第2回桜庭メルの自分探しの旅:彩女の森 一
「皆さん、成層圏からこんにちは。祟り神系ストリーマー、桜庭メルで~す」
『こんにちは~』『挨拶は今後もそれでいくのね』『祟り神系ストリーマーのパイオニア』
「今日も成層圏は快晴で~す」
『成層圏ってそういうところだからな』
配信が始まり、メルはカメラに両手を振ってアピールする。
そして自分の挨拶が終わったところで、メルは画面の外から黒いレッサーパンダを持ち上げた。
「そしてこちらが!」
「……常夜見魅影です」
「あれ?常夜見さんあれ?」
「……あなたのハートに神解雷螺、常夜見魅影です……」
メルに無言の圧力を受け、前回の配信で誕生したキャッチフレーズを渋々口にする魅影。
しかしメルはそれだけでは満足しなかった。
「常夜見さん、ちょっと元気なくないですか?もっと元気よく、可愛い感じでやってみてください」
「嫌よ。なんで私がそこまで媚びるような真似を……」
「あれ~?常夜見さん?メルのお願い聞いてくれないんですか~?」
「~~~~っ、あ……あなたのハートに神解雷螺!常夜見魅影で~すっ!」
『完全な脅迫で草』『出るとこ出たら敗訴するだろこれ』『まあトコヨミさんが相手だし……』『でもトコヨミさん可愛いよ』
メルと魅影のやり取りを、視聴者達は生暖かく見守っている。
「きゃ~!可愛い~!」
「やっ、やめっ!撫でないで!もげるっ、頭もげるからっ!」
『トコヨミさんモフモフしてそう』『私もトコヨミさん撫でてみた~い』
メルが魅影の頭を荒い手付きで撫でまわし、魅影はそれに悲鳴を上げた。
「さて、始まりました第2回桜庭メルの自分探しの旅!この企画は祟り神となってしまったメルから生まれた7人の怪異、通称メルティーズを見つけて会いに行こう!という企画です!」
『相変わらず何言ってるかよく分かんない説明』『説明を理解するのに必要な事前知識が多すぎるんだよなぁ』
「今の説明がよく分からなかったよ~って人とか、初めてメルの配信を見に来てくれた人とかは、もうニュアンスで見てくださ~い」
『説明諦めてて草』『正直俺最近の配信は何となくで見てる』『俺も』
必要な事前知識が多すぎることでお馴染みのメルの配信。視聴のためのハードルの高さが災いし、最近またチャンネル登録者数が減少傾向にあった。
「メルティーズが見つからないことには自分探しの旅も配信できないんですが、なんと常夜見さんがまたメルティーズを見つけてくれました~、パチパチパチ~」
『トコヨミさんすごい』『トコヨミさんありがとう』『トコヨミさん可愛い』『トコヨミさんモフモフしたい』
「別に……桜庭さんは一々大袈裟なのよ」
関心がない風を装っている魅影だが、視聴者達に褒められて口を僅かにもにょもにょと動かしていた。嬉しいことは嬉しいらしい。
「それで常夜見さん。2人目のメルティーズはどこにいたんですか?」
「『彩女の森』と呼ばれるエリアよ。昔は神社か何かの境内で、今では踏み入れば神の祟りを受ける禁足地とされているようね」
「きんそくち……立ち入り禁止ってことですか?」
「そうね。言い伝えを破って侵入する愚か者もいないようだし、怪異が隠れて住むには持って来いの場所だわ」
魅影からメルティーズの居場所についての説明を受けたメルは、不安そうな表情を浮かべた。
「でも、入っちゃダメな場所なんですよね……どうしましょう?」
「……あなた、そんなことを気にしているの?」
呆れたように顔を顰める魅影。レッサーパンダの顔つきで人間らしい感情が伝わってくるのは不思議だ。
「仮に彩女の森に入って祟りを受けたことが過去本当にあったとしても、あなたが祟られることは有り得ないわ。今のあなたは祟られる側ではなく祟る側、祟り神なんだもの。いい加減人間気分は卒業しなさい」
『人間気分を卒業……?』『何だそのパワーワード』『確か前回も言ってたよな人間気分』『トコヨミさん気に入ってんのかな』
魅影に窘められるメルだが、別にメルは「彩女の森に踏み入れば祟られる」という言い伝えを気にしているのではない。
「そういう入っちゃいけない場所に勝手に入る動画って、すっごく叩かれるんですよ?炎上とかしちゃうかも……」
「何よ、そんなに炎上が怖いの?」
「怖いですよ!」
「祟り神なのに?」
「メルは祟り神である前にストリーマーですから!」
『矜持はあるんだよなぁ』『メルって炎上周りは結構気遣ってるよな、炎上周りは』
これまで何体もの祟り神を殺してきたメルであっても、炎上は怖ろしいのだ。ストリーマーの性である。
そんなメルの様子に魅影は溜息を吐いた。
「禁足地とは言っても、法律や条例で立ち入りを禁止されている訳ではないわ。個人の私有地ということもないし、人探しのために自己責任で踏み入れる程度なら炎上はしないでしょう」
「ホントですか?信じますからね?もし炎上したら常夜見さんが何とかしてくださいね?」
「何とかって……私にどうしろというのよ」
「裏アカ200個くらい作ってメルを擁護してください」
「無茶言うわね……」
とはいえ、今から炎上した時のことを考えていても仕方が無い。
禁足地だろうが何だろうが、そこにメルティーズがいるのであれば、結局メルは行かない訳にはいかないのだ。
「じゃあ……今からその彩女の森に行ってみようと思います。法律とか条例的には問題ないそうなので、メルのこと叩いたりしないでくださいね……?」
『しないよ』『俺達のこともうちょっと信じてくれ』
「もし何か問題が出てきた場合は、メルじゃなくて常夜見さんを責めてくださいね?」
「ちょっと」
『わかった』『おっけー』『トコヨミさんのせいね』
「ちょっと!?」
「それじゃあ彩女の森へ、れっつご~!」
メルが宣言と共にフィンガースナップのような仕草をする。
相変わらず音は鳴らなかったが、メルの背景にノイズが走り、そして風景が一変する。
次の瞬間には、メルの姿は鬱蒼とした森の中にあった。
「ここが彩女の森ですか~……」
『その瞬間移動どうやってんだよ』『また1つ視聴者を置き去りにしていく……』
キョロキョロと周囲を見回すメルの足を、一緒に瞬間移動してきた魅影がてしてしと叩いた。
「桜庭さん、強い怪異の気配を感じるわ。恐らくメルティーズよ」
「あら、今回はちゃんと最初からいるんですね」
「こっちよ、ついて来て」
魅影が森の中を歩き出し、メルもその後に続いていく。
「わっ、すっごく歩きづらい……」
彩女の森は禁足地というだけあって、人間が通行するための整備が全く為されていなかった。地表に伸び出た樹木の根や転がっている大小の岩石が激しい起伏を生み出し、メルの足を妨げている。
「そんなに歩きづらいかしら?」
「常夜見さん4本足だから分からないんですよ。足2本で歩くのは結構厳しいですよ、ここ」
「羨ましかったらあなたも這いつくばったらどうかしら?」
「いえ、別に羨ましくは無いです」
やいのやいの言い合いながら、2人は怪異の気配のある方へと森の中を歩いていく。
「……桜庭さん、あなたは気付いている?」
「えっ、何にですか?」
「その様子だと気付いていないようね」
魅影が溜息を吐く。
「あ~感じ悪っ。何か気付いたことあるなら普通に教えてくれればいいじゃないですか、嫌味なんか言ってないで」
「……怪異の気配が増えてきたわ。とは言ってもメルティーズとは比べ物にならない、取るに足らないほど小さな怪異の気配だけれど」
「えっ、ホントですか?」
メルは周囲の気配を探るが、魅影の言う怪異の気配は感じられなかった。
「……何も感じませんけど」
「それはあなたが私と違って、五感で気配を探っているからよ。森に棲む小動物の音と区別がついていないんだわ」
同じ気配を探るのでも、メルと魅影ではその方法が違う。
メルは非常に優れた五感、主に視覚と聴覚を使って気配を探っているが、魅影は探査術式という技術を用いて気配を察知している。
そしてこと怪異の気配を探ることに関しては、メルよりも魅影の方が優れていると言えた。
「禁足地として長年人が踏み入れていないだけあって、怪異にとっては住みやすい環境のようね」
「大丈夫そうな感じですか?」
「さっきも言ったけれど、感じる気配はどれも取るに足らない小さな怪異のものばかりよ。人間に危害を加えるようなことは無いはずだわ。相手が私達なら尚更ね」
「気を付けなきゃいけないのはメルティーズだけ、ってことですね」
他に脅威となるものが存在しなくとも、メルティーズは単体で充分すぎるほどの脅威だ。魅影の見立てでは、メルティーズの力は並の祟り神を上回る。
「そろそろかしらね……」
15分ほど歩いたところで、先行する魅影がぽつりと呟いた。
「ですね~……」
この距離まで近付けば、メルでも強力な怪異の力をはっきりと感じ取れる。
「それにしても、ちょっと前からかなり歩きやすくなりましたよね。地面も結構平らになってきましたし」
「メルティーズはあなたと同じ姿だもの。あなたが快適と思うような環境にメルティーズも住みたいはずよ」
メルの聴覚は、水が落ちるような音を捉えていた。メルティーズは滝の近くを住処にしているのだろうか、とメルは予想した。
「あら?お客様ですか?」
その時、メルの耳に可憐な声が聞こえてきた。オカリナのような透き通る声色だ。
「っ!?」
メルは弾かれるように、声の聞こえた方へと振り返る。
そこにいたのは、白い少女だった。髪も瞳も肌も着ている服も、全てが雪のように真っ白だ。
そして少女の顔は、メルと全く同じものだった。髪型もメルと瓜二つのツインテールで、まるでメルを白一色に染め上げたような少女だった。
「あなたは……」
「あら?あらあら?どなたかと思えば、オリジンがいらっしゃったのね」
白い少女はメルの顔を見ると、両手を胸の前で合わせて顔を綻ばせた。
「申し遅れましたわ、私の名前は桜庭メル・ファンファーレ。どうぞファンファーレとお呼びくださいな」
そう言ってファンファーレは、優雅な仕草でカーテシーをした。
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