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第2回桜庭メルの自分探しの旅:彩女の森 四

 メルの回し蹴りが、犬の首の下顎を抉り取る。


 「外見上は分からないけれど、恐らく百万頭神の体内では数百もの犬の首が蠢いているはずよ。そして桜庭さんが貫手で百万頭神の脳天を貫いた時に、体内の犬の首達が一斉に桜庭さんの腕に牙を剥いたんだわ。それがその傷の正体よ」

 「あの狼さんが、ワンちゃんの首の集合体……?」


 メルは左手でアイアンクローのように犬の首を掴み、紫色の炎で犬の首を焼きながら、改めて百万頭神を観察する。


 「そんな風には見えませんけど……常夜見さんはどうしてそんなことが分かるんですか?」

 「この手の分析は得意なのよ、元怪異使いだもの」

 『どうでもいいけどよく戦いながら会話できるよな』『戦いながら会話ってより会話の片手間に戦闘って感じ』『もう戦闘じゃなくて作業だろ』


 魅影と話している間に、メルは周囲の犬の首を全滅させていた。


 「それで、メルは今狼さんに噛まれて病気になっちゃったってことですよね?」


 メルの右腕は肌が完全に黒く変色し、完全に感覚を失ってだらんと垂れ下がっている。感覚が無くなったために噛み傷が痛まないのはいいが、今や指1本すら動かすことができなかった。


 「どうしましょう、右腕切り落としたりした方がいいですか!?」

 『その発想すっと出てくるの怖いな』

 「そこまでする必要は無いと思うわ。今の桜庭さんは百万頭神より格上の祟り神よ。疫病の影響が現れるのは傷口の周辺だけのはず、右腕以外には広がらないのではないかしら」


 狼狽えるメルに対し、魅影は至極冷静だった。


 「ホントですか?他人事だと思って適当言ってないですか?」

 「どうしてそんなに疑ってくるのよ。あなたが死んだら私にとっても他人事ではないでしょうに」

 「あそっか」

 「とはいえ、よ。今は右腕しか噛まれていないから疫病の影響も右腕だけに留まっているけれど、噛まれた場所が増えればそれだけ疫病の影響も強くなるわ。疫病が全身に行き渡ったら、流石のあなたでも死にかねないわよ」

 「分かりました。要はこれ以上噛まれなきゃいいんですよね?」

 「そうね。それともう1つ」


 魅影が指を1本立てる。


 「百万頭神を完全に殺すには、百万頭神を構成している全ての犬の首を殺し尽くさなければならないはずよ。さっきの貫手で殺せたのはせいぜい10体分くらいかしら?」

 「あっ、だから手応えが軽かったんですね!」


 犬の首1体1体ははっきり言って雑魚だ。それを何体か殺しただけでは、手応えが軽くて当然だ。


 「どうやら百万頭神は犬の首を新しく生み出すことも可能のようだし、やるなら一撃で全滅させるような攻撃がいいわ」

 「一撃で全滅……分かりました」


 魅影の助言にメルは頷く。


 「とうとうあれをお披露目する時が来ましたね」

 『あれ?』『あれとは?』『何する気?』『なんかちょっと怖いんだけど』『今度は何をしでかすやら』


 何やら思わせ振りなことを言い始めたメルによって、コメント欄に戦慄が走る。


 「メル、これまで配信やってて、羨ましいな~って思ってることがあったんです」

 『羨ましいこと?』『誰に対して?』

 「幾世守さんとか煌羅さんとか常夜見さんとか、それからこの間戦ったクリメイトとか。み~んな戦う時に技の名前言ってるじゃないですか。あれカッコよくてい~な~ってずっと思ってたんです」

 『なんだそれ』『ずっとそんなん思ってたの草』『感性が小学生過ぎるだろ』

 「でもあれって、ただ名前言ってるだけじゃないんですって。そうなんですよね?常夜見さん」


 ちょうど百万頭神が新たな犬の首をけしかけてきたので、メルは語り手を魅影と交代して犬の首の対処に当たる。


 「言葉には霊力を扱いやすくする力があるの。例えば同じ『火鼬』という祓道を扱うのでも、黙って発動するのと『火鼬』という名前を口に出しながら発動するのでは、技の出の早さや威力がかなり変わってくるわ」

 『黙って技出すよりも技名叫んだ方が強いってこと?』

 「そういうことね。とは言ってもこれはあくまでも霊力を扱う場合に限った話で、霊力を扱えない人間には関係ないのだけれど……」


 魅影がメルに視線を向ける。メルは周囲の犬の首を掃討し終えたところだった。


 「前までのメルは霊力の使い方なんてさっぱりでしたけど、今のメルはバッチリですよ!」

 『韻を踏むな』


 祟り神となったことで、メルは霊力を扱う術を心得ている。


 「つまり今のメルには、技名を叫ぶちゃんとした理由があるってことです!」

 『別に理由なくても叫びたきゃ叫べばいいのに』

 「という訳でメルが常夜見さんと一緒に考えた初の必殺技!本邦初公開しちゃいますよ!」


 視聴者に披露したくて仕方がないといった様子で、メルが百万頭神に向かって走り出す。

 同時にメルが全身に纏っている紫色の炎が、徐々に右脚へと収束し始めた。


 「カロロロォッ!!」


 身の危険を感じ取ったのか、百万頭神は何体目になるか分からない犬の首達を生成し、それらをまたしてもメルにけしかけてくる。

 だがメルが犬の首に視線を向けると、紫色の炎が独りでに発射され、次々と犬の首を撃墜していった。


 「てやあああっ!!」


 メルが地面を蹴って跳躍し、紫色の炎が収束した右脚を振り被る。


 「『メルティ・クレセント』!!」


 メルの右脚が、百万頭神の側頭部を撃ち抜く。


 「カロロォッ!?」


 百万頭神の頭部が大きく横にぶれるのと同時に、紫色の炎が百万頭神の全身を包み込んだ。

 紫色の炎は命を宿しているかのように大きくうねると、やがて百万頭神を閉じ込めたまま龍のような形となって天に昇り始める。

 そして遥か上空まで昇った炎の龍は、空を埋め尽くすほどの大爆発を起こした。


 「た~まや~!」


 空に散っていく紫色の炎にそう叫んでから、メルはカメラに体を向けた。


 「いかがだったでしょうか!これがメルの必殺技、『メルティ・クレセント』です!」

 『何か聞いたことある技名だな』『こないだクリメイトが同じような名前の技使ってなかった?』『ヴォルカニッククレセントだっけか』『もしかしてパクった?』

 「……気付かなくていいことばっか気付いてぇ~」


 視聴者達はメルが思っていたよりも鋭かった。

 桜庭メル・クリメイトの技の1つに、炎を纏わせた脚で回し蹴りを放つ『ヴォルカニッククレセント』というものがあった。

 『メルティ・クレセント』という名前は、視聴者の指摘通り『ヴォルカニッククレセント』からアイデアを拝借したものだ。


 「……クレセントっていうのがカッコよくて、いいな~って思ってたんです」

 『いいな~って思ったから真似しちゃったんだ?』

 「……うん」

 『草』『正直でよろしい』『今のうんめちゃくちゃ可愛かったな』

 「技名の是非はともかく、百万頭神は無事に仕留められたようね」


 魅影がそう言ってメルの右腕に触れる。真っ黒に変色していた肌は、少しずつ元の色へと戻り始めていた。


 「疫病の影響が消えたわ。ついでだから噛み傷も治しておきなさい」

 「は~い」


 魅影の指示通りに、メルは霊力を用いて右腕の傷を治し始める。


 「さて、百万頭神の神を殺したところで、残るは……」


 魅影とメルは離れた場所に佇むファンファーレへと視線を向ける。


 「オヨロズ……」


 ファンファーレは跪き、百万頭神の死を悼んで1筋の涙を流していた。

 そしてゆっくりと顔を上げたファンファーレが、強い怒りの視線でメルを射抜く。


 「よくも……私のお友達を……!」

 「仕掛けてきたのはそっちなんですけど……でも、今のあなたにはメルを憎む理由はありますよね」


 先に攻撃してきたのはファンファーレと百万頭神だが、それでもメルがファンファーレの友達を手に掛けたことに変わりはない。


 「メルに復讐したいでしょ?いいですよ、受けて立ちます」

 「オリジン……オヨロズの仇、討たせていただきますわ!『ホワイトフィアー』!!」


 ファンファーレが高らかに声を上げると同時に、その背中からアゲハチョウのような形状の白い翅が生えた。


 「最強形態、ってやつでしょうか」

 「クリメイトも使っていたわね」


 前回の配信でメルが戦った桜庭メル・クリメイトは、「最強形態」と称して『マグマフォース』なる力を行使していた。

 そして同じくメルティーズであるファンファーレも、同様の力を使えるようだ。


 「綺麗な翅ですね」

 「ええ。けれども綺麗なだけではないはずよ」

 「分かってますよ」


 メルは翅を獲得したファンファーレを注意深く観察する。


 「御覧に入れて差し上げますわ……私のホワイトフィアーの力を!」


 ギョロリ、と。

 ファンファーレの白い翅に、いくつもの目玉が出現した。


 「っ、常夜見さん!」

 「ええ」


 目玉が現れるのとほぼ同時に、魅影が撮影用のスマホを抱えて走り出した。


 『えちょっと』『トコヨミさん何してんの?』『見えないんだけど』

 「見えたら拙いのよ。しばらく私が相手してあげるから文句言わないの」


 魅影が遠く離れていくのを確認してから、メルは改めてファンファーレへと向き直る。

 その瞼は固く閉じられていた。


 「困りますよ……こっちは配信してるのに、そんな『見たら終わり』みたいなもの出されたら……」


 ファンファーレのホワイトフィアーは、認識することが引き金となって致命的な影響を受ける類の呪詛だ。メルはこれまでの経験から、直感的にそう判断した。

 メルがこれまでに相対した存在で言うと緋狒神がそれに近い。緋狒神が生み出す「猿霊」という分身体は、視認した人間が死亡するという性質を有していた。

 しかしホワイトフィアーの力は、緋狒神のそれとは次元が違う。


 「危なかった……カメラに映ってたら、メルのチャンネルの視聴者絶滅してたとこですよ」


 緋狒神の猿霊は、カメラ越しでは視認しても命を奪われることは無かった。

 だがファンファーレのホワイトフィアーは、カメラの向こうの視聴者すら容赦なく命を奪われてしまうだろう。

 そう直感したからこそ、メルは瞼を閉ざし、魅影にカメラを遠ざけさせたのだ。


 「ホワイトフィアーは恐怖の化身。この姿を目にしたものは、恐怖のあまり息の根を止めるか狂気に陥るかの2つに1つ……そしてホワイトフィアーがもたらす恐怖は、その姿によるものだけではありませんわ」

 「……そうみたいですね」


 メルは全身にじっとりと汗をかき、指先が微かに震えている。それらはファンファーレへの恐怖によって引き起こされた反応だ。


 「私の姿、声、感触。そのいずれかを認識した時点で、ホワイトフィアーは牙を剥きますわ。ですけれど……今の私の声を聞いて尚、落命も発狂もなさらないとは」

 「まあ、一応祟り神ですし」


 祟り神となったメルは、呪いや祟りに対して強い耐性を有している。そのためホワイトフィアーの影響下にあっても即死を免れていた。


 「そっか。目を瞑っても声聞いただけでダメなら、目瞑ってるだけ損ですね」


 メルがここまで頑なに閉じていた瞼を開く。


 「多少は耐えているようですけれど……どちらにせよ長くは持ちませんわ。フィアーレイ!」


 ファンファーが声を張るのと同時に、白い翅の目玉から一斉にビームが放たれた。


 「っ、まずっ……!」


 メルは咄嗟に紫色の炎を飛ばしてビームの相殺を試みたが、ホワイトフィアーの影響で初動が僅かに遅れ、全てのビームを相殺することができなかった。

 メルの迎撃を免れた1筋のビームが、メルの体に直撃する。


 「っ……」


 ビームを食らっても、メルは痛みや熱さは一切感じなかった。

 だがそれらの苦痛の代わりに、メルの全身が自らの意思とは関係なくガタガタと震え始め、全身からブワッと夥しい量の汗が溢れた。


 「こ、これ、は……」

 「フィアーレイはホワイトフィアーがもたらす恐怖を凝縮した光。この光を受けてなお正気を保つことのできる知的生命体は存在しませんわ」


 ファンファーレの説明の途中で、メルはその場に崩れ落ちる。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 ファンファーレの言葉通り、それはあまりにも絶大な恐怖だった。

 殺人トンネルで生まれて初めて幽霊に遭遇し、その幽霊に命を奪われかけた時。その恐怖を数百倍に強めたような、この世のものとは思えない恐怖だ。

 だが、メルはここで屈する訳にはいかなかった。

92話まで何の技も無かった女


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次回は明日更新します

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