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第15回桜庭メルの心霊スポット探訪:猿山公園 後編

本日は2話同時に投稿しております。

こちらは1話目です。

 緋狒神が周囲の女性を押し退けてゆっくりと立ち上がる。


 (気を付けて、メルちゃん。知性を保っている祟り神は総じて狡猾よ。何をしてくるか分からないわ)

 (はいっ。ありがとうございます、サクラさん)


 サクラの忠告を受け、メルは油断なく構える。


 「折角の機会だ。久方振りに女を無理矢理力尽くで屈服させる楽しみを味わうとしよう」


 緋狒神の両手の甲から、金属のような光沢を放つ長い爪がそれぞれ3本ずつ伸びた。


 「カロロッ!!」


 緋狒神がメルに襲い掛かってくる。流石は猿というべきか、その動きは相当に俊敏だった。

 ギンッ!と金属音が鳴り響く。緋狒神の金属質な爪を、メルが包丁の刃で受け止めたのだ。


 「くっ…」


 防御の瞬間に腕を襲った衝撃に、メルは顔を顰める。緋狒神の膂力は凄まじく、メルは緋狒神の腕を押し返すことができなかった。


 「どうした、そんなものか桜庭メル!」


 両手の爪で次々とメルに攻撃を加える緋狒神。その動きは決して洗練されてはいないが、緋狒神自身の膂力と爪の鋭さによって、一撃一撃がメルを即死させるだけの威力を秘めている。

 メルは反撃に転じることができず、ひたすら緋狒神の攻撃を包丁で捌いていた。


 「守ってばかりでは俺を殺すことなど叶わんぞ!」


 緋狒神の挑発。それに対しメルは、黒マスクの下で口角を僅かに持ち上げた。


 「いいえ?そうとも限りませんよ?」

 「……何?」

 「攻撃ばかりしていないで、少しは自分の体に気を使ったらどうですか?」


 メルがそう言うと同時に、緋狒神の右手からパキンッと甲高い音が鳴った。

 右手から3本生えている爪の内、最も外側の爪が根元から折れたのだ。


 「なっ……」


 放物線を描いて飛んでいく折れた爪を、驚愕の表情で見送る緋狒神。


 「バカな……鋼よりも強靭な俺の爪が、折れた……?」


 緋狒神は知る由もないが、メルの包丁は元々他者を殺すことに特化した呪物だ。そしてこれまでに何体もの怪異や祟り神の命を奪ったことで、その呪いは当初よりも遥かに強さを増している。

 そんな呪物と何度も打ち合えば、祟り神の体の一部と言えど無事では済まない。


 「ボーっとしてる場合ですか?」


 自慢の爪を折られて呆然としている緋狒神に、メルは1歩踏み込んで包丁を振るう。

 緋狒神は後ろに飛んだが躱しきることができず、左肩から袈裟懸けに赤い傷が刻まれた。


 「っ、カロロロロォッ!?」


 途端に喉が張り裂けそうな絶叫を上げる緋狒神。


 「なっ、何だこの痛みは……!?」


 メルが緋狒神に付けた傷は大きいが、そこまで深いものではない。体の表面を薄く切り裂いた程度のものだ。

 だというのに緋狒神は、まるで焼かれるような激しい痛みを感じていた。傷の深さからすると有り得ないほどの痛みだ。


 「桜庭メル……貴様一体何をした!?」

 「……えっ、いや知りませんけど」


 何故緋狒神が傷に見合わない激しい苦痛を感じているのか、その理由はメルにも分からなかった。

 というかメルの視点だと、ただ緋狒神が過剰に痛がっているようにしか見えない。

 メルは首を傾げながらも、悶え苦しむ緋狒神に追撃を加える。

 緋狒神は体を捻って回避しようとしたが、苦痛のために初動が遅れ、刃先が体を掠めてしまった。

 するとやはり傷の小ささからは想像もつかないような強い苦痛が緋狒神を襲う。


 「カロロロォッ!?」

 「……何でしょう、ちょっと痛みに弱すぎませんか?」


 緋狒神が感じている苦痛など知る由もないメルは、苦しむ緋狒神に呆れた視線を向ける。

 するとメルの脳内に、サクラの声が響いた。


 (メルちゃん、もしかしてだけれど……)

 (なんですか?)

 (その包丁で付けた傷は、普通の傷よりも痛むのかもしれないわ)

 (えっ、そんなことあるんですか?)

 (私にも分からないけれど、あの神を見ているとそんなような気が……)


 メルはこれまで、言葉の通じる相手に包丁を振るったことがあまりない。だから包丁の刃に苦痛を増幅させる性質があることなど知りようがなかったのだ。


 (まあ、戦う分にはあって困る効果じゃないですよね)

 (そうね。調理器具として見るとどうなのかとは思うけれど)

 (そんなの今更じゃないですか~)


 脳内でサクラと暢気な会話をしながら、メルは緋狒神に次々と包丁を振るう。

 緋狒神は苦痛のために動きが鈍く、メルの攻撃を満足に回避することができない。結果、緋狒神の体にはどんどんと傷が増えていく。


 「カロロロロロロロォォッ!?」


 傷が増えればそれだけ苦痛も際限なく増えていく。それに耐えかねた緋狒神は、後方に跳ねてメルから大きく距離を取った。


 「ハァ……ハァ……」


 肩で息をする緋狒神。人間だったら顔中が脂汗塗れになっているだろう。


 「どうしました?もうお終いですか?」

 「抜かせ……!」


 祟り神としてのプライドか、メルに対しても強がって見せる緋狒神。ただ残念ながら強がりであることは丸分かりだった。


 「諦めたらどうですか?そんな状態でメルに勝てるとでも?」

 「桜庭メル、貴様は勘違いをしているようだが……そもそも俺の本領は殴り合いなどではない」


 緋狒神のその言葉に呼応するように、荒地の各所にぽつりぽつりと白い人型……猿霊が姿を現し始める。


 「俺の本領は、猿霊による精神汚染だ……!」


 猿霊は見る見るうちに数を増やし、荒地を埋め尽くさんばかりの群れを成した。その数は50を優に超えている。


 「っ、げほっ!?」


 次の瞬間、メルの口から大量の血が溢れ出した。メルが吐き出した血によって、黒マスクが一瞬で赤く染まる。


 (メルちゃん!?)


 膝から崩れ落ちたメルにサクラが寄り添う。


 「な、何が……げほっ!!」


 再び口から血を吐くメル。マスクの内側に血がべっとりと付着し、呼吸を阻害する。

 メルは力の入らない腕をどうにか持ち上げ、マスクを剥ぎ取った。


 「カロロ……どうだ、苦しかろう?」


 這いつくばるメルの姿に、緋狒神は醜悪な笑顔を浮かべる。


 「この猿霊達は里に放った猿霊とは訳が違う。男も女も構わず、一目見ただけでたちまち死に至る強力な猿霊だ。お前はどういう訳かまだ命を失っていないが……その方が好都合だ。衰弱しきったところで俺が手籠めにしてやろう」


 緋狒神はそう言って、猿霊に取り囲まれるメルから更に距離を取る。時間を稼ぎ、メルが衰弱しきるのを待つつもりなのだ。


 「はぁ……はぁ……がふっ!」


 3度目の吐血がメルの口から零れる。


 (メルちゃん……)


 苦しむメルの姿に、サクラは心を痛めていた。

 メルがまだ曲がりなりにも命を保っているのは、メルにサクラの霊力があるからだ。サクラの霊力は祟り神の祟りの影響をある程度和らげることができる。

 しかし言い換えれば、メルはサクラの霊力があるばかりに猿霊を見ても即死できず、長く苦しむ羽目になっているのだ。

 サクラは自分がメルを苦しめているような錯覚を感じていた。


 (大丈夫です、サクラさん……)


 だがメルは苦しみながらも、サクラに気丈な言葉を掛ける。


 (あの猿を殺せば、この祟りも治まりますよね……?)

 (……恐らくね)

 (花嫁にされちゃった女の人達も、猿を殺せば助かりますよね……?)

 (……ええ、恐らくは。けれどメルちゃん、その体じゃ……)

 (なら、大丈夫です……メルがあの猿を殺せば、いいだけの話ですから……)


 口元の血を拭いながら、メルがふらふらと立ち上がる。


 (無茶よメルちゃん!そんな体で……)


 サクラの制止にも耳を貸さず、メルは両手で包丁を握り締めた。


 「カロロ……そんな状態でどうするつもりだ?」


 包丁を構えるメルを、緋狒神は嘲るように笑う。

 死にかけのメルが立ち上がったところで、今更できることは何も無いと高をくくっているのだ。


 「ふ~っ……ふ~っ……」


 メルは目を瞑り、体中で荒れ狂う苦痛を鎮めるように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 同時にメルは視覚以外の五感……主に聴覚を研ぎ澄ませた。


 (メルちゃん、まさか……)

 (人型を見たらダメージを受ける。なら人型を見ないように猿を殺せばよくないですか?)

 (視覚に頼らず気配を探るってこと?そんなことできる訳が……)

 (いや、なんかできる気がします)


 死にかけになりながらも、メルは根拠のない自信に満ち溢れていた。


 「目を閉じて猿霊の影響を避けようという腹積もりか……カロロ、無駄なことを。今更目を閉じたところで、1度猿霊を目にしたお前の体は死に向かい続けている」


 勝利を確信している緋狒神は、メルの心を折るべく言葉を重ねる。


 「今ここでその呪物を捨てれば、命だけは助けてやってもいいぞ?そうすればお前を俺の花嫁にしてやる」

 「……そこですね」

 「何?」


 不意にメルの体が素早く動く。

 そして気が付くと緋狒神の目前に、包丁を振り上げたメルが迫っていた。


 「なっ……」


 思わぬ事態に緋狒神は動けない。

 視界を閉じたまま緋狒神を攻撃するというメルの目的は、緋狒神も見抜いていた。だからこそメルが目を閉じた後に、緋狒神は立ち位置を変えていたのだ。

 にもかかわらずメルは今こうして、正確無比に緋狒神の目前にまで迫っている。

 緋狒神は回避行動に映るがもう遅い。致命傷こそ避けられたものの、包丁の刃は緋狒神の右肩を深く抉った。


 「カッ……カロロロォッ!?」


 傷が深ければ深いほど、当然痛みは大きくなる。包丁の性質によって増幅された苦痛は、今までのものとは比べ物にならなかった。


 「何故だ……何故俺の居場所が分かった!?」

 「あなたがペラペラ喋ってたからです。初めてやったのでちょっと時間かかりましたけど、よく喋ってたのでわかりやすかったです」


 メルは瞼を閉じたままそう答える。今のメルは聴覚のみで緋狒神の居場所を捉えていた。

 もっともまだ練度が低いために、緋狒神の急所を攻撃することはできなかった。それは今後の課題である。


 「そもそもだ!死にかけのお前が何故それほど機敏に動ける!?」

 「えっ?死にかけなのと速く動くのって、何か関係あるんですか?」

 「あるに決まっているだろうが!!半死人が素早く動けてたまるか!?」


 理不尽に抗うように緋狒神が叫ぶが、どれだけ喚こうと現実は覆らない。

 メルが右手を捻りながら、緋狒神の肩から包丁を抜く。捻りを入れたことで傷口が抉られ、緋狒神が更に大きな悲鳴を上げた。


 「口がそこなんですね……」


 メルも無意味にただ緋狒神を痛めつけた訳ではない。緋狒神に大声を上げさせることで、緋狒神の体の部位の正確な位置を聴覚で捉えようとしているのだ。

 そしてその試みは成功し、メルは緋狒神の首の位置を特定できた。

 メルはゆっくりと包丁を振り上げる。


 「ま……待て……」


 緋狒神はメルを止めようとするが、苦痛のあまり命乞いの言葉すら出てこない。


 「てやあっ!」


 メルが包丁を振り下ろし、紫色の炎が尾を引く。

 炎を纏った刃は寸分の狂いもなく緋狒神の首筋を捉え、緋狒神の首と胴体を切り離した。


 「カ……ロ……」


 緋狒神の頭がくるくると宙を舞い、首を失った胴体は力を失ってゆっくりと地面に崩れ落ちる。

 同時に緋狒神を包む黒い光が消失した。


 「勝った……」


 メルの体内で荒れ狂っていた苦痛が、嘘のように治まった。緋狒神の祟りの力が失われたのだ。


 「あれっ?ここどこ……?」


 虚ろな表情で座り込んでいたアイナが声を上げる。どうやら正気を取り戻したらしい。


 「アイナさん、大丈夫ですか?」

 「あ、あなたさっきの……って血塗れ!?あなたこそ大丈夫!?」


 血塗れになったメルのブラウスを見て、アイナが悲鳴を上げる。


 「あっ大丈夫です。この血は全部吐いたやつなので、怪我とかは無いです」

 「血を吐いてる方が何なら心配なんだけど!?」


 見た限りでは、アイナはどこにも不調は無さそうだった。緋狒神の祟りを受けた後遺症などは見られない。


 「んっ、あれ?」

 「私は……?」


 アイナの大声で目が覚めたのか、他の花嫁の女性達も次々と正気を取り戻す。


 「あ~……どうしましょうこの人達」


 ここにいる女性達は皆緋狒神が花嫁として攫ってきた人達だ。つまりは行方不明者である。


 「行方不明だった人を見つけた時って、どういう手続きすればいいんでしょう……とりあえず警察呼べばいいんですかね?」

 『まあ警察でいいと思うけど、そこから通報されても警察困るんじゃない?』

 「……確かにそうですね」


 メルが今いる場所に来るには、獣道すら無い完全に未整備の山を掻き分けて来なければならない。そんな場所から110番通報をしても、警察も駆けつけようがないだろう。

 というかそもそも警察を呼ぼうにも、ここが具体的にどの辺りなのかメルにすら分からない。


 「となると……メルがこの女の人達を連れて山を下りるしかないですかね……」

 『うわぁ大変そう』『頑張って』


 20人余りの女性を引率して下山する労力を思い、メルは深い溜息を吐く。


 「じゃあ……メルは今からこの人達と一緒に山を下りるんで、配信はここで終わりにしますね」

 『おつ~』『頑張ってね~』

 「それでは皆さん、次回の第16回心霊スポット探訪でお会いしましょ~、バイバ~イ」


 この後に重労働が待ち受けているため、メルはいつもより低いテンションで配信を終えた。

【ちょこっと解説】

元々性格がカスの神様は、祟り神になった後も知性を保つことができます


いいねやブックマーク、励みになっております

ありがとうございます

次回は明後日更新します

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― 新着の感想 ―
[一言] だからジメ子さんの時の幽霊もすぐ逃げてったのね…
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