第22回桜庭メルの心霊スポット探訪:五劫山 一
「皆さん山頂からこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
この日のメルの配信は、街を一望できる展望台のような場所から始まった。
「心霊スポット探訪、今日は第22回をやっていきま~す」
『メルちゃんこんにちは!!』『こんちは~』『てか山登ってんじゃん』『山頂始まりは新しいな』
「そうなんです。配信始まる前にメル山登ったんです。ここは五劫市の五劫山っていう場所なんですけど、なんでメルがここにいるのか、皆さん分かりますか~?」
『リクエストか?』『リクエスト来たの?』『リクエストされたんでしょ』
「……まあその通りですけど」
メルが折角クイズ形式にしてみたというのに、複数の視聴者によって即答されてしまった。
「……」
『拗ねないで』『ごめんて』『なんか言えよ』
「……はい、じゃあもらったリクエスト読みま~す」
『めちゃくちゃ不貞腐れてる!?』『子供かよ……』
メルは頬をパンパンに膨らませながら、ポケットから四つ折りのコピー用紙を取り出した。
「読みますね。
拝啓桜庭メル様。いつも楽しく配信見せていただいております。
先日不思議な体験をいたしましたので、その謎を解明していただきたく、こうしてお便りをさせていただきました。
私が家族と五劫市という場所に旅行に行った時のことです。五劫市にある五劫山という山の頂上では、条件が整えば雲海を見ることができるということで、私達はそれを目的にしていました。
結果として雲海は見ることができたのですが、その後の下山の途中に奇妙なことが起こりました。
山の木と木の枝の間を、人型の何かが飛び移っていたのです。
最初は猿かと思いましたが、猿にしては大きすぎたのですぐに違うと分かりました。
私には人間のように見えましたが、人間があのように軽快に枝を渡れるとは思えません。
それを見たのは私と祖母だけで、父や母に話しても『大きい猿に違いない』と取り合ってくれませんでした。
唯一一緒に目撃した祖母は、『あれは天狗様だったに違いない』と強弁しています。
私はオカルトを信じていないので、祖母のようにあれが天狗だったとは思えません。
ですが枝を渡るあの身のこなしを思い出すと、祖母の言うようにあれは天狗だったのかも、と思えてしまいます。
その日以来、私はあれの正体が気になって夜も眠れない時もあります。
桜庭メル様。どうか私が見たものの正体を突き止めてくださいませんでしょうか。
ご検討のほどよろしくお願いします。
敬具
……とのことですね~」
読み終わる頃にはメルの機嫌はすっかり直っていた。むしろ直っていなかったら困るが。
「……オカルト信じてないのにメルのチャンネル見てくれてるんですね」
『それ思った』『どういうことなの?』『全部フィクションだと思って見てるってことよな』『そういう人結構いそう』『俺はオカルト信じてないけどメルの顔が好きだから見てる』
「まあメルは見てくれるなら信じてくれなくてもいいんですけど……」
オカルトを信じていない人間が自分の配信を見ても面白いのだろうか、とメルは内心首を傾げた。
「という訳でメルは今日、五劫山に本当に天狗がいるのかを確かめにやってきました~!視聴者さんが天狗っぽいものを見たのは山を下りてる途中ってことだったので、メルも同じように山を下りるところを配信しようと思います!そのために配信の前に山頂まで登っておいたんですね~」
『労力掛かってんなぁ』『配信前に山登って体力大丈夫?』
「大丈夫です!この山あんまり標高無いですし、メルこう見えても体力には自信あるので!」
『そりゃそうだろうよ』『よく知ってるよ』『メルの体力心配してるってことはご新規さんかな?』『マジかよ大事にしないと』
必要な事前知識が多すぎるために新規視聴者が取り込めない、というのはメルも視聴者も頭を悩ませている課題だった。
『雲海見れた?』
「雲海は見れなかったんですよ~。でもさっきスマホで写真見たからいいかなって」
『ヤバいこと言ってる』『旅行の醍醐味全否定する発言してるぞ』『雲海に興味が無さ過ぎるだろ』
「そんな訳で、これから下山しながら天狗を探してみようと思いま~す」
『頑張れ』『がんば~』
メルは展望台から移動し、登山道を下り始める。
「そう言えばメル、五劫山に来る前に少し調べたんですよ、五劫山のこと。もしかしたら天狗の伝説とかあったりするのかな~って」
『下調べ偉い』『天狗の伝説あった?』
「天狗の伝説は見つからなかったですね~。でもその代わりに、天女様の羽衣伝説ならありましたよ」
『天狗じゃなくて天女か』『字面はちょっと似てるな』
「この山にある池で天女様が水浴びをしてたら、たまたま男の人が通りかかって、天女様に一目惚れしたんですって。それで男の人は天女様を空に帰さないために、天女様が着ていた羽衣を盗んじゃったそうです」
『覗きと窃盗のダブルコンボか』『よくある羽衣伝説のパターンだな』
「それで羽衣を盗まれて怒った天女様は、男の人を血祭りに上げたんですって」
『んん????』『流れ変わったな』『今血祭って言った?』『天女とは……?』『メルみてぇな天女だな』
「天女様の怒りによって顔が2倍に膨れ上がった男の人は、おでこを地面に擦り付けながら羽衣を天女様に返しました。天女様は羽衣を纏い、空へと帰っていったそうです。これが五劫山の羽衣伝説ですね~」
『俺の知ってる羽衣伝説と違う……』『羽衣要素薄すぎるだろ』『酔っ払いが悪ノリで考えたみてぇな伝説』
「それでこの羽衣伝説を元に作られた名産品が、この『羽衣クッキー』ですね~」
メルはスカートの中から、可愛らしい天女のイラストがプリントされたクッキーの箱を取り出した。
『えっ今それどこから出した?』『そのサイズの箱がスカートの中に入ってたの?』『どうやって入れてたの???』
「あらあら?スカートの中のこと詮索するなんてセクハラですよ!もうっ」
『いやそういうのじゃなくてマジで』『こちとら性欲皆無の純粋な疑問で聞いてるんだわ』『メルにセクハラする勇気はねーよ』
「これ、さっきメルも1箱食べてみたんですけど、おいしいソフトクッキーでした。オススメです」
『ちょっと待って1箱食べたの?』『食べすぎじゃね?』『太るぞ』
「は~い太るぞもセクハラで~す。殺しま~す」
『ひぇっ』『ごめんなさいゆるして』
視聴者とのじゃれ合いを楽しみながら、軽快に登山道を下るメル。
しばらくすると前方から誰かが歩いてくる姿が目に入った。
「あっ、登山客の人来ちゃいました……少し静かにしないと」
他の登山客の迷惑にならないよう、声のトーンを落とすメル。
しかし現れたのは、明らかに普通の登山客ではなかった。黒い全身タイツのようなものに身を包み、頭部には覆面レスターのような虎を模ったマスクを被っている。
正真正銘の不審者だ。
「うわ……」
メルは口の中で小さく呟き、関わり合いにならないよう視線を逸らす。
『うわ』『何だアイツ』『絶対ヤバい奴じゃん』
視聴者の反応も概ねメルと同じだった。
しかし関わりたくないというメルの思いも虚しく、不審者はずんずんメルへと近付いてくる。
そしてメルから2mほどの距離にまで近付いた不審者は、あろうことかナイフを取り出した。
「金を出せ……」
「はぁ?」
ナイフの先端をメルに突き付け、金銭を要求する不審者。不審者どころかもう犯罪者である。
「何なんですかあなた?」
「いいから早く金出せ……殺すぞ……」
あろうことか命を脅かすような害悪の告知までし始めた不審者。
『誰だか知らないけどやめとけって』『誰を脅してるのか分かってんのか』『お前が殺されるぞ』
コメント欄に寄せられるのは不審者を制止する文言ばかりで、メルを心配するコメントは見受けられない。
だがそもそも心配する必要が無いという点において、視聴者達は正しかった。
バシッ、という音と共に、ナイフが不審者の手を離れて宙を舞う。
「……へ?」
ナイフが消えた右手を不思議そうに見つめる不審者。メルが裏拳でナイフを弾き飛ばしたことにすら気付いていない様子だ。
この不審者をどう料理してくれようか、とメルが考えたその時。
「そこまでだ!!」
やけに勇ましい声が頭上から聞こえてきた。
「とうっ!」
そしてメルと不審者との間に割って入るように何かが飛び降りてくる。
それは黒いタイツの上から赤いスーツを装着した、特撮ヒーローのような格好の人物だった。
「き……貴様、ハモロイザー!?」
ハモロイザーと呼ばれた特撮ヒーローを前に、不審者が狼狽えながら後退る。
「おのれソリディアン!か弱い女性から金品を巻き上げようとは見下げ果てた奴だ!」
『か弱い……?』『か弱い女性……?』
「この俺が成敗してくれる!」
ハモロイザーの両肩の装甲がパカッと開き、そこから2枚のクッキーが射出される。
クッキーは手裏剣のように回転しながら徐々に巨大化していき、あっという間に直径が2m近くになった。
巨大化した2枚のクッキーは、ソリディアンと呼ばれた不審者を前後から挟み込む。
「ぐえっ!?」
2枚の巨大クッキーにプレスされ、ソリディアンは潰れた蛙のような声を漏らした。
「食らえ必殺!フラジャイル~……インパクトォッ!!」
ハモロイザーは高らかに技名を叫びながら、クッキーに挟まれたソリディアン目掛けて不格好な飛び蹴りを放つ。
身動きの取れないソリディアンに飛び蹴りは見事命中した。
「ぎゃあああああっ!?」
盛大な悲鳴を上げながら、ソリディアンはクッキー諸共爆発四散した。
「君、大丈夫だったか!?」
ソリディアンを爆殺したハモロイザーが、メルの方に振り返る。
「あっ、はい、大丈夫です。何もされてないので」
「そうか、ならよかった。もしまたソリディアンに襲われたら、いつでも私を呼んでくれ。それでは私はこれで失礼する。とうっ!」
一方的に言いたいことだけを捲し立て、ハモロイザーは高く跳び上がる。
そのまま近くの木の枝に飛び乗ったハモロイザーは、枝から枝へと渡りながら山の中へと消えていった。
いいねやブックマーク、励みになっております
ありがとうございます
次回は明日更新します




