第20回桜庭メルの心霊スポット探訪:料理屋「オータム」 四
「お前、桜庭メルだな?」
男性が頭を掻きながら粗野な口調で尋ねてくる。
「そうだとしたら何ですか?」
「今しがた燎火が言った通り、俺はお前を殺すために派遣された祓道師の幾世守灼耶だ」
「娘の煌羅で~す」
「……桜庭メルです」
2人の祓道師に名乗られたので、メルも礼儀として不承不承改めて自己紹介をした。
「あんたに恨みはねぇが、お館様からの命令だ。大人しく死んでくれや」
「……あなた達がメルを殺しに来たなら、どうして幾世守さんとお兄さんがこんなにボロボロになってるんですか?」
「あ?そりゃあそいつらが俺達の邪魔しようとしてきたからだよ」
灼耶が面倒臭そうに溜息を吐く。
「燎火がお前の肩持ってんのは知ってたが、まさか煽までお館様の意向に逆らうとはな。桜庭メルが所有する呪物の危険性は幾世守家の手に余るとかなんとか……知らねっつんだよそんなこと」
「煽くんはただ呪物にビビってるだけだったっぽいけど~、燎火ちゃんは随分メルちゃんのこと庇ってたよ~?どうやって燎火ちゃんをたらしこんだのかな~?」
「別にたらしこんだ覚えはないですけど……」
以前敵の攻撃から燎火を庇ったことを、燎火は随分恩に着ているようだ、とメルは解釈した。
「んなこたぁどうだっていいんだ。俺としちゃ人間のガキ1人殺してくるなんざ胸糞悪ぃ仕事に時間かけたくねぇ。つー訳でさっさとやるぞ煌羅」
「は~い、パパ」
灼耶と煌羅は揃って胸元からネックレスを引っ張り出し、そのペンダントトップを握り締めた。
「――祓器、召喚」
灼耶と煌羅が息を合わせて唱える。
するとネックレスから白い光が放たれ、2人の祓器が出現した。
「――『鯨哭』」
灼耶の祓器は面頬と呼ばれるような顔面の防具。
「――『亀骨』!」
煌羅の祓器は武骨な手斧だ。
「……『青鷺』」
灼耶が右手の人差し指と中指をメルに向け、そこから十字型の青い炎を放つ。
「おっと」
何度も見たことのある攻撃だ。メルは易々と回避する。
「あはっ!」
「っ!?」
次の瞬間、目の前には『亀骨』を振り被った煌羅が迫っていた。
メルでも一瞬目で追えなかったほどの驚異的な速さだ。
「ひゃあっ」
振り下ろされた『亀骨』を、メルはバックステップで回避する。
しかし煌羅はメルにピッタリとくっついて離れず、手斧による連撃を繰り出してきた。
「ひゃっ、わっ、きゃあっ!?」
煌羅の攻撃を全て紙一重で回避していくメル。
「あはっ、メルちゃんはやーい!」
攻撃を全て躱されているというのに、煌羅の表情に焦燥は見られない。想定通りと言わんばかりの余裕の笑顔だ。
「『恢々』」
灼耶の声が聞こえてくる。メルからは煌羅の体が邪魔で、灼耶が何をやっているのかが見えない。
「あはっ!」
灼耶の声に合わせて、煌羅がメルの前から離脱した。
その瞬間、メルの両足が地面に接着されたように動かなくなる。
「なっ……」
視線を下ろすと、いつの間にかメルの足元の地面に蜘蛛の巣のような模様が出現していた。
蜘蛛の巣の模様は、灼耶が地面に付けた左手から伸びている。
「祓道……!?」
メルは自分の足が動かない理由を、灼耶が使用した未知の祓道によるものだと判断した。
「くっ……」
幸い動かないのは足だけで、上半身は自由に動かすことができる。何かを投擲するなりして反撃しようとしたメルだが、
「ウォオオオオッ!!」
メルの行動に先んじて、灼耶が獣のような咆哮を上げた。
「っ!?」
その声を聞いた瞬間、メルは体を動かすことができなくなってしまった。
外的な力によって押さえつけられているのではない。蛇に睨まれた蛙のように、メルの体が強張っているのだ。
「あはっ!」
硬直するメルに向かって、煌羅が『亀骨』を振りかざして躍りかかってくる。
メルは目を見開き、強張る身体をどうにか動かそうと懸命に力を振り絞り、
「う……ああっ!」
辛うじてほんの僅かに上体を逸らすことに成功する。
だがその僅かな動きだけで、煌羅の攻撃を完全に躱しきることはできなかった。
「がふっ!?」
メルの首元を狙った『亀骨』の刃が、僅かに逸れてメルの腹部を深く切り裂く。
仰向けに倒れ込むメル。ピンクのブラウスが血に染まり、メルの白い肌と痛ましい傷口が露わになる。
「ビックリした~。『鯨哭』の声を聞いて動ける人なんていたんだね、パパ」
「たまたまだろ。それよりおい、色っぽい格好になったじゃねぇか」
何とか上体を起こしたメルに、灼耶が下卑た言葉を投げ掛ける。
「はぁ……はぁ……」
口元から血を零しながら、メルは血走った目で灼耶を睨み付けた。
「よくも……メルのブラウスを……!」
無残に引き裂かれたブラウスと、灼耶の下品な軽口。その2つが相まって、メルの全身から凄まじい怒気が発せられる。
「許さない……!」
腹部の傷から大量の血を流しながら、メルは鬼気迫る表情で立ち上がった。
「はっ、許さないったってそのザマで何ができる。おい煌羅、もっかい行くぞ」
「おっけ~」
よろめくメルに再び煌羅が襲い掛かる。立つだけで精一杯という様子のメルに対し、煌羅は『亀骨』を振り上げ……
「ぅがあっ!?」
その瞬間、灼耶が喉を押さえて悲鳴を上げた。
メルが指で弾き飛ばした小石が、銃弾の如き速度で灼耶の喉に直撃したのだ。
「えっ!?」
後方で突然悲鳴を上げた灼耶に、煌羅が一瞬気を取られる。
煌羅が意識をメルに戻した頃には、既にメルの回し蹴りが目前に迫っていた。
「ああっ!?」
強烈な一撃を側頭部に受け、煌羅の三半規管が大きく揺らぐ。
泥酔者のように足元をふらつかせる煌羅。その頭をメルが掴むと、そのまま自らの膝に煌羅の額を叩きつけた。
「っ……」
額が割れるほどの衝撃。悲鳴を上げる間もなく煌羅は意識を失う。
「煌羅!くそっ……」
喉に受けた攻撃のため、灼耶の声は嗄れている。これでは先程のような咆哮を上げることはできない。
灼耶はその場に屈み、左手を地面に付けた。
「『恢々』!」
灼耶の左手からメルの足に向かって蜘蛛の巣の模様が伸びてくる。メルの両足はまたしても地面に接着されたように動かなくなった。
メルの移動を封じた灼耶は、そのままメルに右手の人差し指と中指を向ける。
「『青さ……くそっ!」
メルに『青鷺』を放とうとした灼耶が、寸前でそれを中断する。
メルが意識の無い煌羅の体を、灼耶への盾としたからだ。
「てめぇ、汚ぇぞ!人質なんざ取りやがって……」
「汚い?あなたの娘さんが弱いから、メルにいいように利用されてるだけのことですよ?」
「何だと!?」
「……もしかしてメルを殺そうとしておいて、自分が殺されることも、娘さんが殺されることも考えてなかったんですか?」
「なっ……」
「メルが命までは取らないとでも思ったんですか?メルが幾世守さんもそのお兄さんも殺さなかったから、自分達も殺されることは無いって思ったんですか?」
メルはこれまで人間の命を奪ったことはない。それがメルの命を狙う祓道師であってもだ。
しかしその事実は決して、メルが絶対に人間を殺さないこととイコールではない。
「言っておきますけど、幾世守さんを殺さなかったのはただの気まぐれで、お兄さんを殺さなかったのはお兄さんにメルを殺すつもりが無かったからです。そしてメルは殺そうとしてきた相手は殺し返すのがポリシーです」
メルが煌羅の首に腕を掛ける。少しでも力を込めれば、メルは容易く煌羅の首の骨を折ることができる。
「あなた達2人を殺さない理由は、今のメルにはありません」
「ま……待て!」
必死の形相でメルを制止する灼耶。
「『待て』?祓道師は頼みごとをする時の口の利き方も知らないんですか?」
「ま、待ってくれ!いや待ってください!」
灼耶は膝を突き、額を地面に擦り付けて頭を下げた。
「俺達が悪かった!だから娘の命だけは助けてくれ!」
灼耶の土下座を目の当たりにして、メルは心底失望したように溜息を吐いた。
「……呆れた。本当に娘さんを殺される覚悟もしてなかったんですね」
「俺が浅はかだった!俺達に非があることは分かってる!だから娘だけはどうか……何でもするから!」
「何でもするって言うなら何の価値もない土下座は止めて、さっさと武装解除してください」
メルがそう要求すると、灼耶は慌ててネックレスのペンダントトップを握り締めた。
「祓器送還!」
灼耶が叫ぶと、灼耶の顔に装着された『鯨哭』が白い光となって消失した。
続いて灼耶はネックレスを外し、それを遠くへ放り投げる。
灼耶の武装解除を確認したメルは、地面に落ちている『亀骨』を灼耶の方へと蹴飛ばした。
「それを使って両手と両足に傷を付けてください。ちっちゃい切り傷じゃなくて、腕を動かせなくなるくらいの深い傷を」
「なっ、何だと!?」
「嫌なら別にいいんですよ?」
煌羅の首にかけた腕に軽く力を込めると、灼耶は焦った様子で『亀骨』を拾い上げた。
「ぐああっ!!」
『亀骨』を自らの右足に振り下ろした灼耶が、張り裂けるような悲鳴を上げる。
「ほらほら、あと3本残ってますよ」
大量の脂汗を流す灼耶を、メルは無慈悲に催促する。
灼耶は痛みと恐怖で呼吸を荒げながら、左足に『亀骨』を叩きつけた。
「ぐああああっ!!」
「次は腕ですね、左と右どっちにします?」
「う……うがあああ!!」
『亀骨』の刃が深々と突き刺さった左腕から大量の血が流れ出てくる。
「ひぃ……ひぃ……」
灼耶は目に涙を浮かべながら、『亀骨』の柄を咥えて歯の力で持ち上げる。
「うあああああっ!!」
そして灼耶は重力に任せて『亀骨』の刃を右腕に落とした。
「はぁ……はぁ……これで……いいのか……?」
激痛と失血で霞む意識の中、灼耶は掠れた声でメルに尋ねる。
「はい、お疲れ様でした。これで……」
メルがニヤリと悪辣に笑う。
「メルが娘さんを殺すのを止められなくなりましたね」
「なっ……てめええええええ!!」
ありったけの憎悪をぶつけるように叫ぶ灼耶。
「まあまあ、落ち着いてください。別に今すぐ娘さんを殺すとは言ってません」
「はぁ、はぁ……何だと?」
「あんまり興奮しないでください。今のあなたが興奮すると、すぐに死んじゃいますよ?」
メルの言うことは正しかった。全ての手足に重傷を負い、大量の出血をしている灼耶は、少し叫んだだけでも視界が霞み始めている。どんな行動でも命取りになり得るのが今の灼耶の状態だった。
「次はメルの質問に答えてください。いくつか訊きたいことがあります」
「質問だと……?」
「はい。言っておきますけど、嘘吐いたら勿論娘さんを殺しますからね」
とはいえ、メルは灼耶が尋問に対し嘘を吐く可能性は低いと考えていた。
人を殺そうとしておきながら、娘を人質に取られただけでメルの言いなりになるような男だ。今更メルに虚偽の回答をするような度胸は無いだろう。
「とりあえず、あなたと娘さんの祓器の能力を教えてください」
「そんなことを聞いて何に……」
「余計な口は利かないで、メルの質問にだけ答えて」
仮にここで灼耶と煌羅を殺したとしても、それで『鯨哭』や『亀骨』の使い手が失われる訳ではない。
そもそも祓器とは個人の所有物ではなく、幾世守家から祓道師に貸与されているものだ。灼耶と煌羅を始末しても、新たに『鯨哭』と『亀骨』を貸与された祓道師がメルの前に現れることは考えられる。
そうなった時のために、祓器の性能を知っておいて損はない。
「……俺の『鯨哭』は、声に特殊な性質を付与することができる」
灼耶は従順にメルの質問に答え始めた。
「『鯨哭』を着けて叫ぶことで、声を聞いた相手の冷静さを奪ったり、相手を催眠状態にしたりできる。あんたの動きを止めたのは、強い恐怖を与える効果を声に付与したからだ」
「恐怖……なるほど」
それを聞いてメルは納得がいった。灼耶の咆哮を聞いて体が動かなくなったのは、メルが自覚しない内に恐怖に冒されていたから。まさに蛇に睨まれた蛙だったという訳だ。
「娘さんがあなたの声の影響を受けなかったのはどうしてですか?近くにいたんだから娘さんにもあなたの声は聞こえてたはずなのに」
「煌羅には聞こえてなかったんだ。『鯨哭』を着けると、声に指向性を持たせることができるようになる。あの時の叫びはお前にしか聞こえてなかった」
声に指向性を与える。なかなか便利そうな能力だ。
「娘さんの方の祓器は?確かキコツでしたっけ」
「『亀骨』の能力は単純だ。祓器は全部装着者の身体能力と霊力を多かれ少なかれ強化するが、『亀骨』は霊力をほとんど強化しない代わりに身体能力を大幅に強化する」
『鯨哭』に比べると『亀骨』の能力は明快だった。身体強化特化の祓器ならば、煌羅があれだけの近接戦闘のパフォーマンスを発揮していたことも頷ける。
「次の質問です。メルがあなた達にこれ以上絡まれないためにはどうすればいいですか?」
「……今更無理だ。お前は祓道師の面子を潰しすぎた。今から呪物を手放したとしても、お館様はお前の特殊怪異指定を撤回しないだろう」
「じゃあ逆に言えば、そのお館様?とかいう人と話を付ければいいんですね?」
「それこそ無理だ。お館様は幾世守家の屋敷から動かない」
「幾世守家のお屋敷はどこにあるんですか?」
「……」
口を噤む灼耶。
メルは目を細め、腕にぐっと力を込めた。
「ま、待て!言う、言うから!」
「さっきメルが言ったこと、もう忘れたんですか?人にものを頼むときは……」
「待ってください、お願いします!」
灼耶が額を地面に擦り付ける。
「あなたの態度に娘さんの命がかかってること、思い出してくれましたか?」
「悪かった……悪かったから……」
「もう1度だけ訊きます。幾世守家のお屋敷はどこにあるんですか?」
「か、幽山っていう山の中だ。だが祓道師じゃないと屋敷には辿り着けないようになってる」
「ふぅん……」
灼耶のその言葉を聞き、メルは抱えていた煌羅を無造作に放り捨てた。
「き、煌羅!」
動かない手足で何とか煌羅に近付こうとする灼耶。
その額に、メルが弾いた石礫が直撃した。
「がっ……」
ぐるりと白目を剥き、電池が切れたようにパタリと意識を失う灼耶。
「はぁ……」
灼耶の気絶を確認したメルは、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「あ~……お腹いたい……」
腹部の傷からは未だに血が流れ続けている。これほどの重傷を負った状態で灼耶と煌羅の2人に勝てる確証が無かったために、メルは人質を取るといういつになく卑怯な手を使ったのだ。
「桜庭、さん……?」
するとメルの耳に燎火の声が届いた。
視線を向けると、意識を失っていたはずの燎火が体を起こしている。
「ああ、幾世守さん。起きました?」
「は、はい……」
燎火は倒れている灼耶と煌羅に視線を向ける。
「勝ったんですね、桜庭さん」
「まあ、はい。ちなみにこの人達って桜庭さんの家族ですか?」
「いとこと叔父です。すみません、本当なら桜庭さんがここからいなくなるまで私が2人を食い止めたかったのですが、力及ばず……って桜庭さん大怪我してるじゃないですか!?」
ようやくメルの腹の傷に気付き、燎火は大きく目を見開く。
「大丈夫なんですか!?」
「あ~、内臓までは届いてないみたいなので大丈夫です」
「大丈夫のラインが後ろ側過ぎます!普通はもっと手前の段階で大丈夫じゃないんですよ!?」
メルに駆け寄ろうとした燎火だが、すぐに「痛っ」と顔を顰めた。
「幾世守さんこそ無理しない方がいいですよ。沢山怪我してるみたいですし」
「申し訳ないです……」
「そうだ。メル、幾世守さんに1つお願いしたいことがあるんです」
「な、何でしょう?」
燎火は佇まいを正した。
メルはサクラからスマホを受け取り、燎火に掲げて見せる。
「連絡先を交換してくれませんか?ナイショの相談事があるんです」
「連絡先ですか?勿論構いませんが……」
燎火も自分のスマホを取り出す。
「あっ、ちょっと待ってください。先に配信締めちゃいますね」
メルは燎火と連絡先を交換する前に、一旦カメラを自分の顔に向けた。
「ということで、今日の配信はここまでにさせていただきたいと思いま~す」
『いいからはよ病院行け』『なんでそんな重症でそんな平然としてられるんだ』『多分普通なら失血死するくらいの血流れてるだろ』
「ちょっと最後の方に祓道師の人達がきちゃってゴチャゴチャっとしましたけど、それでもオータムの噂が本当だったことが分かったので、今日の配信は成功って言っていいんじゃないかと思います!」
『オータムってなんだっけ?』『店主が人間食ってた店だよ』『ああそうだった』『終盤ゴチャゴチャしすぎて配信の本題忘れちゃってる人いるじゃん』
「それでは次回、第21回心霊スポット探訪でお会いしましょう!それじゃ、バイバ~イ」
『ばいばい』『バイバーイ!』
「あっ、ちょっと頭クラクラしてきた……」
『おい最後に不安になるようなこと言うな』
視聴者を心配させるような一言を最後に、この日の配信は終了した。
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