大事なお知らせ・裏話
「そろそろ教えてくださいよ」
配信で視聴者へのお知らせを終えたメルは、暢気に体を伸ばしている魅影にそう声をかけた。
「教えるって、何を?」
「とぼけないでください。メルにメルティーズを探させる、本当の目的を教えてください」
祟り神となったメルから生まれた7体の怪異、メルティーズ。そのメルティーズを見つけ出す新企画「桜庭メルの自分探しの旅」を提案したのは、他ならぬ魅影なのだ。
「メルティーズをこのままにしておくとメルが死んじゃうっていうのは、どうせ嘘なんでしょう?」
「……あら。どうしてそう思うのかしら?」
「自分の体のことは自分が1番よく分かってます。それに常夜見さんがそんな企画を提案してきたのも、その後もやけにメルの配信に協力的なのも、正直めちゃくちゃ怪しいです。何か企んでるならさっさと白状してください」
「何も企んでなんか……って、今更こんなやり取りをしても煩わしいだけね」
魅影は体を伸ばすのを止め、メルの方へと向き直った。
「いいわ。私の目的を教えてあげる」
「えっ、教えてくれるんですか?」
「何よ、あなたが聞いてきたんじゃない」
「いや、まさか素直に答えてくれるとは……てっきりまたはぐらかされるものかと。それでメルが拷問とかしなくならなきゃいけなくなるのかと」
「しれっと怖ろしいこと言うわね……」
魅影が頬をピクピクと引きつらせる。
「まあ、今回は特に桜庭さんに隠し立てをする必要は無いもの。むしろ桜庭さんには全面的に協力してもらわないと」
「え~協力ぅ~?」
「……話を聞く前から嫌そうな顔をするのは止めなさい。どうせ嫌でも関わることになるのだから」
「……それって、どういうことですか?」
魅影は勿体ぶるように1つ咳払いをした。
「あなたも知っての通り、私はこれまで桜庭さんを祟り神にすることを目的に行動し、そしてその目的は半ば達成された。私の制御下に置くことこそできなかったけれど、桜庭さんは無事に最強の祟り神として生まれ変わった」
「何も無事じゃないんですけど……」
「じゃあ、私が桜庭さんを祟り神にしたのは、何のためだと思う?」
「えっ……それは……」
メルは言葉に窮する。
メルを最強の祟り神として生まれ変わらせ、そのメルを魅影が支配下に置く。メルが把握しているのはそこまでだ。
メルという最強の駒を手に入れた魅影が、その後に何を成すのか。メルは考えたことすらなかった。
「何だろう……世界征服とか?」
メルが当てずっぽうで回答すると、魅影は呆れたように首を振った。
「世界征服って……子供じゃないんだから、そんな陳腐な夢を見る訳が無いでしょう?」
「……じゃあ何だって言うんですか?メルを支配して、常夜見さんは何をするつもりだったんですか?」
「そうね……世界征服は的外れだけれど、ワールドワイドな考え方自体はあながち間違ってもいないわ」
魅影は真っ直ぐにメルの目を見据える。
「私があなたを祟り神にしたのは、あなたと一緒に世界を救うためよ」
「世界を救う……常夜見さんが?」
メルは首を傾げた。
「また適当なこと言ってますよね?」
「……まあ、そう言うと思ったわ。世界を救うだなんて私のキャラじゃないものね」
「あっ、そこ自覚あるんですね」
魅影が自ら口にしたことは、そのままメルの心情と同じだった。
メルが知る魅影のこれまでの悪辣な振舞いと、「世界を救う」という崇高な目的が、メルの中ではどうにも結びつかない。
「だって常夜見さん、メルのことよく煽ってたじゃないですか。もしあなたがここで祟り神を見逃せば街に被害が~とかなんとか。世界を救おうって人の振る舞いじゃないですよ、あれ」
「私は別にヒーローになりたい訳では無いもの。お行儀よく振る舞う理由なんて無いわ」
「ふ~ん……まあいいですけど。それで、世界を救うっていうのはどういうことなんです?世界が危ないことでもあるんですか?」
「ええ、あるわよ」
当たり前のように魅影は頷く。
「なんですか?隕石でも落ちてくるんですか?」
「隕石ならまだマシだったわ、常夜見家で対応できるもの。これから待ち受ける世界の危機は、隕石や自然災害なんかよりもっと質が悪い『人災』よ」
「人災……誰かが世界を滅ぼそうとしてるってことですか?」
「ええ」
「誰がそんなことを?」
「……御伽星憂依・アタナシア。私が知る限り、この世で最も頭のおかしい人間よ」
その名前を口にした時の魅影の表情から、魅影がどれだけその人物と険悪であるかが窺い知れた。
「何者なんですか?その……御伽星さん?って人は」
「怪異使いよ、常夜見家とは別のね。けれど基本的に私腹を肥やすこと以外には興味がない常夜見家とは違って、御伽星憂依は何十年も前から世界の滅亡を画策していたとびっきりの危険人物よ」
「メルからしたら常夜見さんも充分危険人物なんですけど……まあいいです。御伽星さんは何で世界を滅ぼそうとしてるんですか?そんなことしたら御伽星さんだって困るでしょ?」
「完全な興味本位よ。御伽星憂依は滅亡を迎えた世界を見てみたいという好奇心だけで、世界を滅ぼそうとしているわ」
「なっ、なんて傍迷惑な……」
「同感ね」
メルと魅影は同時に溜息を吐いた。
「でもいくら怪異使いとは言っても、たった1人で世界を滅ぼせるとは思えないんですけど。常夜見さんだってそんなことできませんよね?」
「そうね、個人の力で世界を滅ぼすことなんて到底不可能だわ。私にも、御伽星憂依にもね。だからこそ御伽星は、『世界を滅ぼすことのできる怪異』を作り出そうとしている」
「世界を滅ぼす怪異……メルみたいな?」
祟り神となったメルは、魅影から何度か「世界を滅ぼす力を持つ」と称されている。
憂依も魅影と同じ方法でそのような怪異を生み出そうとしているのかと考えたメルだが、それに対し魅影は首を横に振った。
「私が桜庭さんという祟り神を作り上げたのと同じ手法は、御伽星憂依には取れないわ。桜庭さんの場合は、『呪いや祟りを吸収する性質を持つ呪物』と『祟り神7体分の祟りを受け止めきれる素体』という2つの条件が奇跡的に揃っていたの。御伽星憂依が同じ条件を整えられるとは思えないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。御伽星憂依が世界を滅ぼすための鍵になるのは、これよ」
魅影が見えない何かを持ち上げるように、両前脚を前に突き出す。
「――星よ紅く澱み給え」
そしてメルにも聞き覚えのある呪文を呟く。
すると魅影の両前脚の間に、赤いプラズマのようなものがバチバチと迸った。
「桜庭さん。これが何か分かるかしら?」
「いえ。危ない力なのは何となく知ってますけど」
魅影が操るその赤いプラズマを、メルは2度ほど目にしたことがある。触れたものを消失させる危険な力だ。
「これは霊力の澱みよ」
「澱み?」
「自然界に存在する霊力は、『霊脈』と呼ばれる無数の流れに沿ってこの星を循環しているの。人間でいうところの血管のようなものと思ってもらえば分かりやすいかしら?」
「霊脈……そんなのがあるんですか。まるで星も生きてるみたいですね」
「けれど極稀に、霊脈の中で霊力の流れが滞ってしまうことがあるの。血栓のようなものかしら」
「霊力の流れが滞ると、どうなるんですか?」
「流れることができなかった霊力によって『霊力溜まり』が形成されるわ。そうして1ヶ所に膨大な量の霊力が蓄積されると、やがて霊脈の自浄作用として霊力溜まりの中に『澱み』が発生する。それがこれよ」
バチバチッ、と今一度魅影の両手に赤いプラズマが走る。
「この赤いプラズマは、常夜見家の人間が『反霊力』と呼んでいるものよ。反霊力は接触した霊力を消失させる性質があるの。『澱み』として霊力溜まりに発生した反霊力は、周囲の霊力を消滅させることで霊力溜まりを解消するの」
「ならいいものってことですか?」
先程メルは霊力溜まりを血栓に例えた。反霊力がそれを解消するために生まれるものであれば、良いものであるようにメルには思えたのだ。
「それがそうではないのよ。この星に存在する全てのものは霊力を宿しているから、反霊力はこの星のあらゆるものを消失させてしまう。それこそ地盤や大気などの、環境に多大な影響を与えるものも消失させてしまうの。そしてそれらは時として自然災害の引き金となるわ」
「あ~、それはよくないものですね~……で、そんな危ないものをどうやって常夜見さんは使ってるんですか?」
「これは霊脈の自浄作用を研究して再現した『穢術』という技術よ。体内の霊力を反霊力に変換することができるの」
「それが自然災害を引き起こしたりはしないんですか?」
「この程度の反霊力では何も起こらないわ。だからこそ私達怪異使いが攻撃手段として運用しているのだもの」
穢術の安全性を主張する魅影にメルは懐疑的な視線を向けるが、ここでふと1つの疑問が思い浮かんだ。
「もしかして、御伽星さんもそれ使えるんですか?」
「鋭いわね、その通りよ。そして御伽星憂依は体内の霊力を反霊力に変換するこの穢術を、霊脈に対して施すことができるように改造したの。ある意味では穢術を本来あるべき姿に戻したとも言えるかしら。ともかく霊脈から直接反霊力を生み出せるとなれば、体内の霊力を変換するのとは比べ物にならないほどの莫大な反霊力を確保することができるわ」
「そのたくさんの反霊力が、世界を滅ぼす怪異に関係あるんですか?」
「ええ。御伽星家は代々怪異を生み出すことに長けた家系なの。私達常夜見家が自然発生した怪異の中から有用な個体を使役しているのに対して、御伽星家は自分達にとって都合のいい怪異を生み出すことで力を付けてきたわ。
そして御伽星家に蓄積された怪異製造技術を利用して、御伽星憂依は反霊力の性質を持つ怪異を生み出そうとしているの。存在するだけで自然界のあらゆるものを消失させ、身じろぎ1つで異常災害を引き起こす未曽有の怪物をね」
「えっ、マズいじゃないですか!?」
反霊力の怖ろしさは、メルもその身を以て味わっている。御伽星憂依がやろうとしていることがどれだけ危険なことか、知識に乏しいメルでも理解できた。
「とはいえ、ただ反霊力の性質を持つ怪異というだけなら対処のしようはあるわ。怪異である以上は討伐することは可能だもの。けれどそんなことは御伽星憂依も分かっている。だから御伽星憂依は確実に世界を滅ぼすための計画を立てたの」
「その、計画っていうのは……」
「……数十年の長い時間をかけて霊脈から反霊力を作成し続け、その全ての反霊力を使ってたった1体の怪異を作り上げるの。数十年間溜め込まれた反霊力がどれほどの量なのか、そこから生み出される怪異がどれほど強力なのか、はっきり言って想像を絶するわ。まあ、世界を滅ぼすに足るだけの力を持っていることは確実でしょうね」
「そんな……御伽星さんが怪異を作る前に、その計画を防げないんですか?」
世界を滅ぼす怪異が生み出されるなら、その前に計画を食い止めてしまえばいい。メルはそう考えたのだが、
「無理よ」
魅影には一蹴されてしまった。
「私が御伽星憂依の目論見に気付いた時点で、計画は既に最終段階にあった。既に御伽星憂依は莫大な量の反霊力を溜め込んでいた。仮にそこで奴を殺して計画を阻止したとしても、奴が作り出した反霊力が消えるわけではないわ。今まで溜め込んできた分が解き放たれただけで、この国くらいなら余裕で消し飛ぶでしょうね」
「もっと早い段階で計画を止められなかったんですか?」
「無茶言わないで。計画は数十年前から始まっていたのよ?私が生まれた17年前の時点で、御伽星憂依は既にこの国を滅ぼせるだけの反霊力を溜め込んでいたわ」
「常夜見さん17歳なんですね……」
意外なタイミングで魅影の年齢を知ったメルだった。
「と言っても、正直私の言うことなんて信用できないでしょう?」
「まあ、正直言って……半信半疑、いや信が2で疑が8くらいです」
「そうだと思ったわ。だから今から、私の話の少なくとも一部が真実だという証拠を見せてあげる」
そう言って魅影はどこからともなくスマホを取り出し、地図を表示させる。
「桜庭さん、ここに向かってもらえるかしら?」
「分かりました」
祟り神になったことで、メルは任意の場所にワープする能力を手に入れた。
ワープには2秒から3秒かかるが、それでもこれ以上はないほどの移動手段だ。
「ここで合ってますよね?って、何ですかこれ!?」
魅影に示された場所にワープしたメルは、そこに広がっていた光景に仰天した。
そこは湖のような場所だった。しかしそこを満たしていたのは水ではなく赤いプラズマ、魅影が言うところの反霊力だ。
「なっ、何なんですか、これ……!?」
湖を満たすほどの反霊力。そこから放たれる禍々しい気配に、メルは表情を引き攣らせる。
これだけの反霊力が解き放たれれば、想像を絶する被害が生じることだろう。少なくとも被害範囲は一都道府県程度には収まらない。
「ここは御伽星憂依が作り出した『反霊力溜まり』の1つよ」
魅影が強張った表情でそう告げる。
「これがどれだけ危険なものか、あなたなら肌で分かるでしょう?」
「はい……ん?ちょっと待ってください。常夜見さん今、反霊力溜まりの1つって言いましたよね?もしかして……」
「ええ。御伽星憂依はこれと同程度の規模の反霊力溜まりを、少なくともあと3つ保有しているわ」
メルの表情がますます引き攣る。
「私の言ったことが分かるでしょう?御伽星憂依は本気で世界の滅亡を目論んでいる。そして今の時点で奴を殺しても、目の前にあるこれの最低でも4倍の量の反霊力が解き放たれ、この国は終焉を迎える」
「……ホントに、正気じゃないですね。その御伽星さんって人」
「ええ。だからこそ私には、あなたの力が必要だった」
魅影がメルを振り返る。
「最早御伽星憂依の計画を阻止するには、奴がこれらの反霊力を使って怪異を生み出した後に、その怪異を討伐する以外に方法は無いわ。けれど御伽星憂依が生み出すのは世界を滅ぼす怪異。それを打ち倒すには、こちらも世界を滅ぼせるほどの戦力を手に入れる必要がある」
「その戦力がメルだったんですね」
「そういうことね」
ようやくメルにも話が見えた。世界を滅ぼす存在に立ち向かうには、こちらも世界を滅ぼせるだけの力を持たなければならない。
そのために魅影が作り出したのが、最強の祟り神であるメルという訳だ。
「私の目論見通り、桜庭さんは世界を滅ぼすほどの強大な存在になった。残念ながら私の支配下には置けなかったけれど、それはこの際まあいいわ。世界滅亡の危機となれば、私が使役せずとも桜庭さんは協力してくれるでしょう?」
「まあ、はい」
「けれど桜庭さん。はっきり言って今のあなたには、御伽星が生み出す怪異に立ち向かえるほどの力は無いわ。それは桜庭さん自身も薄々気付いているでしょう?」
「……はい」
魅影の指摘にメルは頷く。
祟り神になった直後のメルには、この世の全てを手中に収めたかのような全能感があった。実行することは無かったが、この星を滅ぼすことができると確信していた。
しかし現在、その全能感は全く感じられなくなっている。感覚が消えてしまったのは、メルから7体の怪異、メルティーズが生まれた時からだ。
「私の見立てでは、現在桜庭さんの力の大半は封印状態にあるわ。あなたから生まれた7体のメルティーズが、どういう訳かあなたの力を封印する役割を果たしているようね」
「えっ、どうしてそんなことに?」
「分からないわ。ただ1つ確かなのは、7体のメルティーズ全てを殺せば、あなたは祟り神としての本来の力を取り戻せるということ。逆に言えば、7体のメルティーズを殺さない限り、御伽星の計画を食い止めることは不可能と見ていいわね」
分かった?と魅影が小首を傾げる。
「あなたは7体のメルティーズを全て殺し、本来の力を取り戻さなければならない。この世界を守るためにね」
「そのための自分探しの旅、って訳ですか……」
「そういうこと。勿論協力してくれるわよね?」
メルは考え込んだ。
魅影の話が本当なら、協力しないという選択肢は無い。何せ世界の危機なのだ。
しかし正直魅影のことは信用できない。どうしたものかと頭を悩ませる。
「……あ~、もうっ!分かりました!」
やがてメルは、魅影に右手を差し出した。
「もし今の話が全部嘘だったら、絶対に殺しますからね!」
「ええ、それでいいわ」
「それから!常夜見さんに協力するんですから、メルにもちゃんと協力してくださいよ!」
「ええ、約束するわ」
最終的には予防線を張った上での同意ということで、2人は一応の握手を交わした。
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