第13回心霊スポット探訪:ワヨーさん 中編
「どうしてここに幾世守さんが?また幽霊か怪異の退治ですか?」
「いいえ。今日は桜庭さんに用事があってここに来ました」
「メルに用事?」
メルは首を傾げた。燎火の言う用事の想像がつかなかったためだ。
そもそも、メルと燎火は知人と呼べるような関係ですらない。以前1度偶然出会い、交戦してメルが勝利した。それだけの関係である。
そんな燎火がメルに対して一体何の用事を持ってきたというのか。少なくとも、メルはあまり良い予感がしなかった。
何となくイヤだなぁ、という表情を浮かべるメルに対し、燎火はあまり気乗りがしない様子で用件を告げる。
「桜庭メルさん。先日、幾世守家はあなたを『特殊怪異』として認定しました」
「……特殊怪異?」
それはメルには聞き覚えの無い単語だった。
「なんですかそれ?」
「特殊怪異は、怪異では無いものの怪異に準ずる存在を指す幾世守家独自の分類です。将来的に敵対的な怪異になる可能性の高い存在、反自然法則的な能力によって社会に被害を与える存在などが該当します」
「な、なるほど……???」
分かったような分からないような。分かったが2、分からないが8といったところだろうか。
「えっと、それで、その……特殊怪異?にメルがなったんですか?」
「その通りです」
「どうしてですか?メル、そんなものに指定される覚えはないんですけど……」
「桜庭さんが特殊怪異指定を受けた理由は、ひとえにその呪物の所持です」
燎火がメルの足を指差す。正確にはメルの右脚、太もものホルダーに収まっている呪いの包丁を示しているのだ。
「以前も言いましたが、それだけ強力な呪物を所持し続けることで、桜庭さん自身が怪異に変化する可能性があります。そしてそれほどの呪詛の影響を受けて発生した怪異もまた、非常に強力であることが考えられます」
「あ~、こないだ言ってましたね」
「幾世守家は以前からその危険性を重く見ていましたが、先日私が桜庭さんに敗北したことで、桜庭さんを危険視する声はより一層大きくなりました。その結果が、今回の特殊怪異指定です」
「な~るほど~……?それで、特殊怪異になるとどうなるんです?」
「幾世守家では特殊怪異は怪異と同等に扱われます。つまり……」
燎火は鋭い視線でメルの目を見据えた。
「祓道師による討伐対象となります」
「……なんだ、そういうことなら初めからそう言ってくださいよ」
燎火は長々とメルにはよく分からないことを話したが、要するに燎火は今日ここに、メルの敵として現れたのだ。
「幾世守さんは今日ここにメルを殺しに来た、と。でも幾世守さんにメルが殺せますか?」
「……確かに私は先日桜庭さんに敗北しました。相手が一般人だから油断した、などと言い訳するつもりはありません。私は確かにあなたよりも弱かった。ですが……」
燎火は服の首元に手を入れ、ネックレスのようなものを引っ張り出した。
「今から私が行うのは試合ではなく討伐です。ですから私はあなたを討伐するに足るだけの準備をしてきました」
ぎゅっ、と燎火はペンダントトップの部分を握り締める。
「――祓器、召喚」
そして燎火が不思議な響きを孕んだ声でそう呟くのと同時に、ネックレスから白い光が放たれた。
「お?おお?」
不思議な光景に、注意深く推移を観察するメル。
ネックレスから放たれた光は無数の粒子へと変化し、燎火の両腕へと集まっていく。
そして燎火の手の甲から肘の辺りまでを覆った光は形を変え、金属光沢を放つ純白のガントレットとなった。
「強力な怪異に対抗するため、祓道師の霊力を限界を超えて引き出す強化武装。それが祓器です」
メルが何かを尋ねる前に、燎火はガントレットについて説明を始めた。
「貴重なものですのでおいそれとは使用できないのですが、今回私は桜庭さんを討伐するために、幾世守家が所有する祓器の1つであるこの『白魚』の使用を許可されました」
「なるほど~、強化アイテムですか」
「道具に頼るのは私としても忸怩たる思いですが、やむを得ません」
燎火は両手を数度開閉してガントレットの具合を確かめ、それからメルに向かって構える。
「今の私は、先日の私とは違います」
「あの~、戦うのはいいんですけど、その前に1つ聞いてもいいですか?」
「……何でしょう?」
メルが質問を切り出すと、燎火は構えこそ解かないながらもそれに応じた。意外に話が分かる。
「幾世守さんって確か、メルの配信見てくれてるんでしたよね?」
「……はい。幾世守家としても、桜庭さんの動向は把握しておく必要がありますから」
「なら、糸繰村の配信って見てくれました?」
「拝見しました」
糸繰村とは、長きに亘って人食いの怪異に苦しめられていた山奥の村だ。怪異による被害を鎮めるために若い女性を生贄に捧げてきた悲しい歴史を持つ村でもある。
そんな糸繰村にメルは以前配信で訪れ、村を苦しめてきた人食いの怪異を殺して見せた。
その時の配信は、燎火も見ていたらしい。
「糸繰村って、ずっと怪異の被害に苦しんでたじゃないですか」
「そうですね」
「で、祓道師って怪異を退治するのがお仕事なんですよね?」
「……そうですね」
「定期的に怪異の被害が出てる糸繰村みたいなところをずっと放っておいたのに、まだ怪異にすらなってないメルへの対応がこんなに迅速なのはどうしてですか?」
「…………」
燎火は気まずそうに、それはもう気まずそうにメルから視線を逸らした。
メルには別段、燎火達祓道師を責める意図は無い。メルはふと感じた疑問をそのまま口にしたに過ぎない。
しかし燎火はその質問によって、致命傷レベルで痛いところを突かれていた。
「……私の言い分を聞いていただいてもいいでしょうか?」
「どうぞどうぞ。質問したのメルですし」
燎火はメルから視線を逸らしたまま、メルの質問に回答し始める。
「まず前提として、桜庭さんの指摘は完膚なきまでに正論だということを念頭に置いていただきたいのですが……」
「あっ、それはもう認めちゃうんですね」
糸繰村のような場所を放置していたことは、燎火達祓道師にとっても心苦しいことだった。
「祓道師はとにかく数が少なくてですね。手が回り切らずに放置せざるを得ない怪異というのがどうしても発生してしまうんです。敵対的ではあるものの被害が少ない怪異、被害範囲が小規模に限定されている怪異などはどうしても優先度が下がってしまって……指摘のあった糸繰村の場合は、被害範囲が村内に留まっているということで後回しにされていました」
「人員不足ですか……それってどうにかならないんですか?」
「難しいです。祓道は高い霊力と才能を持つ人間にしか習得できない技術なので。それに祓道師は無給ですから、好き好んで祓道師になりたい人間は少ないと思います」
「えっ、お給料出ないんですか!?」
「はい。昔は国かどこかから給料が出ていたと聞いていますが、現代では幽霊や怪異の存在は公に認められていませんから」
考えてみれば当然の話である。
現代では幽霊や怪異など存在しないというのが常識だ。存在しないことになっている幽霊や怪異を退治したところで、一体どこの誰が報酬を出してくれるというのか。
しかし当然であることと、それを納得できるかどうかは別の話だ。
「お給料出ないってことは、ボランティアで怪異と戦ってるってことですか!?」
「はい。ですから現代の祓道師は、『自分達は人知れず怪異から人々を守る祓道師である』という矜持だけをモチベーションに活動しているんです。ですからその弊害といいますか、祓道師としての誇りを傷付けられることに敏感な人が多くてですね……」
「というと?」
「……『誇り高き祓道師が、ただ呪物を持つだけの一般人に敗北するとは何事か』という声が、幾世守家の中で少なくなくてですね……」
「……あ~」
そこまで聞いて、メルはようやく事の次第を察した。
要するに、メルが燎火を倒したことが、一部の祓道師にとっては受け入れがたいことだったのだ。燎火の言葉を借りるなら、祓道師の誇りに傷を付けた、ということになるのだろう。
「幾世守家の当主様が、桜庭さんに敗北した当の本人である私に命じたのです。『敗北によって着せられた汚名を雪ぐべく、一刻も早く桜庭メルを討伐せよ』と。実は桜庭さんの特殊怪異指定も、この一件が無関係ではなくて……」
「え~……か~なり私怨入ってるじゃないですか~……」
「私も『祓道師たるもの怪異の祓除に力を注ぐべき』と反論したのですが、聞き入れては貰えず……遂には虎の子の祓器まで持たされて、こうして桜庭さんの討伐に送り込まれました」
「……なんか……大変なんですね、幾世守さんも」
燎火はかなりの苦労人であるらしかった。メルの目にはなんだか、燎火が少しやつれて見える。
「ですが1度当主からの命令が下されてしまえば、若輩の私はその命を遂行するほかありません。桜庭さんには申し訳ありませんが、今ここで討伐させていただきます!」
話を終えた燎火が、改めてメルに向かって構え直す。
「いいですよ。殺しに来た相手は殺し返すのがメルのポリシーですけど、幾世守さんはなんか大変そうなので特別に命までは取らないであげます」
メルの方も姿勢を低く下げ、戦闘態勢に入った。
「……祓器『白魚』は装着者の霊力を活性化させ、祓道の威力を数倍にも引き上げます」
燎火はそう言ってメルに右手の人差し指と中指を向け、親指を90度横に立てた。
その手の形には、メルも見覚えがあった。
「『青鷺』」
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