第14回桜庭メルの心霊スポット探訪:焼身海岸 前編
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
夜、カメラに向かって両手を振るメル。その黒とピンクのツインテールが、海風に吹かれて揺れている。
海風。
そう、メルは今回、配信では初となる海辺にやって来ていた。
「心霊スポット探訪第14回、今回はですね~……じゃ~ん!海にやってきました~!」
メルが背後に広がる海をアピールする。といっても完全に日が落ちた今は海も空も真っ暗で、「じゃ~ん!」と言われたからといってみていて面白い光景ではない。
『海?』『泳ぐの?』『おっ水着回か?』
「あはは、水着回な訳ないじゃないですか~。もう夜ですし、そもそもここ海水浴場じゃないですし」
メルがいる海岸は砂浜ではなく岩場で、見るからに海水浴場としての整備はされていなかった。
「今日はですね、ネットで見つけた心霊スポットに来てみたんです。ここは『焼身海岸』という場所だそうで」
『しょうしんかいがん?』『何それ?』
「この焼身海岸ではですね、魚とか海鳥なんかの焼死体がよく見つかる曰く付きの場所なんだそうです」
『海なのに焼死体?』『バーベキューのゴミとかじゃなくて?』
「魚ならまだしも、バーベキューでカモメ焼く人はいないんじゃないですかね~」
『確かに』
「それにここ、バーベキューとかも禁止ですし」
この焼身海岸は遊び場としての整備が全くされていないので、足場がかなり不安定だ。禁止されていなくともバーベキューには不向きだ。
「それに、焼死体で見つかるのは魚と鳥だけじゃないんです。この焼身海岸では過去に何件も、人体発火現象が目撃されているそうなんです」
『人体発火現象?』『穏やかじゃないな』
「この海岸を歩いていた人の体が突然燃え始めた、という事故が何回もあったそうです。事故の被害者の方は決まってライターとかの火種になりそうなものは持っていなくて、原因不明の不審死として処理されてるとか。メルちょっと調べたんですけど、この海岸で焼死体が発見されたっていうニュースは本当に何個かありましたよ」
『マジ?』『不思議』『何が原因なんだろ』
「ね!原因気になりますよね!という訳で今日の心霊スポット探訪では、焼身海岸での人体発火現象の謎を解き明かしてみようとっ、思います!」
『テンション高いな』
メルはカメラに向かってビシッと敬礼を決めると、おもむろに海岸を歩き始めた。
「うわっ、歩きづらいですね~……」
『そりゃそうだ』『岩場だしな』『そんでどうせ今日もパンプスなんだろ』
「そうですよ、パンプスですよ~」
メルの声に合わせて、撮影係のサクラがメルの脚元にカメラを向ける。
メルの今日の履物は、相も変わらず歩きやすさを度外視したデザインのパンプスだった。足場の不安定な海岸を歩くことなどこれっぽっちも考慮していない。
「メル、服は結構ダメにしちゃいますけど、このパンプスは結構長生きなんですよ~」
『メルはいい加減スニーカーを履け』
履物を視聴者に突っ込まれながらも、メルはパンプスを履いているとは思えない身軽さで岩場を進んでいく。
「ん~?」
スン、とメルは鼻を鳴らした。
「何だろ、ちょっと香ばしい匂いがしますね……皆さん分かります?」
『分かる訳ないだろ』『4DXじゃねーんだぞ』
「どこからだろ……」
嗅覚を頼りにメルは匂いの出処を探る。
幸いというべきか、発生源を特定するまでにそう時間はかからなかった。
「あっ!皆さんこれ見てください」
メルが指差した岩場に、カメラがぐぐっと接近する。
そこにはこんがりと焼けたヤドカリの死体があった。
「この香ばしい匂いは、ヤドカリが焼けた匂いだったんですね~……ちょっと美味しそう」
『食べるなよ?』『拾い食いは止めろよ?』
「も~、そんなことする訳ないじゃないですか~。皆さんメルのことなんだと思ってるんですか~?」
『正直メルはマジで何仕出かすか分からんのよ』
「えっ、信用無い……」
視聴者の反応にショックを受けつつも、メルはヤドカリの焼死体を観察しながら顎に手を当てる。
「……これ、なんで焼け死んでるんでしょう?やっぱり焼身海岸の呪いでしょうか?」
『その辺りに焚火の跡とか無いの?』
「ちょっと探してみますね」
視聴者のコメントを受けて、メルは周囲に焚火の形跡を探す。しかし5分ほど探してみても、そのような形跡は発見できなかった。
「……無いですね。この辺りにはこのヤドカリ以外には何も燃えてなさそうです」
『マジか』
「まあ仮に焚火の跡があったとして、なんで焚火でヤドカリ焼くんだろうって感じですけど」
『確かに』『それはそう』
「呪いじゃないとしたら、誰かが悪戯でライターか何か使ってヤドカリ焼いたってことですかね……それだったら呪いの方がいいな~」
人間の悪意が為した業であるよりは、人知を超えた呪いの仕業である方がまだ救いがある、というのがメルの考えだった。
「いずれにせよ、焼身海岸の呪いが現実味を帯びてきましたね~。もうちょっと探索してみましょう!」
焼死したヤドカリという成果を発見したことで、メルのモチベーションは高まった。張り切って再び海岸を歩き出す。
「ん~?また香ばしい匂いが……」
歩き出してから5分と経たず、メルの嗅覚は再び香ばしい匂いを捉えた。
「どこでしょう……あっ!」
匂いの出処を探すと、岩の陰に丸焦げになった小魚を発見する。
「これは~……アジですかね?焦げすぎててあんまり美味しくなさそう……」
『焼け死んだ小動物を美味しそうかどうかで判断するのやめろ』
その後も海岸を歩いていくと、小魚やヤドカリの焼死体は海岸のそこかしこに点在していた。
その散らばり方を見ると、やはり人の手によるものとは考えにくい。悪戯にしては手が込みすぎている。
「岩場に住んでるヤドカリとか、海岸に打ち上げられた魚とかが焼け死んでるって感じですかね?」
『なんでそんなことになるの?』
「それを調べるのが、今回の配信の目的ですから!」
『見当は付いてるの?』
「…………」
『何か言えよ』
発火現象の謎に迫るための手掛かりなどは特に掴んでいないので、メルはとりあえずひたすらに海岸を歩き続ける。
そうして30分ほど海岸を歩き続けると、丘のように周囲よりも1段高くなっている岩場に差し掛かった。
「あっ、あれ何ですかね?」
小高い岩場の頂上に、メルは小さな建物を発見した。
「ちょっと行ってみます!」
メルは跳ねるように岩場を駆け上がり、建物の前までやってくる。
近くで見ると、その建物は想像以上に小さかった。メルの胸辺りまでの高さしかなく、建物と呼べるのかすら怪しい。
そしてそれは、どうやら祠のようだった。
「この祠……なんだか危ない感じがします」
『危ない感じ?』『普通の祠にしか見えないけど』
「う~ん……なんて言ったらいいのか分からないんですけど……」
自らの感覚の言語化に苦しみながら、メルは試しに「桜の瞳」を祠に向ける。
すると祠から漏れ出したように、祠の周囲にほんの僅かな黒い光が見えた。
「黒……?」
その光の色を目にしたメルは思わず眉を顰める。
「桜の瞳」に映る黒い光は、祟り神であることを示す光だ。
「その祠にはね、火文布神という祟り神が封印されているの」
「っ!?」
突如背後から声が聞こえ、メルは素早く振り向いた。
「火文布神は山火事を起こす力を持っていて、その力でいくつもの山や集落を焼いてしまったの。だからこれ以上火事を起こさないようにって、炎の力が弱まる海辺に封印されたのね。けれど祟りの力を完全に封じることはできなくて、漏れ出た祟りのせいでこの海岸では時々生き物が発火する現象が起こってしまうのよ」
「あなたは……」
そこに立っていたのは、いわゆる「ゴスロリ」と呼ばれる類の黒いドレスを身に纏った、長い黒髪の女性。全身が黒に包まれているなかで、唯一瞳だけが赤く際立っている。
その赤い瞳、爬虫類のような縦長の瞳孔を持つその瞳に、メルは見覚えがあった。
「常夜見さん……何ですかそのゴスロリ」
『最初に聞くことそれかよ』
常夜見魅影。
以前メルを騙して誘き出し、怪異をけしかけた「怪異使い」の少女だ。
「ふふっ。お久し振りね、桜庭さん。この服は怪異使いの正装なのよ」
「へ~、怪異使いって結構洋風なんですね~……で、どうして常夜見さんがここに?」
『訊くタイミングきもっ』
「まさか……今回もまた偽のリクエストでメルを誘き出したんですか!?」
メルに偽の心霊スポットの情報をリクエストとして送る、というのが以前の魅影の手口だった。今回も同じではないかとメルは警戒を露わにする。
しかし魅影は首を横に振った。
「いいえ、今回は違うわ」
「それをメルが信じられるとでも?」
「というか、今回の配信は視聴者のリクエストでは無いじゃない。それなのにどうやってあなたを誘き出すというの?」
「……あっ」
『おい天然やめろよ』
魅影の言う通り、今回の配信はメルが自分でネタを探してきた。つまり今回の配信では、偽のリクエストになど誘き出されようがないのだ。
そのことに今更思い至り、メルの顔は一瞬で耳まで真っ赤に染まった。
「んっ、んんっ!そっ、それで、常夜見さんは今日は何をしに来たんですか?」
『それで気を取り直せると思うなよ』
「ふふっ。勿論今日もちゃんとした目的があるわ」
魅影はメルの天然については言及しなかった。メルにとって魅影は敵にあたるが、思わぬところで情けを掛けられてしまった。
「目的?何を企んでるんですか?」
「それはね……」
魅影はそこで言葉を切り、ペロッと赤い舌を出した。幾何学的な紫色の紋様のあるその舌は、以前会った時にもメルは目にしていた。
「おいでなさい、『羽占鬼灯』」
すると魅影の舌の紋様が淡い光を放ち、同時に地面に魅影の舌のものと同じ直径2mほどの紋様が出現する。
地面の紋様が放つ強い光に、メルは思わず左手で目を塞ぐ。
そして地面の紋様から、何やら長いものがするすると這い出してきた。魅影の周囲をくるっと囲ったその長いものの正体は、直径が50センチを超える巨大な蛇だった。
蛇の胴体には、コウモリを思わせるような黒い翼が片側1枚だけ生えている。
「は、羽のある蛇!?」
「この子は羽占鬼灯。私が使役している怪異よ」
そう言って魅影は大蛇の頭を撫でる。大蛇は魅影によく懐いている様子だった。
「それで?前みたいにその蛇をメルにけしかけようってことですか?」
「いいえ、違うわ。鬼灯、やりなさい」
魅影が指示を出すと、大蛇は「シューッ」と鳴き声を上げながら口を大きく開いた。
すると大蛇の口の奥から、紫色の液体が高速で射出される。
「っ!?」
咄嗟に躱そうとしたメルだが、すぐに大蛇が放った液体がメルを狙ってはいないことに気付いた。
紫色の液体はメルの脇を掠め、背後にあった祠へと命中する。
ウォーターカッターめいた水圧によって、祠の一部が破壊された。
「この子が吐き出す毒液には、あらゆるものを劣化させる性質があるの。毒液を浴びたものはそれが何であれ、直に劣化して崩壊してしまうわ」
魅影のその言葉を証明するように、ジュウウウと音を立てながら祠が砂糖菓子のように崩れ去っていく。
「例えそれが、祟り神を抑え得るほどの強力な封印であってもね」
「っ、きゃあっ!?」
祠が完全に崩壊すると同時に、祠があった場所から竜巻のような炎の渦が噴き上がった。その熱量にメルは思わず悲鳴を上げる。
「カロロロロロロロッ!!」
炎の渦の中から、空き缶がアスファルトの坂を転がるような音が聞こえてくる。
(メルちゃん気を付けて!)
メルの脳内にサクラの声が響いた。
(この気配にこの力……祟り神よ!)
(はいっ、分かってます……!)
「桜の瞳」に映る視界に、黒い光が満ち溢れる。
そして炎の渦の中から、祠に封印されていたものがとうとう姿を現した。
「カロロロロ……」
祟り神を目の当たりにしたメルは、思わず大きく目を見開く。
「……おっきいカピバラ?」
『カピバラだ』『顔怖いカピバラだ』
祟り神の姿を簡潔に表現するならば、「体長2m超の巨大なカピバラ」だった。
といっても、外見が完全にカピバラと同一という訳ではない。目付きは異様に悪く、大きく裂けた口からは鋭い牙が何本も覗いている。その凶悪な顔つきはカピバラとは似ても似つかない。
しかし顔以外の部分、毛に覆われたずんぐりむっくりな丸っこい体は、まさしくカピバラそのものだった。
「えっと……どうしよ……」
思っていたよりもだいぶ可愛らしい祟り神のフォルムに、メルは毒気を抜かれる。
しかし次の瞬間、メルの顔の黒マスクが突然発火した。
「わっ!?きゃああっ!?」
大慌てでメルはマスクを剥ぎ取り、地面に投げ捨てる。マスクはあっという間に燃え尽きて無くなった。
「あっぶなぁ……!?何ですか今の!?」
「火文布神はそこにいるだけで周囲の有機物を燃やしてしまう……ふふっ、とっても危険な祟り神だわ」
一体何が楽しいのか、魅影はクスクスと楽しそうに笑っている。
「封印から解かれた火文布神は、このままではきっと近くの街へ向かうわ。そうなれば街はきっと大変なことになるわね。火文布神にかかれば、街ひとつなんて簡単に焼けてしまうもの」
「常夜見さん……あなた一体何が目的なんですか?」
メルは魅影を睨み付けた。
「それだけ危険な祟り神がいると分かっていながら、封印をわざと解いたりして。破滅願望でもあるんですか?」
「あら、そんな風に言われるだなんて心外だわ。私達怪異使いは、破滅願望とは無縁なのに」
煙に巻くような物言いをしながら、魅影の体がふわりと浮かび上がった。
サクラ曰く、常夜見魅影という少女は怪異に近い。怪異由来の超能力めいた力を用いて、こうして空を飛ぶことができるのだ。
「あっちょっ、逃げる気ですか!?」
「ええ、そろそろお暇させていただくわ。あなたに火文布神を食い止める義務はないけれど、ここで火文布神が街に向かうのを見過ごせば、あなたはきっと街を見殺しにした罪悪感に苦しむことになるでしょうね」
最後に嫌なことを言い残し、魅影はどこぞへと飛び去って行った。
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