桜庭メルの心霊スポット探訪番外編:幾世守家 二
今回の話には少し百合要素が含まれています。
あくまでギャグの範疇に留めたつもりではありますが、苦手な方がいらっしゃいましたら、はっきりと視界に入らないよう薄目でお読みください。
煌羅を前にして、まず動いたのは燎火だった。険しい表情で煌羅へと詰め寄る。
「煌羅さん、今までどこにいたんですか!?この間桜庭さんに負けてから行方知れずになっていたのに……」
「えっ、そんなことになってたんですか?」
『キララさんってこないだの人か』『あの後無事だったんだ』
前回の配信でメルは、倒した煌羅を放置して帰った。命を奪おうかとも思ったが、そうするだけの体力が残っていなかったのだ。
どうやらその後で煌羅は消息を絶っていたらしい。
「ん~っとね、あの時パパが色々メルちゃんに喋っちゃいけないこと喋っちゃったでしょ?だからそのまま屋敷に帰ったら殺されると思って、パパと2人で逃げてたの」
「た、確かにあれだけの情報漏洩をすれば、何らかの処分は免れなかったとは思いますが……」
「そしたら今日メルちゃんが配信で幾世守家のお屋敷に突撃するって言うから、手伝おうかな~って思って戻ってきたの。パパはまだ怪我が治ってないから置いてきちゃった」
「煌羅さんがメルを手伝う……?」
メルは口の中で小さく呟くと、眉を顰めて首を傾げた。
メルと煌羅に面識はほとんど無い。碌に会話もないまま戦い、倒れた煌羅をメルが人質として利用した。
これがメルと煌羅の関係性の全てだ。言うまでもなくメルが煌羅から手助けを受けるような間柄ではない。
「それで来てみたら、なんかメルちゃんと燎火ちゃんが3人組に絡まれてたから、とりあえずまとめて吹き飛ばしたの。ダメだった?」
「いえ、その、駄目ではありませんが……」
戸惑いを隠せない燎火。
とりあえずで味方のはずの煌羅から蹴散らされてしまった哀れな3人組。結局メルはどれが燐でどれが煙でどれが煩なのか分からずじまいだった。
「煌羅さん。どうしてメルを手伝ってくれるようと思ったんですか?」
メルは警戒しながら煌羅に尋ねる。
つい先日戦ったばかりの敵だ。何を企んでるのか分かったものではない。
「えっと、それはね~……その……んぇへへ」
メルの質問に対し、何やら恥ずかしがるようにくねくねと体を動かす煌羅。
その謎の反応にメルと燎火はますます首を傾げた。
「あのね?私、その……メルちゃんのこと……好きになっちゃった!」
「は?」
「きゃ~!言っちゃった言っちゃった!」
「いや言っちゃった言っちゃったじゃなくて……えっ?」
突然の大胆な告白に、混乱するメルと硬直する燎火。
「えっ、あの、その……メルのこと好きって、そういう『好き』ですか?」
「……っ!」
コクコクと何度も首を縦に振る煌羅。
「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしてですか!?」
『落ち着けよ』『掘削音?』『いやこれは落ち着いてられねぇでしょ』『これ今どういう状況?』『これ何の配信だっけ?』
煌羅の衝撃のカミングアウトによって、配信のコメント欄にまで混乱が波及しつつあった。
「あのね……この間メルちゃんと戦った時のことなんだけど……」
真っ赤な頬に両手を添えて、煌羅は経緯を語り始める。
「私がメルちゃんにやられちゃった後、メルちゃんは私のことを人質にしたでしょ?」
「まあ……しましたね」
「あの時メルちゃんは私が気絶してるって思ってたみたいだけど、実はあの時ちょっとだけ意識があったんだ」
「えっ、そうだったんですか!?」
それはメルにとってそれなりに衝撃的な事実だった。
あの時煌羅に意識があったということは、メルは娘が見ている前で実の父親に凄惨な尋問を行っていたということになる。
少し気まずい。
「メルちゃん、パパに凄いことしてたよね。私の首に手をかけてパパを脅して、パパに自分で手と足を斬らせて……」
「……しましたね」
かなり気まずい。
「メルちゃんの腕の中でね、パパを脅してるメルちゃんの声を聞いてたら……私ね、ゾクゾクしちゃったんだぁ」
「……はい?」
『おっとぉ?』『流れ変わったな』『んん?』
両手を頬に添え、恍惚とした表情を浮かべる煌羅。
その表情を前に、メルは冷や汗を流した。
「えっと……煌羅さん?ちょっと確認したいことがあるんですけど……」
「うんうん、何でも聞いてぇ?」
「ゾクゾクしたっていうのは……その、怖くて、で合ってますよね?」
恐る恐るメルが尋ねると、煌羅は満面の笑みで首を横に振った。
「んーん。生まれて初めてっていうくらい、すっっごくドキドキしたの!パパだけずるい、私もあんな風にヒドいことされてみたいって」
「あっ……そ、そっちですか……」
残念ながら、そうであってほしくはない、と思っていた方のドキドキだったらしい。
「それでね、そのドキドキが忘れられなくって、最近はずっとメルちゃんの配信のアーカイブを見てたの。怪異を包丁で殺してるメルちゃんを見るのもすっごくドキドキしたけど、やっぱりパパが虐められてるシーンが1番ドキドキしたなぁ。あのね、もしもあの時メルちゃんが本当に私の首を折ってたらって思うと、心臓が壊れちゃいそうなくらいドキドキするんだぁ」
「……ひぇ」
『自分よりヤバい奴を前にしてメルがちょっと泣きそうになってる!』『珍しい!』
倒錯した欲望を滔々と語る煌羅に、メルは完全に気圧されていた。
「そんな風に何回も何回もメルちゃんの動画見ながらドキドキしていたら……いつの間にかメルちゃんのこと好きになっちゃった!きゃっ!」
「きゃっ!じゃないですよぅ……」
『メル小動物になってるな』『怯えてるメルって殺人トンネル以来じゃない?』
今のメルはストリーマー生活史上、最も精神的に追い詰められていると言っても過言ではなかった。
「ま、待ってください!」
半泣きになっているメルの横で、石像の如く硬直していた燎火がようやく復活する。
「今の話を聞くに、煌羅さんは、その……」
言葉を選ぶような素振りを見せる燎火。しかし適切な婉曲表現が思いつかなかったのだろう。
「煌羅さんはマゾヒストだったということですか?」
『キセモリさんマゾのことちゃんとマゾヒストって言うんだ』『マゾとかMって略さないところに生真面目さが出てる』
結局は直接的な表現を用いて尋ねた。
「うん、そうだったみたい。自分でも知らなかったなぁ、えへへ……」
「そ、そうですか……」
いとこがマゾヒストだったという事実を、どう受け止めていいか分からない燎火。「性的嗜好は人それぞれですよね」と即座に言えるほど、燎火はまだ大人ではなかった。
「あっ、勘違いしないでねメルちゃん!」
煌羅は何かを否定するように『亀骨』をぶんぶんと振り回す。
「メルちゃんのことが好きって言っても、別にお付き合いしてほしいとかそういうのじゃないの!ただメルちゃんと仲良くなって、お友達になって……それで最後には、私のこと痛めつけて殺してくれたら嬉しいなって。えへへ……」
「何がえへへなんですかぁ……?」
マゾヒズムが行き過ぎて希死念慮に片足を突っ込んでいる煌羅。全く共感できないその思考回路に、メルは竦み上がっている。
「でも分かってるよ。今の私はメルちゃんにとってただの敵。お友達になんてなれっこない」
「今となってはそこはもう些末ですよぉ……」
「だからまずはメルちゃんに信頼してもらうところから始めようって思って、今日ここにメルちゃんのお手伝いに来たの」
ようやく煌羅の口から語られた、煌羅がメル達の手助けに駆け付けた理由。しかしそこに至るまでの寄り道が強烈過ぎて、最早誰もそこは気にしていなかった。
「で、ですが桜庭さん。これは悪いことではありませんよ」
無謀にもこの混沌とした場をどうにか取り成そうと試みる燎火。
「幾世守家には20人を超える祓道師が控えていますから。味方は多いに越したことはありません」
「そ、それはそうですね……」
「煌羅はさっきの3人組と違って、私と同程度の戦闘能力があります。役には立つと思いますよ」
「メルちゃんのために頑張るよ!」
力こぶを作るようなポーズを取ってアピールする煌羅。
「……メルに変なことしませんか?」
「しないよ~、むしろされたいくらい」
メルは後半部分は聞かなかったことにした。
「……じゃあ、とりあえず一緒に行きましょう。でももし変な事したり裏切ったりしたら殺しますからね!」
「えっ!?」
「嬉しそうにしないでください!」
こうしてメルは敵地にて、思わぬ仲間を獲得した。
「あっ、メルちゃん気を付けて!あそこに地雷あるよ!」
当然というべきか、煌羅のことを信用していなかったメル。
しかし少なくとも、メルの手伝いにやって来たという煌羅の言葉には、偽りがないように思えた。
前方に発見した地雷の下に駆け寄り、白い紋様を『亀骨』で叩き割る煌羅。
メル達に同行した煌羅は、精力的に動いていた。地面や木の幹などに設置された地雷をいち早く見つけては、率先してそれを破壊している。
献身をメルにアピールする意図があることを隠してすらいないが、それでも役に立っていることは確かだ。
「あ、ありがとうございます、煌羅さん」
「えへへ」
メルがお礼の言葉を掛けると、煌羅は頬を染めて嬉しそうに笑う。
子犬のようだ、とメルは思った。
「私のやることがありませんね……」
燎火が自嘲気味に呟く。
燎火の『白魚』でも地雷の破壊は可能だが、張り切った煌羅が地雷を全て片付けてしまうため、燎火まで仕事が回ってこない。
「地雷、結構多いんですね……」
煌羅の働きぶりを見ながらメルがボソッと呟く。煌羅が破壊した地雷の数は既に50近い。
「そうですね、私もこれほど数が多いとは知りませんでした」
「幾世守さんもですか?」
「はい。地雷が仕掛けられていることは知っていましたが、その数までは教えられていませんでしたから。煌羅さんもそうですよね?」
「うん、私もビックリ~」
地雷を破壊しながら進む煌羅と、その後を何をするでもなく付いていくメルと燎火。
するとメルの耳に、遠くから聞こえてくるかすかな物音が届いた。
「幾世守さん煌羅さん止まってください!何か聞こえてきます」
「えっ、本当ですか?」
メルの報告に燎火と煌羅も足を止めて耳を澄ませる。
「……すみません、私には何も聞こえません」
「私も分からないな……ごめんね、メルちゃん」
しかし2人にはメルの言う音は聞こえなかった。
「謝られるようなことじゃないですから。でも、近付いて来てますよ」
優れた聴覚を持つメルは、謎の音が徐々にメル達の方へ近づいてくるのを感じ取っていた。
「っ、速くなりました!」
ある程度まで近付いたところで、音の主が急加速した。
自動車に近い速度でメル達の方へと急速に接近してくる。
「来ます!」
メルが注意を促し、3人が臨戦態勢に入るのと同時に、音の主が茂みから遂にその姿を現した。
「……侵入者、発見」
それはSF映画に登場するような、スリムな形状のヒューマノイドだった。
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