第22回桜庭メルの心霊スポット探訪:五劫山 二
「な……何だったんですか今の……?」
『俺らに聞かれても……』『何だったんだ今の』『俺達は何を見せられてたんだ?』
目の前で巻き起こったチープなインスタントヒーローショーに、困惑を隠せないメルと視聴者達。
「一応分かったこととしては、あのハモロイザーって人は怪異でしたね……」
ハモロイザーが枝を渡って去っていく直前、メルはギリギリのところで「桜の瞳」でハモロイザーを観察できた。
すると「桜の瞳」には、ハモロイザーの体が赤い光で縁取られて見えたのだ。
「何なんでしょうハモロイザーって……」
『五劫市のご当地ヒーローとか?』
「あっ、それありそうですね。ちょっと調べてみましょうか」
メルは懐からスマホを取り出した。
『えっ!?』『あれ何でスマホ持ってんの?』『じゃあ今撮影してるこれは何?』
メルがスマホを手に取った途端騒然とするコメント欄。
メルはこれまで撮影をスマホのカメラで行っていた。だからメルはこれまで、配信中はスマホを使えなかったのだ。
「あっ、言い忘れてましたけど、メルスマホ2台持ちになったんです」
『なんでまた?』
「やっぱり配信中にスマホ使えないのは不便なこと多くて……」
『ならスマホ増やすんじゃなくてカメラ買えよ』『何で絶対スマホで撮影したいの』
メルは新たに入手したスマホを駆使し、ハモロイザーの情報を集める。
「やっぱりハモロイザーは、五劫市のご当地ヒーローみたいですね。正解した視聴者さんすごいです」
『いぇい』
「え~っと……『天昇戦士ハモロイザー』は五劫市名物の羽衣クッキーを宣伝するために考案されたヒーローで、羽衣クッキーを食べて変身するそうです。しっとり食感が売りの羽衣クッキーを、ガッチガチのハードクッキーに変えてしまおうと目論む悪の異星人、ソリディアンと戦ってるんですって。あっ、ソリディアンってさっきの不審者ですよね」
『クッキーを固くしようとする異星人って何だよ』『何のメリットがあってそんなことを』
「ちなみにハモロイザーの前は『天昇少女アセンディア』っていう魔法少女がご当地ヒーローとして企画されてたんですけど、企画担当者の趣味が出過ぎてるってことでボツになったそうです」
『何やってんだよ企画担当者』『アセンディアちょっと見てみたい』
「ほらこれ、ハモロイザーのホームページです」
メルがカメラにスマホの画面を向ける。そこにはつい先程遭遇したばかりのハモロイザーの画像が表示されていた。
ある程度視聴者に画面を見せてから、メルは調べ物を再開する。
「へぇ~、ブラックハモロイザーってのもいるんですって。ブラックハモロイザーは元々ハモロイザーを倒すためにソリディアンに造られた存在だったけど、ハモロイザーと和解して仲間になった……いいですね~、メルこういうキャラ好きですよ」
『俺も好き』『俺も』『私も』『朕も』『今皇帝いた?』
「ブラックハモロイザーは味方になってから名乗った名前で、敵だった頃の名前はダークハモロイザーっていうのもまたいいですよね。ダークとかブラックとかは名前に付いてれば付いてるほどいいですからね」
『感性が男子小学生過ぎるだろ』
「……今気付いたんですけど、ハモロイザーのホームページ見たところで、さっきの怪異の正体は分からなくないですか?」
『うん』『そうだね』
ハモロイザーの見た目をした謎の怪異の正体が、ハモロイザーの公式ホームページに載っているはずがない。メルはそのことに遅ればせながら気が付いた。
「う~ん……元々あの怪異が先にいて、それを目撃した五劫市の人がご当地ヒーローのデザインに取り入れたとか?」
『ありそう』『おおそれっぽい』『でもさっきの奴も不審者からハモロイザーって呼ばれてたよ』
「あそっか。じゃあやっぱりハモロイザーのが先なんですね」
『今ちょっと調べてたんだけど、何年か前にハモロイザーのスーツが盗まれた事件があったらしいよ』
「えっ、そうなんですか?」
『盗んだ犯人は捕まってなくて、盗まれたスーツも見つからなかったって。もしかしたらその時に盗まれたスーツが、さっきのハモロイザーに関係あるのかも』
「ちょっと皆さん!有能視聴者さん現れましたよ!」
視聴者の1人から怪異に関係のありそうな情報が提供され、メルは俄かにはしゃぎ出した。
「メルもちょっとその事件のこと調べてみますね」
『俺も調べよ』『俺も』『私も』『麿も』『今公家いた?』
メルはスマホの検索エンジンに「ハモロイザー 盗難」と入力する。
するとその事件を取り扱ったまとめサイトの記事が検索結果の1番上に出てきた。
ページを開くと、先程視聴者から提供された情報とほぼ同一の内容が記載されている。
「盗まれたスーツは結局見つからなかったから、市は新しく2代目のスーツを製作する羽目になった……かわいそ」
『かわいそて』『他人事過ぎるだろ』『実際他人事だししゃーない』
「さっきメルが見たハモロイザーがこの時盗まれたスーツだとしたら、スーツを盗んだ犯人は怪異ってことになりますね」
例のハモロイザーの正体が怪異であるというのは、現状メルが持っている唯一の確かな情報だ。メルは「桜の瞳」でしかとハモロイザーに赤い光を見た。
「スーツを盗んだのが怪異なら、犯人が見つからなくて当然ですよね。警察に捕まる怪異なんていないでしょうし」
『確かに』『いたら面白いけどな』『やだよ国家権力に屈する怪異』
「でも……怪異がハモロイザーのスーツを盗む理由ってなんでしょうね?」
『分からん』『どんな奴かも分かってないから考えようがない』
「それはそうなんですけどね~……」
メルが推理に行き詰ったその時。
(メルちゃん、少しいいかしら?)
脳内にサクラの声が聞こえてきた。
(サクラさん。どうかしました?)
(ええ。メルちゃんは怪異がスーツを盗んだと考えているようだけれど、私はそうではないと思うの)
(えっ、何か分かったんですか!?)
(ええ、確証はないけれど)
予防線を張るサクラだが、かつて神格だったサクラの豊富な知識は信頼できる。
(メルちゃん、付喪神は知っている?)
(つくも……何ですか?)
(付喪神というのは道具に魂が宿った存在のことよ。独りでに動く道具と言い換えてもいいかしら)
(いつかの裏人形館で見た動くお人形みたいな感じですか?)
(そうね。そしてさっきのスーツも恐らくは付喪神のような怪異よ)
(えっ……てことは、怪異がスーツを着てるんじゃなくて、スーツそのものが怪異ってことですか!?)
(ええ。恐らく何かの切っ掛けでスーツに命が宿ったんだわ)
怪異がスーツを盗んだのではなく、スーツ自体が怪異になった。その発想はメルでは決して思いつかなかっただろう。
「皆さん、今サクラさんからもの凄い知恵をいただきました!怪異がスーツを盗んだんじゃなくて、スーツが怪異になったんだそうです!」
メルはサクラの推測をそのまま視聴者にも伝えた。
『流石サクラさん』『サクラさんいつもありがとう』『あれサクラさんって実在しないんじゃなかったっけ?』
ちなみに一部の視聴者は、サクラのことをメルのイマジナリーフレンドだと思っている。そしてその認識でもあながち間違いではない。
サクラのおかげでハモロイザーの正体が判明し、高揚していたメル。しかしここでふと我に返る。
「……というかメル、そもそも天狗探してたんですけど」
『あっ』『そういやそうじゃん』『何だよハモロイザーって』『俺らずっと何の話してるんだよ』
ハモロイザーのインパクトが強かったために失念していたが、メルはそもそも天狗を探しに五劫山にやってきたのだ。
『視聴者が見た天狗もハモロイザーだったんじゃないの?』
「そうですよね、メルもそう思います」
リクエストを送ってきた視聴者曰く、天狗らしき存在は枝から枝へと飛び移るように木の上を移動していたとのこと。
そしてハモロイザーもメルの前から去る際、樹上を走るように移動していた。
視聴者が目撃した天狗の正体がハモロイザーである可能性は高い。
『じゃあもう目的達成か』『配信終わり?』
「いえ、折角だから麓に着くまでは配信します。もしかしたらハモロイザーとは別口の天狗がいるかもしれませんし」
『別口の天狗って何だよ』『この先2度と聞くことなそうなワード』
視聴者からのリクエストは一応解決したと言えるが、メルはこのまま配信を続けることにした。
ただメル自身、ハモロイザー以外に何かが見つかるとは思っていない。配信を終わりにしない理由は、メルがただ1人で山を下りるのが嫌だっただけだ。
「ただ山を下りるだけじゃつまらないですよね~……しりとりでもしますか?」
『やめとけって』『こないだしりとりした時大変なことになっただろ』『1度に10人としりとりした挙句脳味噌がパンクして鼻血出したのはどこの誰だったっけ?』『あれはヤバかったな』
「あ~、そんなこともありましたね~。ふふっ」
『何笑ってんだ』『何でお前の中でいい思い出になってんだよ』『そんな過去に浸るな』
そうしてしばらく歩いていると、前方から数人の集団が歩いてくるのが見えた。
登山道はあまり広い道ではない。メルは登ってくる集団と擦れ違うべく、道の端に寄る。
「……うわぁ」
最初は「皆黒い服を着てるなぁ」としか思っていなかったメルだが、集団との距離が近付くにつれて徐々に顔を引き攣らせる。
その集団は全員が黒い全身タイツに身を包み、頭に動物を模した覆面を被っていた。要するに、先程ハモロイザーに爆殺されたソリディアンと同じ装いをしているのだ。
「おっ、いい女がいるじゃねぇか」
先頭を歩いていたソリディアンがメルの存在に気付き、下品な声を上げる。
するとソリディアン達はあっという間にメルの周囲を取り囲んだ。
「おい姉ちゃん、俺達と一緒に楽しいことしようぜぇ」
「少しくらいいいだろぉ?」
「なぁ、頼むよぉ~」
それはナンパと呼ぶには柄が悪すぎた。完全にヤカラである。
メルはソリディアン達の言葉を完全に無視し、「桜の瞳」で彼らを観察する。
すると彼らの全員が、赤い光で縁取られて見えた。
(サクラさん、この人達も全員怪異みたいです)
(どうやらそのようね)
(ハモロイザーはスーツが怪異になったって言ってましたけど。じゃあこのソリディアン達はどうやって生まれたんでしょう?)
(……ヒーローであるハモロイザーが誕生したことで、連鎖的にハモロイザーの敵役であるソリディアンも怪異として出現したのかしらね。まあ、完全に私の想像だけれど)
(あ~、ありそうですね)
メルがサクラと脳内で会話をしていると、徐々に周囲のソリディアン達が苛立ち始めた。サクラと話している間、ソリディアン達の声は全て無視しているため、当然と言えば当然だ。
「おい、何とか言えよ!」
痺れを切らした1人のソリディアンが、メルの肩に乱暴に手を掛ける。
その瞬間、メルはソリディアンの腕を左手で払い除け、同時に右手をソリディアンの胸元へと突き出した。
「ごふっ!?」
メルの右手には、いつの間にか包丁が握られていた。
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