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第25回桜庭メルの心霊スポット探訪:下蜾村 後編

 「メルのソックスどこ行ったんですか!?えっ、いつの間に!?」

 『来た!!』『服消え始めてるじゃん!!』『チッ靴下かよ』『無能』『ブラウスとかが消えろよ』『いややっぱりまずはソックスからだろ』『いきなりメインディッシュ行ってどうすんだって話だからな』『は?カッコつけんなよブラウス消えるに越したことねぇだろうが』『は?』『は?』

 「ちょっと!意味分かんないことで揉めないでください!」


 内容が内容だけに、いつにも増して白熱しているコメント欄。

 メルは視聴者を仲裁しつつ、念のため周囲にソックスが落ちていないかを探索する。

 だがやはり消えたソックスはどこにも見当たらなかった。まるで右ソックスだけが神隠しに遭ってしまったかのようだ。


 「これってやっぱり、おじいさんが言ってた下蜾村の呪いでしょうか……」

 『絶対そうだろ』『靴履いたままソックスだけ脱げるなんてこと無いだろうしな』

 「う~、片っぽだけソックス無いの気持ち悪いです……」


 右足の違和感に眉を顰めるメル。


 『気持ち悪いなら左足もソックス脱いだら?』

 「そうしようかな……あっ、でも服が1枚ずつ消えていく呪いなら、着てる服の数を減らすのはよくないですよね」

 『チッ気付きやがった』『素直にコメントを鵜呑みにしてればいいものを』『頭働かすなよ』

 「最っ低!」


 メルはカメラに軽蔑の目を向けつつ、右ソックスの捜索を打ち切って先へと進む。


 「とりあえず、村の跡地があるところまでは行ってみたいですよね~……あれ?」


 右ソックスを失った約10分後。メルは歩いている最中に左足に違和感を覚え、確認すると左ソックスが消失していた。


 「あ~、左も無くなっちゃいました……まあ、片方だけ無いよりは両方無い方が気持ち悪くないですけど」

 『よしいい調子だ』『このままジャンジャカ進め』

 「そろそろセクハラで訴訟起こせそうですね」

 『ひぇっ』『ごめんなさい調子に乗りました』

 「分かればよろしい」


 メルは視聴者を軽く脅し、大人しくなったコメント欄に満足げに頷く。


 「っていうか当り前みたいに靴下1足失くしちゃったんですけど……これって、無くなった服は呪いを解決したら戻ってきたりするんでしょうか」

 『いやぁどうだろ』『戻って来なさそう』『戻ってこないと思ってた方がいいんじゃない?』

 「ですよね~……ブラウスもスカートも、まだまだ買ったばっかりなんですけど……消えちゃったらまた買い直さなきゃですね……」

 『草』『確かに』『かわいそう』


 怪異との戦闘などで服がダメになりがちなため、頻繁に衣装を買い替える羽目になることでお馴染みのメル。配信の収益と衣装代がほぼトントンな経済状況は相変わらずだ。


 「きゃっ」


 それからまたしばらく歩いていたメルが、不意に短い悲鳴を上げる。

 メルはその場で足を止め、自らの肩を抱くように胸元に手を当てた。


 『どうかした?』『何かあった?』

 「えっ、と……」


 視聴者の質問に口籠るメル。恐る恐るといった様子でブラウスの胸元を引っ張り、その中を覗き込む。


 「……やっぱり。インナーが無くなってます」


 メルはブラウスの下にインナーを着用していたのだが、今確認したところそのインナーが綺麗さっぱり無くなっていた。


 『マジか!?』『とうとう靴下とかいうザコだけじゃなくてメインどころ消え始めた!!』『てかインナー着てたのかよクソッ』

 「これは……いよいよですね……」


 メルの頬を冷や汗が伝う。

 ソックスが消失した時点では「勿体ないなぁ」くらいにしか思っていなかったメルだが、インナーが消失したとなると危機感がまるで違ってくる。

 このまま進めば、衣服が消失したあられもない姿が全世界に配信されてしまうかもしれない。その懸念がいよいよ現実味を帯びてくる。


 『メルちゃん大丈夫?』『引き返した方がいいんじゃない?』


 数少ない心優しい視聴者が、メルの身を慮るコメントを書き込んでいる。

 その心遣いはありがたいが、メルは首を横に振った。


 「今ここで引き返したら、メルはこの先心霊系ストリーマーを名乗れなくなっちゃいます」

 『んなこたねぇだろ』『服消えてる時点で充分心霊現象だろ』

 「心配してくれてありがとうございます、皆さん。でも、この先に何があるのかを視聴者の皆さんにお届けするのが、メルのお仕事ですから……!」

 『おい急にプロ意識見せてくるのやめろ』『ここまで性欲ではしゃいでた俺達が恥ずかしくなるだろ』

 「それはちゃんと恥ずかしがってください、存分に」


 インナーを失って尚、メルは決して歩みを止めなかった。

 服を失う恐怖に抗い、インナーが無いせいで一層冷たく感じられる夜風に耐え、視聴者に真実を届けるべく、下蜾村を目指して歩き続ける。

 そしてメルが歩き始めてから30分が経った頃。


 「ここが……下蜾村……?」


 メルは細い道を抜け、開けた空間に出た。

 メルの目の前の地面には、他人の手が加えられたような痕跡がある。恐らくここはかつて畑か何かだったのだろう。

 そして荒れた畑の向こうには、民家と思しき崩れかけの建物がいくつも並んでいる。

 その光景は総じて廃れた村落のものだった。


 「多分そうですよね、ここが下蜾村ですよね」

 『そうじゃね?』『だと思う』『かなり村っぽい』


 ここがかつて下蜾村だった場所だという見解は、メルも視聴者も一致していた。

 メルは村の中に足を踏み入れ、探索を開始する。

 手始めに最も近い場所にある廃墟に移動し、玄関の壊れた扉から中を覗き込んでみた。


 「う~わ~、何も残ってないですね~」


 少しくらいは人が住んでいた痕跡が残っているだろうと思っていたメルだが、予想に反して家の中には一切の家財道具が見当たらなかった。


 「まあ、そうですよね。おじいさんの話だと、この村の人達はみんな引っ越したんですもん。生活に必要なものは全部持っていったに決まってますよね」


 その後も数軒廃墟を回ってみたが、どこも同じような状態だった。


 「来てみたはいいですけど、何にもないですね~。呪いはホントにあったので、てっきり怪異の1体でもいるのかと思ってたんですけど」

 『30分も歩いたのにな』『ちょっと拍子抜けかも』『骨折り損って感じ?』

 「ですね~……きゃっ!?」


 その時、一際強い夜風が吹いた。黒いスカートがまくれ上がるようにはためき、メルは類稀な反射神経でスカートの裾を押さえ込む。


 「……えっ!?」


 そして同時にメルは、とある致命的な事実に気が付いた。

 下着が、消えていた。


 『メルちゃん?』『どうしたの?』『急に固まったな』『何かあった?』


 風が止んでもスカートを押さえたまま動かないメルを訝しむ視聴者達。

 だがメルは下着が消失したという事実を視聴者に伝えることは、どうしてもできなかった。

 理由は単純、流石に恥ずかしいからだ。


 「ふぅ~~~っ……」


 メルは心を落ち着けるため、一旦深呼吸をする。

 突然のことで驚いてしまったが、そもそもこうなることはメルの想定内ではあった。服が消失する呪いがあるということを知った上でここまでやって来たのだ。下着が消失することも当然覚悟していた。

 そして覚悟をしていた以上、下着の消失に対して無策であったはずがない。こうなってしまった時のために、メルは奥の手を考えてあった。


 「……」

 『え、なんで急にクッキー出したの』『なんか喋れよ』


 メルは懐から1枚のクッキーを取り出した。

 無言のまま包装のビニールを剥ぎ、マスクをずらしてクッキーを口の中へと運ぶ。

 その瞬間、メルの全身が虹色の光に包まれた。


 『えっ、変身!?』『急に!?』『なんで今!?』


 困惑する視聴者達をよそに、メルの姿に変化が生じる。

 元々身に付けていたブラウスやスカートが消失し、代わりにフリルやリボンやハートマークがあしらわれたピンク色の衣装が出現する。

 黒と桜色の髪もピンク一色に染まり、元々の長さの1.5倍程度にまで伸長した。


 『魔法少女メルだあああ!!』『ロングヘアバージョンだあああ!!』『スクショしました』『スクショしてます』

 「へ~、ツインテにしないで変身すると、変身した後もロングのままなんですね」


 メルはピンク色になった自分の髪を1房摘まんで感想を漏らした。

 これまで何度か配信で魔法少女に変身したことのあるメルだが、ロングヘアの魔法少女姿は初披露だ。コメント欄も白熱している。


 『でもなんで急に変身したの?』『変身するような理由あった?』

 「ま、まあ理由なんていいじゃないですか。視聴者さんにサービスですっ」


 勿論ただの視聴者サービスではない。メルが魔法少女に変身した本当の理由は、呪いへの対策だ。

 魔法少女に変身する際は、元々着ていた衣服が一時的に消失し、魔法少女の衣装が新たに出現する。つまり元々着ていた服がどれだけ消失していても、魔法少女に変身すればその場で新たな服が得られるのだ。

 ある程度衣服が消えた時点で魔法少女に変身し、新たな衣服を獲得する。それが下蜾村の呪いに対するメルの奥の手だった。


 (サクラさんサクラさん、呪いの元ってどこにあるか分かりますか?)


 メルは脳内でサクラに問い掛ける。

 魔法少女に変身して服の消失をリセットしたメルだが、これはあくまでも全裸を先延ばしにしているに過ぎない。時間が経てば魔法少女の衣装も消失してしまうだろう。

 そうなる前に呪いの元を断たなければならない。だがメルには呪いの出所を探る能力は無いので、その手の知識が豊富なサクラに頼る他なかった。


 (そうね……呪いかどうかは分からないけれど、向こうの山の方から邪な気配を感じるわ)

 (向こうの山……あっ、そう言えば、山の中に埋葬されたって言ってましたもんね)


 メルは老人の話を思い出す。

 下蜾村の呪いの元凶と言われている男は、病によって若くして命を落とし、病が広がらないよう村から離れた山中に埋葬された。

 つまり男が呪いの源であるならば、その根源が男が埋葬された地にある可能性は高い。


 (サクラさん、気配がするところまで案内してもらえますか?)

 (ええ、任せて)


 メルは脱兎のごとく走り出した。


 『なんで急に走るの?』『さっきからやること全部唐突なんだけど』『急に何も説明してくれなくなったじゃん』


 困惑する視聴者を置き去りに、メルは呪いの源を目指してひた走る。

 かつて下蜾村だったエリアを抜け、人の手が加わっていない山の中に突入しても、メルは一切速度を落とさなかった。


 『なんで平地と同じ速度で山の中走れるんだよ』『トレイルランニングで天下取れそう』

 (メルちゃん、あの大きな木の所を右に曲がって)

 (分かりました!)


 サクラの指示に従って山中を走ること約5分。幸い魔法少女の衣装が一切消失することなく、メルは目的地に到着した。


 「これは……お墓?」


 そこには積み上げられた石と簡素な木の板があった。木の板には何か文字が書かれているが、雨風に晒されて判別は不可能だ。

 恐らくここに埋められた男のために設えられた墓標なのだろう。


 (サクラさん、ここで合ってるんですよね?)

 (ええ、恐らくこの辺りに発生源があるはずよ)

 (ん~、どこだろう……)


 メルは「桜の瞳」で周囲をぐるりと見回す。すると少し離れた場所に生えている木の陰に、青い光がちらりと見えた。


 「ん?」


 疑問に思ったメルは、その木の後ろ側に回り込む。


 「あ、や、え、えっと……」


 するとそこには、冴えない風貌の男の霊が立っていた。


 「あなたは?」

 「ぼ、僕は、ヒサシ。えっと、この近くにある下蜾村ってところに住んでたんだけど……」

 「ヒサシって……」

 『その名前どっかで出てきたよな』『さっきのおじいさんがその名前言ってたよ』


 ヒサシ。それは例の老人が語っていた、村の呪いの原因と考えられていた男の名だ。


 「ヒサシさん、単刀直入に聞きます」

 「あ、えっと……何だろか」


 ヒサシは女性と話すことに慣れていないのか、メルの目を直視せずあちこちに視線を彷徨わせている。


 「村に近付いた女の人の服が消えるのは、あなたの仕業ですか?」


 メルがそう尋ねた途端、ヒサシの額に大量の冷や汗が浮かぶ。

 幽霊も冷や汗をかくのか、とメルは意外に思った。


 「わ、わざとじゃねんだ……」


 ヒサシのその言葉は、自白も同然だった。


 「お、俺だって、こんなことをするつもりは無かったんだ。ただ……」

 「ただ?」

 「ただ……女子の裸も見れずに死んだのが、悔しくて悔しくてならねんだ……!」

 『草』『気持ちは分かる』


 ヒサシの両目から滝のような涙が流れ出した。冷や汗をかいたり泣いたりと、実に幽霊らしくない男だ。


 「あ~……そう言えば結婚できないまま亡くなったんでしたっけ」

 「結婚どころじゃねぇ!俺ぁ女子と手を繋いだこともながったんだ……!女子を知らないまま死んじまって、こんなに悔しいことはねぇ……!」

 「あ~……」


 メルはコメントに困った。

 性欲は人間的の根源的な欲求の1つだ。その性欲に起因するヒサシの未練は深刻ではあるのだが、どうにもそうは聞こえない。


 「あ~……その……気持ちは分からなくも、ない?のかな?……分からなくもないですけど……だからって女の人の服を無理矢理消しちゃうのは……」

 「俺だってやりたくてやってんじゃねぇ!でもよぉ……でも、女子を見かけると、どうしても裸が見てぇと思っちまって……そしたら女子の服が消えちまってんだぁ!」


 ヒサシは泣き叫びながらその場に膝を突いた。


 (無意識の念動能力、といったところかしら。女性の衣服限定とはいえ、村の外にまで念動能力を届かせることができるというのは、なかなか強力な幽霊ね)

 (真面目な解説ありがとうございます、サクラさん)


 サクラが言うには、下蜾村の呪いは厳密にはヒサシのポルターガイスト能力であるとのこと。ただまあ、だから何だという話ではある。


 「それで、結局女の人の裸は見れたんですか?」

 『真顔で何聞いてんだ』


 メルの質問に、ヒサシは無言で首を横に振った。


 「俺はここから動けねぇ。村やその近くで女子の服を消したって、こっからじゃ見えねぇんだ」

 「あら、ここから動けないんですか?それは可哀想に」

 『地縛霊ってことか』


 動機や所業はともかく、泣き崩れるヒサシの姿は哀れではあった。メルも思わず同情してしまう。


 「うう……1度でいい……1度でいいから女子の裸が見れれば、俺もきっと成仏できるんだ……」


 しかしメルが同情している間に、ヒサシはメルの方をちらちら見ながらそんなことを言い出した。


 『は?』『何だコイツ』『メルに裸見せろって言ってる?』『ふざけんなよ』『私のメルちゃんになんてこと言うの!?』『いやお前のではねーよ』


 コメント欄で急激にヒサシへのヘイトが高まっていく。

 しかしメルはそんな視聴者達には反応することなく、凪のような表情でヒサシを見つめている。


 「ヒサシさん、成仏したいんですか?」

 「ああ……もう他人様に迷惑を掛けるのは沢山だ……」

 「……分かりました。じゃあちょっとこっちにきてください」

 「えっ……いいのか?」


 ヒサシが表情を輝かせる。


 『メルちゃん!?』『えっ、正気!?』『マジで!?』『嘘でしょ!?』『やめてメルちゃん!見せるならそんな男じゃなくて私に見せて!!』

 「あっ、サクラさんはそのままそこで撮影しててください。さ、ヒサシさん、こっちへ……」

 「ああ……ああ!」


 メルはカメラをその場に待機させ、カメラからは死角となる木陰へとヒサシを誘導する。

 サクラとヒサシの姿がカメラから消え、木陰からは僅かな衣擦れの音が聞こえる。

 そして……


 「ぎゃああっ!?」


 明らかにヒサシのものと思われる悲鳴が、木の向こうから聞こえてきた。


 「ふぅ……」


 そしてメルがパンパンと手を払いながら画面の中へと戻ってくる。


 「え~、皆さん。ヒサシさんはメルが責任もって成仏させましたので」

 『絶対包丁使ったじゃん!!』『あの包丁ってめちゃくちゃ痛いんじゃなかった?』『ヒサシさんかわいそ……』

 「成仏したがっている幽霊さんをお手伝いできて、なんだかいいことをした気分です。という訳で今日の配信はここまで!」

 『えっ終わるの!?』『急に!?』

 「皆さんまた次回の配信でお会いしましょう!バイバ~イ!」

 『めちゃくちゃ早口』『疚しいことがある人の喋る速度』『やっぱ流石に強制成仏は酷いって自覚あるんだ』


 文字通り逃げるように配信を終了したメル。

 この配信の後、「いくらなんでもヒサシが不憫だ」という意見の視聴者と、「あんな奴には当然の報いだ」という意見の視聴者との間で、激しい論争が繰り広げられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ鞘や巻いた布とか新聞紙に納められていない女子が使う裸の包丁は見ることが出来たね
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