第24回桜庭メルの心霊スポット探訪:エトリ家 二
「怪異がいる場所少し離れてるから、歩きながら説明するね」
煌羅はそう言って、メルを先導して歩き始めた。
先程までの興奮っぷりが嘘のような落ち着いた雰囲気だった。
「メルちゃんに倒してもらいたい怪異はね、元々はただの幽霊だったの」
怪異の下へと向かう道すがら、煌羅は自分の持っている情報を話し始めた。
「幽霊、ですか」
「うん。自殺した女子高生の幽霊」
「それは……穏やかじゃないですね」
まだ若い女子高生が自殺という手段を選んだ事実に、メルは思わず眉根を寄せる。
「自殺の理由は?」
「失恋だって。当時付き合ってた彼氏にこっぴどく振られたらしいよ」
「失恋……」
メルには失恋で死を選ぶ心情は理解できないが、失恋の重みは人によって違う。
メルは事実を事実として受け止めた。
「それで自殺した女の子、エトリレイアちゃんって言うんだけど、そのレイアちゃんの魂は、幽霊としてこの世界に留まったの。最初は普通の幽霊だったんだけど、レイアちゃんには……なんていうのかな……うん、悪霊の才能があったの」
「悪霊の才能?」
メルは首を傾げた。なかなか聞き慣れない単語の取り合わせだ。
「強い怪異になるための才能、って言えばいいのかな。格闘技で言うと生まれつき体が大きかったり、他人より体のバネが強かったりとか、そんな感じ」
「ん~……分かったような分からないような……」
「まあそこは別にいいの。重要なのは、レイアちゃんが怪異として強くなりやすい条件を備えてたってこと」
癖なのか、煌羅は伸ばした人差し指を指揮棒のように振りながら説明する。
「幽霊になったレイアちゃんは、自分を振った元カレをすっごく恨んでた。そしてその強い恨みにつられて、レイアちゃんの周りにはたくさんの幽霊が集まってきた。常夜灯に集る蛾みたいにね」
「幽霊って強い恨みにつられて集まってくるんですか?」
「そういう傾向はあるよ。生きてても死んでても人間は人間だし、似た者同士のコミュニティで集まりたいんだろうね」
「あっ、そんな理由なんですね」
「それで、レイアちゃんは自分の周りに集まってきた幽霊を、自分の中に取り込んでいった。食べた、って言う方が合ってるのかな。そうしてレイアちゃんはどんどん強力な幽霊に成長していった」
「へ~、幽霊ってそういうシステムなんですね。共食いで強くなるんだ」
「必ずしもそうとは限らないけどね~。ほら、幽霊とか怪異って何でもアリだから」
煌羅の説明はメルには知らないことが多く、説明は中々スムーズに進まない。メルは怪異を殺すのは得意だが、怪異についてあまり詳しくないのだ。
「ところで煌羅さん。幽霊って強くなると何ができるんですか?幽霊って怪異と違ってあんまり特別なことしないですよね?」
これまでメルが遭遇した幽霊は、怪異のように特殊な力を使うことは無かった。掴みかかって来たり首を絞めようとしたりなど、生きている人間にもできるような行動をする幽霊しかメルは知らない。
だから強力な幽霊と言っても、具体的に何が強力なのか、メルにはピンとこなかった。
「あっ、幽霊って人に憑りついたりもできるんでしたっけ。そういう能力が強くなるとか?」
「それもあるけど、1番はそれじゃないかな。えっとね、幽霊って体が無いけど物に触れるでしょ?」
「そうですね」
幽霊はメルに触れるのにメルが幽霊に触れないのは不公平だ、とメルは以前感じたことがある。
「そういう幽霊が物質に干渉する力のことを『念動』とか『ポルターガイスト』って呼んだりするんだけど、強い幽霊ほどそのポルターガイスト能力が強いの。重い物を動かせたり、遠くにある物に干渉できたり」
「強い幽霊ほど、おっきいものを動かせるってことですか?」
「そう。私のおじいちゃんは昔、山を動かせるくらい強い幽霊と戦ったことがあるらしいよ。ホントかは知らないけどっ」
あはは、と煌羅は可笑しそうに笑った。
「じゃあレイアさんの幽霊も、きっとすごいものを動かせるんですね」
「うん、とんでもないポルターガイストだったって、ボコボコにされた燎火ちゃんのお父さんは言ってたよ。でもレイアちゃんはそれだけじゃないの」
「それだけじゃない?というと?」
「レイアちゃんはね、何百人か幽霊を食べたところで怪異になったの。だからポルターガイスト能力の他にも、怪異としての能力があるんだって」
「どんな能力ですか?」
「それは分からないんだ~。レイアちゃんと戦った祓道師、みんなポルターガイスト能力だけでやられちゃったんだって」
「幾世守さんのお父さんも?」
「燎火ちゃんのお父さんも」
「幾世守さんのお父さん本当に最強の祓道師なんですよね?」
聞けば聞くほど情けない話しか出てこない幾世守家現当主。最強の祓道師の名が泣いている。
「まあ、最強って言ってもメルちゃんからしたら誤差みたいなものだしね~」
そう言って笑う煌羅。悲しいことに、最強の祓道師は姪っ子からめちゃくちゃに舐められていた。
「とりあえず私から話しておけるのはこれくらいかな~」
「ありがとうございます。それで、2つ気になったことがあるんですけど……いいですか?」
「うん!何でも聞いて!」
「レイアさんを振った元カレっていうのは、結局どうなったんですか?」
煌羅の話ではレイアは相当に強力な怪異で、元恋人はそのレイアから強く恨まれている。
メルにはレイアの元恋人がタダで済んでいるとは思えなかった。
「死んだよ」
「えっ」
タダで済んでいるとは思っていなかったが、煌羅があまりにもあっさりと死を告げたので、メルは呆気に取られてしまった。
「トラックの轢き逃げに遭ってミンチになって死んじゃったって。事故ってことで処理されたみたいだけど、ま~レイアちゃんがやったんだろうね~」
「ミンチは恨み籠ってますね~」
顔も知らない元恋人のミンチ状の死体を想像して、メルは背筋をぶるりと震わせた。
「今のが1個目だよね?2つ目の聞きたいことは?」
「ああ、煌羅さんはなんでそんなにレイアさんのこと詳しいんですか?どうやって調べたんですか?」
煌羅はレイアの自殺な理由やレイアが幽霊になってからの経緯などを、まるで見てきたかのように饒舌に語っていた。
情報がやけに詳細だったために、メルはその出処が気になったのだ。
「そういうのを調べるための祓道があるの。祓道師って私達みたいな戦う担当の人だけじゃなくて、調べる担当の人もいるんだよ」
「そうだったんですか?知らなかったです」
「あはは、調べる担当の人は戦えないから、メルちゃんが知らなくて当たり前だよ」
超能力捜査官のような感じだろうか、とメルは勝手にイメージした。
「あっ、メルちゃん見えてきたよ!」
煌羅が前方を指差す。そこには白い外壁のお洒落な一軒家が建っていた。
「あそこは生前のレイアちゃんが住んでたお家で、今は空き家になってるの」
「エトリ家ってことですね。ご両親が住んでたりはしないんですか?」
「レイアちゃんの両親は、レイアちゃんが自殺してすぐに引っ越しちゃったんだって」
煌羅曰く、レイアはあの一軒家で自ら命を絶ったため、一軒家は事故物件になってしまった。そのせいで買い手が見つからないとのこと。
「そしてあの家が、怪異になったレイアちゃんの縄張りになってるの」
「てことはあの家にレイアさんがいると」
「そういうことっ!」
目的地が見えたメルと煌羅は歩く速度を上げ、一軒家の前まで移動する。
「さ、入ろっか」
「えっ、ちょっと」
庭の門扉に手を掛けた煌羅を、メルは慌てて引き留める。
「空き家に勝手に入るのはダメじゃないですか?」
「大丈夫だよ、管理会社に許可貰ってるから」
「ホントですか……?」
メルは煌羅に疑いの目を向ける。
「ホントだよ!ほら、鍵だって預かってるんだから」
煌羅は懐から鍵を取り出す。
鍵が出てきたとなると、許可を取ったという信憑性はぐっと高くなる。
「嘘だったら恨みますからね」
「大丈夫だって!ほら、行こ?」
メルは予防線を張りつつ、煌羅に腕を引かれて敷地内に足を踏み入れた。
煌羅が玄関の鍵を開ける。扉の向こうはごく普通の住宅の内装だった。
「メルちゃん、何があるか分からないから、靴は履いたまま行こう」
「そんなことして大丈夫ですか……?」
事故物件とはいえ現在進行形で売りに出されている物件のはずだが、煌羅はそんなことお構いなしに土足でずけずけと上がり込む。
確かに煌羅の言う通り何が起きるか分からないので、メルも煌羅に倣ってパンプスは脱がずに廊下に上がった。
「煌羅さん、レイアさんがどこにいるかは分かってるんですか?」
「うん、2階にあるレイアちゃんの部屋だった場所にいるらしいよ」
「じゃあそこ行ってみましょうか」
ただの空き家を探索する意義は薄い。怪異の居場所が分かっているのなら、そこに直行するのは賢明だ。
メルは煌羅に続いて階段を上り2階に上がった。
「1番奥の部屋がレイアちゃんの部屋だって」
「分かりました」
ここからはメルが先行する。メルは迷いのない足取りで奥の部屋の前に立ち、ドアノブに手を掛けた。
「行きますよ……」
「うん……」
メルは1度煌羅と目配せしてから、ゆっくりと扉を開く。
かつてレイアの私室だったというその場所は、今では一切の家具や調度品の無いがらんどうの部屋になっていた。
そしてそんな殺風景な部屋の中央に、巨大な黒い楕円体が鎮座していた。
「何ですか、これ……」
その黒い物体は、メルには何かの「繭」のように見えた。
試しに「桜の瞳」で観察してみると、黒い繭は赤い光で縁取られて見えた。
「煌羅さん、この黒いのがレイアさんですか?」
メルは振り返って煌羅に尋ねるも、煌羅は首を横に振った。
「分かんない……私、レイアちゃんの見た目は聞いてないから……」
「そうですか……」
当てが外れてしまった。
メルが黒い繭に視線を戻すと、黒い繭に変化が生じていた。
まるで蕾が花開くように、黒い繭が頂点からはらはらと解け始める。そして完全に開いた繭は黒い百合のような形に変化し、その中からメルより少し年下に見えるダークレッドの髪の少女が現れた。
「あっ、ちょ、ちょっと……これはマズくないですか!?」
少女を目にした瞬間、メルは慌てふためき始める。その理由は少女の姿にあった。
少女は黒い百合から1mほど浮かび上がった地点で、胎児のような膝を抱えた姿勢を取っている。それだけなら「浮かんでて不思議だね」で済む話だが、問題は少女が一切の衣服を身に付けていないという点だ。
「これ映して大丈夫なやつですか!?多分ダメなやつですよね!?」
不幸中の幸いというべきか、膝を抱えるような体勢と長い髪のおかげで、致命的な部分はまだ見えていない。だがその防御は少女が少し体を動かしただけで崩れてしまう。
『うおおおおお!!』『見えそう……!』『もうちょっと足開いてくれないかな』『めっちゃスクショしま~~~す!!』
コメント欄では少数の下品な視聴者が色めき立ち、
『今まで血とか映してたのに裸でそんな慌てる必要ある?』『グロい傷とか配信してもBANされなかったんだし裸くらい大丈夫でしょ』
更に少数の冷静な視聴者が鋭いコメントを書き込んでいた。
「ど、どうしましょう!?一旦外出ます!?一旦外出ましょうか!?」
「メルちゃん落ち着いて!流石に今あの子から目を離すのはダメだよ!」
部屋の入口でメルと煌羅がわちゃわちゃしていると、その騒がしい声に反応したのか、少女が閉じていた瞼をゆっくりと開く。
「あ」
メルは少女と完全に目が合った。
その瞬間、少女の両目が強い光を放つ。
「ひゃっ!?」
「眩し、っ……」
メルと燎火は反射的に手で光を遮る。
「オオオオオオオオオオ!!」
少女が口を開くと、そこから身の毛がよだつような叫び声が発せられる。
目から放たれる光は急速に眩さを増していき、それに反比例するようにメルの意識は薄れていく。
「う……」
メルが目を眇めると、そのまま眠りに落ちるように意識が消えていき……
「……あれ?」
気が付くとメルは、全く別の場所に立っていた。
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