第20回桜庭メルの心霊スポット探訪:料理屋「オータム」 三
包丁を振りかざし、メルへと飛び掛かってくるアキツ。怪異だけあってその動きは人間離れしていた。
メルとアキツはチャンバラのように互いの包丁を打ち合わせる。連続した金属音が厨房に響いた。
「包丁使いがなってないなぁ!ちゃんと日頃から料理してるのかい!?」
「ほっといてください!」
振り下ろされたアキツの包丁を、メルの包丁が弾き返す。そして無防備になったアキツの胴体に、メルは鋭い蹴りを放った。
「ぐふっ!?」
息を詰まらせるアキツだが、メルはあまり手応えを感じなかった。まるでクッション相手に蹴りを入れたような感覚だ。
「やっぱり包丁以外はあんまり意味ないですね……」
物質的な肉体を持つ怪異が相手であれば、蹴りや突きなどの打撃を与えることもできる。しかしそれらの攻撃は得てして効果が薄かった。
やはり攻撃面は呪物の包丁でないと心許ない。
「てやっ!」
メルが包丁を振り下ろすも、アキツは自らの包丁の腹でそれを受け止める。
しかしメルはそれに構わず、無理矢理包丁の刃をアキツの肩に押し込んだ。
「ぐっ、なんて力だ……」
アキツは後方に飛び退き包丁から逃れる。刃が入った左肩からは赤い血が流れ出していた。
どうやら巨人に備わっている再生能力を、アキツは有していないようだ。
「泣き叫んだりしないんですね。この包丁で切られたら、すっごく痛いはずなんですけど」
「ははっ、生憎と僕は人の痛みが分からなくてね」
再生能力がない代わりに、アキツは痛みに強いらしい。
「しかし、これでも人間だった頃より力は強くなってるはずなんだけどねぇ……」
「なら人間だった頃が弱すぎたんじゃないですか?」
「ははっ、辛辣だ……なぁっ!」
アキツが空いている左腕を横に一閃する。
すると厨房の棚の一部が自動的に開き、そこから黒や赤の粉末が大量に溢れ出してきた。
「きゃっ!?」
粉末は一瞬で厨房内に充満し、目に刺激を感じたメルは咄嗟に瞼を閉じた。
「こ、これ……コショウと唐辛子?」
どうやらアキツは厨房内の調味料の内、コショウや粉末唐辛子などの香辛料を散布していたらしい。
メルは黒マスクを着けていたために目を閉じるだけで済んだが、これらの香辛料が呼吸器系に入っていたら大変なことになっていただろう。配信で初めて黒マスクが役立った瞬間かも知れない。
「ははっ、隙だらけだよ!」
メルが目を瞑っている間にアキツはメルの背後に回り、無防備に見える背中に包丁を振り下ろす。
しかしメルはくるりと背後を振り返ると、目を閉じたまま事も無げにアキツの包丁を防いでみせた。
「メル、そんなに隙だらけでした?」
「な、なっ……!?」
「正直、見えるか見えないかって、メルにはあんまり関係ないんですよ」
メルはその聴力によって、視界が封じられても周辺状況を把握できる。アキツが行った目潰しは、戦闘においてはあまり影響がなかった。
「ていっ」
「ぐああっ!?」
メルが包丁を振り下ろすと、アキツの左肩から右の腰にかけて浅い傷が刻まれた。アキツは咄嗟に後方に飛び退いたが、メルの包丁を躱しきることはできなかった。
「ほ、本当に見えてなくても動けるのか……」
「あなたの方は、動きづらくなったみたいですね?」
メルはアキツを挑発する。メルがアキツに付けた大きな傷は、アキツの行動を阻害するには十分だった。
とはいえアキツの傷は浅く、致命傷には程遠い。メルはアキツに止めを刺すべくゆっくりと近付いていく。
「くっ……できれば生のまま食べたかったが仕方ない……!」
アキツはそう言って自らの包丁の腹を指でそっと撫でる。するとアキツの包丁の刃が赤い炎で包まれた。
「これでステーキにしてやる……!」
アキツが燃え盛る包丁を振りかざし、メルへと襲い掛かってくる。
メルはアキツの包丁から放たれる熱と、アキツの「ステーキにしてやる」という言葉から、アキツの包丁が炎に包まれたことを悟った。
「切りながら火を通そうなんて、お料理の仕方が雑すぎません?それでも料理人ですか?」
「ははっ、耳が痛いねぇっ!」
既にアキツには当初の余裕な態度は無くなっていた。
アキツが振り下ろした包丁を、メルはあっさり回避する。そしてメルはそのままアキツの懐に潜り込み、アキツの右腕を斬り飛ばした。
「ぐあああああっ!?」
右肩を押さえながら絶叫するアキツ。いくら痛みに強くとも、腕を切り落とされては耐えられないらしい。
苦痛に悶えるその姿は憐れなほどに隙だらけだ。
「……あっ、そうだ」
ふとあることを思い立ったメルは、黒いマスクを顎まで下ろした。
そして口を大きく開き、鋭く尖った犬歯を剥き出しにすると……
「があっ!」
獣のような掛け声と共に無防備なアキツの喉笛に噛みつき、そのまま喉の肉を噛みちぎった。
そしてメルはこれ以上ないほどに眉根を寄せると、口の中のアキツの肉をプッと吐き出した。
「まっ……ずい。食べられたものじゃないですね」
口元の血を拭いながら、メルはアキツの喉元目掛けて包丁を突き出す。
「やっぱりメルは、豚とかのお肉の方がいいです」
包丁はアキツの喉元に深々と突き刺さり、アキツはぐるりと白目を剥いた。
「が、ぁっ……」
絶命した側から肉体が崩壊し始めるアキツ。するとメルはこれまでにないほど強い浮遊感を感じた。
「お?おおっ!?」
スカイダイビングとはこういう感じだろうか、などと考えていたメルの意識が一瞬途切れる。
そしてメルが意識を取り戻し、閉じていた両目をゆっくりと開くと……
「あれ……戻って来た……?」
そこはオータムの店先だった。目の前には老朽化が進んだ廃店舗の扉がある。
(どうやら異空間を作り出した怪異が消滅したのに伴って、異空間自体も消滅したようね)
サクラがメルの身に起こったことを解説する。
メルが試しに目の前の扉を開いていると、そこには光を吸収するような暗闇は広がっていなかった。ごく普通の、廃業によってもぬけの殻になったレストランがそこにはあった。
「ホントに異空間じゃなくなってる……」
サクラの解説が正しいことがこれによって裏付けられた。
(サクラさんサクラさん。あの巨人……家畜にされちゃった人達も、一緒に消えちゃったんでしょうか?)
(恐らくね。あの巨人達にとってはあのまま生き続けるよりも、消滅できた方が幸せだったと思うわよ)
(だといいんですけどね~……)
メルはアキツの犠牲者達に思いを馳せつつ、サクラが構えるカメラに向き直った。
「皆さんいかがだったでしょうか?オータムの店主さんが人を食べる噂も、近くを通りかかった人が襲われてる噂も、全部ホントだったみたいですね~」
『今日はいつになくグロい回だったな』『共食いのとことか配信して大丈夫だったの?』『よくBANされなかったよな』
「あはは、このチャンネルがBANされないのはいつものことですからね~」
『今更だけどマジでなんでBANされねぇんだよこのチャンネル』『メルって運営の娘だったりする?』『いや運営の娘だったとしてもBANされてないとおかしいと思う』『じゃあもっと上の立場の人間の娘?』『政治家の娘か?』
メルのチャンネルがあまりにもBANされないあまり、コメント欄で桜庭メル大物政治家の娘説が流布され始めてしまった。
『てかメルが肉嚙み千切ったとこは引いたわ』『確かに』『流石にあれは無いよな』
「あ、あれは……ごめんなさい、ちょっと変なテンションになってました」
メルがアキツの喉に噛みつき、その肉を噛み千切った場面は、視聴者には大いに不評だった。
メルとしては人肉を食らっておきながらヘラヘラしているアキツに何か意趣返しがしたかったのだが、冷静になって考えてみると確かに肉を噛み千切るのは行き過ぎた行為だった。
「ごめんなさい、もうしません」
『許す』『許した』
メルはカメラに深々と頭を下げ、視聴者達はメルの謝罪を受け入れた。
「それにしても、配信始まってから結構時間経ってたんですね~。メルはあんまり時間経ってないような気がしてたんですけど」
『もうこんな時間か』『まあ探索とかもしてたしな』『結構歩き回ったもんな』
「それじゃあ怪異も殺しちゃいましたし、今日の配信はこの辺でお開きにしましょうか」
『お疲れー』『おつー』
「皆さんいかがだったでしょうか、第20回心霊スポット探訪!また次回、第21回でお会いしま……きゃああああ!?」
配信を締めようとしたメルの言葉が、メル自身の悲鳴によって遮られる。
悲鳴を上げるのも無理はない。何せいきなりメルの足元に、1人の人間がズザザザーッ!と滑り込んできたのだから。
「えっ、ちょっと、だ、大丈夫ですか?どこから来たんですか?や、野球選手ですか?」
『野球選手では無いだろ』
動転するあまり的外れなことを口走るメル。
「うう……」
メルがしゃがみ込んで肩を揺らすと呻き声が聞こえてきた。そこでようやくメルは気付いたが、その人物はメルの顔見知りだった。
「えっ……幾世守さん!?」
銀色の髪と水色の瞳を持つその人物は、祓道師の幾世守燎火だった。
「幾世守さんどうしたんですか!?何でこんなボロボロなんですか!?」
燎火は着ている服がボロボロで、燎火自身も体のあちこちに怪我を負っていた。
燎火はこれまでに何度かメルの配信に乱入してきたことはあったが、このように満身創痍でスライディングしてきたのは初めてのことだった。
「さ、桜庭、さん……」
燎火が緩慢な動作でメルの顔を見上げる。
「今すぐ、逃げてください……面倒なことに、なります……」
「えっ、それはどういう……」
メルが燎火に真意を問い質すよりも先に、近くの茂みがガサガサと揺れた。
そちらに視線を向けると、茂みの中から男性が姿を現した。
「全く、兄妹揃って手間かけさせやがって」
その男性は燎火と同じ銀髪と水色の瞳を持ち、20代後半のように見受けられた。
男性の右手には、燎火と同じくらいズタボロの青年が引きずられている。
「お前ら2人が揃ったところで、俺の足止めなんてできる訳ねぇだろうがよ」
男性がそう言って青年をメルの方へと放り捨てる。その青年にもメルは見覚えがあった。
燎火の兄の幾世守煽だ。
「俺じゃなくて、俺達でしょ?パパ」
「あ?こいつらと戦ってたのは俺だけだろうが」
続いて茂みからメルと同年代の、銀色の髪をハーフアップに結わえた水色の瞳を持つ少女が現れた。
「パパ……!?」
少女が男性を父と呼んだことにメルは驚く。男性はメルと同じくらいの娘がいるような年齢には見えなかったからだ。
「間に合いませんでしたか……」
メルの腕の中で燎火が唇を噛む。
「あの2人が来る前に、桜庭さんには逃げてほしかったのですが……」
「幾世守さん、あの2人は……」
「桜庭さんを殺すために遣わされた、祓道師です……」
元々限界が近かったのか、燎火は最後にそう言って意識を失った。
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