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第1回桜庭メルの自分探しの旅:赤馬採石場跡地 前編

 「成層圏からこんにちは、祟り神系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『のっけから飛ばすなぁ』『祟り神系ストリーマーって何だよ』『メルも変わっちまったな……』

 「さあ、この間お知らせした新シリーズ、桜庭メルの自分探しの旅!記念すべき第1回を始めていこうと思いま~す。わ~、パチパチパチ~」


 地球を丸く見下ろすことのできる成層圏。生身の人間には到達できないその場所をふよふよと漂いながら、メルは配信を開始した。


 「新シリーズのことは事前にお知らせしたんですが、きっとお知らせを見てない視聴者の方もいらっしゃると思います。ですから桜庭メルの自分探しの旅が一体どういう企画なのか、もう1回説明させていただきたいと思います!」

 『たすかる』『説明なんてものは何回してもいいものだからな』


 こほん、と1つ咳払いをしてから、メルは新企画についての説明を始める。


 「桜庭メルの自分探しの旅はですね、メルが祟り神になった時にメルから生まれた7人のメル、名付けて『メルティーズ』を探し出して、他人様にご迷惑をおかけする前にどうにかしようっていう企画です!」

 『なんて?????』『死ぬほど予備知識が必要な説明やめろ』『もう新規の視聴者とか要らなくなったんか?』『流石は登録者数1万人のボーダーラインを反復横跳びするチャンネル』

 「わぁ~非難轟々」


 メルの雑な説明に、コメント欄にはツッコミが殺到する。


 「今の説明で分からなかった方は、メルがメルのそっくりさんに会いに行く企画だと思ってくれれば大丈夫です」

 『本当に大丈夫か?』

 「最初にお知らせをした時は、まだメルティーズの居場所が分かってなかったんです。だからこの企画をいつ始められるか分かってなかったんですけど……この度!めでたく1人目のメルティーズが見つかりました~!」

 『おめでとう』『よく分からないけどよかったね』『どうやって見つけたの?』

 「なんか常夜見さんが見つけてくれました。ね、常夜見さん?」


 メルは画面の外へと腕を伸ばし、黒いレッサーパンダの首根っこを掴んで戻ってくる。


 「ほら常夜見さん。常夜見さんもちゃんとカメラに向かって挨拶してください」

 「……常夜見魅影です」


 メルに促され、虚ろな表情で自らの名前を口にするレッサーパンダ。


 「ダメですよ常夜見さん。視聴者さんに楽しんでもらうには、もっと元気よく挨拶しないと」

 「別に私は、視聴者を楽しませるつもりなんて……」

 「あら?常夜見さん……メルに逆らうんですか?」


 きゅっ、と魅影の首根っこを掴む力が強くなる。


 「あなたのハートに神解雷螺!レッサーパンダ系ストリーマー、常夜見魅影で~すっ!!」

 「はい、よくできました」

 「くぅっ……!!」

 『力関係が見える見える』『恐怖政治』『パワーハラスメント』『でも可愛かったよ常夜見さん』


 愛嬌たっぷりの魅影の挨拶にメルはご満悦だ。血涙を流す魅影の姿は目に入っていない。


 「常夜見さん、今の挨拶は今後もずっとやっていきましょう」

 「は!?イヤよ、なんで私がそんな……!」

 「あなたのハートに神解雷螺、いいキャッチフレーズですよね~」

 「復唱するのは止めなさい!私を愧死させたいの!?」

 「きし……?まあそれはそうとして常夜見さん、メルティーズを見つけてくれたんですよね?」

 「……ええ、あなたの言うメルティーズの、1人目の所在を掴んだわ」


 メルが唐突に本題に入ったことで、魅影もどうにか気を取り直す。


 「私は桜庭さんの指示を受けて、地上にある桜庭さんとよく似た気配を探査術式で探していたわ」

 「探査術式?何ですかそれ、メル知らないんですけど」

 「でしょうね。あなたはメルティーズの捜索を私に丸投げしていたもの」

 『メルがパワハラ上司するんだけど』『会社の上司思い出して具合悪くなってきた』

 「いいんですよ。常夜見さんはこんなことになった元凶なんですから。メルティーズの捜索くらいワンオペでやってもらわないと」

 「話を戻していいかしら?」

 「はい、ごめんなさい」


 メルの配信は、気を抜くとすぐに話が逸れてしまう。魅影が説明している間、メルは関係の無いことで口を挟まないことにした。


 「捜索範囲が日本全体だから骨が折れたけれど、それでもどうにか探査術式に桜庭さんと似た気配が1つ引っ掛かったわ。恐らくメルティーズで間違いないでしょう」

 「それで、メルティーズはどこに?」


 メルがそう尋ねると、魅影はどこからともなくスマホを取り出して操作し始めた。


 『レッサーパンダがスマホ使ってる……』『そんな手でスマホ操作できるんか?』

 「……あったわ、ここよ」


 そうして魅影がスマホの画面に生じさせたのは地図だった。「赤馬採石場跡地」という場所にピンが立てられている。


 「赤馬採石場跡地。作業員の不審死が相次いだために閉鎖され、放棄された採石場よ。不審死の原因は地中から有毒ガスが流出したと噂されているそうよ」

 『その事故聞いたことあるかも』『俺そこ割と近所だわ』

 「毒ガス……それはちょっと怖いですね~。ガスは殺せませんから」

 『相変わらず恐怖の基準がおかしい』『殺せたら毒ガスも怖くないのか……』


 メルが恐怖を抱く対象は、「メルが殺すことのできない存在」である。幽霊が殺せることを知る前のメルは、幽霊のことだってきちんと怖がっていたのだ。


 「その毒ガスの噂がある採石場に、メルティーズがいるんですよね?」

 「まず間違いないわ。私の探査術式に狂いは無い。それに、赤馬採石場跡地は怪異が住むにはお誂え向きの場所だもの」


 地図を見たところ、赤馬採石場跡地は市街地からかなり離れている。加えて有毒ガスの噂まであるとなれば、近付く人間はそうそういないだろう。

 魅影の言う通り、怪異の住処には絶好の場所だ。


 「ん~……でも毒ガスが出るかもしれない場所に行くのはな~……死んじゃうかもですし……」

 「何を馬鹿なことを言っているの。あなたが有毒ガス程度で死ぬわけないじゃない」

 「……えっ、そうなんですか!?」


 魅影が呆れたように溜息を吐く。


 「どうやらまだ人間気分が抜けていないようね」

 『人間気分って何だよ』『学生気分みたいに言うな』

 「いい加減あなたは自分が祟り神だという自覚を持ちなさい。あなたが毒ガス程度で死ぬような存在なら、私が命を捨てる必要なんてなかったのよ」

 「……そっか。メルは毒ガスを殺せないけど、毒ガスもメルを殺せないんですね。そう考えたらなんか毒ガス全然怖くなくなってきました」

 『よかったね』『やっぱ祟り神になると価値観も違ってくるんだな』『いやメルは前から割とこうだっただろ』


 有毒ガスが効かないと分かれば、最早メルに恐れるものは何も無い。


 「それじゃあ早速、この赤馬採石場跡地に行ってみましょうか!」

 『行くったってどうやって行くの?』『そこ成層圏でしょ?』

 「さ~ん、に~、い~ち、はいっ!」


 カウントダウンと同時に、メルは親指と中指を擦り合わせるような仕草をする。本人はフィンガースナップのつもりだが、残念ながら音は全く鳴っていなかった。

 だが、フィンガースナップもどきによって引き起こされた変化は絶大だった。

 メルの背景にザザッとノイズのようなものが走り、次の瞬間には成層圏から荒野のような場所へと移動していた。


 「はい、という訳でやってきました、赤馬採石場跡地で~す」

 『どういう訳で!?』『今何が起きた!?』『瞬間移動!?』

 「今のメルは祟り神ですからね~。目的地までも一瞬ですよ~」

 『祟り神って何でもアリなんだな……』


 メルの無法っぷりに、コメント欄は慄いていた。

 メルが視聴者と話している間に、魅影は採石場の地面を嗅ぎ分けるような素振りを見せていた。


 「どうしたんですか常夜見さん。トリュフでも探してるんですか?」

 「豚呼ばわりは止めてちょうだい。それよりもこの土地から、怪異の力が強く感じられるわ」

 「怪異の力?この採石場そのものが怪異ってことですか?」

 「そうではないわ。この場所に多数の怪異が生息していた痕跡があるの。恐らくここは怪異の吹き溜まりのような場所だったのでしょう」

 「へ~、常夜見さん、そんなことも分かるんですね~。流石は元怪異使い」


 祟り神となり、念写や瞬間移動など非常に多彩な能力を獲得したメルだが、それでもメルにはできないこともある。

 こと怪異に関係することに関しては、元怪異使いである魅影がメルより優れている部分が多々あった。


 「ここまで怪異の力が強いとなると、以前この採石場で起きたという作業員の不審死も、有毒ガスではなく怪異が原因だったのかも知れないわね」

 「毒ガスはデマってことですか?」

 「デマというより、不審死の理由付けとしてそれがもっともらしかった、というだけではないかしら。不審死の原因が怪異だと突き止めるのは難しいでしょうし。……それにしても妙ね」


 魅影が訝しむように周囲を見回す。


 「土地にはこれだけ怪異の力が感じられるというのに、ここには怪異の気配がまるで無いわ」

 「……あっ、確かに!」


 魅影に言われてメルも採石場の気配を探ったが、怪異の気配は1つも感じ取れなかった。


 「何かあったんでしょうか?」

 「……殺された、のかしらね。ここに住んでいた怪異が全て」

 「殺されたって……誰にですか?」

 「あら。考えられる可能性なんて、1つしかないのではないかしら?」


 魅影の言わんとすることを理解し、メルは息を呑んだ。


 「まさか、メルティーズが?」

 「そうとしか考えられないわ。土地に残っている怪異の痕跡からするに、怪異が消えたのはごく最近のことよ。最近になってこの場所に現れた、複数の怪異を一方的に虐殺するほどの戦闘能力の持ち主。あなたの言うメルティーズの仕業と見てまず間違いないでしょう」

 「お~、すごい」


 推理に感心したメルがパチパチと両手を叩くと、魅影は得意気に鼻を鳴らした。


 「でもそれなら、怪異を皆殺しにしたメルティーズはどこにいるんでしょう?気配がしないですよね」


 メルがもう1度周囲を見渡す。

 先程気配を探った時もそうだったが、この採石場からは怪異の気配が感じられない。それはつまり、怪異を虐殺したと目されるメルティーズの気配すら感じられないということだ。


 「……何か都合があって留守にしているのではないのかしら」

 「あれ?常夜見さんちょっと自信なくなってます?」

 「そんなことは無いわよ?言いがかりは止めて」


 口では強がっている魅影だが、メルティーズが見当たらないことに不安を抱いているように見えた。

 あれだけ得意気に推理を披露しておきながら、後からそれが間違いだったとなれば、魅影はかなり恥ずかしいことになってしまう。


 「とりあえず、この採石場を少し探索してみましょう。もしかしたらメルティーズの手掛かりが見つかるかもしれないわ」

 「はいはい、行きましょうか」


 メルティーズを見つけるためにも、配信の尺を稼ぐためにも、探索は有効な手段だ。

 メルと魅影は並んで採石場を歩き出した。


 「桜庭さん、これを見てちょうだい」


 魅影が前脚でてしてしと地面を叩く。


 「これって……地面のことですか?」

 「ええ。この地面、焼け焦げた跡のように見えない?」

 「あ~、確かに。そんな感じしますね」

 「これと同じような焦げ跡がそこかしこにあるわ。それにあそこ」


 魅影は今度は右前脚で遠方の岩を指差した。


 「地面が大きく抉れているわ。まるでクレーターみたいね」

 「ホントだ……何があったんでしょうね?」

 「さあ。けれど焦げ跡なんかはかなり新しいもののように見えるわ。もしかしたらメルティーズの……」

 「ここで何をしてるの!?」


 採石場の様子を観察するメルと魅影の上方から、大きな声が聞こえてくる。

 メルと魅影が声につられて振り返ると、そこには1人の少女の姿があった。

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次回は明日更新します

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