第21回桜庭メルの心霊スポット探訪:勿忘神社 二
「……相変わらず何が目的なんでしょうね、あの女」
『ちょっと口悪くない?』『トコヨミさん相手だと口悪くなるメル好き』
メルが渡された折り鶴を開くと、それは確かに周辺の地図だった。地図上の「勿忘神社」という場所に星の形の印が付けられている。
「地図はこんな感じですね~」
メルは地図を広げてカメラに向ける。
「とりあえずこの星のマークがついてる、勿忘神社って場所に行ってみましょうか」
『行くの?』『トコヨミさんの言うこと信じるの?』
「まあ……他に手掛かりは無いですし。常夜見さんが嘘を言ってたとしても、神社に行ってみれば配信の尺にはなりますし」
『あんま尺の話とかすんなよ』
魅影の話の真偽は分からないが、とりあえずメルは魅影の言う「思惟食神の領域」とやらに向かってみることにした。
公園を出て、地図を頼りに街を歩き始めるメル。
とはいえただ地図を見ながら歩くだけでは配信としてつまらないので、メルは視聴者に向けて取り留めのない雑談を始めた。
「そうだ皆さん、これ見てください」
メルは歩きながらブラウスの手元に手を入れ、そこからネックレスを引っ張り出した。
そのネックレスには、炎を模ったペンダントトップが取り付けられている。
「これ、こないだ煌羅さんから貰ったんですよ。メルがお館様を殺して、もう誰も使う人がいなくなったからって」
『それ何?』
「これはですね~……」
メルは炎の形をしたペンダントトップをギュッと握り締める。
「――祓器、召喚」
メルがその言葉を口にした途端、ペンダントトップが白い光を放つ。
白い光はメルの右目に集まり、白い薔薇の装飾品を形作った。
『おお』『マジか』
「これは『夷蛭』っていう祓器です。祓器って何?って視聴者の方は、メルの配信の切り抜き動画をご覧くださ~い」
この『夷蛭』は周囲の環境から霊力を吸収し貯蔵するという代物だ。幾世守家に1000年間君臨し続けた怪異、幾世守焔が使用していたものだが、前回の配信終了後にメルが煌羅から受け取った。
どうやら煌羅としては、プレゼントでメルの好感度を稼ごうという腹積もりらしい。プレゼントとして祓器を選ぶ辺りが、世間からのズレを感じさせる。
「メルが貰っても多分使わないと思うんですけど……でもこのお花可愛いですよね~」
『可愛い』『それ前見えてるの?』
「見えてるんですよ、これ。なんか不思議な感じです」
『でも白だとあんまり服と合わないね』
「そうなんですよね~……これ、使うと赤くなるんですけど」
『なら使えばいいんじゃないの?』
花の色が白から赤に変化すれば多少はメルの服装とも合うのだろうが、メルは今のところそうするつもりは無かった。
「これメルが使ってもあんまり意味ないんです。霊力を吸収して溜めておけるんですけど、溜めたところでメルは霊力使えないので……」
実質的に無尽蔵の霊力を扱うことのできる『夷蛭』は、祓道師など霊力を扱う人間にとっては魅力的だろう。
しかしメルは祓道を使えないので、霊力を溜め込んだところでその使い道が無いのだ。
「てことで一応紹介してみましたけど、多分これ使うことはあんまりないと思います。祓器、送還」
メルがその言葉を唱えると、右目の薔薇は白い光となって消失した。
「あっ、あれ見てください!」
メルはネックレスを服の中に戻しながら、前方に鳥居を発見した。
「あれが多分勿忘神社ですね~。行ってみましょう!」
メルは小走りで鳥居へと近付いていく。鳥居に掲げられている額を見ると、予想通り「勿忘神社」の文字が書かれていた。
「常夜見さんが言うには、ここが祟り神の住処らしいんですけど……」
『普通の神社にしか見えないな』
「ですよね……特に変なとこは無いですし」
『やっぱりトコヨミさん嘘ついてたんじゃないの?』『ガセ掴まされたんじゃない?』
「それは全然あり得ますね」
メルの中で魅影への疑念が膨らんでいく。
とはいえ実際入ってみないことには何も分からないので、メルは意を決して境内へと1歩足を踏み入れた。
『あれ?』『なんか変じゃね?』
鳥居をくぐり、石段に足を掛けると、コメント欄に不穏なコメントが散見されるようになった。
「皆さんどうかしましたか?」
『音が聞こえなくなった』『俺も』『私も』『あれ、みんなそうなんだ』『俺の環境の問題じゃなかったのか』
「音?メルの声が聞こえてないってことですか?」
『いやメルの声は聞こえてる』『むしろメルの声くらいしか聞こえてない』『車の音とか鳥の声とか全然聞こえなくなった』
「車とか鳥の音……?」
メルは首を傾げる。
メルの耳には、神社の前の道を走る車の音や、どこかで鳴いている鳥の声がきちんと届いている。しかしそれらの環境音が、どういう訳か視聴者の下へは届いていないようだった。
「あっ、そうだ。コメントを読み上げる音声は聞こえてますか?」
『聞こえてる』『聞こえてるよ~』
「メルの声と、読み上げ音声は聞こえてる……っていうことは、神社の外の音が聞こえなくなってるってことでしょうか?」
『あーそうかも』
「ちょっとメル、試しに1回神社出てみますね」
メルはくぐったばかりの鳥居を引き返し、神社の外へ出た。
『あっ聞こえた』『車の音とか聞こえる』『なんでだろ?』
「皆さん聞こえるようになった感じですか?」
『なった』『なったよ~』『なってる』
「となると、機材トラブルとかではなさそうですね……」
神社の外では視聴者にも環境音が聞こえているのなら、機材や視聴者の聴覚の問題であるとは考えにくい。
となると異常なのは、勿忘神社の方という可能性が高い。
「この神社、何かありそうですね……注意しながら行ってみます」
少なくともメルの声が聞こえているのであれば、配信に支障は出ないだろう。
メルはいつ何が起こってもいいように、慎重に石段を登り始めた。
本当ならば包丁を構えた状態で進みたいところだが、流石に神社の中で包丁を見せびらかすような真似は躊躇われた。
普通に登れば1分と掛からないであろう石段を、メルは2分以上かけてゆっくりと登り切った。そして石段の先に広がっている風景を目の当たりにした途端、
「えっ……!?」
メルは息を呑んで目を見開いた。
そこには何十人もの人間が、眠るようにして倒れていた。彼らは地面に倒れ込んだまま、石像のようにピクリとも動かない。
「な、何がどうなってるんですか……!?」
『何がって?』『何かおかしいとこある?』『別に普通の神社じゃない?』
「えっ……」
メルは更なる異変に気付く。
メルの目の前の光景は、サクラのカメラを通じて視聴者達にも配信されている。だというのにメルと同じような反応のコメントが1つも書き込まれていないのだ。
「み、皆さん、見えてないんですか……?」
『見えてないって何が?』『えっ怖い話?』
「何がって……こんなにたくさん人が倒れてるのに……」
『人?』『どこに?』『怖い怖い』『メルちゃんには何が見えてるの……?』
やはりメルが見ている人々は、視聴者には見えていないらしい。
(サクラさん、どういうことなんでしょう……?)
背筋が寒くなったメルは、助けを求めるようにサクラに尋ねる。
(ていうかサクラさんには見えてますよね!?)
(安心して、メルちゃん。私にもきちんと見えているわ)
これでサクラにも見えていなければいよいよ恐ろしいことになるが、幸いそれは杞憂に終わった。
(まだ手掛かりが少なすぎるから何とも言えないけれど、恐らくこの人達のことは見えないのが普通なのだと思うわ)
(見えないのが普通、ですか?)
(ええ。メルちゃん、『不可識』のことは覚えている?)
(は、はい)
『不可識』とは祓道師が用いる祓道の1つで、物を隠すための祓道だ。『不可識』を施された物品は知覚することが不可能になり、『瞭眼』という祓道を用いなければ見つけることができない。
(この人達は『不可識』を施されたのと同じような状態なのだと思うわ。だから普通の人間には、この人達の存在が認識できない)
(じゃあどうしてメルには見えてるんですか?)
(……はっきりとしたことは言えないけれど、可能性として考えられるのはメルちゃんが私の霊力を持っているからかしら。私の霊力は怪異や祟り神の悪影響をある程度遮断するから、認識操作の影響を受けていないのかもしれないわ)
(それって……怪異か祟り神の仕業ってことですか?)
(私の予想が合っていれば、そういうことになるわね。あの怪異使いの女の子が言っていたように、ここは祟り神の領域なのかもしれないわ)
サクラの推測を聞いたことで、メルは少し安心した。
完全に未知の現象は怖ろしいが、それが怪異の類の仕業であると思えば多少は気が楽になる。
……それで気が楽になるのもおかしな話だが。
「皆さん聞いてください。皆さんには見えてないみたいですが、今メルには神社の中で倒れている何十人もの人が見えています。信じられないかもしれないですけど、一旦そういうテイで受け入れてください」
『オッケー』『分かった』『何十人も人が倒れてるテイね』
視聴者達の順応は早かった。視聴者は配信者に似るものなのかもしれない。
「メルの見た感じ、倒れてる人は全然動かないので死んでるかもしれません。今からそれを確かめてみます」
メルは視聴者にそう断ってから、最も近くで倒れている中年の男性の下へと向かう。
男性の側に膝を突き、手首に指を添えて脈を測る。
「……死んでますね」
男性の脈は感じられなかった。
その後も何人か同じようにして脈を測っているが、やはり全員死んでいる。
そして50代か60代と思われる男性の脈を測り終えた時、メルは男性の胸ポケットに入っている財布に目を引かれた。
メルはおもむろに財布に手を伸ばす。と言っても金品を盗もうというのではない。男性の身元を確認しようと思ったのだ。
革製の高級そうな財布を開くと、中には運転免許証が入っていた。
「田中太一さん、ですか……ん~?」
それは一見するとごく普通の免許証だったが、よくよく見てみるとおかしな点があった。
「これ……有効期限が20年近く前ですね」
免許の更新を忘れて期限が切れることはあるにしても、期限が20年前というのは古すぎる。そんなに古い免許が財布に入れっ放しになっているというのも妙だ。
しかし、その免許証の真におかしな点は有効期限ではない。それに気付いた時、メルは背筋がゾッと寒くなった。
「え……嘘……」
メルは免許証の写真と遺体の顔を何度も見比べる。
「なんで、全く同じなの……?」
遺体の顔と写真の顔はほぼ完全に同一だった。遺体は免許証の持ち主なのだが、写真と顔が同じなのは当然だ。
しかしこの免許証は約20年前のものなのだ。20年前の写真と顔が全く同じということは、この男性は20年間全く歳を取っていないということになる。
だが普通の人間が20年間老化しないというのは考えにくい。となるともう1つの可能性が浮かび上がってくる。
「まさか、この人……20年前に亡くなったご遺体……!?」
男性が亡くなったのが免許証の写真を撮影した頃だったとすれば、男性が老化していないことにも説明は付く。死体は老化しないからだ。
だが男性が20年前に死んだにしては死体が綺麗すぎる。死後20年も経過すれば人間の死体などとっくのとうに白骨化しているはずだ。
「どういうこと……?」
男性の死亡時期がいつだとしても、どこかしらに不可解な点は出てきてしまう。メルは頭を抱えた。
『メルちゃんさっきから何してるの?』『ずっと虚無に向かって何かしてるけど大丈夫?』
「あっ、ごめんなさい。置いてけぼりにしちゃいましたね」
視聴者からいくつも質問が寄せられ、メルは我に返った。死体を認識できない視聴者には、今メルが何をしているのか全く理解できていない。
メルは口頭で今の状況を説明した。
「ちなみに皆さん、これって見えてますか?」
メルは試しに男性の免許証をカメラに向ける。
『いや』『何が?』『見えない』『何も持ってないじゃん』
「免許証も見えないんですね~」
どうやら視聴者に認識できないのは死体だけでなく、死体の持ち物も同様らしい。
「これ、どういうことなんでしょうね~……」
「教えてあげましょうか?」
首を傾げるメルの頭上から、可愛らしい声が聞こえてくる。
メルが顔を上げると、そこには本日2度目の登場となる魅影の姿があった。
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