第2回桜庭メルの自分探しの旅:彩女の森 二
「桜庭メル・ファンファーレ……メルティーズの1人で間違いないわね」
魅影がメルにこっそりと囁き、メルもそれに頷き返した。
『すげえ、おしとやかなメルだ』『メルお嬢様だ』『新鮮~』
「こうしてお会いできたのも何かの縁に違いありませんわ。オリジンも、そこの可愛らしいワンちゃんも、宜しければ一緒にお茶などいかがですか?」
ファンファーレはにっこりと微笑みながら、メルと魅影にそんな提案をしてきた。
「クリメイトとは大違いですね……」
メルは口の中で独り言を呟く。
前回の配信で邂逅したメルティーズの1人、桜庭メル・クリメイトは、メルに対する敵愾心が非常に強かった。それを思うと、ファンファーレの穏やかな対応は嘘のようだ。
「私が、ワンちゃん……?」
魅影は自分が犬だと思われたことにショックを受けていた。今の魅影は全身黒のレッサーパンダのような姿で、あまり犬には見えない。
「こちらへどうぞ、ついていらして?」
ファンファーレがメル達に背中を向けて歩き出す。
「とりあえずついていきましょう」
「そうね。いきなり事を荒立てることはないわ」
メルと魅影はひとまずファンファーレに従うことにした。
「私、普段はここで過ごしておりますの」
ファンファーレに案内されたのは、メルが予想した通り滝のすぐ近くだった。透き通った池のようになっている滝壺の近くには大きな切り株があり、切り株を挟んで横倒しになった丸太が2つ置かれている。
「さあ、オリジンもワンちゃんもお掛けになって?」
ファンファーレは切り株の側の丸太に腰掛け、メルと魅影を促した。
「ど、どうも……」
メルは少し戸惑いつつ、ファンファーレとは反対側の丸太に腰を下ろす。メルの隣に魅影もちょこんと座り込んだ。
「今お茶をご用意いたしますわね」
「お茶……?いえ、お構いなく」
「そう仰らずに。セイロン、セイロンはいるかしら?」
ファンファーレが森の中へ呼びかける。
すると木々の間から、アンティーク風のお洒落なティーポットが現れた。
ティーポットはふわふわとUFOのように飛行しながら、切り株の上に移動してくる。
「付喪神ね」
魅影がメルにだけ聞こえる声でそう呟いた。
付喪神、つまり怪異化したティーポットということだ。
「この子はセイロン。私のお友達ですわ。とっても美味しい紅茶を淹れてくれますのよ」
ファンファーレがにこやかにそう言いながら、人数分のティーカップを取り出した。
「ワンちゃんも紅茶でよろしいでしょうか?」
「ええ、いいわ。けれど私をワンちゃんと呼ぶのは止めて。常夜見魅影よ、魅力の魅にシャドウの影で魅影」
「まあ、ワンちゃんは魅影さんと仰るんですね」
「だからワンちゃんじゃないって……」
どうやら魅影が犬であるというファンファーレの思い込みは是正できそうになかった。
ファンファーレがティーカップを配り終えると、セイロンがその中に紅茶を注いでいく。
「さ、召し上がって?」
ファンファーレは2人に紅茶を勧めつつ、自らもカップに口を付ける。
メルはカップの中を見下ろした。ごく普通の紅茶が湯気を立てている。
メルはファンファーレに聞かれないよう、小声で魅影に話しかけた。
「……これって、怪異の中から出てきたやつですよね?」
「そうね」
「怪異の中身ですよね?」
「そう言い換えることもできるわね」
「……飲んで大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょ」
魅影は全く気にする様子もなく、前脚を器用に使って紅茶を飲んでいる。
怪異から出てきたものに口を付けるのはメルには抵抗感があるのだが、元怪異使いである魅影はその辺りの感覚が違うらしい。
「オリジン?どうかなさいまして?」
ファンファーレが小首を傾げて不思議そうに尋ねてくる。
「いっ、いえ……」
「ちょっとこれ飲むのはイヤですね~」と正直に言うのも気が引けたので、メルは意を決して紅茶に口を付けた。
「……紅茶だ……」
それは驚くほどに普通の紅茶だった。不味くも無ければ、取り立てて美味いということもない、怪異から出てきたとは思えないほど何の変哲もない紅茶だ。
「あら、いけない。私ったら、お菓子の用意をすっかり忘れてしまいましたわ。アソートはいるかしら?」
ファンファーレがセイロンにそう声をかけると、セイロンは森の中へと消えていった。
「少しお待ちいただけるかしら?」
「は、はぁ……」
今度は一体何が出てくるのかと、戦々恐々とするメル。
森に入ったセイロンは、1分と経たずに戻ってきた。そしてセイロンの後ろには、手足の生えたバレーボールのような不思議な生き物がひょこひょこと歩いていた。
ボールはコック帽を被り、下半分にはエプロンのような布を巻いている。両手にはそれぞれ泡立て器とボウルを持っており、ボウルの中にはバッター液のような液体が入っている。
「とっ、常夜見さん、何ですかあのボールみたいなの!?」
『何だアレ可愛いな』『どこかのマスコットキャラみたい』
メルは小声で魅影に尋ねる。
「怪異ね」
「そりゃ怪異でしょうよ!」
あのボールのコックが怪異であることくらいは魅影に聞くまでもなく分かる。メルが知りたいのはそういうことではない。
「よく来てくれたわね、アソート」
ファンファーレがボールのコックを優しく抱え上げる。先程ファンファーレが口にしていた「アソート」というのは、このボールのコックの名前らしい。
「アソート、またいつものをお願いしてもいい?」
ファンファーレがお伺いを立てると、アソートは頷くような素振りを見せた。
「ふふ、ありがとう」
ファンファーレはアソートを切り株に下ろすと、どこからともなく取り出した皿を切り株の上に並べ始める。
アソートは踊るように飛び跳ねながら、ボウルの中のバッター液のようなものを泡立て器でかき混ぜ始める。
泡立て器を扱う手付きはかなり荒く、バッター液がボウルから溢れて皿の上に飛び散る。
すると皿に触れたバッター液が、一瞬でクッキーやマカロンなどの多種多様な菓子類に変化した。
「ひゃっ!?」
「へぇ?」
「アソートは甘いお菓子を作り出すことができるんです。とっても重宝していますのよ」
ファンファーレがそう紹介すると、アソートは胸を張った。そんなアソートの脇にファンファーレが手を入れ、切り株の上から地面へと下ろした。
「さあ、召し上がって?」
「いただくわ」
真っ先に魅影がピンク色のマカロンを両手で抱えて口へ運ぶ。
「常夜見さん、人間の食べ物食べて大丈夫ですか?」
「……あなたまで私を犬扱いするつもり?」
魅影はそう言ってメルを睨み付けた。
「今の私は食事をしなくても平気な体だもの、逆に言えば何を食べても何の影響もないわ。それより桜庭さんもいただいたら?」
「……そうですね」
怪異が生成した菓子に手を付けることに抵抗がないではない。しかし既に紅茶を飲んでしまっている以上、菓子を食べようが食べまいが同じことだ。
メルは恐る恐る皿に手を伸ばし、マーブル模様のクッキーを1枚摘む。
「……あっ、美味しい」
そしてクッキーを1口齧ったその瞬間。
「えっ!?あれっ!?」
メルの全身が虹色の光で包まれた。
『おおおおおっ!!』『キタキタキタキタキタァ!!』『やったああああ!!』
途端にコメント欄が一斉に沸き立つ。
「あれっ、えっ、これってまだ残ってたんですか!?」
自らの身に起きた予想だにしない出来事に、メルは激しく狼狽える。
メルは人間だった頃、怪異の影響で「クッキーを食べると魔法少女に変身する」という困った体質になってしまった。だが人間から祟り神になったことで、その体質は無くなったものだとメルは勝手に思い込んでいたのだ。
しかし現在、クッキーを1口食べた瞬間にメルの体は変身を始めている。つまりはメルの見積もりが甘かったということだ。
「あらあら。迂闊だったわね、桜庭さん」
「まあ……」
突然変身を始めたメルを魅影は嘲笑し、ファンファーレは口に手を当てて目を丸くしている。
「ああああもうっ!」
虹色の光の中で、メルの体には劇的な変化が生じていた。
いつも身に着けているピンクのブラウスと黒のスカートが消失し、代わりにリボンやフリルやハートマークがふんだんにあしらわれたピンク色の衣装が出現する。
黒と桜色の2色だった頭髪はピンク1色に染まり、ツインテールは元の長さの2倍以上に伸長した。
そして虹色の光は消失し、そこには魔法少女の装いとなったメルの姿があった。
「まあ!突然お光りになってどうなさったのかと思いましたが、お召し替えでしたのね」
「あ、あはは……」
ファンファーレの純粋な反応に、メルは愛想笑いを浮かべる。
「ちょっと、あの、クッキーもう1枚いただきますね」
『おいちょっと待てよ』『もうちょっとその恰好でいたらいいのに』『今のうちにスクショ撮らなきゃ』
魔法少女の姿へと変身したメルは、もう1枚クッキーを食べることで元の服装に戻ることができる。
一刻も早く魔法少女姿の辱めから解放されるべくメルはクッキーに手を伸ばすが、
「ちょっと待って桜庭さん」
魅影がその手を掴んだ。
「なんですか常夜見さん。離してください、っていうかその前脚でどうやって掴んでるんですか!?」
「桜庭さん。今の魔法少女に変身した状態で、祟り神に変身してもらえないかしら」
「なんで今そんなことしなきゃいけないんですか!?」
今のメルは自分の意思で人間の姿と祟り神の姿を自由に切り替えることができる。
だが魔法少女の状態で祟り神の姿へと変身したことはまだない。それをここでやってみろと、魅影は要求しているのだ。
「興味があるのよ、その状態から変身する祟り神がどんな姿なのか。普段の姿から変身するのと変わらないのかしら、それともフリルが付いた祟り神になるのかしら?」
「なんでメルが常夜見さんの好奇心を満たすためだけにそんなことっ……」
『俺も見たい』『見たい見たい』『見た~い!』『俺も』『私も』
「くっ……」
メルは下唇を噛んだ。
魅影1人の頼みであれば却下するのは容易いが、何よりも大切にすべき視聴者から口を揃えて請われると、メルとしても無下にはできない。
「……分かりました。1回だけですからね!」
『やった~!』『ありがとう!』『ありがとうトコヨミさん!』『トコヨミさんのおかげです!』『俺トコヨミさん推しになるわ』
「あら、そんなに褒めてくれなくてもいいのよ?」
「ちょっと皆さん!あんまり常夜見さん調子に乗らせないでください!」
メルは視聴者達を牽制しつつ、フィンガースナップの構えを取る。
「えいっ!」
『鳴らんなぁ』『様式美』『誰かやり方教えてやれよ』
そして不発に終わったフィンガースナップの直後、メルの体が黒い繭に覆われた。
「まあまあまあ……!」
半ば置いてけぼりにされているファンファーレは、またしても変身を始めたメルに大いに驚いている。
蕾が綻ぶように黒い繭が解け、中から変身を終えたメルの姿が現れる。
「ふぅ……」
頭部に聳える7本の角。本来白い部分が黒く、瞳が赤く染まった眼球。コウモリのような1対の黒い翼。無数の棘を持つ長い尾。夜の闇を衣服に仕立てたかのような妖艶なイブニングドレス。
祟り神となったメルの、人ならざる者の姿だ。
『相変わらず目が怖いなぁ』『前見たのと同じだ』『魔法少女バージョンにはならないのか』
「なぁんだ。魔法少女の姿から変身しても、祟り神の姿は変わらないのね。つまんないの」
「人にやらせといてその反応はシンプルに失礼ですよね」
関心を失った魅影の態度に、メルは頬を引き攣らせる。
「まあ……またお召し替えでしたのね。オリジンはお召し替えがお早いんですのね」
何が琴線に触れたのか、ファンファーレはメルの変身に感心している様子だった。
「はあ……もういいですよね」
メルはもう1度鳴らないフィンガースナップをして、祟り神の姿から魔法少女の姿へと戻る。
そしてクッキーを1枚口に含み、ようやく平常時の姿となった。
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