第20回桜庭メルの心霊スポット探訪:料理屋「オータム」 一
「皆さんこんばんは~、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
『こんばんは~』『もう怪我治ってる!?』『相変わらず回復力たけーな』
前回の配信でメルが負った怪我は、綺麗さっぱり完治していた。
ちなみに前回雨の中を走り回ったせいでひいた風邪も既に治っている。
「心霊スポット探訪第20回、やっていこうと思いま~す。記念すべきキリ番ですね~」
『もう20回目か』『早いな』『記念すべきキリ番って言い方なんだよ』
「今日メルが行くのはですね~……じゃん!ここで~す」
メルが背後にある建物を示す。それはお洒落なレストランといった佇まいの建物だったが、明らかに営業はしていなかった。お洒落な書体で「Autumn」と書かれた看板は片側が取れて垂れ下がり、窓ガラスには罅が入っているものがある。人がいないためか店内は真っ暗で、外からでは様子が全く見えない。
そのレストランは誰がどう見ても潰れていた。
「ここはですね~、『オータム』って名前のレストランなんです。山奥にある隠れ家的な名店ってことで結構人気のお店だったんですけど、10年前に潰れちゃって今はこんな感じみたいです」
『人気だったのになんで潰れたの?』
「おっ、いい質問ですねぇ~」
我が意を得たり、とばかりにメルはニヤリと笑う。
「人気のお店だったオータムがつぶれてしまったのは、オータムの店主さんによくない噂が立ったからなんです……」
『どんな噂?』
「それはですね~…………」
『勿体ぶるな』『はよ言え』
「……店主さんがお客さんを殺して、そのお肉を食べてるっていう噂なんです」
メルは声を低くし、ホラーな雰囲気を演出しようとする。しかしあまり効果は出ていない。
『とんでもない噂だな』『ウソくさー』
「確かにこの噂はちょっとあれですけど、このお店に来たのを最後に行方不明になったお客さんが何人かいたのはホントなんだそうです。だから警察が店主さんのことを疑ってて、このお店にも捜査に来たそうなんですが……」
『ですが?』『ですが~?』
「警察がお店に来た時には、店主さんは失踪しちゃってたんだそうです。そのまま今日まで店主さんは行方不明のままだとか」
『うわめっちゃ怪しい』『マジで人間食ってたのかな』
「さぁ……?どうなんでしょう?」
『どうなんでしょうて』
メルは首を傾げる。オータムの店主は本当に人肉食をしていたのか、警察が調べる前に店主が消えてしまったのだから真偽は分からない。
「で、店主さんが消えたオータムは当然の結果として御覧の通り潰れました。お店自体は一応売りに出されたみたいなんですけど、よくない噂があった上にそもそも交通の便も悪くて、このお店を買う人はいなかったそうです」
『そりゃそうだ』『そこそんなにアクセス悪いの?』
「メルが来た時は、最寄駅からバイクで30分かかりました」
『終わってて草』
「そんな風に誰も買わなかったこのお店なんですけど、だからって解体されることもなかったみたいです。店主さんが人を食べてた噂のせいか、それとも交通の便が悪すぎて解体業者さんも来たがらなかったのか……」
『知らんけど多分前者だろ』『来たがらなかったってなんだよ』
「誰かに買われることはなく、かといって解体されることもなく。オータムだったお店が放置されて何年か経った頃、地元ではとある噂が立ち始めました。かつてオータムだった廃店舗には戻ってきた店主が隠れ住んでいて、近くを通りかかった人間を襲っては昔のように食べている、って」
その噂を確かめるのが、メルの今回の配信の目的だ。
「ちなみにこの店舗を管理してる不動産屋さんには、事前に中に入る許可は貰ってます」
10年前に廃業した店舗と言えど、勝手に入れば不法侵入になる。法的にクリーンな配信を心掛けているメルは、きちんと事前に許可を取った。
「それじゃあ早速行ってみましょう!」
メルは店舗に近付き、扉を開く。
店の中は光莉を吸収しているかのように暗く、サクラが懐中電灯で照らしても外からでは中の様子がまるで見えない。
「うわ~、暗いですね~」
『そういやメル、あの頭に着けるライトみたいなのどうしたの?』『確かに最近あれ使ってないよな』
「あれはいつの間にか壊れてたので諦めました」
『草』
メルは意を決して真っ暗闇の店内へと1歩足を踏み入れる。
「ひゃっ!?」
その瞬間、メルの全身をフリーフォールのような強烈な浮遊感が襲った。同時に配信の画面も暗転する。
「ひゃあああ……」
珍妙な悲鳴と共にメルの意識が一瞬途切れ、
「……あれ、ここは……」
気が付くとメルは、レストランのホールのような空間にいた。
『今一瞬画面黒くなったよね?』『暗転してたな』
途切れていた配信も復旧したようで、視聴者からコメントが書き込まれる。
「ここは……オータムのお店の中でしょうか?でも、それにしてはちょっと変ですよね……」
メルが不審に思ったのはホールの広さだ。
店の外観と比べて、ホールが明らかに広すぎる。少なく見積もっても外から店の大きさの倍以上の広さがあり、懐中電灯の光がホールの奥まで届いていない。
(メルちゃん、どうやら店内は異空間になっているようよ。外観と比べて店内の空間が大きく拡張されているわ)
(異空間……前にも同じようなのありましたね~)
(そうね。何が潜んでいるか分からないから気を付けて)
サクラの忠告を受け、メルは慎重な足取りでホール内の探索を始めた。
「皆さん、どうやらここは異空間みたいです。お店の外観と比べて店内の空間が広がってるみたいです」
サクラから説明されたことをそのまま視聴者に説明しながら、ゆっくりとホールを進む。
ホール内には倒れたテーブルや椅子が散乱しており、強盗にでも入られたかのような有様だ。
「ヴァアア……」
「きゃあっ!?」
突然ホール内にカバの鳴き声のような重低音が響き、メルは驚いて肩を跳ねさせた。
「なっ、何ですか!?」
メルが周囲を見回すのに合わせて、サクラが懐中電灯の光をあちこちへと向ける。
するとホールの奥の角の所に、天井擦れ擦れの小高い山のようなものがあった。
メルは最初、テーブルや椅子などの瓦礫が積み上がっているのだと思った。だがメルの予想を否定するように、小山は僅かに身じろぎをした。
「動いた……?」
メルは「桜の瞳」で小山を観察する。すると小山は赤い光で縁取られて見えた。
「怪異……」
メルのその呟きに反応したかのように、小山が緩慢な動作で振り返る。
「ヴァアア……」
それはメルの目には、極限まで太った巨人のように見えた。
腕や足はボンレスハムという形容すら生温いほどにブクブクと太り、腹はでっぷりとした脂肪が何段にも重なっている。床に座り込んだ状態でなお天井に頭が届きそうな体高と相まって、縦にも横にもとんでもない存在感だ。
「なに、これ……」
『うわ……』『ヤバっ』
その異様な姿に、メルは無意識に1歩後退る。なまじ人間に近い姿をしているだけに、その常軌を逸した肥満体は見るものに忌避感を覚えさせた。
「ヴァアア!」
巨人はメルを視認した途端、口から涎を撒き散らしながらメルに突進してきた。その動きは先程までの緩慢な動作からは想像できないほど機敏だ。
予想外の巨人の素早さに、メルはスカートの下から包丁を取り出すのが遅れてしまった。
「ヴァア!」
「ひゃっ」
巨人が振り下ろした腕を、メルは後方に宙返りしながら回避する。
「危ない危ない……」
巨人から距離を取りつつ着地しながら、メルはようやく太もものホルダーから包丁を引き抜いた。
「ヴァ?」
攻撃を空振りした巨人は不思議そうに自分の手を眺めている。どうやらメルが攻撃を躱したことに気付いていないらしい。巨体と俊敏な動きは脅威だが、知能は高くなさそうだ。
「ヴァアアア!」
離れた場所にメルが立っていることに気付いた巨人が、再びメルに突進してくる。
振り上げられた巨人の腕に対し、メルは包丁を振るった。
「ヴァアアッ!?」
巨人の腕に赤い線が走り、一拍遅れて血が噴き出す。
しかし傷口がボコボコと泡立ったかと思うと、1秒と経たずに傷口が塞がってしまった。
「再生能力が高い……それならっ」
巨人の再生能力を目の当たりにしたメルは、錐揉み回転しながら床を蹴って跳躍した。
「てやっ!」
回転の勢いを利用し、メルは巨人の首筋に一瞬で複数回包丁の刃を叩き込む。
いかに再生能力が高くとも、首を斬り落とせば殺せると踏んだのだ。
「ヴァ……」
まるで豆腐を切るように、怪異の首はあっさりと斬り飛ばされた。切断面から不健康そうな色合いの血液が噴出し、首を失った胴体がゆっくりと倒れる。
巨人は絶命していた。
「あれ、この怪異は殺しても死体が消えないんですね」
メルがこれまでに殺した怪異は、絶命した後に死体が崩れて消滅することが多かった。しかしこの肥満体の巨人は、死後も死体が消滅することなく残り続けていた。
まあ、メルにとっては特に気にするようなことではない。
「とりあえずこのホールは……怪異以外には特に何もないみたいですね?」
一通りホールを見て回ったメルだが、あの巨人以外には特にめぼしいものは無かった。
「もうちょっと奥に進んでみますか」
メルはホールの奥にある扉に目を向ける。扉の位置からして恐らく厨房に繋がっているであろう場所だ。
扉に近付いて開いてみると、店の入口と同様に扉の向こうは光を吸収するかのような暗闇だった。懐中電灯で照らしてみても何も見えない。
「……行ってみますね」
メルが緊張の面持ちで扉の向こうへと1歩踏み出す。
「ひゃっ」
再びメルの体が強い浮遊感に襲われ、意識が一瞬途切れる。
そして気が付くとメルは厨房らしき空間に立っていた。
「わぁ、ここも広いですね~」
厨房も異様に大きく、先程のホールとほぼ同じ広さに見えた。
床には包丁や泡立て器やボウルなどの調理器具が散乱している。こちらも強盗に入られたような有様だ。
「ヴァアア……」
そして厨房にも肥満体の巨人の怪異の姿があった。しかもこちらには2体だ。
「うわっ、2体もいる……」
ぐちゃぐちゃと一心不乱に何かを貪っていた2体の巨人が、メルの声に反応して振り返る。
「ヴァアアアッ!」
そしてメルの存在に気付くや否や、手に持っていた肉らしきものを放り捨ててメルに突進してきた。
「ていっ」
メルは妙な掛け声と共に錐揉み回転しながら跳び上がり、手近な方の巨人の首筋に包丁の刃を叩きつける。
「ヴァッ!?」
あまりの早業に、巨人は自分が首を刎ねられたことに気付いていない。
メルは首を失った巨人の胴体を足場に更に跳躍し、もう1体の巨人へと躍りかかる。
「てやっ!」
巨人の顔へと飛びついたメルは、そのまま巨人の眉間へと包丁を突き刺した。
「ヴァ……」
巨人の濁った瞳がぐるりと裏返る。
メルが眉間から包丁を引き抜きつつ飛び退くと、2体目の巨人はゆっくりと仰向けに倒れて動かなくなった。
「この怪異、おっきいけどあんまり強くないですね。多分殺しやすさは人間とそんなに変わらないんじゃないかな?メルは人間殺したこと無いからあんまり分からないですけど」
『ああよかった』『メルが人間殺したこと無くてよかった』『安心した』
「ちょっと!メルのことなんだと思ってるんですか!?」
『やべーやつ』『やべーやつ』
「満場一致!?」
視聴者達に弄られながら、メルは厨房内の探索を開始した。
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