第12回桜庭メルの心霊スポット探訪:幽霊トラック 四
「ん?」
しばらく道なりに走っていると、メルは前方に不穏なものを発見する。
1台の車が高速道路を逆走し、真っ直ぐにメルの方へと向かってきていたのだ。
「あれ絶対メルのこと狙ってますよね……よしっ」
メルはバイクの前輪を持ち上げたかと思うと、その前輪を遮音壁へと着地させ、そのまま壁面を走り始めた。
『ウッソだろ』『お茶噴いたわ』『なんかとんでもないことしてて草』
メルの3次元的な走行に、逆走車は対応できない。
壁面を走るメルと路面を走る逆走車は、当然ぶつかることなくすれ違う。
そして逆走車はメルの後続車と正面衝突し、爆発炎上した。
「危ない危ない」
爆炎を背景に、メルは壁を降りて道路へと戻る。
しかし安心したのも束の間、またしても前方に逆走車が現れた。
「またですか~?」
うんざりしながらメルは再び壁面を走り、逆走車を回避する。逆走車は後続車と激突し爆発炎上。
その後も次々と逆走車が突っ込んでくるため、メルはその度に壁面を走る羽目になった。
「これはあれですかね、メルを塔に近付かせないようにしてる感じですかね」
また1台逆走車がメルの背後で爆散する。今のメルはまるで爆発を引き連れて走っているかのようだ。
逆走車達にメルを妨害する意図があるのは明らかだ。そしてその行動には、メルをあの塔に近付かせまいとする意思を感じる。
「あの塔に近付かれるのが、そんなに都合が悪いんでしょうか……でも、怪異にとって都合が悪いってことは、メルにとっては都合がいいってことですもんね」
怪異による妨害は、あの塔に何かがあるというメルの確信をより強固なものにした。
そうして逆走車による妨害を躱しながらバイクを走らせること30分。ビルとビルの隙間から、ようやく巨大な塔が見え始めた。
「いよいよ近付いてきましたね!」
目視で塔を確認したメルは、近くにあったインターチェンジを使って高速道路から降りた。塔に近付くためには、下の道の方が都合がよさそうだったのだ。
料金所を出たところで、メルはバイクを乗り捨てる。塔が見えるところまで近付けていれば、わざわざノーヘルでバイクに乗る危険を冒す必要は無い。
そうして自分の足で歩き出したメルの前に、巨大な影が立ち塞がる。
「うわ、おっきい……」
それはメルがこれまでに見た個体とは比べ物にならないほど巨大な鬼だった。ヘラジカのような角まで含めれば、その背丈は5mに到達する。
巨大な鬼はその血走った両目で、敵意を露わにメルを睨みつけている。
「なるほど、塔を守る門番って感じですか?」
高速道路を逆走していた車の怪異と同じく、この巨大な鬼もメルを塔に近付けまいとする刺客のようだ。
「やるならさっさとやりましょうか。いい加減配信もダレてきちゃうんで、あんまり添え物の敵に時間かけたくないんですよ」
添え物の敵、というメルの言葉が通じた訳ではないだろうが、巨大鬼は激昂した様子でメルに向かって突進してくる。
メルはスカートの下から包丁を取り出しつつ鬼の懐に潜り込み、巨大鬼の膝を足場にして錐揉み回転しながら高く跳び上がった。
「てやぁっ!」
回転の勢いを上乗せした包丁を巨大鬼の首に叩きつけると、巨大鬼の頭はあっさりと刎ね飛ばされて宙を舞った。
「えっ弱っ」
地面に着地したメルは、予想よりも遥かにあっさりと巨大鬼を殺せてしまったことに困惑する。
「体が大きいだけで強さは普通の鬼とあんまり変わらなかったですね……だったら勿体付けて出てこないで欲しいです」
頭を失いゆっくりと倒れていく巨大鬼に辛辣な言葉を投げ掛けながら、メルは塔へと歩き出す。
巨大鬼が最後の刺客だったのだろうか、最早メルの行く手を阻むものは現れない。
何の妨害もなく、メルは巨大な塔の麓にまで辿り着くことができた。
「うわ~……近くで見てみるととんでもない大きさですね~……あっ首痛っ」
天を突く巨大な塔を間近で見上げたメルは、危うく首筋を痛めかけた。
「さて、とりあえず塔に何か手掛かりがあると思って来てみた訳ですけど……う~ん、特に変わったものはなさそうですね」
その塔は並外れて巨大という点を除けば、ごく普通の電波塔のように見えた。「桜の瞳」を通すと赤色の光が色濃く見えるが、逆に言うとそれ以外に変わったところは何もない。
塔にはこの街を脱出するための手掛かりがあると踏んでいたメルだが、それらしきものは何も見当たらなかった。
「どうしましょうか……とりあえずちょっと塔を攻撃してみますね」
『なんでだよ』『発想が野蛮すぎる』『原始人でももうちょい紳士的だぞ』
「えいっ」
メルは塔を構成する鉄骨に向かって呪いの包丁を振るう。
しかしというべきか当然というべきか、鉄骨はあっさりと包丁の刃を弾き返した。
「いっ……たぁ……!手がビリビリってしたぁ……」
『そりゃそう』『当り前』
「普通に斬るのは無理ですね~……じゃあ」
次の瞬間、メルの両目の瞳孔が赤い光を放った。
同時にメルの右手の包丁の刃が、紫色の炎を纏う。
(ちょっとメルちゃん何してるの!?)
メルの脳内に動揺したサクラの声が響く。
といってもサクラは、メルのやっていることを理解していない訳ではない。むしろメルがしていることを理解しているからこそ、サクラは動揺しているのだ。
(何って……呪いの力を引き出してます)
メルの包丁は、殺した相手の呪いや祟りの力を吸収する性質がある(と考えられている)。そしてそのようにして包丁に溜め込まれた呪詛の力は、メルの怒りの感情などに反応して表出することがあった。
そうして呪詛が表出した包丁は、命を奪う力がより強力になる。端的に言うと攻撃力が上がるのだ。
メルはこれまでに何度か、この呪詛の表出現象を利用して強力な怪異の命を奪ったことがあった。しかしそれらはメルが意図したものではなく、偶発的に発生した現象だった。
その偶発的にしか発生しなかったはずの呪詛表出現象を、メルは今回意図的に引き起こしたのだ。
(意図的に呪物から呪詛の力を引き出すだなんて……いつの間にそんなことができるようになったの?)
(今が初めてです。できるかな~と思ってやってみたらできました)
(なんてこと……)
サクラはメルが呪物の力を利用することに否定的な立場を取っている。メルが意図的に呪詛表出現象を起こせるようになったことは、サクラにとっては非常に悩ましい。
そんなサクラの苦悩など知る由もなく、メルは紫の炎を纏った包丁を、再び塔の鉄骨に向けて振るった。
「てやぁっ!」
気の抜けた声と共に振るわれた包丁は、やはり鉄骨相手には為す術もなく弾き返される……かと思いきや。
バターにナイフを入れるように、包丁は鉄骨をあっさり切断した。
「やった、斬れました!」
『えええええ!?』『嘘だろ!?』『マジかよ……』
包丁が鉄骨を切断するという有り得ない現象に、コメント欄が騒然とする。
そして鉄骨が切断された瞬間、
「ギイイイイイイイイッ!!」
金属同士が擦れ合うような、或いは獣の悲鳴のような、この上なく耳障りな音が街中に響いた。
「うるさぁっ!?」
神経を逆撫でするような不快な音に、メルは思わず両耳を塞ぐ。
「ギイイイイイイイイッ!!」
しかし耳を塞いでなお不快な音は聞こえ続ける。
「うぅ……」
耐えがたいほど不快なその音に、メルの意識は徐々に遠のき……
「え?」
気が付くとメルは、両脇に畑が広がる殺風景な一本道に立っていた。
そこはメルが幽霊トラックに轢かれて街に移動する前に歩いていた道だ。
「ここは……も、戻って来れた……?」
街を脱出できたことに、メルは喜びよりも先に困惑を覚えた。
脱出できたのはいいが、その理由が分からなかったからだ。
キョロキョロと辺りを見回すと、少し離れた道路脇に1台のトラックが止まっているのが見えた。
「桜の瞳」で見ると赤く縁取られている。幽霊トラックだ。
「幽霊トラック……何であんな所に?」
幽霊トラックはただ停車しているのではなく、コンテナの扉が全開になっていた。
コンテナの中はまるで塗り潰されたように真っ黒で、中がどうなっているのかは全く見えない。
「中、どうなってるんでしょう?」
メルはコンテナの中身を確かめようと、幽霊トラックに向かって1歩近付く。
するとその瞬間、全開になっていたコンテナの扉が勢いよくバタンと閉まった。そして同時に幽霊トラックがメルから逃げるように急発進し、レーシングカーのような速度で走り去ってしまった。
「ああ、行っちゃった……」
メルはその場に立ち尽くして幽霊トラックの背中を見送る。流石のメルでもあの速度のトラックには追い付けない。
仕方が無いので、メルはくるりとカメラの方に振り向いた。
「え~皆さん、今回の心霊スポット探訪いかがだったでしょうか?今回はね、『幽霊トラック』の都市伝説を検証してみましたが~……見事、都市伝説が本当だったことが分かりました~!パチパチパチ~!」
『えっ終わるの?』『急に?』
何の前触れもなく配信を締めにかかるメルに、視聴者達から困惑のコメントが押し寄せる。
「メルが迷い込んだあの街は一体何だったのか、鬼や車の怪異は一体何者だったのか、どうしてメルは元の世界に帰って来れたのか、色々謎はありましたが~……結論から言いますと、メルにはな~んにも分かりません!」
『草』『そんなこと堂々と宣言するな』『何か考察くらいはしろ』
「きっとこの配信を見た考察好きな人が、メルの代わりに色々考えてくれると思います!」
『丸投げやめろよ!』『人任せが過ぎるぞ!』
「それでは皆さん、また次回の心霊スポット探訪でお会いしましょ~、バイバ~イ!」
『こんなのもう打ち切りじゃん……』
こうして今回の配信も無事に終了した。
【ちょこっと解説】
幽霊トラックが人間を轢くのは、人間を捕食するための行動です。
幽霊トラックに轢かれた人間は、コンテナ内に存在する異空間へと取り込まれます。このコンテナ内の異空間がメルの迷い込んだ街の正体です。
異空間は幽霊トラックにとって口腔にあたる場所で、異空間内で鬼に食べられた人間はそのまま幽霊トラックに栄養として吸収されます。
異空間に存在する高速道路は幽霊トラックにとっては血管に近いもので、高速道路を走行する車の怪異は赤血球や白血球の役割を果たしています。メルが車の怪異に次々と襲われたのは、車の怪異が有する白血球的な性質(異物を排除する)のためです。
異空間に存在する塔は幽霊トラックの喉にあたる場所に建っていて、塔自体は幽霊トラックにとっての口蓋垂のようなものです。幽霊トラックの体内の更に深い場所へと繋がる重要な地点であるため、異空間内の他の場所よりも赤色がより濃く見えました。
幽霊トラックにとって塔の鉄骨を斬られたことは、人間が口蓋垂に攻撃を受けるのと同じことです。そのため幽霊トラックはコンテナを開き、メルを異空間から外へと吐き出しました。




