第12回桜庭メルの心霊スポット探訪:幽霊トラック 三
車らしき物体はそのままメルのすぐ隣の遮音壁に激突し、壊滅的な破砕音を立てながら盛大に爆発炎上する。
「あっ……ぶなぁ……!」
凄惨な単独事故を目の当たりにし、メルは背筋の凍る思いがした。動くのが一瞬遅れていれば、今頃メルは事故に巻き込まれてぺしゃんこになっていただろう。
早めに気付くことができてよかった、と胸を撫で下ろしたのも束の間、メルは再び嫌な予感を覚えた。
「きゃあっ!?」
再び車らしき物体がメルに突っ込んでくる。メルがそれを回避すると、2台目の車らしき物体は事故を起こした1台目に追突し、1台目と同じように爆発炎上した。
「何なんですか!?わざとメルを轢こうとしてるんですか!?」
意図的にメルの轢殺を試みているとしか思えない挙動に、メルは怒りを隠せない。
2台の車らしき物体が事故を起こしたことで、3車線ある道路は現在、その4割ほどが破損した車体によって塞がれてしまっている。
これが普通の高速道路であれば、後続車はこの光景を目の当たりにして迂回なり停車なりをするだろう。
しかしこの街の高速道路はそうではなかった。後続車は事故を起こした2台の車らしき物体を前にしても、迂回や停車の素振りを一切見せず、また一切速度を落とすこともなく突っ込んでくる。
そうなれば当然後続車は事故車に追突し、事故車の仲間入りを果たす。その後続車も、そのまた後続車も、同じように次々と事故車に仲間入りしていく。
「うるさっ、うるさいです~!!」
次々巻き起こる追突事故によってけたたましい破砕音が絶え間なく響き渡り、その騒音にメルは思わず両手で耳を塞ぐ。
気が付くと道路上には、山のように積み上がった何十台もの事故車の残骸が轟々と燃え上がっていた。
「うわ~……」
巨大な炎に照らされたメルは、その破滅的な光景を前に表情を引き攣らせた。
これが仮にごく普通の高速道路上で起きていたとしたら、犠牲者が10人単位で発生し、歴史に残る大事故として連日報道されたことだろう。
「ていうか、この車っぽいのは何なんですかね。普通の車……じゃなさそうですけど」
メルは炎が燃え移らないよう注意しながら事故車の山に近付き、その残骸を観察する。走行している時には速すぎて観察できなかった車らしき物体のディテールを、メルはようやく捉えることができた。
それは一見するとごく普通の乗用車のように見えたが、注意深く観察すると看過できない特徴が見つかった。
「皆さん見てください、この車顔が付いてますよ」
メルは燃え残っているフロントバンパーを視聴者に示す。そこにはメルの言う通り顔らしきものがあった。
普通の車でもヘッドライトが目のように見えたりすることはあるが、そのフロントバンパーの顔は明らかにそういった錯覚では無かった。
ヘッドライトにあたる部分には明らかに眼球があり、バンパーの部分が口になっていたのだ。
『マジで顔じゃん』『なにこれ?』『どういうこと?』
「車型の生き物、ってことですかね……?ちょっと待っててくださいね」
メルは炎上する車の残骸を、「桜の瞳」を通して改めて観察する。すると僅かに赤い光が見えた。
「これは……車型の怪異みたいですね。幽霊トラックと同じ感じです」
赤い光が僅かなのは、車がほぼ壊れているような状態だからだろう。死にかけの怪異は、「桜の瞳」で見える光の量も少なくなるのだ。
「下の道には鬼がいて、高速道路には車型の怪異がいる。そしてどっちもメルには敵対的……う~ん、何なんですかねこの街」
最初の目標として打ち立てた「高速道路に登る」というのは達成できたが、それで得られたものはお世辞にも多いとは言えなかった。分かったのは、この街には鬼の他にも敵対的な存在がいる、ということだけだ。
「この後はどうしましょうか……やっぱり、どこか高いとこに登るのがいいでしょうか。街の全体も見てみたいですし」
『出たいつものやつ』『メル高いとこに登りがち』
配信で幽霊を探すときなどに、最も高い場所に登るというのはメルのお決まりのパターンだった。困った時は高いところに登ればなんとかなる、というのがメルのポリシーだ。
「適当なビルの屋上にでも登ってみれば街全体が見えそうですけど、この街のビルはエレベーターとか無いんですよね……」
この街のビルは階層という箱を積み上げただけの順然たるハリボテ。階段やエレベーターなどは存在せず、屋上どころか1つ上の階にすら中からでは上がれない。
「……外から登るしかないですね」
『マジ?』『そんなことできるの?』
「分からないですけど、木登りならちっちゃい頃やったことあります」
『それじゃあ本当に分からないね』
50mを超えるビルの外壁をよじ登ろうという時に、幼少期の木登りの経験が一体何の指標になるというのか。
しかしそんな理屈はメルには通用しない。
「よっ、と」
メルは軽やかな跳躍で、道路脇の遮音壁へとよじ登る。
すると遮音壁から数mほどの距離に、手頃なビルの外壁があった。
「それじゃあ皆さん、メルのボルダリング成功を祈っててくださいね」
『ボルダリングではないだろ』『え、マジでやるの?』
「行きますよ~……ぴょ~ん!!」
間の抜けた掛け声と共にメルは遮音壁から跳躍する。
遮音壁とビルの外壁との数mの間隙を、メルの体は容易く飛び越えた。
そしてビルの窓枠を足場に、メルはぺたりと蜘蛛のようにビルに張り付いた。
「てやっ!」
メルは足場の窓枠を強く蹴って跳躍し、軽やかな身のこなしで1つ上階の窓枠に着地する。
その窓枠を同じように蹴ってまた1つ上階へ、更に窓枠を蹴ってもう1つ上階へ。
メルはまるで外壁を駆け上がるようにしてビルを登っていく。猿でもそんな登り方はしないだろう。
その軽業師の如き謎の技術を以て、メルは5分とかけずにビルの屋上に辿り着いた。
「よいしょっ、と……」
『お前本当に人間か?』『人間が元は猿だったってのがよく分かる映像だったな……』『いや今の動きは猿だとしても納得できねぇよ』
「分かってましたけど、やっぱり屋上も何にもないですね~」
屋上には転落防止用の透明な板が張り巡らされていたが、逆に言えば屋上にあったのはその板だけだった。
といってもビル自体がハリボテなのだ、屋上にも何も無くて当然だ。むしろ転落防止用の板があったことがメルには驚きだった。
「さてと、街の様子は……」
メルは早速、目的であった街の様子を一望する。
高所からの街の光景は、まるで縦長の箱が乱雑に並べられているように見えた。明かりの灯っていない真っ暗なハリボテのビルが無数に並び、その隙間を蛇行して伸びる高速道路が道路照明に照らされて浮かび上がっている。
そして高速道路の照明のほかにもう1つ、この街において光を放っているものがあった。
それは遠く離れた場所に聳える巨大な塔だ。
「うわ~、おっきいですねあのタワー」
電波塔と思われる形状のその塔は頂点が見えないほどに巨大で、その大きさにメルは感嘆の声を漏らした。
しばらく塔に見惚れていたメルだが、ここでふとあることを思い出した。
「そう言えば……」
メルが思い出したのは、この街で最初に鬼と遭遇した時のことだ。
メルは鬼の正体を確かめるために「桜の瞳」を使い、その際鬼だけでなく街全体が赤く光って見えた。
その直後に100体を超える鬼との連戦になってしまったために失念していたが、メルは街そのものが赤く見えたことが気になっていたのだ。
試しにもう1度、街全体を「桜の瞳」で見渡してみる。
「やっぱり赤い……」
すると見渡す限りの街並みが、全て赤い光で縁取られて見えた。
元々疑ってはいなかったが、やはりメルの勘違いや見間違いという訳ではなさそうだ。
(サクラさん、これってどういうことだと思います?)
(そうね……この街そのものが怪異、としか考えられないわ)
(やっぱりそうですよね……でもそんなにおっきい怪異なんているんですか?街ひとつ分ですよ?)
(メルちゃん、怪異において「有り得ない」は有り得ないのよ。怪異というのはそもそもが本来有り得ない存在なの。だからこそ怪異はどのような存在も有り得るのよ)
(え~っと……哲学ですか?)
サクラの言うことは難しく、メルには理解できなかった。
ただこの街そのものが怪異であるという見解に関しては、メルもサクラも一致している。
(元の世界に帰るにはどうしたらいいと思います?)
(私にも分からないけれど、怪しいのはあの塔よね)
サクラが遠方に見える巨大な塔を指差す。
「桜の瞳」を通して見ると、街の中でもその塔は特に赤い光が色濃く見えた。
(塔の周りだけ赤い光が特に濃いってことは……)
(この街の中でも、あの塔がとりわけ怪異的、ということになるわね。抽象的な物言いだけれど)
この街から生還するための手掛かりはあの塔にある。それは何の根拠もない直感だったが、メルはそう確信した。
「皆さん、今からちょっとあの塔に行ってみようと思います!何かある気がするので!」
『いいんじゃない?』『結構距離ありそうだけど』『歩いたら結構かかるんじゃないの』
コメントの指摘にある通り、塔は今メルがいる場所からかなり離れた場所に建っている。徒歩で向かえば、メルの足と言えども1時間や2時間では辿り着けない。
「大丈夫です、メルにいい考えがあります」
しかしメルにはとある秘策があった。
その秘策を実行すべく、メルは登った時と同じようにビルの各階の窓枠を足場にして外壁を駆け降りる。
文字にすると単純だが、実際には一歩間違えば転落死必至の荒業である。
そうして視聴者達を冷や冷やさせながらも転落することなくビルを駆け降りたメルは、事故車の残骸が山積する高速道路へと舞い戻った。
「え~っと……どこだろ……」
ほとんどの事故車は大破して燃料に引火し炎上しているが、中には比較的損傷の少ないものもある。
メルはそのような損傷の少ない事故車の中からあるものを探していた。
『何探してんの?』
「それはですね~……あっ、ありました!」
視聴者の質問に答える直前に、メルは目当てのものを発見した。
小走りでメルが駆け寄ったのは、道路脇に倒れたバイクだ。バイクといっても普通のバイクではなく、ヘッドライトが大きな眼球に置き換わっているバイク型の怪異である。
「……うん、あんまり壊れてないですね」
バイクの状態を確認したメルは満足げに頷く。
そのバイクは片側のミラーが破損し、塗装が路面に擦れてはがれていたが、それ以外に目立った損傷はなかった。恐らく他の車や遮音壁に衝突したのではなく、瓦礫を踏んでバランスを崩し転倒しただけなのだろう。
メルはそのバイクを起こし、シートの上に跨った。
「皆さん、今からこのバイクを使って塔に向かってみようと思います!」
遠く離れた塔に向かうためにメルが考えた秘策がこれだった。
言うまでも無いことだが、バイクを使えば徒歩よりも遥かに早く目的地に辿り着くことができる。
『そのバイクって怪異なんでしょ?』『運転できるの?』
「それは今から確かめます!」
行き当たりばったりにもほどがある。
「ノーヘルなのはこの際許してくださいね。それじゃあ行きます!」
メルは自分の愛車に対してるするのと同じように、バイクのエンジンをかける。
すると意外にもバイクはスムーズに発進した。
「おお、行けますね。行きましょう!」
バイクが走行可能であることを確認するや否や、メルはいきなりアクセルを全開にする。
あっという間にメルが駆るバイクは時速100kmを突破した。
「わ~、風が気持ちいいですね~」
ヘルメットも無しに時速100km超でバイクを運転することなど、異界でもなければまず経験できない。メルは黒とピンクのツインテールを夜風に靡かせながら、日本では法的な問題で味わえない時速100km超の世界を楽しんだ。
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