第12回桜庭メルの心霊スポット探訪:幽霊トラック 一
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
深夜。殺風景な道路脇で、メルはスマホのカメラに向かって両手を振る。
「心霊スポット探訪第12回、やっていこうと思いま~す」
『待ってた』『こんばんは~』『メルちゃ~ん!!』
「今日はね、初めての企画をやろうと思ってるんです。題して!ネットの都市伝説を検証してみよ~!パチパチパチ~」
企画を宣言し、自ら手を打ち合わせて盛り上がりを演出するメル。
『新企画?』『内容はまあ何となくわかるけども』
「はい、まあ内容は名前そのまんまなんですけど。ネットで有名な都市伝説が本当なのかどうか、検証してみようって企画です。まあありがちですよね~」
『それ自分で言うんだ』
メルが新企画として打ち出したそれは、お世辞にも斬新とは言えないものだった。
しかしメルは個人の弱小ストリーマー、あまり凝った企画は身の丈に合わない。
「今日検証しようと思ってる都市伝説は、『幽霊トラック』っていう都市伝説なんです。皆さん知ってますか?」
『知ってる』『知ってる』『有名なやつだよね』
メルが口にした「幽霊トラック」というのは、ネットで数多語られる都市伝説の中でもかなり有名な部類に入る。その証拠に、コメントを寄せた視聴者も「幽霊トラック」を知っているというのが大半だった。
「幽霊トラック」は今から約20年前に、ネットの掲示板に実況形式で書き込まれた怪談都市伝説だ。概要は以下のようなものである。
語り部である「オオタ」という男性は、深夜12時頃に酒に酔って夜道を歩いていた。
酒が入って気が大きくなったオオタは、車通りが少なかったこともあり、歩道ではなく車道の真ん中を歩いていた。
しばらく車道を歩いていると、前方に光が見える。
それがトラックのヘッドライトであることは、酒に酔ったオオタにもすぐに分かった。トラックは明らかに制限速度を大きく超過しており、オオタの方へと真っ直ぐに突っ込んでくる。
慌てて歩道に戻ったオオタは、改めてトラックに視線を向けてその異常に気付く。
トラックの運転席には、運転手の姿が見えなかったのだ。
酒酔いのせいかと思って目を擦ってみても、やはり運転席に人の姿は見えない。人の制御なく暴走するトラックに、オオタは恐怖を覚えて酔いが醒める。
しかしトラックは運転手がいないにもかからわず直進しており、オオタは既に歩道に退避している。
自分が轢かれる危険はないとオオタが胸を撫で下ろしたその時、トラックが突如進路を変えてオオタの方へと突っ込んできた。
まるでトラックが自ら意思を持っているかのようだった、とオオタは語っている。
ともあれトラックの急な進路変更にオオタは反応できず、オオタはトラックに撥ねられてしまう。
確実に死んだと思ったオオタだったが、気が付くと見知らぬ街の路上で倒れていた。
その街は見渡す限り高層ビルが立ち並び、ビルとビルの間をハイウェイが蛇行する大都会だった。ニューヨークのタイムズスクエアよりも都会的だ、とオオタは感想を述べていた。
街の特筆すべき点として、夜空を見上げると月も星も見当たらなかったという。
突然見知らぬ街に放り出されたオオタは、混乱しながらもとりあえず街を歩き始めた。この街の人間を見つけ、助けを求めようと考えたのだ。
しかし歩けど歩けど人間の姿は見えない。これだけの都会に人の影が全く見えないということに、オオタは徐々に不安と恐怖を感じ始める。
30分ほど歩き続け、オオタはようやく人の姿を発見する。
安心したオオタは見つけた人影に駆け寄るが、近付いたところでオオタは相手が人間では無いことに気が付いた。
オオタが人間だと思ったものの頭部には、ヘラジカのように枝分かれした1対の角が生えていたのだ。オオタはそれを「鬼」と呼んだ。
鬼はオオタの姿を見るなり、涎を撒き散らしてオオタに襲い掛かった。
食われると直感的に感じたオオタは死に物狂いで鬼から逃げ出す。
逃げている最中にも、建物の影から次々と鬼が現れる。
オオタは学生時代陸上部だったこともあり、それなりに長い時間鬼から逃げ続けることができた。
しかし時間が経つごとにオオタを追う鬼は数を増し、オオタは徐々に追い詰められていく。
「にげきれない」という投稿を最後に、オオタの書き込みは途絶えた。
この「幽霊トラック」のエピソードは当時ネット上で爆発的に流行し、現在でも根強い人気を誇っている。
オオタを轢いたトラックは何なのか、オオタが迷い込んだ街は一体どこにあるのか、オオタはその後どうなったのかなど、ネット上では盛んな考察が今でも行われている。オオタと同じようにトラックに轢かれて街に迷い込んだという人物も複数現れた。
これらの概要を、メルは視聴者に掻い摘んで説明した。
「この幽霊トラックなんですけど、ネットでは考察が進んで、出現場所が結構絞り込まれてるんです。だから今日は幽霊トラックが出現すると言われてる場所をウロウロして、幽霊トラックが本当に現れるのか、幽霊トラックに轢かれると本当に見知らぬ街に移動するのか、その辺りを検証していきたいと思います!」
ビシッ、とカメラに向かって敬礼をして見せるメル。
『トラックに轢かれてみるってこと?』『危なすぎない?』『やめた方がいいんじゃ……』
視聴者からのコメントは、メルを心配するものがほとんどだった。
幽霊トラックの都市伝説を検証するということは、メルが実際にトラックに轢かれてみるということだ。視聴者が心配になって当然だ。
「大丈夫です。幽霊トラックに轢かれて怪我をしたって人はこれまでにいませんから」
『今までにないからってこれからもないとは限らないんだぞ』『轢かれたのが幽霊トラックじゃない普通のトラックだったらどうするんだよ』
「そのことについてもちゃんと考えてあります。これです」
メルは自分の左目、5枚の花弁によって構成された桜の模様が浮かぶ「桜の瞳」を指差した。
「メルの左目は幽霊とか怪異とかを見分けることができます。この目があれば普通のトラックと幽霊トラックも見分けられるはずです!」
「桜の瞳」には、幽霊が青い光で、怪異が赤い光で縁取りされているように見える。メルが道行くトラックを「桜の瞳」で見て、青色か赤色の光が見えたらそれが幽霊トラックに違いない。
「桜の瞳」を使えば、メルが普通のトラックを幽霊トラックと間違えることはない。
「という訳で、早速幽霊トラックを探しに行きましょう!そもそも幽霊トラックが見つからなかったらお話になりませんからね~」
『それは確かに』
メルは道路を歩き始めた。
「ネットの考察によると、幽霊トラックはこの直線道路に出現するそうなんです。だから幽霊トラックが現れるまで、ひたすらこの道路を往復してみようと思います」
鼻歌を歌いながら道路を歩き続けるメル。
その道路は両脇に大きな畑が広がっており、店や住宅などの建物は一切見当たらない。あるのは等間隔の道路照明だけだ。
「……今回の配信、幽霊トラック出てきてくれないとめちゃくちゃつまらない回になりそうですね」
『それはそう』『今更気付いたのかよ』
何もない直線道路を延々と往復し続ける配信。そんなもの誰が好き好んで見たいというのか。
メルは幽霊トラックが現れてくれることを切に願いながら、ひたすら足を進める。
「あっ、車来ました!」
しばらく歩いていると、メルは前方に車のヘッドライトを見つけた。光が近付いてくると、次第に車のシルエットも浮かび上がってくる。
「トラックですよトラック!」
現れたのはトラックだった。早速幽霊トラック出現かとメルは浮足立つが……
「ああ……あれは普通のトラックですね……」
残念ながら「桜の瞳」には何色の光も見えなかった。すれ違うトラックをメルは肩を落として見送る。
「流石にいきなり幽霊トラックが見つかるほど甘くはなかったですね~……でも1台目からトラックが来てくれたのは幸先いいですよ!」
メルは気持ちを切り替えて前向きに自分を鼓舞した。
その後メルの前には3台の車が現れたが、いずれも普通の乗用車でトラックですらなかった。
そうして直線道路を歩き始めてから1時間が経過した。
「う~ん……そもそも車通りが少ないのが辛いですよね~……」
メルが歩いている道は普段から交通量が少なく、その上夜ということで交通量は更に減少している。
車自体が10~20分に1度のペースでしか現れないので、それが幽霊トラックでなかった時の落胆はどうしても大きくなってしまう。
「思ってたよりも大変ですねこの企画……あっ」
その時、メルは前方にヘッドライトの光を見つける。浮かび上がったシルエットはトラックのものだ。
そしてメルにはそのトラックを囲むように赤色の光が見えた。
「あっ!!あれ幽霊トラックです!!」
『マジ?』『なんで分かるの?』『ほんとか~?』
歓喜するメルに対し、コメント欄は懐疑的だった。トラックが怪異であることを示す赤色の光はメルにしか見えていないのだから仕方ない。
だがトラックが更にメルの方へと近付いてくると、視聴者にもそれが幽霊トラックであることは明白になった。
そのトラックには運転手の姿が無かったのだ。
「皆さん幽霊トラック見つけました!早速轢かれてみようと思います!」
『えっマジ?』『危ないよ』『やめた方がいいんじゃ』
視聴者の声が届く前に、メルは車道へと躍り出る。
車線の中央に仁王立ちするメルを前にしても、幽霊トラックは一切の減速を見せない。
メルとトラックは正面衝突し、その凄まじい衝撃にメルの体は宙を舞い――
気が付くと、メルは見知らぬ街の路上で倒れていた。
「ここは……?」
体を起こすと、周囲には数十階建ての高層ビルがいくつも並んでいる。そしてビルの上には、月も星も見えない真っ黒な夜空が見えた。
その街並みは、幽霊トラックに登場する街の特徴と一致している。
幽霊トラックに轢かれたメルは、無事オオタと同じように街に来ることができたようだ。
(どうやらここは異界みたいね)
メルの脳内にサクラの声が響く。サクラの姿はメルの傍らにあった。
(異界?)
(私達が元々いたのとは別の世界ってことよ。異空間といった方が分かりやすいかしら?)
(ん~……何となく分かりました)
サクラ曰く、この街は別の世界であるとのこと。つまり地球ですらない場所という訳だ。
「そうだ、配信は……」
ここが地球ではない世界ということは、電波が届いていない可能性が非常に高い。配信が途切れてしまっている可能性がある。
『メルちゃん大丈夫?』『マジで轢かれたじゃん』『そこどこ?』
しかしメルがサクラからスマホを受け取って確認すると、予想に反して配信は滞りなく続いていた。
「えっと、皆さん、メルが幽霊トラックに轢かれてから、配信ってどうなってました?」
『どうって?』『5秒くらい暗転してたかな』『してたしてた』
「暗転……」
その5秒の暗転の間に、メルはこの街に移動したということだろうか?
未だに配信が続いているのは、この街にも電波が届いているということか、それとも別の要因なのか?
疑問はいくつも思い浮かぶが、それに対する答えは当然得られない。
「とりあえず……皆さん、どうやら無事に幽霊トラックの街に来ることができたみたいです」
『すげ~』『マジ!?』
「幽霊トラックの都市伝説は本当だったということで、検証は大成功なんですが……」
メルはそこで言い淀み、眉尻を下げた。
「……どうやって帰りましょう?」
『嘘でしょ?』『帰る方法まで分かった上で検証始めたんじゃないの?』
「街に来れた後のこと何も考えてなかったな~……しまった」
『しまったで済む話じゃないだろ』『どうすんだよマジで』
あまりにも準備不足な話だが、メルはこの街から帰還する方法について全く考えていなかった。
今のメルの状態を端的に表すと「遭難者」だ。それも地球とは違う世界に迷い込んでしまった、世界規模の遭難者である。
「とっ、とりあえずこの街を探索してみましょう!きっと帰る方法も見つかるはずです!」
『声裏返ってるぞ』『大丈夫かよマジで』
メルは冷や汗を流しながら街を歩き始めた。
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