第13回心霊スポット探訪:ワヨーさん 前編
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
深夜、配信を開始したメルはカメラに向かって両手を振る。
今回の配信は、人気のない公園で始まった。
「心霊スポット探訪、第13回!やっていこうと思いま~す」
『待ってた』『メルちゃ~ん!!』
「今回はですね、また視聴者さんからリクエストをいただいたので、それに答えてみようと思いま~す」
この頃恒例となりつつある視聴者からのリクエスト企画だ。メルもネタ切れに悩まされずに済んで助かっている。
「今回もまた視聴者さんのリクエストをプリントアウトしてきたので、今から読みますね~」
『出た』『いつもの』『準レギュラーA4用紙』
メルがポケットからA4のコピー用紙を取り出すお決まりの流れに、コメント欄が軽く盛り上がる。
「読みますね。
桜庭メルさん、いつも配信楽しく見せていただいています。
メルさんに本当かどうか調べてほしい都市伝説があり、リクエストを送らせていただきました。
私の地元には昔から、『ワヨーさん』という都市伝説があります。
公衆電話で『1018515119110193』という番号に電話を掛けると、『ワヨーさん』という怪人に電話が繋がり、その後ワヨーさんが電話ボックスの外に現れるという内容です。
現れたワヨーさんの行動についてはいくつかのパターンがあり、電話を掛けた相手を殺してしまう、どこかに連れ去られてしまう、何でも1つだけ質問に答えてくれる、などと言われています。
私は昔からこの噂が本当かどうか気になっているのですが、自分では怖くてワヨーさんに電話を掛けることができません。
メルさん、どうか私の代わりにワヨーさんに電話をかけてみてください。
……とのことですね~」
メルはリクエストの文章を読み終えると、視線をカメラに戻した。
「という訳でですね、今日はこのリクエストにお答えして、ワヨーさんに電話をかけてみようと思います!そのために~……」
メルは勿体ぶるように言葉を一旦切り、最初に立っていた場所から少し移動する。
「じゃ~ん!公衆電話にやってきました~!」
メルは両腕を大きく使って、公園の片隅にぽつんと佇む電話ボックスを指し示した。
『おお』『今時あんま見ないよな』
「そう!そうなんですよ!大変だったんですよ公衆電話探すの!」
実は今回、メルは配信にこぎつけるためにそれなりの苦労をしていた。
その経緯が口をついて溢れ出す。
「メルも最初は公衆電話くらいすぐ見つかると思ってたんですよ!具体的にどこにあるかは分からないけど、何となく街のどこかで見かけたような気がするし、って。でもいざ探してみると全っ然見つからなくって!メル1時間くらい公衆電話探して街を彷徨ったんです!」
『草』『かわいそう』『ネットで調べりゃよかったのに』
「……ネッ、ト……?」
『ネット分からないのはおかしいだろ』『配信者だろうがよお前よ』
「違います、ネットが分からない訳じゃないです!ただネットで公衆電話の場所を調べるっていう発想が無かっただけで」
『それはそれでおかしい』
ともかく、今ここにあるのはメルが1時間の苦労の末に発見した貴重な公衆電話だ。そのことは視聴者にも充分に伝わった。
「それじゃあ早速、ワヨーさんに電話をかけてみましょう!」
意気揚々と電話ボックスに入るメル。受話器を持ち上げ、10円玉を投入する。
「えっと……1……0……1……8……」
リクエストの文章を読み返しながら、ワヨーさんに繋がると言われている番号を入力する。
そして入力を終えると、メルは受話器を耳に当ててじっと応答を待った。
プルルルル、プルルルル――
5回の呼び出し音の後に、ガチャッと電話が繋がった。
メルは囁き声で「つながりました~」と視聴者にアピールする。
「今から行くね」
電話の向こうから聞こえてきたのは、まるでボイスチェンジャーで加工したような声だった。男性なのかも女性なのかも、若いのかも年老いているのかも分からない。
「あなたがワヨーさんですか?」
メルは電話の向こうに質問を投げ掛けるが、答えが返ってくることはなかった。
ガチャリ、と一方的に電話が切られる。
「……な~んか感じ悪いですね~」
メルは電話相手の態度に眉を顰めた。
自分の用件だけを伝え、こちらからの問い掛けには答えず、一方的に電話を切る。到底褒められた電話対応ではない。
不満をありありと表情に滲ませながら、メルは受話器を元あった場所へと戻す。
そして電話ボックスから出ると同時に、メルは右手の方向に何者かの気配を感じた。
「っ!」
メルは反射的に包丁が収納されている右太ももへと手を這わせつつ、気配がした方向に素早く振り向く。
暗闇の中から滲み出るようにして現れたのは、全身を黒い装束に包んだ人型の存在だった。
黒いシルクハットを頭に乗せ、黒いマントで首から下を覆い隠している。その出で立ちは怪人という呼び方が相応しい。
「ワヨーさん……」
メルは小さく呟き、同時に「桜の瞳」で怪人を観察する。
怪人の姿は、赤く縁取られて見えた。それは怪人が紛れもなく怪異であることの何よりの証明。
とどのつまり、この怪人こそが噂に聞くワヨーさんで間違いない。
「……その顔は、どうにかならなかったんですか?」
メルはワヨーさんの全身を視線でなぞり、顔を直視したところで思わず苦笑した。
夜に同化するように全身を黒で包んだワヨーさんの装束の中で、唯一顔だけが白く浮かび上がっていた。
といってもそれはワヨーさん自身の顔ではなく、ワヨーさんが着けているひょっとこの仮面の白色だ。
……そう、ひょっとこの仮面。ワヨーさんはひょっとこの仮面を装着しているのだ。
「こういうのって普通、不気味な笑顔のマスクとかが相場じゃないんですか?何だってまたひょっとこの仮面なんか……ぷふっ」
黒のシルクハットとマントにひょっとこのお面というミスマッチさに、メルは堪らず噴き出してしまう。
メルの言う通り、仮にワヨーさんが不気味な笑顔の仮面などを身に付けていれば、衣装とも見事に調和して怪人らしさを引き立てていただろう。
しかしひょっとこのお面では、怪人というよりも変質者だ。
『ひょっとこ???』『なんでひょっとこ?』『縁日帰りか何か?』『ひょっとこ以外全部売り切れてたの?』
視聴者達もワヨーさんのひょっとこのお面には大いに困惑している。
そんなメルや視聴者達の反応を意に介さず(本当に意に介していないのかはワヨーさん自身にしか分からないが)、ワヨーさんはゆらりと体を揺らしてメルの方へと近付いてくる。
「来ますね……」
それを見たメルは気を引き締めた。
視聴者の話では、現れたワヨーさんがどのような行動に出るかは分からないとのこと。ワヨーさんはメルに敵対的かもしれないし、友好的かもしれない。
それすら分からない現状、メルが警戒するのは当然だった。
「……」
ワヨーさんは言葉を発さないまま、必要以上に体を左右に揺らす独特な歩き方でメルとの距離を詰める。
そしてメルとの距離が5mのところで、ワヨーさんは1度ぴたりと全ての動きを止めた。
10秒ほど、メルとワヨーさんは互いに見つめ合う。
「あ、あの~……?」
耐えかねたメルが恐る恐るワヨーさんに声を掛けたその瞬間。
ガバッ!と。ワヨーさんのマントの下から、2本の長い腕が飛び出した。その両手には、死神が携えていそうな大鎌が握られていた。
「ヒヒヒヒヒヒ!」
気色の悪い笑い声を上げながら、ワヨーさんが大鎌をメルに振り下ろす。
「敵みたいですね、殺しましょう!」
『判断早っ』
これまでワヨーさんの出方を窺ってきたメルだが、ワヨーさんが敵対的存在と分かれば最早様子見は必要ない。
大鎌を躱したメルはそのまま素早くワヨーさんの背後に回り込み、同時に太もものホルダーから包丁を引き抜いた。
そして包丁を片手に、メルは錐揉み回転しながら跳躍する。
「てやああっ!」
遠心力の加護を受けた包丁の刃が、無防備なワヨーさんの首に叩きつけられる。
「ヒヒッ!?」
ワヨーさんが悲鳴を上げたのも束の間、ワヨーさんの頭はあっさり胴体と泣き別れしてしまった。
かと思うと、ワヨーさんの首と体が黒い霧のようなものに変化した。黒い霧は瞬く間に風に吹かれ、空気に溶け込むように消えてしまった。
「……殺した、んですかね?」
ワヨーさんの首は刎ねた。ワヨーさんの体は消滅した。
しかしメルは今ひとつワヨーさんを殺したという手応えが感じられなかった。それこそ本当に霧でも斬ったかのような感覚だ。
根拠は無いが、メルはワヨーさんを取り逃がしてしまったように感じた。
「……まあ、いっか」
メルはすぐに気を取り直した。
ワヨーさんを取り逃がしたとして、メルに何か不都合がある訳ではない。殺しに来たなら殺し返すが、逃げたならわざわざ追いかけはしない。
気持ちを切り替えて、メルはカメラに向き直った。
「皆さん見ましたか?ワヨーさん、本当に来ましたよ」
『あっさり来たな』『そんであっさり殺されたな』『メル殺すの早すぎない?』
「ワヨーさんは、あれでしたね……怪人っていうより、変質者って感じでしたね」
『草』『確かに』『シルクハットにひょっとこだもんな』
「……でもどうしましょうか。今日やろうと思ってたこともう終わっちゃいました」
配信が始まってから、まだ5分と少ししか経過していない。にもかかわらず、メルは今日の配信でやろうと思っていたことを全てやり切ってしまった。
今日は1時間は配信するつもりでやってきているというのに、とんだ大誤算だ。
……電話を掛けるだけの内容で1時間持たせようという、メルの見通しが甘すぎるという話でもあるが。
「今から何やりましょう……ちなみに皆さんは、もう1回ワヨーさんに電話してみるのと、今からメルが1時間漫談するのだったらどっちがいいですか?」
『漫談の選択肢どっから出てきたんだよ』『素人の漫談聞いてられねぇでしょ』『もっかい電話かけてみたら?』
「えっと……電話派の視聴者さんの方が多いみたいなので、もう1回電話かけてみますね。……漫談やりたかったな」
『なんで漫談やりたいんだよ』
視聴者のコメントを受けて、メルがもう1度電話ボックスの扉を開いたその時。
メルはこちらへと向かってくる足音を聞いた。
「ん?」
メルは一旦電話ボックスに入るのを止め、足音が聞こえてきた方向へと視線を向ける。
この公園に人がいること、それ自体は何ら不思議ではない。この公園は夜間でも自由に出入りができ、実際メルもこうして夜にやって来ている。
メルが気になったのは、足音が真っ直ぐメルへと向かって来ているように感じられたからだ。進行方向にたまたまメルがいたのではなく、明確にメルへと近付いてくるような意思を感じる。
「誰でしょう……」
メルはじっと足音の主を待ち受ける。
程なくして現れたのは、銀色の髪と水色の瞳を持つ、メルと同年代の少女だった。
「こんばんは、桜庭さん」
その人物に、メルは以前1度だけ会ったことがあった。
「幾世守、さん……?」
幾世守燎火。
幽霊や怪異の退治を生業とする、「祓道師」の少女だ。
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