?」
台風めいた旋風の勢いに、メルは思わず顔を覆う。
旋風は10秒ほどで収まり、中から再び現れたスプリットは、戦闘機のような形状の無機質な翼を背負っていた。
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