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第16回桜庭メルの心霊スポット探訪:裏人形館 四

 「どうして……あなたは確かにメルが殺したのに……」


 メルは緋狒神の胸に包丁を突き刺し、その命を奪った。あの時のメルは緋狒神を殺した手応えを確かに感じ、実際に緋狒神の肉体が消滅するところも見届けた。

 にもかかわらず、こうして目の前には緋狒神の姿がある。有り得るはずの無い状況に、さしものメルも戸惑いを隠せなかった。


 (まさか、元の神格として蘇った?いえ、それにしてはいくら何でも早すぎるわ……)


 サクラもメルと同じように動揺している。

 命を落とした祟り神は、長い時間を掛けて神格として蘇る。しかしメルが緋狒神を殺したのはつい先日のこと。神格として蘇るにしてはあまりにも早すぎる。

 そしてメルの隣では、燎火もまた首を傾げていた。


 「桜庭さんがあの祟り神と戦う配信は私も拝見しましたが……あの祟り神には、腕が6本もありましたか?」


 燎火に言われてようやく、メルは緋狒神の腕の数に意識が向いた。

 燎火の言う通り、緋狒神は阿修羅のように6本の腕を有していた。前回の配信でメルが戦った時は、緋狒神の腕は普通の猿と同様に2本だったはずだ。


 「カロロロ……桜庭メル、いいことを教えてやろう。俺は自分の魂と意識を猿霊に移すことができる。肉体が滅びようとも、猿霊(エンレイ)となって生き延びることができるのだ」

 「そんな……」


 猿霊とは緋狒神が生み出す、見るだけで祟られる怪異だ。


 「そして猿霊となって貴様から逃げ伸びた俺は、再び祟り神としての力を取り戻した。それどころか、こうして新たな力まで手に入れた!」


 緋狒神は高らかに叫び、6本の腕を誇示するように持ち上げる。

 単に腕が増えているというだけではない。緋狒神の霊力が先日と比較して格段に高まっていることは、その手の知識に疎いメルの目にも明らかだった。


 「こんな短期間で、どうやってパワーアップを……」

 「さてな。無駄口はそろそろ終いだ。1度殺された借りを返させてもらうぞ、桜庭メル!」


 牙を剥き出しにしてメルを威嚇する緋狒神。

 それと同時に、真っ白な猿霊が広場を埋め尽くさんばかりに大量に出現した。


 「っ、幾世守さん目閉じて!」


 メルは燎火に注意を促しながら、自身も固く瞼を閉じる。

 猿霊は見ただけで緋狒神の祟りを受けてしまう。先日の経験からして一目見て即死とは限らないが、それでも見ないに越したことはない。


 「ほう、祟りの影響が出るよりも早く目を閉じるか。流石だ、桜庭メル。もう1人の娘は間に合わなかったようだが……貴様、どうして猿霊を見ておきながら祟りを受けない?」

 「えっ、幾世守さん目閉じてないんですか!?折角注意したのに!」


 メルは驚いて燎火の方へ顔を向ける。顔を向けたところで瞼を閉じているので見えはしないのだが、これはもう体に染みついた条件反射のようなものだ。


 「ご忠告ありがとうございます、桜庭さん。ですが『白魚』を身に付けている私は、この程度の祟りであれば遮断することができます」

 「えっそれって祟りまで防げるんですか!?す~ごい万能じゃないですか」

 「祓器は万能であるからこそ、幾世守家は祓器を厳重に管理しているのです」


 祓道師が限界以上の霊力を引き出すための強化武装、祓器。燎火が両腕に装着している純白のガントレットは、その祓器の1つ『白魚』だ。

 そして『白魚』を装着しているおかげで、燎火は猿霊を直視しても祟りを免れていた。


 「とはいえあの怪異を長く見続けると、いずれは『白魚』の守護も突破されてしまいます。そうなる前に、できるだけ速やかにあの祟り神を祓除しましょう」

 「……あっ、これ共闘する流れですね?」


 燎火はメルを戦力として数えている口振りだった。メルとしても緋狒神と戦う戦力が増えるに越したことはない。


 「じゃあここは今までのことは一旦忘れて、2人であのお猿さん殺しましょうか!」

 「ええ。祓道師の誇りにかけて、祟り神は祓除します……ところでその、殺すという言い方はもう少し婉曲にできませんか?」


 メルと燎火は肩を並べて緋狒神と相対する。


 「カロロロ……貴様ら如き、俺が直接相手をしてやるまでもない。やれ、猿霊ども」


 緋狒神が指示を下すと同時に、周囲の猿霊が一斉にメルと燎火に襲い掛かってきた。


 「えっちょっ」

 「なっ……『火鼬』!」


 猿霊の攻撃をメルは身を屈めて躱し、燎火は祓道の炎で迎撃する。


 「ほう……そっちの娘は祓道師か。珍しいな」


 緋狒神は感心したように呟いた。


 「ちょっと!前戦った時と挙動が違うんですけど!?」


 以前の猿霊は佇むか移動するかの2つに1つで、今のように積極的に攻撃を仕掛けてくることは無かった。


 「カロロロ……桜庭メル、お前はどういう訳か目を閉じたまま戦うことができる。そうなると前の猿霊は何の役にも立たないからな、視認によって祟りを与える性質はそのままに、近接戦闘能力を有するよう作り替えた」

 「雑な強化止めてもらえます!?」


 手近な猿霊の喉元に包丁を突き刺しながら、メルは猛然と抗議した。


 「……というか、よく目を閉じたまま戦えますね。どうやってるんですか、それ?」


 燎火が祓道の炎で猿霊を焼き払いながら、困惑した様子で尋ねてくる。


 「音聞いて、それで」

 「音聞いてそれで!?」


 猿霊は物質的な肉体を持たないが、近接戦闘能力を持つということは物質に干渉することができる。そして物質に干渉するということは、当然空気にも干渉する。つまり猿霊の動きには、僅かながら音が伴うのだ。

 メルはその僅かな音を拾い上げ、猿霊の位置情報を把握しているのだ。メルの脳内では、聞き取った音を元に周辺状況の映像が構築されている。

 前回の緋狒神との戦いで獲得した技能だ。


 「す、凄いですね……」

 「えっ、幾世守さんちょっと引いてます?」


 メルと燎火が会話をしている間にも、猿霊達は次々と押し寄せてくる。

 猿霊1対1体はそれほど強い力は持たない。メルであれば包丁の一太刀で消滅させることができる。燎火の方も、『火鼬』だと数発必要になるが、『青鷺』を使えば1発で猿霊を焼き尽くすことができた。

 ただ、数が多すぎる。最初に緋狒神が召喚した時点で100体ほどの猿霊がいた上、倒しても倒しても緋狒神が新たな猿霊を召喚するため数が減らない。


 「くっ……」


 猿霊の圧倒的な物量に、まず押され始めたのは燎火の方だった。

 燎火が使う炎の祓道は、爆発を伴う為近距離では使いづらい。近距離にまで接近してきた猿霊に対しては『白魚』を用いた近接戦闘で対処する他なく、祓道ほどの火力が無い近接戦闘ではどうしても猿霊の処理が遅れてしまう。

 1体の猿霊を倒し切る間にも別の猿霊が襲い掛かり、必然的に燎火は同時に複数の猿霊を相手取る羽目になってしまう。

 祓道を使用する暇もないほどの劣勢に追い込まれた燎火は、背後から忍び寄る猿霊に気付くのが遅れてしまった。

 燎火が背後を振り返った時には、猿霊は既に鋭い爪が伸びる右拳を振り下ろし始めていた。


 「しまっ……」


 猿霊の爪が燎火の左胸に突き刺さる直前、


 「危ないっ!」


 猿霊と燎火の間に、メルが割り込んできた。

 燎火に刺さるはずだった猿霊の爪が、メルの左肩に突き刺さる。


 「いっ……!」


 左肩の痛みに顔を顰めながらも、メルは包丁を振るって目の前の猿霊の首を刎ね飛ばす。


 「桜庭さん!?どうして私を庇って……」

 「勘違いしないでください、今あなたに死なれたら頭数が減って困るってだけです!」

 「でも、私のせいで血が……」

 「今そういうのいいですから!目の前の敵に集中してください!」


 燎火に檄を飛ばしながら、肩の傷を感じさせない動きで猿霊を斬り捨てていくメル。

 メルのその姿に感化されたのか、燎火は気合を入れ直し、戦況が少し持ち直した。

 しかし依然として、メル達の不利は覆らない。猿霊を殺した側から緋狒神がまた召喚し、数が減らないのだから当たり前だ。


 「これではキリが無いですね……」

 「倒しても倒しても湧いてきますからね~……モグラ叩きしてる気分」


 メルと燎火は互いに背中を合わせ、周囲の猿霊を牽制する。


 「これ、ちまちま1対1体倒しててもしょ~がないですよ。あのお猿さんがすぐに増やしますもん」

 「確かに……」

 「幾世守さん、なんかこう、一気にまとめてブワ~ッて倒せるような祓道無いんですか?」

 「あるにはありますが……」


 燎火は何やら逡巡する素振りを見せる。


 「何ですかその感じ?」

 「私が使える最も上位の祓道であれば、ここにいる猿霊の大半を1度に焼失させることができると思います」

 「おっ、いいじゃないですか」

 「……ですが、私はその祓道を完全には習得できていません」

 「……それってもしかして、こないだメルに使おうとしたやつですか?」


 燎火は頷く。

 燎火は以前のメルとの戦いで、見るからに強力そうな祓道の使用を試み、そして盛大に失敗して自爆した。

 今この場にいる猿霊をまとめて一掃するには、その自爆した祓道を成功させる他ないらしい。


 「ちなみにそれ、成功率どれくらいです?」

 「今は『白魚』の補助もありますから、多めに見積もって……6割くらいでしょうか」

 「う~わ微妙……」


 一応は成功する確率の方が高いが、成功を前提にして動くには少し心許ない数値だ。


 「失敗したらやっぱり自爆ですか?」

 「恐らく……」

 「う~ん……うん、それやってみてもらっていいですか?」

 「いいんですか?」

 「はい。どうせこのまま普通に戦っててもジリ貧なんで。だったら60%に賭けた方がメル好みです」

 「……分かりました」


 燎火は頷き、人差し指と小指だけを立てた右手を頭上に掲げる。

 するとその頭上でチリチリと小さな火種が熾り始めた。

 火種は回転しながら徐々に大きさを増していく。


 「この祓道は広範囲に影響を及ぼします。巻き込まれる可能性があるので、私の側を離れないでください」

 「いいですね、一蓮托生って感じがします」


 メルは敢えて口に出さなかったが、燎火の側を離れないということは、燎火が祓道を失敗して自爆した場合はメルも巻き込まれるということだ。

 メルの言う通り、2人は一蓮托生となった。


 「はあああああっ……!!」


 腹式呼吸で気合の声を発する燎火。

 頭上の火種は成長を続け、直径およそ1mの火球となった。

 その火球が外見上の大きさからは想像もつかない量の莫大なエネルギーを秘めていることは、誰の目にも明らかだ。


 「ほう……」


 さながら極小の太陽の様相を呈するその火球に、緋狒神が警戒する様子を見せる。


 「くぅ……っ」


 燎火の額に冷や汗が浮かぶ。その苦し気な表情が、頭上の火球の制御の難しさを物語っている。

 しかし以前とは違い、燎火と火球は安定していた。


 「い……行きますよ、桜庭さん……!」

 「はい、行っちゃってください!」

 「はあああああっ……『礫火天狗(れっかてんぐ)』!!」


 瞬間、火球が花火のように上空高く打ち上がり、急速に膨張すると、無数の火球へと炸裂して全方位へと降り注いだ。

 地上に着弾した火球は次々と爆発炎上し、一帯はあっという間に灼熱の炎に包まれた。

 地獄を想起させるほどの業火が広場を支配する。最早炎に巻かれていないのは、メルと燎火が立っている半径2メートル程度の小さな空間だけだ。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 祓道を成功させた燎火は、激しく消耗した様子でその場に膝を突く。


 「う~わ~……」


 『礫火天狗』の威力を目の当たりにしたメルは、思わず表情を引き攣らせた。

 広場を埋め尽くすほどの猿霊は、既に1体も姿が見えない。この凄まじい炎に焼かれて1体残らず焼失したのだろう。


 「幾世守さん、こんなものをメル1人に使おうとしてたんですか?」


 人1人殺すにはあまりにも過剰な火力だ。こんなもの焼夷弾と変わらない。


 「あ、裏人形館燃えてる……」


 炎の向こうに、崩壊していく裏人形館が見えた。意図せずしてメルは自らの手を汚すことなく夢崎氏の遺志を叶えた形になる。

 『礫火天狗』の炎は5分ほど広場を燃やし続けると、まるで画面を切り替えるように突然消え去った。この辺りの自然法則に反するような挙動は祓道ならではだ。


 「見事なものだ」


 緋狒神が称賛の言葉を口にする。『礫火天狗』の炎からは逃れていたのか、緋狒神に火傷などは見当たらない。


 「そこの祓道師は桜庭メルの添え物程度にしか思っていなかったが、まさかこれほどの祓道を操るとは。だが……今の祓道で力を使い果たしたようだな」


 燎火は地面に座り込んだまま動かない。否、動けないのだ。


 「すみません、桜庭さん……霊力を使い果たしてしまいました」

 「大丈夫ですよ幾世守さん。猿霊を始末してくれただけで充分です。ここから先は、メルの仕事です」


 メルは燎火を庇うように、緋狒神に向かって1歩前に進み出た。


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ありがとうございます

次回は明日更新します

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