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第24回桜庭メルの心霊スポット探訪:エトリ家 四

 「う~わ~……思ったよりひどいことになってますねこれ」

 『なんでそんな他人事なの?』『やったのお前だぞ』『てかキララさんのことは大丈夫なの?』

 「……あっ!?」


 コメントで指摘されてようやく、メルは煌羅の存在を失念していたことに気付いた。

 そもそもあの妙な男子が現れなければ、メルは煌羅を探しに行こうと思っていたのだ。男子が鬱陶しすぎるあまり、そのことを忘れてしまっていた。


 『この炎に煌羅さん巻き込まれたらヤバいんじゃないの?』

 「だ……大丈夫ですよ、煌羅さん結構頑丈ですから……」

 『結構頑丈程度で大丈夫な破壊規模には見えないんだけど』『言ってるメル自身が1番大丈夫だと思って無さそう』


 煌羅が頑丈というメルの言葉に偽りはない。煌羅は『礫火天狗』からも生還するタフネスの持ち主だ。

 恐らくこの炎に巻きこまれたとしても、煌羅ならば死にはしないだろう。

 ただ死にはしなくとも、この炎に巻きこまれては無事では済まない。


 「……煌羅さん、ここにいないといいな~」

 『言っちゃったよ』『後でキララさんに謝れよ』


 そうして世界の全てが紫色に染まった頃、どこからともなくパキパキとガラスが割れるような音が聞こえてきた。


 「おっ、異空間が壊れてそうな音が聞こえてきましたね」

 『異空間が壊れてそうな音とは?』『俺達それあんまり分かんないけど』『まあ確かにパキパキ言ってるね』

 「おもしれー女……おもしれ―女……」

 「ほら、異空間が壊れかけてるから、あの男の子もなんかバグってますよ」

 『どういうことだよ』『もうアイツがおもしれー男だろ』


 メルが壊れた男子を眺めている間にも、異空間の崩壊は進んでいく。

 そして全てを飲み込む紫色の炎が轟々と燃え盛り、パリーンと一際大きな破砕音が聞こえると同時に、


 「あっ、来た来た、意識薄くなってきました!」

 『ほんとか?』『意識薄い奴は自分で意識薄いって言わない』


 この異空間に入り込む直前と同じように、メルは徐々に意識が薄くなり始める。


 「あっ、もう消える!もう意識消えますよ!」


 そしてメルは一瞬意識が途切れ……


 「はい戻ってきた~!」


 気が付くとメルは元居た部屋へと戻っていた。


 「っ!はぁっ、はぁっ……!」


 メルの隣には煌羅の姿もある。煌羅には目立った外傷は無く、メルの紫色の炎に巻きこまれた形跡は見当たらない。

 どうやら煌羅は、メルと同じ異空間内にはいなかったようだ。メルはそのことにひとまず胸を撫で下ろした。

 しかし煌羅が無事だったというとそうではない。


 「煌羅さん、どうかしました?」


 煌羅は顔にびっしょりと汗を搔き、歯がガチガチと音を立てるほどひどく震えていた。


 「メルちゃん……」


 メルが声を掛けたことで、ようやく煌羅はメルの存在に気付いたらしい。メルの顔を見た瞬間、煌羅の両目から大粒の涙がポロポロと零れた。


 「わたっ、私……こことは違う場所に飛ばされたの。どこか分からないけど、喫茶店みたいな場所だった……」

 「煌羅さんもやっぱり異空間に入れられてたんですね」


 喫茶店のような場所、ということは、やはりメルがいたのとは別の異空間だろう。


 「喫茶店の中で私、メルちゃんと向かい合って座ってた。それでメルちゃんが私に言ったの……」

 「メルが?何て言ったんですか?」


 そのメルは本物のメルではなく、異空間内に作り出された偽物だろう。メルは偽物の自分が煌羅に何を言ったのか興味が湧いた。

 しかし煌羅は中々続きを話そうとしなかった。声に出すのも怖ろしいというように、口を開いては閉じてを繰り返している。


 「煌羅さん?」

 「あのっ……あのね……」


 メルが続きを促すと、煌羅はようやく続きを口にする。


 「メルちゃんがね……?『私のことを殺そうとしておいて、今更友達になれるなんて本気で思ってるんですか?ふざけないでください、私はあなたのことなんて大っ嫌いです』って……」

 「あ~……」


 メルは思わず天を仰いだ(室内だが)。

 煌羅が幾世守家の命に従い、メルを殺そうとしたのはどうしようもない事実だ。それは煌羅にとっての拭うことのできない負い目で、そこを怪異に突かれてしまったのだ。


 「大丈夫ですよ煌羅さん。メル、そんなこと思ってないですから」


 メルは煌羅に近付き、煌羅の頬を流れる涙をそっと親指で拭う。


 「煌羅さんが殺しに来たこと、メルは全く気にしてないです。だってメルの方がずっと強いんですから」

 「うん……うん……メルちゃんならそう言ってくれるって分かってるの。でも、心の中ではホントはそう思ってるんじゃないかって……」

 「もう、偽物なんかの言葉よりメルの言うこと信じてください。大体なんですかその偽物、メル自分のこと『私』なんて言わないじゃないですか。解像度低すぎますよ」

 「……あはは、そうだよね」


 メルが怒ったように頬を膨らませて見せると、ようやく煌羅の顔に笑顔が戻った。


 「そう、煌羅さんはそうやって笑っててください。メル、煌羅さんのことは基本笑った顔でしか知らないんですから」


 メルは煌羅の頬をむにっと引っ張った。


 「……うん、分かった」

 『ああ……いいもん見てるなぁ』『癒される』『女の子同士の絡みってめちゃくちゃ酒進むよね』『俺は白米食べながら見てる』『白米はちょっとわかんないなぁ……』


 メルと煌羅が笑い合い、それを視聴者が微笑ましく見守る。


 「オオオオオオオオオオ!!」


 すると先程からずっと部屋の中心に鎮座していたレイアが、自らの存在を主張するように咆哮した。


 「慌てないでください、忘れてるわけないじゃないですか」


 メルは鋭い視線でレイアを睨み付ける。


 「こっちはお友達を泣かされてるんです。そのお返しはキッチリさせてもらいますよ」

 「メルちゃん……!」

 『イケメン~』『メルちゃんカッコいい!!』『イケメル』


 メルは包丁を抜き放ち、切っ先をレイアへと向けた。


 「オオオオオオオオオオ!!」


 またしても咆哮を上げるレイア。するとレイアの両目が強い光を放ち始めた。

 それはメル達が異空間に送り込まれる直前にも見られた現象だ。


 「また異空間に行かせようってことですか……いいですよ、受けて立ちます」


 今度は分断されることが無いよう、メルは煌羅をぐっと抱き寄せる。もっとも、それが分断対策になるのかは分からないが。

 レイアの瞳の輝きは急速に強さを増し、それにつれてメルの意識も徐々に薄れ……


 「はっ!?」

 『また場所変わった!?』『さっきとは別の所だ』


 気が付くとメルは、何もない荒野のような場所には立っていた。隣には煌羅の姿もある。

 そして最初に異空間に飛ばされた時とは違い、今回は異空間内にレイアの姿もあった。


 (決戦用の異空間、といったところかしら?どうやらあの子も本腰を入れてメルちゃん達を殺すつもりのようね)

 (わざわざ戦う為の場所を用意してくれるなんて気が利いてますね)

 (あの子もあの家を傷つけたくはないのではないかしら?生前住んでいた場所だそうじゃない)

 (幽霊になっても怪異になっても、お家は大事なんですね~)


 可愛いところもあるなぁ、とメルは改めてレイアに視線を向ける。

 レイアは相変わらず黒い百合の上に胎児のような姿勢で浮かびながら、メル達を憎々しげに睨みつけている。


 「許さない許さない許さない許さない許さない……!」

 「あら、お話できたんですね」

 『喋れたんだ』『意外と声可愛い』


 てっきりレイアは既に人語を発する能力を喪失したと思っていたメルだが、それは思い違いだった。


 「別に許してもらおうとは思いませんけど、メル達ってそんなに許されないことしました?お家に勝手に入ったことを怒ってるんですか?」

 『不法侵入はまあ悪いことだろ』『不動産会社に許可取って入ってるから不法侵入じゃないぞ』

 「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……!」

 「ああ、お話になりませんね」


 ただレイアが人語を話すからと言って、会話は成立しそうになかった。


 「メルちゃん、あそこまで行くともう憎しみが本体みたいなものだよ。元々憎んでた相手なんて関係無しに、見える物全部が憎くて仕方ないの」

 「わ~可哀想。本来の復讐はもう済んでるみたいですし、いい加減終わらせてあげましょうか」

 「うん、それがいいよ」

 「煌羅さんはどうします?一緒に戦うんでも、離れて見てるんでもいいですよ」

 「メルちゃんと一緒に戦う!……邪魔にならないように」


 煌羅は服の胸元からネックレスを引っ張り出し、炎を模ったペンダントトップを握り締める。


 「祓器召喚!」


 ペンダントトップから白い光が溢れ出し、煌羅の右手に収束していく。そして白い手斧の形状をした祓器、『亀骨』が出現した。


 「メルちゃん、あの紫色の火を着るやつやった方がいいよ。そうすればポルターガイスト能力で直接体に干渉されるのを防げると思う!」

 「分かりました!」


 煌羅の助言に従い、メルは包丁の呪詛を全開にする。

 瞳が赤い輝きを放ち、メルの全身を紫色の炎が包み、天女の羽衣を形作る。

 だがその時。


 「オオッ!!」


 レイアの姿が残像のようにぶれたかと思うと、次の瞬間にはレイアの姿は煌羅の目の前にあった。


 「えっ……」


 突如目前に現れたレイアに、煌羅は目を見開いて硬直してしまう。メルも虚を突かれたため、咄嗟に動くことができなかった。

 レイアはそのまま固まっている煌羅に突進する。しかしレイアと煌羅が衝突することは無く、レイアは煌羅の体に吸い込まれるようにしてその姿が見えなくなった。


 (拙いわメルちゃん。あの怪異、煌羅さんに憑りついてしまったわ)

 (憑りついた、って……)

 (煌羅さんの肉体が怪異の支配下に置かれたということよ。煌羅さんの体を使って襲ってくるわ)


 サクラの忠告と同時に、煌羅がくるりとメルの方へと体を向ける。

 その瞳には光が無く、表情は生気を失っている。

 「桜の瞳」で煌羅を見ると、体の周りで赤い光が明滅して見えた。怪異に憑りつかれた人間とはこう見えるらしい。


 「死ねぇぇぇっ!!」


 煌羅が口を開くと、そこから聞こえてきたのはレイアの声だった。

 煌羅は『亀骨』を振り被り、メルへと斬りかかってくる。


 『えっなんで!?』『キララさんどうしたの!?』『敵に操られてるんじゃ……』

 「くっ……」


 メルは唇を噛み、体に纏った紫色の炎を消失させた。紫色の炎は強力過ぎて、煌羅を殺してしまいかねない。

 素の状態となったメルは、そのまま包丁で『亀骨』を受け流した。

 煌羅の太刀筋ははっきり言って脅威ではない。肉体を操作しているのがレイアのためか、普段よりも動きが鈍いくらいだ。


 「死ね!死ね!死ねぇっ!!」


 だがメルは防戦一方に追い込まれていた。

 攻撃を防ぐことは難しくない。だがレイアに操られているだけの煌羅の体に、おいそれと反撃を加える訳にもいかない。


 (サクラさん、どうしたらいいんでしょう……)

 (そうね……憑依している間は、煌羅さんが感じる苦痛が怪異にも反映されるはず。だから煌羅さんに攻撃を加えれば、いずれは煌羅さんの中から怪異が出ていくとは思うけど……)

 (流石にそれは……)

 (そうよねぇ……)


 サクラにアドバイスを求めても、残念ながら有効的な作戦は得られなかった。


 「メ……ル、ちゃん……」

 「っ、煌羅さん!?」


 不意に煌羅の口からレイアのものではない煌羅の声が聞こえ、同時に『亀骨』を振るう腕がピタリと止まった。

 煌羅がレイアの支配に抗っているのだ。

【ちょこっと解説】

最初にメルと煌羅が閉じ込められた異空間は、恋愛的なトラウマを与える異空間です。

彼氏に手酷く振られたレイアのトラウマを強制的に共有するように、異空間内に閉じ込められた人間は、好意を抱いている相手から精神的に傷つけられます。

煌羅の場合は異空間内にメルの偽物が出現し、酷い言葉を掛けられました。しかしメルの場合は特定の恋愛対象が存在しなかったため、異空間がおかしな挙動を起こしてあんなことになりました。


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ありがとうございます

次回は明日更新します

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