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桜庭メルの心霊スポット探訪番外編:幾世守家 八

 「ちょっ、正気ですか!?」


 屋内で何の躊躇もなく『礫火天狗(れっかてんぐ)』を使い始めた焔に、メルは泡を食った。


 「自分の家ごと吹き飛ばす気ですか!?」

 「馬鹿を言うな、たかが小娘1人祓除するのに家を吹き飛ばすような真似をするか」


 そう言って焔は干乾びた口角をニヤリと上げる。


「だがまあ、穴が開くくらいは仕方あるまい」


 焔が頭上に掲げていた右手を、真っ直ぐメルの方へと向ける。


 「『礫火天狗・天梯(あまつきざはし)』」


 すると焔の頭上の炎の塊から、煌々と輝くビームが放たれた。


 「えっ何それぇ!?」


 これまでとは全く異なる『礫火天狗』の挙動に激しく動揺するメル。動揺しながらもしっかりビームは躱している辺りは流石だ。


 「きゃっ!?」

 「何っ!?」


 メルが回避したビームは燎火と煌羅のすぐ側を通り抜け、そのまま大広間の壁を突き破って外に飛び出していった。


 「『礫火天狗』はただ広域を焼き払うだけの祓道ではない。指向性を持たせ威力を一点に集中させることで、万物を貫く一条の矢となる。ほれ、このように」


 メルに向かって次々と『礫火天狗・天梯』を放つ焔。燎火がたった1度の行使で疲弊する『礫火天狗』を事も無げに連発できるのは、『夷蛭(いびる)』で吸収した莫大な霊力のためか。


 「ひゃあっ!?」


 メルは悲鳴を上げながら、ブレイクダンスを踊るようにビームを回避する。

 ビームと表現しているものの、『礫火天狗・天梯』は光速ではない。そのため集中して軌道を読めば回避することは可能だった。


 「燎火ちゃん危ない!」

 「あ、ありがとうございます、煌羅さん……きゃあっ!?」


 メルが回避したビームの中には、燎火や煌羅に直撃しかねない軌道のものもあった。今はまだ燎火も煌羅も無事だが、いつ2人に当たってしまうとも分からない。


 「ちょっと!後ろの2人は巻き込まないようにしてくださいよ!」

 「その者共は既に貴様に与した反逆者だ。生かしておいたところで祓道師の誇りに泥を塗るのみ。ここで命を落とそうとも一向に構わん」

 「最っ低!」


 メルは焔への怒りをふつふつと滾らせながら、『礫火天狗・天梯』を躱し続ける。


 「ちょこまかと小賢しい……」


 どれだけ撃っても全く当たらないメルに、徐々に焔が苛立ちを見せ始めた。


 「『礫火天狗』も当たらなきゃ『火鼬』と変わりませんね!」


 焔の攻撃に慣れ始めて余裕が出てきたために、全く言う必要のない煽りの言葉を口にするメル。こういうところがよくない。


 「……いいだろう。その挑発乗ってやる」


 ミイラになっていなければ確実に青筋を浮かべていたであろう焔が、ビームによる攻撃を中断する。


 「『礫火天狗――」


 またしても焔の頭上に超高密度の炎の塊が出現する。

 焔はそれを無数の火球に分裂させるでもビームとして放つでもなく、右手で握り潰すようにしてその手中に収めた。


 「――赫威(あかおどし)』」


 すると炎の塊が、焔の右手から伸びる剣の様な形状へと変化した。


 「『礫火天狗』はこうして収束させることで、万物を切り払う高熱の刃にもなるのだ。今からこの灼熱の刃を以て、貴様の体を焼き尽くしてくれよう」


 煌々と輝く炎の剣が、焔の干からびた顔を不気味に照らす。

 炎の剣から感じられる凄まじいエネルギーに、メルは無意識に唾を飲んだ。


 「『益荒(ますら)』」

 「あっそれはヤバ……わっ!?」


 ダメ押しのように『益荒』を使い、メルへと踊り掛かってくる焔。『益荒』の効果も相まって、その動きはミイラとは思えないほど俊敏だ。

 焔が横薙ぎにした炎の剣を、メルは上体を逸らして回避する。炎の剣は直接肌に触れずとも、メルの肌にじりじりと焼け付くような感覚を与えた。


 「あ……あんなの食らったらメル、ジュッてなっちゃいますよ……」


 蒸発する、の意である。


 「いよいよ時間かけられないですね……」


 時間を掛ければそれだけメルは霊力を吸われて衰弱し、炎の剣を避けるのが難しくなる。そうなる前に決着を急ぐ必要があった。


 「どうせ今日はもうこれで最後……出し尽くしちゃいます!」


 メルの瞳が赤い光を放ち、包丁の刃から噴き出した紫色の炎がメルの全身に絡みつく。そして紫色の炎はメルの体を包み込み、天女の羽衣のようなものを形成した。


 「色々やられてビックリしましたけど……これを使ったからには、もう容赦はしませんよ!」

 「抜かせ、小娘!」


 焔が振り下ろす炎の剣を、メルは下から掬い上げるように包丁を振るって迎撃する。

 赤い炎と紫色の炎、2つの炎がぶつかり合って拮抗する。


 「何っ!?」


 超高密度の炎の塊である『礫火天狗・赫威』をメルの包丁が受け止められたことに、焔は驚愕を露にする。

 しかし焔の驚愕はそれだけでは終わらなかった。


 「ぐあっ!?」


 突如、焔の全身に数十もの裂傷が刻まれる。

 メルが斬ったのではない。溢れ出した包丁の呪詛が、焔に傷を刻んだのだ。

 焔の肉体は既にミイラであるため、斬られても出血することは無い。しかし全身の傷は焔の動きを阻害する。


 「てやあっ!」

 「ぐっ、舐めるな小娘ぇ!」


 動きが鈍くなったところを追撃しようとしたメルだったが、その攻撃はギリギリのところで回避されてしまう。

 同時に焔の全身の傷が、まるで映像を逆再生するかのように急速に回復し始めた。


 「傷が、治ってる……!?」

 「ふん、『夷蛭』に蓄えられた莫大な霊力があれば、この程度の傷はすぐに治るわ!」

 「なんですかそれズルじゃないですか!?」

 「抜かせ!」


 再び『礫火天狗・赫威』とメルの包丁がぶつかり合う。それによって焔の体にまた数十の裂傷が生じるが、それらは同様に急速に回復していく。


 「何度やっても同じことだ!」


 激しい剣戟を繰り広げるメルと焔。2人がぶつかり合う度に焔の体には裂傷が刻まれるが、『夷蛭』に貯蔵された膨大な霊力がそれを瞬時に癒していく。

 ……だが、冷静に考えて、不利なのは焔の方だった。


 「どうしました?傷が治るのが遅くなってきてますよ?」

 「ふん、相手よりも自分の身を心配したらどうだ?」


 虚勢を張る焔だが、メルの指摘は紛れもない事実だった。

 『夷蛭』は既に莫大な霊力を蓄えているが、言うまでもなく無限に霊力を使える訳ではない。全身の数十の傷を一瞬で治すような真似を何度も繰り返せば、『夷蛭』の霊力は目減りしていく。

 まして焔は、メルと炎の剣を打ち合わせる度に全身に傷が刻まれるのだ。それをその度に治していたら、いくら霊力があっても足りなくなるのは明白。

 現にこうして傷の治りは徐々に遅くなり始め、『夷蛭』の赤色も褪せ始めている。


 「てやっ!」

 「ぐはぁっ!?」


 傷が治り切らず動きが鈍った隙を突き、メルは焔の胴体に痛烈な蹴りを叩き込む。

 焔の体が「く」の字に折れ曲がり、同時に数十の裂傷がまた新たに刻まれる。


 「ぐっ、『虎しょ」

 「てやあっ!」

 「があああっ!?」


 『虎嘯』で一旦メルを突き飛ばそうとした焔だったが、それよりもメルが焔の左腕を斬り飛ばす方が早かった。

 悲鳴を上げる焔の右手から、炎の剣が消失する。左手の欠損を含む全身の傷とその苦痛によって、『礫火天狗・赫笏』の維持が不可能になったのだ。


 「糞っ……『青さ」

 「遅いっ!」

 「ぎゃああああっ!?」


 焔が苦し紛れに放とうとした『青鷺』を、メルは焔の右腕を貫くことで中断させる。


 「ぐっ、糞ぉ……『夷蛭』!私の腕を治せぇぇぇ!!」


 『夷蛭』に残された霊力を使い、失われた両腕の機能を復活させようと試みる焔。

 しかし焔の腕が再生するよりも先に、『夷蛭』が完全に赤色を失い、元の白い薔薇へと戻ってしまった。

 『夷蛭』の霊力の吸収速度を、焔の消費速度が上回ってしまったのだ。これでは腕が再生するまでにどれだけの時間がかかるか分かったものではない。


 「ば……馬鹿な……」


 『夷蛭』の霊力が底を突き、愕然とする焔。そんな焔に紫色の炎を纏うメルが迫る。


 「ま、待て!私を殺したら幾世守家は終わりだ!そうなればこの国に人々を怪異から守るものがいなくなるのだぞ!それを分かっておるのか!?」

 「……命乞いですか?」


 祓道師の神を名乗っていた男の無様なその姿に、メルは心底軽蔑の眼差しを向ける。


 「大丈夫です。あなた1人死んだところで幾世守家は終わりません。燎火さんも煌羅さんもいますから」


 メルは床を蹴り、錐揉み回転しながら跳躍する。

 フィギュアスケーターのようにメルが空中で回転すると、紫色の炎が竜巻のように螺旋を描いた。

 そしてメルは回転の勢いを利用し、焔の首に一瞬で複数回包丁の刃を叩き込んだ。


 「かひゅっ……」


 焔の首は呆気なく斬り飛ばされ、辞世の句を口にする暇もなく絶命する。

 1000年生きた男の末路としては、あまりにも哀れな最期だった。


 「ふぅ……」


 焔の絶命を確認してから、メルは天女の羽衣のような紫色の炎を消失させる。

 『夷蛭』が霊力を吸収することによる虚脱感は既に消えているが、代わりに包丁の呪詛を多用したことによる疲労感がメルの中には残っていた。


 「桜庭さん!」

 「メルちゃ~ん!」


 戦闘終了を見て、燎火と煌羅がメルに声を掛ける。普通ならば2人がメルの下に駆け寄ってくるような場面だが、生憎燎火も煌羅も今は歩けないのだ。

 メルは2人の下に移動し、それから頭を下げた。


 「ごめんなさい、勢いでお館様殺しちゃいました」

 「……勢いで人を殺してしまうのは法治国家で生きていけないのでは?」


 燎火はメルの将来を憂いた。


 「いや、最初は話し合いで解決するつもりだったんです。でもお館様怪異だったし、霊力とか吸ってくるし、なんかやたら強いし……で、殺しちゃいました。ごめんなさい」

 「別に、私達に謝っていただく必要はありませんよ。お館様と言えど怪異だったのですから。祓道師として、怪異を討伐した桜庭さんに異議などありません」

 「そうそう。それにお館様なんて直接会ったこと無かったから、ほとんど知らない人みたいなものだし。死んじゃっても別に~って感じだよね~」


 自分達のトップが殺されたことに対して、燎火も煌羅も特に思うところは無いらしい。煌羅は特に淡泊だった。


 「ならよかったです。じゃあ……配信終わりましょうか」

 「……そう言えば、この様子は配信されていたんでしたね」


 今日は視聴者からのコメントに応える余裕も無かったために、配信であることを半ば忘れていたメル。

 だが久方振りに配信画面に目を向けたメルは、ここで初めて異常が起きていることに気が付いた。


 「あれっ!?視聴者さんがいない!?」


 いつの間にかメルの配信を見ている視聴者が、1人もいなくなっていたのだ。


 「なっ、なんで!?どうして!?」


 これまでメルの配信で視聴者数がゼロになったことなどほとんど無かった。それに配信が始まった時点では、少なくない数の視聴者が確かに配信を見ていたはずなのだ。

 一体何が起きているのかと、メルはコメント欄を確認する。最後に書き込まれていたコメントは、1時間以上前のものだった。


 『これ機材トラブルか何か?何も見えないんだけど』

 「何も見えない……?どういうこと?」


 そのコメント以外にも、同様の「配信画面に何も映っていない」という旨のコメントがいくつも書き込まれている。

 どうやらメルの配信は1時間以上前に画面がブラックアウトし、それが原因で視聴者がいなくなってしまったようだ。


 「配信画面が急に消えた?どうして……」


 撮影用のスマホは正常に動いているし、動画投稿サイトの方にも問題は見当たらない。配信がブラックアウトした理由が全く分からず、メルはほとほと困り果てた。


 「あの……桜庭さん……」


 するとその様子を見ていた燎火が、恐る恐るといった様子でメルに話しかける。


 「その、私、原因に心当たりがあるのですが……」

 「ホントですか!?」

 「はい。その、幽山にはほぼ全域に『不可識(ふかしき)』の祓道が施されていまして……配信を始めた場所や、煌羅さんと合流した辺りは『不可識』の範囲外なのですが、絡祓の集団に襲われた辺りからは、ずっと『不可識』の範囲内にいたので……」

 「……あっ!?」


 メルは燎火の言わんとすることを理解した。

 『不可識』はものを隠すための祓道。『不可識』で隠されたものは、『瞭眼(りょうがん)』という祓道を用いなければ見ることができなくなる。

 メルは燎火に『瞭眼』を掛けてもらったため、『不可識』の影響を受けることが無くなった。しかし配信を見ている視聴者達はそうではない。

 そんな状態でメルが『不可識』で隠されたエリアに侵入すればどうなるか。少し考えれば容易に想像できた。


 「つまり『不可識』の範囲に入った時点で、視聴者さんには何も見えなくなってたってことですか!?」

 「はい、恐らくは……」

 「そんな……」


 メルは肩を落とした。

因縁のある幾世守家との決着をつける重要な回だったというのに、その序盤も序盤しか視聴者の目には届いていなかったのだ。メルの落胆は計り知れない。


 「ごめんなさい、私がもっと早くに気付いていれば……」

 「いいんです、幾世守さん……気付いたところで多分どうしようもありませんでしたから……」


 まさか視聴者1人1人に『瞭眼』をかけて回ることなどできるはずもない。気付いていようがいまいが、どの道今日の配信は視聴者には届かない運命だったのだ。


 「メルちゃん、元気出して?」

 「ありがとうございます、煌羅さん……とりあえず、後で謝罪動画を投稿しないと……」


 今日の配信は紛れもなく放送事故だ。メルはストリーマーとして、そのことを視聴者に謝罪しなければならない。


 「それと、今日あったことの再現VTRも撮影しないとですね……幾世守さん、煌羅さん、協力してくれますか?」

 「えっ、再現VTRって……演技をするということですか!?」

 「そうなります……」


 メルは視聴者へのせめてもの補填として、今日の出来事を再現した動画を投稿しようと考えていた。その撮影に当事者である燎火と煌羅が協力してくれれば、それだけ再現のクオリティは上がる。


 「私はメルちゃんのためだったら何だってするよ!」

 「ありがとうございます煌羅さん。それで、幾世守さんは……」

 「うっ」


 メルと煌羅の視線を受けて、燎火はあからさまにたじろいだ。


 「その……私、お芝居には自信が無いのですが……」

 「大丈夫です。そんなものメルだってありません」

 「私だってないよ!」

 「大事なのは心意気だけです。幾世守さん、協力してくれませんか?」


 メルが真っ直ぐ目を見てお願いすると、燎火はそこから5分ほど長考に入った。

 そして。


 「……分かりました。桜庭さんには恩がありますから……」


 渋々ではあったが、最終的には燎火も頷いた。


 「ありがとうございます、幾世守さん。それじゃあまた後で撮影する日を決めましょうか」


 細かい段取りはまた後日、ということで、この日は解散する運びとなった。


 この日の配信は、当初の目的であった幾世守家との決着は付けることこそできたものの、配信自体は稀に見る大失敗という、メルにとっては苦い結末を迎えてしまった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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