第20回桜庭メルの心霊スポット探訪:料理屋「オータム」 二
「わ、見てくださいこれ。なんか粉がいっぱいありますよ」
『粉て』『言い方』
調理台の下の棚を開くと、ビニールに包まれた調味料と思しき白い粉がどっさりと詰まっていた。
破れたパッケージから零れていた白い粉を、メルは指で掬い取る。
「これは……お塩ですかね?」
『舐めるなよ?』
「舐めないですよ!ホントにメルのことなんだと思ってるんですか!?」
流石のメルでも、このような異常空間内に存在する正体不明の粉には口を付けない程度の良識は持ち合わせている。
隣の棚を開いてみると、こちらには黒い粉が大量に見つかった。
「これはコショウですかね?」
その後も厨房内の収納を見てみると、砂糖らしき白い粉や粉末状の唐辛子らしき赤い粉、みりんと思しき液体や味噌らしきペーストなど、様々な調味料が見つかった。
それらの調味料はどれも潤沢すぎるほどの量が備わっており、また劣化しているようには見受けられなかった。
「う~ん……10年前に潰れたレストランの中に、新品同然の調味料……不気味~」
『そうだね』『不気味だね』
一通り調味料を調べ終えたメルは、次に巨人が貪っていた肉らしき物体に注目した。
「これって……」
床に落ちた肉塊を観察し、メルは眉を顰める。
「多分、あの巨人のお肉ですよね……?」
肉塊の質感は、巨人の肉と質感が酷似していた。
「共食い、ってことですか……?」
この厨房には調味料は山のようにあるが、肉は一切見当たらなかった。この場にある肉は巨人のものだけだ。
その事実を考慮しても、やはり巨人は巨人の肉を食らっていたとしか思えない。
「でもあの巨人達に、お肉を抉られたような傷は無かったですけど……」
『あの巨人って再生能力高いんじゃなかった?』
「あっ、そうですね。お肉抉られてもすぐに治るから、気兼ねなくお互いにお肉を食べ合えるってことでしょうか?それとも自分のお肉を食べてたのかな?」
いずれにせよ、巨人達は相当飢えているということだ。メルを見るなり襲い掛かってくるのも納得がいく。
「さてと……厨房はもう見るとこ無いですかね。それじゃあ……あそこ、行ってみましょうか」
メルは厨房の奥にある、入ってきたのとは別の扉に視線を向ける。
「あの扉はどこに繋がってるんでしょう……事務所とかですかね?」
扉の向こうに思いを馳せながらメルは扉に近付いていく。
扉を開くとやはり光を吸収する暗闇が広がっていたが、3回目ともなると流石に慣れてくる。
「じゃあ、行きま~す」
メルは躊躇なく扉の向こうへと踏み出す。
浮遊感がメルを襲い、意識が一瞬途切れ……気が付くとメルは、ホールのような場所に立っていた。
「あれっ、戻ってきちゃいました?」
厨房に入る前にいたホールに戻ってきたかと思ったメルだが、すぐにそうではないことに気が付いた。
ホール内にはテーブルや椅子が散乱していたが、それらの位置が最初にいたホールとは微妙に異なっていたのだ。
「最初とは別のホールみたいですね……でもどういうことでしょう?ホールの扉から厨房に入って、厨房の扉に入ったら別のホールだなんて……」
この異空間の構造にメルは疑問を抱く。
(恐らく空間拡張の影響ね)
首を傾げるメルの脳内に、サクラの声が響いた。
(この異空間を作り出した存在はただ部屋を大きくするだけでなく、部屋の数を増やすことで更に空間を広げたのよ)
(なるほど~。でもどうしてそんなことを?)
(単純に、自分の住処を広くしたかったのではないかしら?)
サクラと脳内会話を交わすメル。するとその耳に、ぴちゃぴちゃと水音のようなものが聞こえてきた。
「ん?」
メルが音のする方向に視線を向け、サクラが懐中電灯で照らす。
「ひっ!?」
そこには2体の巨人の姿があった。一方の巨人が仰向けで床に倒れ、その腹の肉をもう一方の巨人が噛みちぎってぐちゃぐちゃと咀嚼している。
『うわぁ……』『グロすぎ』『これ配信しちゃダメなやつだろ』
凄惨な共食いの光景に、視聴者達も嫌悪感を抱いている様子。
すると食事中だった方の巨人が、同族の腹から顔を上げてメルを視認した。
「ヴァアアアッ!」
巨人はすぐさま食事を中断し、メルの方へと突進してくる。
「そうですよね、そんなぶよぶよのお肉なんかよりメルの方が美味しそうですもんね」
メルは独りでにそんなことを言いながら跳躍し、迫り来る巨人を迎え撃つ。
巨人が振り回した腕は空を切り、反対にメルが振るった包丁はあっさりと巨人の首を刎ねた。
そしてメルが着地するのと同時、
「ヴァアアッ!」
「きゃあっ!?」
いつの間にか立ち上がっていたもう1体の巨人が、メルに襲い掛かってきた。食われていたはずの腹の傷はすっかり塞がっている。
「ビッ……クリしました~……!」
『ビックリしながら殺してて草』
巨人の頭が放物線を描いて飛んでいく。見事にメルの不意を突いた巨人だったが、だからといってどうにかなるものでもなかった。
「ここのホールも~……特に何も無さそうですね」
巨人2体を始末したメルは一応ホール内を探索したが、特に気になるものは見当たらなかった。
ただ1つ、ホールの奥の扉を除いて。
「……皆さん、あの扉ってどこに繋がってると思います?」
メルはその扉の前に立ち、開く前に視聴者に問い掛ける。
『これまでのパターンだと厨房じゃね?』『また別の厨房かな?』
「ですよね、メルもそう思います」
ホール→厨房→ホールと移動してきたことから、メルは次の扉の先をまた新たな厨房と予想した。
「じゃあ……行ってみますね」
メルは扉を開き、その先へと足を踏み出した。
「……やっぱり厨房でしたね」
一瞬途切れた意識が回復すると、そこは予想通り厨房だった。床に散らばった調理器具の位置が微妙に異なっていることから、先程の厨房とは別の場所ということが分かる。
そして厨房の奥からはぴちゃぴちゃという水音が聞こえてきた。
「ヴァアアアッ!?」
水音に混じって、巨人の悲鳴らしき鳴き声も聞こえてくる。
「うわっ、また共食いしてるんでしょうか……?あんまり映さないように気を付けますね」
1つ前のホールで行われていた巨人同士の凄惨な共食いの光景を思い出し、メルは顔を顰めた。
音が聞こえてくる厨房の奥へとゆっくりと進んでいく。そして懐中電灯の光が照らし出した光景は、メルの想像していたものとは少し異なっていた。
「何、あれ……?」
床には1体の巨人が倒れている。巨人には左腕が無く、肩の傷口からはどす黒い血が溢れ出ている。
そして近くの調理台には、人間に似た姿の何かがメルに背を向けて腰掛けていた。メルの「桜の瞳」にはその人型の何かが赤く縁取られて見えるので、怪異であることは間違いない。
その未知の怪異はコックコートを身に付けコック帽を被り、左手には刃渡りが50cmを超える大きな包丁を携えていた。
そしてぴちゃぴちゃという水音は、どうやら未知の怪異が巨人の肉を貪っている音のようだ。
「……ああ、お客さんかな?」
メルの気配を感じ取ったのか、未知の怪異がメルの方へと振り返る。
明らかになった怪異の顔は、口が耳の辺りまで大きく裂けていた。だが特徴的なのは口だけで、それ以外は普通の人間と変わらないように見えた。
「君は一体どちら様だい?」
「……桜庭メル、ストリーマーです。あなたは……」
「僕はアキツレイジ。かつてこのオータムの店主だった者だ」
「っ、あなたが、店主さん……?」
『おいおい』『マジか』
メルは息を呑んだ。失踪したとされていたオータムの店主は怪異となり、本当にオータムに舞い戻っていたのだ。
「アキツさん。メル、あなたに訊きたいことがあるんです」
「へぇ?いいよ、言ってみな」
「あなたが人間のお肉を食べていたというのはホントですか?」
オータムの店主が客を殺害し、その肉を食べる人肉嗜食者であるという噂。店主が行方不明になった以上はその真偽は藪の中と思われていたが、こうして目の前に店主がいる今なら確かめられる。
「ああ、本当だよ」
アキツは事も無げに肯定した。そこに人肉食への罪悪感などは微塵も感じられない。
「今でもこのお店の近くを通りかかった人を襲ってるっていうのもホントですか?」
「まあそれも本当と言えば本当だね。ただここ最近は別に殺して食べている訳じゃないよ」
「えっ?なら何をしてるんですか?」
「これだよ」
アキツは床に倒れる巨人を親指で示す。失われていたはずの右腕は、その再生能力によって既にすっかり元通りになっていた。
「ここに来るまでにも何体か見かけただろ?このデカブツ達は僕が人間から作った家畜なんだ」
「家畜?」
「ああ。肉質が僕好みで柔らかく、デカいから1度に沢山の肉が取れる。知能が低く痛みに鈍いから肉を切り取っても反抗しないし、おまけに再生能力が高いから切り取った肉もすぐに元通りになる。まさに無限に人肉が手に入る夢のような家畜だよ!」
アキツは興奮した様子で両手を広げて弁舌を振るう。
「……お店の近くに来た人を攫って、あなたの言う家畜に作り替えたってことですか?」
「その通りさ」
「吐き気がしますね」
アキツの所業に、メルは顔を顰めてそう言い捨てた。
「何の罪もない人を家畜にだなんて……そこまでするほど、人のお肉が美味しいんですか?」
メルがそう尋ねると、アキツは首を傾げて少し考え込む素振りを見せた。
「う~ん……僕は好きだけど、独特の臭みがあるからなぁ……合わない人には合わないんじゃないかな?」
「そんなジビエみたいな感覚で人肉食べてるんですか!?余計に許せません……!」
アキツが「人肉こそ至高の美味!!」のようなスタンスでいたならば、まだメルにも受け入れる余地があった。「他の人はどうか分からないけど俺は好きだよ?」程度のスタンスで人肉嗜食に手を出し、あまつさえそのために人間を悍ましい姿の怪異に変えているのがメルには許せなかった。
「アキツさん、あなたは今ここでメルが殺します」
メルがスカートの下から包丁を取り出す。メルの怒りに呼応するように、包丁の刃からはチロチロと紫色の炎が漏れ出していた。
「へぇ?君が僕を殺すの?無理だと思うけどなぁ」
アキツは調理台から降りると、長い包丁を片手にメルへと向き直った。
アキツがメルの体をジロジロと無遠慮に眺める。
「よく見ると君、すごく美味しそうだね?」
「は?」
「うん、僕が今まで見た人間の中で1番美味しそうだ」
アキツが異様に長い舌でじゅるりと舌なめずりをする。
「君を家畜にしたら、僕は今よりもっと幸せに暮らせそうだ」
「気持ち悪い妄想は止めてください」
アキツへの怒りのため、メルは普段より2割増しで辛辣だった。
「ははっ、つれないなァ!」
アキツは高らかに笑いながら、メルに向かって包丁を振り上げた。
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