桜庭メルの心霊スポット探訪番外編:幾世守家 七
「うわっ、すごいですねここ!」
燎火の案内で大広間までやってきたメルは(ちなみに少しでも動きやすいように土足である)、その威容に思わず歓声を漏らした。
「時代劇みたいですね!」
「確かに……言われてみればそうかもしれませんね」
「私達は見慣れてるからね~」
そこは時代劇で将軍との謁見のシーンに登場するような空間だった。現代の住宅にはまず存在しない間取りだ。
「それでお館様はどこですか?」
「あそこです」
燎火が大広間の最奥を指差す。そこには簾で仕切られた空間があった。
「お館様はいつもあそこにいらっしゃいます」
「あそこから出てくるの見たこと無いよね~。お手洗いとかどうしてるんだろ」
「なるほど~……じゃあメル、ちょっと話付けてきますね」
メルは燎火と煌羅を畳の上に降ろし、包丁を構えて大広間の奥へと向かう。
「桜庭さん、気を付けてください」
「メルちゃん頑張って~!」
燎火と煌羅の声援を背に、メルは簾へと近付いていく。
そしてメルが簾に手を掛けようとしたその時。
「ここまで辿り着いてしまったか」
嗄れたその声と共に、簾が独りでに開く。
そして簾の向こうには、1体のミイラが安置されていた。
「えっ……」
予想だにしていなかったミイラを前に言葉を失うメル。
ミイラは狩衣と呼ばれるような平安時代の貴族めいた衣服を身に付けており、その姿は服装こそ違えどどこか即身仏のようにも見える。
「まさかこの姿を衆目に晒すことになろうとはな」
困惑しているメルの前で、ミイラが言葉を発する。
「ミイラが喋った!?」
メルは驚き、反射的にミイラを「桜の瞳」を通して見る。
するとミイラは赤色の光で縁取られて見えた。
「……ビックリしました。怪異と戦う祓道師のトップが、まさか怪異だったなんて」
「えっ!?」
メルの後方で燎火と煌羅が驚きの声を上げる。当然というべきか、簾の向こうに怪異がいることは2人も知らなかったらしい。
「怪異がお館様に成り代わったのか、お館様が怪異になったのか……どっちですか?」
「怪異、怪異と失礼な娘だ。言っておくが私は怪異ではない」
ミイラが立ち上がり、自らを誇示するように両手を広げる。
「私の名前は幾世守焔。1000年もの間幾世守家の頂点に君臨し続ける、祓道師の神だ」
「……いや、怪異じゃないですか」
神格であれば「桜の瞳」には黄金色の光が見えるはずだ。赤い光が見えている時点で、本人が幾ら神を自称しようとも怪異であることは揺るがない。
回答からすると怪異がお館様に成り代わったのではなく、お館様が怪異に成り果てたのだろう。だが当の本人は怪異ではなく神だと言い張っている。
(ホムラ……?)
(サクラさん、どうかしました?)
そして幾世守焔という名前を聞いて、この日ずっと静かだったサクラが反応を示した。
(いえ……私が姉を封印する前、姉と共に神格として村を守護していた頃に、同じ名前の祓道師に会ったことがあるの。私達の村に現れた怪異の討伐を手伝ってくれたわ)
(えっ、お知り合いってことですか?)
(そうかもしれないわ。確証はないけれど……)
(気になるなら話してみます?確かサクラさん、メルの口使ってお喋りできましたよね?)
(……そうさせてもらってもいいかしら?)
(どうぞどうぞ)
メルの両目が桜色に輝き、メルの意思と関係なく口が動き出す。
「幾世守焔。あなた、咲累香々神という名前に覚えはあるかしら?」
「……おお、ありますとも」
今メルの口を使って話しているのがメルではないことに気付いたのか、焔の口調が変化する。
(サクラカガカミって何ですか?)
(私の昔の名前よ)
メルがサクラに質問をしている間に、焔がその場に跪いた。
「お久し振りでございます、咲累香々神様」
「……あら、私がメルちゃんの中にいることを知っていたのね?」
「それは勿論。桜庭メルの配信を見ておりますから」
ミイラが配信を見る時代。メルは何だか未来を感じた。
「単刀直入に聞くわ。あなたはどうしてまだ生きているの?」
「……長生きの秘訣は薬草茶と梅干ですかな」
「そんなことを聞いているのではないことは分かっているでしょう?」
焔のサクラに対する態度は慇懃無礼を絵に描いたようなものだった。
「言っておくけれど、私はあなたが『どうやって』1000年もの時を生きたのかを尋ねているのではないわ。あなたが『なぜ』1000年間も生き永らえているのか、その目的を尋ねているの」
「なぜ、ですか。そんなものは決まっておりましょう」
焔が乾ききった口元を笑みの形に歪める。
「祓道師の未来のために他なりますまい」
「……分からないわ。あなたが人の身を捨ててまで生き続けることが、一体どう祓道師の未来に繋がるというの?」
「人間というのは愚かなものです。初めにどれだけ崇高な理念を掲げていようと、時間が経てばいずれその理念は形骸化し変質していく。元居た人間が死に絶え、世代が重なれば尚更です。そしてそれは、怪異を祓除し人々を守る祓道師であろうと例外ではない」
サクラの質問にすぐには答えず、何やら回りくどい話をし始める焔。
サクラを煙に巻こうとしているのか、それとも単に話が長い人種なのか。
「かつての私は祓道師の未来を憂いました。私が死んだあと、祓道師はどうなっていくのかと。祓道というのは人知を超えた力です。その力は益にも害にもなり得る。怪異を祓除し人々を守るためでなく、自らの私利私欲のために祓道の力を振るう者が現れることを私は恐れました。私はその未来を避けるにはどうすればよいのかを考え、そして遂にその方法に辿り着いたのです」
「それが、あなたが1000年の時を生き続けることだというの?」
「その通りです。祓道師の理念の形骸化を防ぐには、正しき理念を持つ私が神として永遠に君臨し続ければよい」
「そのために人の身を捨てて怪異に堕ちたのね」
「堕ちた?いいえ、私は昇ったのです。祓道師の神という高みに!」
恍惚としたように高らかに叫ぶ焔の瞳には、狂気の光が宿っていた。
「そして神となった私は、この1000年間幾世守家の祓道師を管理し続けてきたのです!全ては正しき祓道師の理念のために!」
「そうかしら。私にはむしろあなたのせいで祓道師の理念が失われているように思えるのだけれど」
「……何ですと?」
焔が空洞の眼窩をサクラに向ける。もしまだそこに眼球が残っていたのなら、焔はサクラを睨みつけていたに違いない。
「怪異を祓除し人々を守るのが祓道師だとあなたは言ったわね。けれど今のあなたが守ろうとしているのは人々ではなく祓道師の誇りだわ。その証拠にあなたはメルちゃんを執拗に付け狙い、そのせいで幾世守家の祓道師達は怪異の祓除を疎かにしている」
「それは……止むを得ないことです。その小娘は呪物を用いて祓道師の真似事をしている。そのようなものは祓道師の誇りにかけて看過できませぬ」
「それこそが理念の形骸化だわ。あなたは誇りを守るためと言いながら、『人々を守る』という原初の理念を蔑ろにしている。1000年という年月に晒されて変質したのは、他ならぬあなたの理念なのよ、焔」
「……咲累香々神様、あなたに理解してもらおうとは思いませぬ」
サクラの指摘に言葉を詰まらせた焔は、強引に話を打ち切ろうとする。
「私はこれより特殊怪異であるその娘を祓除いたします。さすれば小娘の中にいらっしゃるあなたも無事では済みますまい。しかしこれも祓道師の誇りを守るためのこと、何卒ご容赦いただきますよう」
「あら、私の心配なら要らないわ。だってメルちゃんは負けないもの」
サクラは普段メルがしないような妖艶な笑顔を浮かべる。そしてそれを最後に、メルの両目から桜色の光が消失した。
「……なんか、おいしいとこ全部サクラさんに持ってかれちゃった感じがしますけど」
開口一番メルの口から不満が零れる。
黒幕である焔を尋問し、その間違いを指摘し、その上戦闘前に啖呵を切るところまでサクラがこなしてしまった。メルのタスクはもう戦闘しか残っていない。
(な、なんだかごめんなさいね?メルちゃん……)
(いいんです、サクラさんは悪くないです……)
メルは自らの意思でサクラに口を貸したのだ。それで見せ場が無くなっても文句は言えない。
気を取り直し、メルは焔と相対する。
「メルからも1つ聞きたいことがあるんです」
「ほう?まあ死にゆくものの願いだ。1つくらいであれば聞き届けてやろう」
「侵襲絡祓を造ったのはあなたですか?」
死んだ祓道師を素体に製造されたという非人道的なルーツを持つ侵襲絡祓だが、当主である熾紋はその実在を知らなかった。
当主ですら侵襲絡祓の存在を把握していないとなると、当主より上の立場のお館様が関わっているとしか考えられない。
「いかにも、あれを造ったのは私だ」
メルの問い掛けを、焔は悪びれるでもなく肯定した。
「どういうつもりであんなものを?死んだ人の体をお人形に改造するなんて……」
「どういうつもりも何も、あれが祓道師としてのあるべき姿だ。死した後も侵襲絡祓として、今を生きる祓道師とその屋敷を外敵から守る。あれの素体となった煤祢も、幾世守家に尽くせる喜びに咽び泣いていることだろうよ」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
メルは鋭い視線で焔を睨み付ける。
「だとしたらあなたは……本当に救えない」
「救えないのは貴様の方だ、特殊怪異の小娘」
焔はメルの視線を平然と受け止めた。
「これ以上貴様が祓道師の誇りを穢すことの無いよう、この私が今すぐに葬ってやろう」
「……メル、お館様の正体が怪異で、ちょっと安心してるんです。もし話し合いで解決しなかったらどうしようと思ってました。もしかしたら戦いになるかもしれないけど、できれば人間は殺したくないなぁって。でも……」
包丁の切っ先を焔に突き付けるメル。
「お館様が怪異なら、遠慮なく殺せます」
「……何度も言っているが、私は怪異ではなく祓道師の神だ。それを自らの死を以て思い知るがいい、小娘」
焔は首元からネックレスを取り出し、炎のようなデザインが施されたペンダントトップを握り締めた。
「――祓器、召喚」
ペンダントトップから溢れ出した光が、焔の右の眼窩に収束していく。
「『夷蛭』」
そして焔の右目に白い薔薇が咲いた。
正確に言うと、薔薇の花のような形をした祓器が出現したのだ。
「へ~、おじいさんが使うにしては可愛い祓器ですね。メルはそういうのもいいと思いますけど」
メルのその感想に焔は応えず、祓器の感触を確かめるように薔薇へと触れる。
「ふむ……流石に白くなってしもうておるか」
ニヤリと笑う焔。
「どれ、数百年ぶりにお前を赤く染めてやろう。思う存分食らうがよい、『夷蛭』」
焔がそう唱えるのと同時に、メルの体を強い虚脱感が襲った。
「きゃっ!?な、何……?」
突然周囲の重力が増したかのように、メルはその場に膝を突く。
「こ、これは……?」
「何が起きてるの……!?」
メルが感じているのと同様の虚脱感を、燎火と煌羅も感じていた。メルが膝を突くだけで済んでいるのに対し、2人は倒れ込んでしまっている。
そして影響が現れているのは人間だけではない。周囲の空間そのものがビリビリと鳴動している。
「何なんですか、これ……」
既存のどの自然現象とも異なるその現象に、メルは困惑する。するとその脳内にサクラの声が響いた。
(気を付けてメルちゃん!あの『夷蛭』という祓器には霊力を吸収する能力が備わっているわ!)
(知ってるんですかサクラさん!?)
(ええ、焔は1000年前にもあの祓器を使っていたわ。あの祓器は本来、自然界に存在する莫大な霊力を吸収して使用するためのもの。そして『夷蛭』はその副次的な効果として、周囲の人間からも霊力を吸収するわ。人間からの吸収量は多くないけれど、長時間影響に晒され続けると命に係わるわ)
(え~……と……メルにも分かるように言ってください)
(このまま焔を放っておくと霊力を吸われすぎて衰弱死するわ)
(ひぇっ)
メルがサクラと話している間に、『夷蛭』の色が白から赤へと変化していく。霊力の吸収量に応じて色が変化する仕組みのようだ。
「はははは!この感覚はやはり心地がいい!」
霊力を吸収するのには快感が伴うのか、昂った様子で声を上げる焔。
「うわぁ……」
興奮するミイラという絵面の悍ましさにメルは顔を顰めた。
とはいえサクラの話では、このままではメルは死を待つばかり。燎火と煌羅を守るためにも、一刻も早く焔を止めなければならない。
力が入らない体に鞭打って包丁を構えるメル。それに対し焔は枯れた右腕を持ち上げると、右手の人差し指と小指だけを立てた。
「『礫火天狗』」
瞬間、焔の頭上に超高密度の炎の塊が出現した。
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