第21回桜庭メルの心霊スポット探訪:勿忘神社 一
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
この日のメルの配信は、昼下がりの人気のない公園のような場所で始まった。
「え~、まず皆さんに謝らないといけないことがあるんですけど……前回の配信はほぼ何にも映ってなくてごめんなさい!」
『ちゃんと謝れて偉い』『いいよすぐに見るのやめたし』『まあ心霊系ストリーマーならそういうこともあるかなって』
前回の配信でメルは、配信にもかかわらずほぼ何も映らないという特大の放送事故をかました。まずはその謝罪から入らなければならない。
「一応、あの日の配信で何があったのかを再現した動画を投稿してあるので、よかったらそちらを見てみてください」
『あのメルがほぼ全員分演技してるやつか』『あれ面白かったよ』『メル演技下手ね』
「えっ、会心の演技のつもりだったんですけど……」
視聴者のコメントにショックを受けるメル。しかし今日のメルは視聴者に反論できる立場にない。
とはいえ、メルを批判するようなコメントはほとんど見受けられなかった。先に投稿した再現動画でも謝罪をしていたこともあるだろう。
メルはそのことに安心しつつ、配信の本題に入った。
「それじゃあ桜庭メルの心霊スポット探訪、今日は第21回!やっていこうと思いま~す」
『あれ21回目って前回じゃなかったっけ?』『前回は番外編だったから』
「今日はですね、視聴者さんのリクエストにお応えしようと思います。今日もリクエストの文章をプリントアウトして来たので~……」
メルがいつものようにポケットからA4サイズのコピー用紙を取り出す。
「読みますね~……
桜庭メル様、いつも配信楽しく見させていただいております。早速ですが、先日私の身に起きた不可思議な出来事についてお話しさせていただきます。
連休を利用して実家に帰省していた時のことです。私は幼馴染と呼ぶべき友人と酒を飲むことになりました。
私も友人も独身で、その日の夜は誰にも気兼ねすることなく朝まで飲み明かそうと盛り上がっていました。
何軒か居酒屋を梯子した後、私は友人の家にお邪魔することになりました。
手酌で酒を飲みながら学生時代の思い出話に花を咲かせていると、やがて友人が押し入れから卒業アルバムを引っ張り出してきました。
卒業アルバムを見返すと、思い出話はより一層盛り上がりました。初めは高校の卒業アルバムを見ていたのですが、友人はその後も中学校、小学校と時間を遡るように卒業アルバムを持ってきました。
そして小学校の卒業アルバムを見返している内に、私は違和感を覚えました。
私がいた小学校は1組から3組まであったのですが、3組だけやけに人数が少なかったのです。
1組と2組が30人はいるのに対し、3組には20人と少ししか生徒がいなかったのです。
卒業アルバムにその写真が掲載されているということは、私が小学生だった当時から3組だけは人数が少なかったのでしょう。
しかし小学生だった当時の私は、そのことに全く気付いていませんでした。
私は友人に対し、3組だけ人数が少ないことに言及しました。
すると彼は私が何を言っているのか分からないと言いました。その時の彼の表情は、まるで言葉の通じない異邦人を見るかのようでした。
つい数秒前まで楽しく歓談していた彼がそんな表情を浮かべていることが、私には気味が悪く思えました。
私は何だか怖くなり、一旦3組の人数について言及するのは止めました。代わりに小学生の頃の可笑しなエピソードを口にすると、彼はまた元通りの笑顔で話し始めました。
ですがどうしても3組の人数のことが気になった私は、しばらくしてからもう1度そのことを話題に出してみました。
すると友人はやはり異邦人を見るような目を向けてきました。その表情に、私は目の前の友人が本当に私の知る友人なのか、恐ろしくなりました。
不安から目を逸らした私は、部屋の隅にあるはずのないものを発見しました。
あるはずのないものと言っても、幽霊や怪異の類ではありません。そこにあったのは、使用感のあるベビーベッドでした。
先述の通り、友人は独身です。過去に結婚していたこともなく、当然子供がいたこともありません。
ではそのベビーベッドは、一体誰のためのものなのでしょう。
私は友人に、ベビーベッドのことについて尋ねました。すると友人はまたしても私に異邦人を見るような目を向けてきました。
彼曰く、私が何を言っているのか全く分からない、と。彼は自分の家にベビーベッドがあることすら認識していないように私は思いました。
いよいよ気味が悪くなった私は、逃げるように彼の家からお暇しました。
実家に帰ると、父が不思議そうに私を出迎えました。父には朝まで帰らないつもりだと言っていたので、夜中に帰って来た私を訝しむのは当然です。
父の顔を見た私は、とあることに気付きました。
私には母親の記憶が全くないのです。
母親の顔を知らない、などという次元ではありません。信じられないかもしれませんが、私にも私を生んだ母親がいるという事実を、私はこの時初めて認識したのです。
私は父親に、母親のことについて尋ねました。私の母親はどんな人だったのか、何故私には母親がいなかったのかと。
すると父親は即座に『何を言ってるんだ』と私に言いました。『お前に母親はいない』と。
その時の父親は、異邦人を見るような目を私に向けていました。
話したくないとか、話せない事情があるとか、そういった雰囲気は全くありませんでした。
父親はただ本当に、私には母親がいないと信じ切っているように見えました。
私は何もかもが恐ろしくなりました。翌朝、引き留める父親を振り切り、逃げるように地元から帰りました。
そうして1人暮らしをしている家に帰って来た私ですが、私の恐怖は終わりませんでした。
私は自分の家の不自然さに気付きました。私は1人暮らしであるというのに、私の家にある食器やカップは全て2個ずつのペアになっていたのです。まるでこの家で誰かと暮らしていたことがあるかのように。
とはいえそれだけならば、私が来客用に2つずつ買い揃えたことを忘れていただけかもしれません。
ですがその後で、私は致命的な物品の存在に気付きました。
それはテレビボードの上に置かれた写真立てでした。
その写真立てには、タキシード姿の私が、ウエディングドレスに身を包んだ女性と腕を組んでいる写真が収められていました。
ウェディングドレスの女性には、見覚えがありませんでした。
私は誰かと結婚していたことを忘れてしまったのでしょうか。それとも写真に写っているのは、私の顔をした私ではない誰かなのでしょうか。
そもそも今考えている私は、本当に私なのでしょうか。
おかしいのは私なのでしょうか。それとも私以外の全てなのでしょうか。
私にはもう何も分からなくなってしまいました。
桜庭メルさん、どうか何が間違っているのかを突き止めてはいただけませんでしょうか。
よろしくお願いいたします。
……とのことですね~」
リクエストの文章を読み終えたメルは、コピー用紙を四つ折りにしてポケットに戻し、それから天を仰いだ。
「……メルにどうしろと?」
『草』『確かに』『長かったな~』『過去最長のリクエスト』
「あの、前にも同じようなこと言った気がしますけど、メルは名探偵じゃないので。何でもは解決できないんですよ」
『それはそう』『それはそう』
「……まあ、リクエスト貰っちゃったんでやれるだけやりますけどね」
『優しい』『すき』
「という訳で今日は、この視聴者さんの身に何が起こったのかを調べてみようと、思います!」
カメラに向かって敬礼して見せるメル。
「でですね。視聴者さんの話からすると、おかしいのは視聴者さんか視聴者さん以外の全部かのどっちかじゃないですか」
『まあそうね』
「この2択だと普通はおかしいのは視聴者さんの方だと思うんですけど、メルは敢えて視聴者さん以外の全部がおかしい可能性を探ってみようと思うんです」
『なんで?』『どうして?』
「だってその方が配信としては面白そうじゃないですか?」
『草』『確かに』『面白半分で調べるの悪いと思わないの?』
「だってメルもこんな無茶なお願いされてるんですもん。少しくらい面白がらせてくれないと割に合わないですよ」
メルはそう言って頬を膨らませる。
とはいえメルも、面白がれども手を抜くつもりもない。
「さて、じゃあ今日は探索の前にちょっと推理パート挟みましょうか」
『探偵に寄せてきてるじゃねーか』
「とりあえず視聴者さんが体験したおかしなことを纏めると、小学校の卒業アルバムで1クラスだけ人数がやけに少ない、お子さんがいないはずのお友達の家にベビーベッドがあった、お母さんがいないどころかいた痕跡もない、結婚してたみたいだけど覚えてない、ってところですかね?」
『そうだね』
「この4つを聞いて、メル思ったんですけど……これって全部、誰かがいなくなってるんじゃないですか?」
『いなくなってる?』『どういうこと?』『確かにそうかも』
「1クラスだけ人数が少ないのは、そのクラスの生徒が何人かいなくなったから。お子さんがいないのにベビーベッドがあったのは、そのベビーベッドを使うはずだったお子さんがいなくなったから。お母さんがいないのも結婚相手がいないのも、『いない』んじゃなくて『いなくなった』が正しいんじゃないでしょうか」
『でもそんなに人消えたら騒ぎになるくない?』
「……ま~、そうなんですよね~」
探偵ぶって推理などを始めてみたメルだが、メルは元々論理的な思考が得意なタイプではない。安楽椅子探偵のように、他人から聞いた情報だけで問題を解決することはできないのだ。
「これ以上は手掛かりを探さないと……でも手掛かりを探そうにも、どこを探せばいいのか……」
「あら。それなら私が、探偵さんの助手を務めてあげましょうか?」
「っ!?」
頭上から覚えのある声が聞こえ、メルは顔を上げる。
するとそこにいたのは、ゴスロリ服に身を包み、テディベアを抱えた、赤い瞳を持つ黒髪の少女。
「常夜見さん……」
常夜見魅影が、空気に腰掛けるような体勢で宙に浮かんでいた。
『うわ出た』『来たか』
魅影がメルの敵であることは、熱心な視聴者には既に周知の事実だ。
「何しに来たんですか」
「ふふっ、言ったでしょ?桜庭さんが探偵になるのなら、私がその助手になってあげるわ。これでも私、耳寄りな情報を沢山持っているのよ?」
「あなたに貰った情報をメルが信じられるとでも?」
「あら。信じられなくても信じるしかないはずだわ。だってあなたは道標にするべき情報を何も持っていないんだもの」
「……それはそうですけど」
「ふふっ、素直ね」
魅影はゆっくりと高度を下げ、メルの目の前に優雅に着地する。
「この街にはね、古くからとある祟り神が住んでいるの。その神の名は思惟食神。人間の記憶を食べる神よ」
「記憶を、食べる……?」
「ええ。思惟食神は獲物として目を付けた人間を自らの領域に誘き寄せ、その記憶を少しずつ食らっていくの。思惟食神の獲物となった人間は緩やかに記憶を失い、同時に獲物を知る他の人間の記憶からも少しずつ忘れられていくの」
魅影がクスクスと悪戯っぽく笑う。
「どう?あなたに送られてきたリクエストと、何か関係がありそうだとは思わない?」
「思いますけど……常夜見さん、適当なこと言ってるんじゃないですよね?」
「あら、不本意ね。そんなことをして私に何の利益があるというの?」
「それはそうですけど……」
事あるごとにメルに祟り神をけしかけてきた魅影。その魅影がメルに「祟り神がいる」と嘘を吐く理由は確かに存在しない。
しかしこれまでの経緯から、メルには魅影の言うことを素直に信じたくないという気持ちがあった。
「そもそもなんで常夜見さんがそんなこと知ってるんですか?」
「だって私は怪異使いだもの。普通の人では知り得ないようなことだって、私達の耳には届くのよ」
怪異使いを理由にされては、怪異使いに詳しくないメルはそれ以上何も言えなくなってしまう。
「ここまで話したけれど、信じるも信じないも桜庭さんの自由よ。私の知っていることはすべて話したから、後は桜庭さんの好きにして頂戴」
魅影がどこかから1枚の紙を取り出し、それにふぅっと息を吹きかける。
すると紙がパタパタと独りでに折り畳まれ、折り鶴の形となった。折り鶴はパタパタと羽ばたくと魅影の手から離れ、メルの方へと飛んでくる。
「これは……?」
目の前でパタパタとホバリングする折り鶴を、メルは両手で受け止める。
「それはこの周辺の地図よ。常夜見家が把握している思惟食神の領域に印が付いているわ。良かったら役に立てて」
メルに折り鶴を渡した魅影は、爪先でトンと地面を軽く蹴る。すると魅影の体は重力の軛から解き放たれたように上昇し、太陽に吸い込まれるようにして見えなくなった。
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