第26回桜庭メルの心霊スポット探訪:矢来神社 六
「こんなものでメルを閉じ込められるとでも?『祟鏡・火文布神』!」
メルが叫ぶと同時に、樹木のドームのあちこちから炎が上がり始めた。
周囲の有機物を自然発火させる祟り神、火文布神の能力だ。
「こんなドーム、すぐに燃やし尽くしてあげます!」
しかしメルの言葉とは裏腹に、炎は一向に燃え広がらない。
それどころか火の手は徐々に小さくなり、遂には自然に消えてしまった。
「メルちゃんから奪った霊力をふんだんに使って育てた樹だもの、そう簡単に燃やせはしないわ」
「鬱陶しい……!」
メルがサクラを忌々し気に睨み付ける。
「サクラさんばかりに気を取られていていいのかしら?」
いつの間にかメルの背後に、魅影の姿があった。
魅影は飛行能力を持つ。空中にいるメルの背後を取ることも可能だった。
「『神解雷螺』!」
零距離で赤いプラズマを放つ魅影。
「ちっ!」
メルは舌打ちをしながら、紫色の炎を纏わせた右手で『神解雷螺』を払い除ける。
「私のことも見てほしいなぁ、メルちゃん!『益荒』あああっ!」
『亀骨』を構えた煌羅が、最上位の身体強化祓道を発動する。
「煌羅さん、私が道を作るわ!」
「ありがとうございますサクラさん!」
サクラが伸ばす樹木を足場に、煌羅がメルの下へと駆け上がっていく。
「来ないでください!『祟鏡・白魔猪神』!」
メルが『祟鏡』を発動し、巨大な氷の円錐を生成する。
氷の円錐はドリルのように高速回転しながら、煌羅目掛けて射出された。
「絶対行くもん!」
煌羅は樹木を蹴って高く跳び上がる。『益荒』によって限界まで強化された身体能力によって、煌羅は氷のドリルを跳び越えた。
「やあああっ!!」
「ちっ!」
煌羅が振り下ろした『亀骨』を、メルは左腕で受け止める。
そのままメルは右手で煌羅を殴り飛ばそうとしたが、右腕に着弾した青い炎がそれを阻んだ。
「私をお忘れですか?桜庭さん!」
地上で人差し指と中指をメルに向けた燎火が、『青鷺』を連射する。
「どいつもこいつも……!」
メルは紫色の炎を放って『青鷺』を迎撃する。
『青鷺』を掻き消した炎はそのまま燎火へと迫ったが、燎火は素早くこれを回避した。
「メルちゃん!」
煌羅が魅影に組み付いてくる。
「離してください!」
「離れないもん!」
紫色の炎に体を焼かれても、煌羅はメルにしがみついている。
「幾世守煌羅、そのまま組み付いていなさい!」
魅影が見えない弓を引くような構えを取る。すると魅影の右手と左手の間に、赤いプラズマの矢のようなものが形成された。
「『彗雷棘』!」
放たれたプラズマの矢は、煌羅を避けて正確無比にメルの側頭部に命中した。
「常夜見さん……!」
額に青筋を浮かべたメルは、まとわりつく煌羅を怒りのままに蹴り飛ばす。
落下していく煌羅を尻目に魅影へと攻撃を加えようとしたメルだったが、その体に強靭な蔦がまとわりついた。
「っ、鬱陶しいんですよ、サクラさん!」
「鬱陶しくて結構!」
サクラが操る棘を持つ蔦が、ギリギリとメルの体を締め上げる。
「神様の戦い方を見せてあげるわ!『挿頭戒』!」
更にサクラは1mほどの光り輝く木製の杭を生成し、拘束したメル目掛けて高速で射出する。
「『祟鏡・火文布神』!」
しかしメルが『祟鏡』を発動すると、蔦が炎に包まれて焼き切れてしまった。
だが木製の杭は炎に飲まれても焼かれることなく、メルの左腕に突き刺さった。
「ぐっ、こ、これは……」
途端にメルの左腕の動きが鈍くなる。
「『挿頭戒』は封印の杭。撃ち込まれれば即座に全ての力を封じられるはずなのだけれど……やはり今のメルちゃんには効果が薄いわね」
「ええ、効きませんねぇこんなもの!」
メルが右手で杭を引き抜くと、杭は炎に包まれて今度こそ焼き崩れてしまった。
「はあああっ!!」
サクラが時間を稼いでいる間に、燎火がサクラの作った樹木の道を駆け上がってくる。
燎火は右手の中に生成した炎の塊を握り潰し、万物を焼き払う灼熱の剣を生み出した。
「メルちゃああああん!!」
更に燎火のすぐ後ろには、『亀骨』を構えた煌羅が追従している。今しがたメルに蹴落とされたばかりだというのに、その瞳は生き生きと輝いていた。
メルが燎火と煌羅に気を取られている隙に、魅影が静かにメルの背後を取る。魅影は見えない弓を引き絞るようなポーズを取り、赤いプラズマの矢を生成した。
更にサクラも再び光り輝く杭を作り出す。
「『礫火天狗・赫威』!!」
「やああああっ!!」
「『雷星掌』」
「『挿頭戒』!」
燎火が炎の剣を振り下ろすのに合わせて、4人は一斉にメルへと攻撃を仕掛けた。
それらの攻撃は全てがメルに命中し、余すところなくその威力を発揮した。
しかし。
「しつこいしつこいしつこいっ!!」
メルが全方位に紫色の炎を放ち、4人は虫のように蹴散らされてしまった。
「ぐっ……本当に化け物ね……」
地面に落ちた魅影は、忌々しげにメルを見上げる。
魅影達はメルを翻弄することこそできていたが、メルにダメージを与えることは未だにできていなかった。
「あれだけの攻撃を受けて無傷だなんて、嫌になるわ……」
魅影達の勝利条件はメルを殺すことではなく、祟りの影響で正気を失ったメルを元に戻すことだ。殺すのに比べればその難易度は相当に低い。
だがここまでやって尚メルに有効な攻撃を与えられていないという事実は、絶望感を生むには充分すぎた。
「仕方ないわね……」
魅影は小声で呟いてから、他の3人の方へと向き直った。
「今から私が奥の手を使うわ。だからあなた達は時間を稼いで頂戴」
「奥の手……一体どのようなものですか?」
燎火が懐疑的な視線を向ける。
「『可惜御霊』。私が扱える中で最も威力の高い攻撃よ。これまで桜庭さんに与えたどの攻撃よりも確実に強力だわ」
「あんた……そんなの隠しながら今まで戦ってたの!?」
煌羅が憤然と魅影に詰め寄る。
燎火も煌羅もサクラも、死力を尽くして戦っている。そんな中で魅影が奥の手を隠していたと知れば、怒りが湧いてくるのも無理はない。
「もし本当に奥の手なんてものがあるなら、どうして今まで使わなかったわけ!?」
「あら、単純な話よ。奥の手を使えば私は死ぬもの」
「っ……!?」
あっさりと魅影の口から語られた事実に、煌羅は言葉を失った。
「私の命そのものを攻撃に転化するわ。命を引き換えにするんだもの、相当な威力になるはずよ」
「あ……あんたはそれでいいわけ!?自分の命を犠牲にだなんて、そんな……」
「あら、私が死んだってあなた達には何の問題も無いでしょう?私は怪異使いで、あなた達の敵だもの。私がここで死ぬのは、あなた達にとってはむしろ喜ばしいはずよ」
「それは……そうだけど、でも……」
確かに煌羅にとって魅影は敵で、更に言えばこの事態を招いた元凶だ。
しかしだからと言って、魅影の犠牲をおいそれと受け入れることは煌羅にはできなかった。
「メルちゃんを止めるためにあんたが死んだって知ったら、きっとメルちゃんは悲しむもん……」
「……どうかしら、それは私にも分からないわ。けれど今ここで桜庭さんを止めなければ、きっと桜庭さんはこの世界を滅ぼし尽くし、そしてあなた達の命をも奪ってしまう。敵である私の死よりも、友人であるあなた達の死の方が桜庭さんにとっては悲しいはずよ」
「でも……」
「何をゴチャゴチャ喋ってるんですかぁ!?」
煌羅と魅影の押し問答を遮るように、メルが巨大な火球を生成する。
「時間がないわ。ともかくあなた達はどうにか1分だけ時間を稼いで」
魅影は一方的にそう告げると、瞑想をするように瞼を閉じた。
「……煌羅さん、ここは常夜見魅影の案に乗るしかありません」
やり切れない様子の煌羅を、燎火が肩に手を置いて説得する。
「……分かった」
煌羅は一瞬思い悩む様子を見せたが、最終的には渋々頷いた。
「何を企んでいるか知りませんが……全員纏めて焼け死んでください!」
メルはバスケットボールを投擲するような仕草で、頭上の巨大火球を4人のいる地上に向けて放った。
「させないわ!」
サクラは地面から複数の樹木を生やし、それらを組み合わせて小規模なドームを構築する。
巨大火球が樹木のドームに接触し、大爆発を起こした。肌が焦げるような爆風と鼓膜が焼き切れそうな閃光が広がるが、樹木のドームは辛うじて中の4人を守り切った。
「『青鷺』!」
焼け焦げたドームが崩れるのと同時に、燎火が青い炎を放った。
同時にサクラがメルに向けて樹木を伸ばし、その樹木を煌羅が駆け上がる。
「ちっ!」
メルは『青鷺』を左手で受け止めて握り潰し、右手に紫色の炎を纏わりつけて近付いてきた煌羅を殴りつけた。
「いっ……たぁ……!」
煌羅は吹き飛びそうになったところをどうにか踏ん張り、メルに向かって『亀骨』を振るう。
「馬鹿の一つ覚えですねぇ!!」
「きゃっ!?」
メルが『亀骨』を殴りつける。激しい衝撃が『亀骨』を通じて煌羅の右手を襲い、煌羅は思わず『亀骨』を手放してしまった。
「これでもう何もできませんよ!『祟鏡・巖羽々神』!」
メルが生成した岩石の杭が、煌羅の腹部を貫通する。
「がっ……」
煌羅が夥しい量の血液を吐き出し、腹部の穴からも当然大量に出血する。
だがそれだけの重傷を負った上で、煌羅はメルの体にしがみついた。
「触らないでください!」
メルは右腕に紫色の炎を纏わせ、煌羅に向けて拳を振りあげる。
「煌羅さん!」
「やめなさいメルちゃん!」
煌羅を援護するために燎火が『青鷺』を飛ばし、サクラはメルの体に蔦を絡める。
「邪魔くさい!」
しかしメルは紫色の炎を放ち、燎火とサクラの妨害を払い除けた。
「てやぁっ!」
紫色の炎を纏った拳が、煌羅の顔面を撃ち抜いた。
更にそのまま何度も拳を振るい、煌羅の体を痛めつけていく。
「こ、こんなんじゃ、全然死なないよ……」
腹に風穴を開けられ、間10発を超える拳の雨に晒されても、煌羅は決してその場を動かなかった。
「『青鷺』!」
「『挿頭戒』!」
燎火とサクラも次々と飛び道具を飛ばし、煌羅を必死に援護する。
「どうしたの、メルちゃん?もっともっと私を痛めつけて、早く私を殺してみてよ……!」
「っ、舐めた口を……雑魚がぁ!!」
「っ、が……」
強烈な回し蹴りが煌羅の脳天を揺さぶり、遂に煌羅は意識を手放してしまった。
足場となっていた樹木を踏み外し、煌羅の体が重力に引かれて落ちていく。
だが。
「……ありがとう、もう充分だわ」
煌羅は燎火とサクラの援護を受け、見事に1分を稼いで見せた。
「さあ、桜庭さん。これで終わりよ」
魅影が右手と左手を組み合わせ、それをメルの方へとぐっと突き出す。
「……『可惜御霊』」
瞬間、白い光の柱がメルを呑み込んだ。
「なっ……」
メルの肌を激しい光の奔流が焼いていく。逃れようにも、光の柱に閉じ込められたかのように動けない。
「はあああああああああっ!!」
全身全霊の叫びと共に、文字通り命を懸けた一撃を放つ魅影。
魅影の脚や腕の一部は、白い灰となって崩れ始めていた。それは魅影の肉体が死へと向かっていることの何よりの証拠だった。
光の柱は5分ほど維持され、それから蝋燭の火が燃え尽きるようにふっと消失した。
「ぁ……」
魅影がゆっくりと前に倒れる。その体は既に半分以上が白い灰へと置き換わっていた。
「常夜見魅影……」
燎火が駆け寄り、魅影の体を抱き留める。
魅影の体からは、体温も鼓動も感じ取れなかった。
「メルちゃん……」
サクラがメルを見上げる。
魅影の命をとした一撃を受けてなお、メルのダメージは軽微だった。体の数か所に小さな火傷のような傷が刻まれた程度だ。
しかし魅影の犠牲は、決して無駄ではなかった。
「あ、あれ?メルは何を……?」
魅影の命と引き換えに、メルは正気を取り戻したのだ。
「そっか、メルは祟り神に……」
「メルちゃん!元に戻ったのね!」
「サクラさん……ごめんなさい、迷惑をおかけしました」
メルは祟り神になった後の記憶を保持していた。
ゆっくりと地上に降りてくると、まずは煌羅の下へと向かう。
「煌羅さん……」
最もメルの攻撃に晒されていた煌羅の怪我は酷いものだった。顔はぐちゃぐちゃで、人相の判別は不可能だ。
「ごめんなさい、今治しますね」
メルが煌羅に右手をかざすと、右手から淡い光が放たれた。
するとまるで映像を逆再生するかのように、煌羅の傷が消えていく。
メルは祟り神となったことで、霊力を用いて傷を治療する術を身に着けていた。
10秒と掛からずに、煌羅は傷1つ無い元の姿へと戻っていた。
それからメルは、魅影を抱える燎火へと近付いた。
「常夜見さん……」
瀕死の重傷すら即座に回復させることのできる今のメルでも、すでに失われてしまった命はどうすることもできない。
何とも言えない表情で燎火の腕の中の魅影を見つめるメル。
その時。
「ぐっ!?……あああっ!?」
突然メルが両手で頭を押さえて苦しみだした。
「えっ、さ、桜庭さんどうしました?」
「メルちゃん大丈夫!?」
燎火とサクラの呼びかけにも、メルは答えることができない。
「ああっ……ああああああっ!?」
10秒ほどメルが苦しんでいると、不意にその背中から7つの黒い塊が飛び出した。
塊が飛び出ると同時に、メルは糸の切れた操り人形のように意識を失う。
「メルちゃん!?」
燎火は魅影を抱えていて動けないので、サクラがメルを抱き留めた。
空中に浮かんだ黒い7つの塊は、グネグネと粘土のように蠢きながら徐々にその形を変えていく。
「そんな……まさか……」
変化を終えた黒い塊達を見上げ、燎火が呆然と呟く。
「アタシは桜庭メル・クリメイト!」
「桜庭メル・クローラよ」
「桜庭メル・アンライプだよ~」
「桜庭メル・ファンファーレと申します」
「さ、桜庭メル・オニキス……」
「桜庭メル・スプリット」
「桜庭メル・テクトニクスですわ!」
そこには色とりどりの頭髪を持つ、7人の桜庭メルの姿があった。
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