第2回桜庭メルの自分探しの旅:彩女の森 三
「はぁ……何もしてないのに疲れました……」
メルは丸太に腰を下ろし、乾いた口を紅茶で潤す。紅茶に対する忌避感はとっくに無くなっていた。
「ところで、オリジンは何をなさりにここへいらしたのですか?」
落ち着いたところで、ファンファーレが核心に迫る質問をしてくる。
「あ~……そう、です、ね~……」
まさか「あなたを殺しに来ました」などと馬鹿正直に言う訳にも行かない。
「……ファンファーレのお話を聞きに来たんです」
「私の話を?」
「はい。ファンファーレはこの森で何をしてるんですか?」
メルはとりあえず話をはぐらかすことにした。
「私はこの森で、お友達を増やしているんですの」
メルの咄嗟の質問を訝しむことなく、ファンファーレは回答を口にする。
「お友達、ですか?」
「はい。この森にはたくさんの怪異が住んでいるんです。私は毎日その方たちと触れ合って、少しずつお友達を増やしていっているんですの。この子達も、そうやってできたお友達なんですのよ」
そう言ってファンファーレは、側にいるセイロンとアソートの頭を指で撫でた。
「お友達を増やすのは何のために?」
「私は寂しがり屋ですから。この森に住む怪異の全員とお友達になることが、今の私の目標ですの」
「なるほどね」
興味が無さそうにマカロンを頬張っていた魅影が、唐突に口を挟んだ。
「この森に住む怪異全員と友達になる……あなたならすぐにでも叶えられるんじゃないかしら」
「本当ですか?」
魅影からのお墨付きに、ファンファーレは笑顔を浮かべる。
「だって怪異の精神を支配して、自分の言いなりにしていくだけの単純な作業でしょう?あなたの能力なら本腰を入れれば3日と掛からないのではないかしら」
しかし続く魅影の言葉に、ファンファーレの表情が石像のように固まった。
「常夜見さん、それってどういう……」
「あら、気付いていなかったの?そこにいるティーポットの怪異もコックの怪異も、ファンファーレの精神干渉を受けているわ。ファンファーレに友好的なのはそのためよ」
「ホントですか……?」
メルは改めてセイロンとアソートの様子を観察する。魅影が言うような精神干渉の影響は、メルには発見できなかった。
ただ、元々メルは魅影と違って怪異の力を解析するような能力は持たない。
そして今のファンファーレの表情は、魅影の指摘が正しいことを雄弁に物語っていた。
「私が、セイロン達の精神を支配している……仰っている意味が、よく分からないのですが……」
「惚けても無駄よ、私は元怪異使いだもの。怪異の力には誰よりも敏感だわ。あなたが精神干渉能力を使ってこの森の怪異を支配していることは……」
バンッ!と。
ファンファーレが切り株を強く叩いて立ち上がった。
「言いがかりは止めてください!セイロンもアソートも他のお友達も!みんな自分の意思で私と仲良くしてくれているんです!それを私が精神を支配しているだなんて……」
「あら、すごく汗を掻いているみたいだけれど大丈夫?」
ファンファーレの言葉を遮り、魅影はファンファーレの額を指差す。そこには脂汗がびっしりと浮かんでいた。
「具合でも悪いのかしら?それとも……真実を言い当てられて、焦っているのかしら?」
「っ……!」
ファンファーレは唇を噛み、血走った目で魅影を睨み付ける。その表情からは、先程までのお淑やかさは霧散してしまっていた。
「ちょっと常夜見さん!?なんか地雷踏んだっぽいですけど!?」
「あら、いいじゃない。向こうが怒って攻撃してきたら、あなたも殺しやすいでしょう?」
「……常夜見さんって、ほんっといい性格してますよね」
「ありがとう」
「褒めてない」
メルと魅影がコソコソ話している間、ファンファーレは顔を伏せてぷるぷると震えていた。
「……許さない」
そう小さく呟き、ファンファーレがバッと顔を上げる。
「オヨロズ!来て!オヨロズ!」
叫ぶようなファンファーレの呼び掛けが、彩女の森に木霊する。
そして。
「っ、常夜見さん!」
「ええ……!」
メルの鋭敏な聴覚は、この場所へと向かってくる無数の物音をキャッチした。
そして魅影も、メルが捉えたのと同じ気配を感じ取っている。
「オリジン……魅影さん……あなた達は、絶対に許しません……!」
「えっ、メルもですか!?」
「連帯責任という訳ね」
「あなたが言うことじゃないでしょ!?」
これまでの会話の流れからして、ファンファーレの地雷を踏んだのは明らかに魅影だ。しかし魅影だけでなくメルにも、ファンファーレの怒りの矛先は向いているらしかった。
そんな話をしている間にも無数の物音はメル達の方へと接近し、遂に物音の主達が森の中から姿を現す。
それは何十何百という数の、大量の犬の首だった。
「っ、この気配、まさか……!」
同時にメルの隣で、魅影が何かに気付いたように目を見開いた。
「常夜見さん?何か……」
「……迂闊だったわ。まさかこの私が見落としていたなんて」
大量の犬の首は1ヶ所に集結し、ぎちぎちと互いに互いの体を押し付け合っていく。
そうしている内に犬の首達の体の境界は曖昧になり、1つの大きな塊へと変化しつつあった。
「この森には多数の小さな怪異が生息していた。それは桜庭さんにも分かっていたでしょう?」
「は、はい、まあ……」
「けれどそれらの小さな怪異の中に、『強大な存在が無数に分割されたもの』が紛れていたのよ。あまりに小さく分割されていたものだから、私も見過ごしてしまっていたわ」
「それって、どういう……」
森から現れた数百もの犬の首は、いつの間にかその全てが融合を終えていた。
そしてそこにいたのは、3本の尾を持つ巨大な1頭の狼。
「カロロロロ……」
狼の口から、アスファルトの坂を空き缶が転がるような音が聞こえてくる。
「……彩女の森には、祟り神が潜んでいたんだわ」
ファンファーレが狼に近付き、その首元にそっと触れる。
「この子の名前は百万頭神。この森で1番強い子です」
ファンファーレが首元を撫でると、百万頭神は嬉しそうにファンファーレにじゃれついた。
「祟り神の精神まで支配するなんて……相当強力な精神干渉能力ね」
精神を支配という言葉が癇に障ったのか、ファンファーレが魅影をギロリと睨み付ける。
「さあ、オヨロズ。あの2人を食べてしまって?」
「カロロロロ……」
百万頭神は涎を垂らしながら、ゆっくりとメル達へと近付いてくる。
「桜庭さん、後はお願いね」
「えっ、手伝ってくれないんですか!?」
「あなた1人で充分でしょう?万が一桜庭さんが危なくなったら、私も手伝ってあげるわ」
そう言い残し、魅影はその場から離れて行ってしまった。
「相変わらずですねあの女……こうなったのは常夜見さんのせいでしょうに……」
メルは呆れて溜息を吐きながら、百万頭神に向き直った。
「……まあ、いいんですけど。どっちにしてもメルティーズは殺さなきゃですから」
視聴者には聞こえないよう、メルは口の中で呟く。
「カロロロォッ!!」
百万頭神が咆哮を上げる。
すると百万頭神の周囲に10体ほどの犬の首が出現し、顎を大きく開けて一斉にメルへと襲い掛かってきた。
「あ~、手数で来る感じのパターンですね?」
メルは食らいつこうとする犬の首達をひらりひらりと躱しながら、百万頭神をじっと観察する。
すると百万頭神を見据えるその瞳が赤い光を放ち、メルは紫色の炎の螺旋を身に纏った。
「ていっ」
足に噛みつこうとしてきた犬の首を踏みつけるメル。すると犬の首は悲鳴を上げながら呆気なく消滅した。
「首は大して強くないんですね~……てやっ!」
メルがその場で1回転するように回し蹴りを放つ。すると足の軌道に合わせて紫色の炎が周囲の犬の首達を焼き払い、10体以上いた犬の生首は一瞬で全滅した。
「カロロロォッ!!」
それを目の当たりにした百万頭神が再び咆哮を上げると、また同じように10体ほどの犬の首が出現した。
「それはもういいですって」
しかし犬の首達が動き出すよりも先にメルは地面を蹴り、百万頭神との距離を一瞬で詰めた。
メルから放たれる紫色の炎によって、犬の首達が焼却されていく。
そして犬の首を全滅させた炎は螺旋を描きながらメルの右腕へ収束し、ドリルのような形状を構築した。そしてメルはその右手で、百万頭神の頭目掛けて貫手を放った。
「カロロォッ!?」
悲鳴を上げる百万頭神。
『やったか!?』『もう倒したんか』『早いなぁ』
視聴者達の大半は、メルの一撃によって百万頭神が絶命したと判断していた。脳天にメルの腕が深々と突き刺さっているのだから、その判断は至極真っ当だ。
しかし当の本人であるメルはと言うと、訝しむように眉間に皺を作っていた。
「何、これ……」
メルは不可解な感覚を味わっていた。
メルの貫手は、確実に百万頭神の脳天を貫いている。だというのにメルが感じた手応えは、驚くほどに軽かった。先程犬の生首を踏み潰した時の方がまだ手応えがあったほどだ。
百万頭神にとって頭部は弱点ではないのだろうか、などとメルが考えたその時、
「痛っ!?」
右腕に激しい痛みが走った。
反射的に百万頭神の頭から右腕を引き抜くと、右腕は無数の傷でズタズタになっていた。まるでミキサーに腕を突っ込んだかのような有様だ。
更に傷口から肌が徐々に黒く染まっていき、それが広がるにつれて右腕の感覚が失われ始めた。
「わっ、何ですかこれ!?」
驚いたメルは咄嗟に後方に飛び退き、百万頭神から大きく距離を取った。
『うわヤバ』『右手グロすぎるだろ』『ご飯食べながら見なきゃよかった……』
「毒!?毒なんですかこれ!?」
変色していく肌と消えていく感覚に、メルは毒物を想起するが、
「恐らく毒ではないわ」
いつの間にかメルの足元にやってきた魅影がそう囁いた。
「あくまで私の見立てだけれど、それはある種の疫病ね。きっと百万頭神に噛まれた時に感染させられた疫病で、右腕が機能不全を起こしているのよ」
「噛まれた時って……メル、狼さんに噛まれた覚えは無いんですけど」
確かにメルの右腕の傷は、よくよく見ると無数の噛み傷のようにも見える。だがメルは百万頭神にも犬の首にも一切噛まれていないはずだった。
「カロロロロォッ!!」
百万頭神が吠え、出現した犬の首達がメルと魅影へ襲い掛かってくる。
「噛まれていないというのは、単に桜庭さんが自覚していないだけよ」
「えっ、どういうことですか?」
近付いてきた犬の首をぺしっと叩き落としながら、メルは首を傾げて魅影に尋ねる。
「桜庭さん、百万頭神が現れた時のことは覚えているでしょう?」
「覚えてますよ。ワンちゃんの首がわーって集まってきて、それが合体してあの狼さんになりました」
メルが紫色の炎を纏わせた手刀で、犬の首を両断する。
「でもそれが何なんですか?」
「あの時の様子を見ていたら察しが付くでしょう?百万頭神は1頭の狼のように見えるけれど、その正体は無数の犬の首が1つの個体を形成している群体生物なのよ」
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