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第10回桜庭メルの心霊スポット探訪:亀鳴城公園 後編

 「……どうしてですか?」


 燎火の言う呪物とは、メルが今回の配信では封印している包丁のことだ。

 呪いの包丁を寄越せと言う予想外の要求に、メルは警戒心を顕わにする。


 「その呪物は非常に危険なものです。このまま桜庭さんが呪物を所持し続けた場合、桜庭さんが呪物の影響を受けて怪異に変化する可能性があります」

 「そんなことあるんですか?」

 「はい。祓道師として、強力な怪異の誕生は看過できません。そのような事態を避けるために、是非私に呪物を預けていただきたい。幾世守家であれば、そのような呪物に対しても適切な対処を取ることができます」


 燎火は右手を差し出したまま、真っ直ぐにメルの目を見つめてそう言ってくる。


 「……最近、いろんな人に言われるんです。この包丁が危ないって」


 メルはスカートの布地越しに、自分の太ももに手を触れる。そこには呪いの包丁がホルダーに収まっている。


 「それだけ言われるってことは、本当に危険なものなんだと思います。でもだからって、この包丁は渡せません。メルの商売道具なので」


 幽霊や怪異に襲われることの多い心霊スポット探訪にとって、それらの外敵を殺害することができる呪いの包丁はある種の生命線だ。心霊系ストリーマーを続ける以上は常に必要になる。

 危険だからといって、おいそれと手放すことはできない。


 「……そうですか」


 メルの返答を受けて、燎火は差し出していた右手を下ろす。

 しかしそれは、メルから包丁を回収するのを諦めたということではなかった。


 「ですが私も祓道師として引き下がることはできません。渡していただけないというのなら……」


 次の瞬間、燎火は目にも留まらぬ速さでメルとの距離を詰め、唇と唇が触れてしまいそうなほどに近付いていた。


 「っ!?」


 突如目の前に現れた燎火の端正な顔立ちに、メルは大きく目を見開く。


 「力づくで奪わせていただきます」


 そして燎火はメルのスカートの中に右手を滑り込ませた。


 「ちょ、何するんですか!?」


 反射的に膝蹴りを繰り出すメル。燎火はその攻撃を左手で受け止めたが、威力を殺しきれずに後方へと飛んだ。


 「……なるほど、あくまでも抵抗なさいますか」

 「いきなりスカートの中に手を入れられたら抵抗するに決まってるでしょ!?」

 「私としては穏便に事を運びたかったのですが……」

 「スカートに手入れた時点で穏便じゃありませんよ!?」


 メルの正論は、残念ながら燎火には一切聞き入れられなかった。


 『なんだこの女』『めちゃくちゃヤバい奴じゃん』『メルよりヤバい女初めて見たかもしれん』

 「ちょっと!メルがヤバい前提で話すのやめてください!」


 視聴者達も燎火の行為には引いている様子だ。


 「仕方ありません。実力行使で奪わせていただきます」


 燎火は再びメルとの距離を詰め、鋭い突きを繰り出してくる。


 「何なんですかもおお!」


 メルは泣き言を言いながら燎火の突きを躱し、同時に燎火の左脚を踏んで動きを封じる。

 そして攻撃を躱された燎火に生じた隙を見逃さず、燎火の腹部に膝を叩き込んだ。


 「うっ……」


 今度は先程のように手で受け止めることもできず、まともに膝蹴りを食らった燎火は苦悶の表情を浮かべる。

 メルは続けて膝蹴りを放つが、今度は燎火が無理矢理左腕を割り込ませたことで防がれた。

 燎火はメルを突き飛ばし、一旦距離を取ろうと後方に下がる。しかし逃げる燎火に対してメルが追撃として放った前蹴りが、深々と燎火の腹部に突き刺さった。


 「かひゅっ……」


 強烈な一撃を食らい、燎火の口から掠れた息が漏れる。


 『メルつっよ』『なんでメルはそんなに強いん?』


 メルに蹴り飛ばされた燎火は地面を転がるが、すぐに立ち上がって体勢を立て直した。


 「……驚きました。まさか桜庭さんがこれほどの戦闘能力をお持ちだとは……」


 咳き込みながらメルへの称賛を口にする燎火。


 「メルとしてはこのまま諦めていただきたいんですけど……」

 「……本当なら、人間相手であれば身体強化のみに留めるつもりだったのですが……」

 「あの、幾世守さん聞いてます?」


 メルの淡い希望は、燎火の耳にすら届いていなかった。


 「身体強化以外も使用せざるを得ませんね」


 燎火は右手の親指と人差し指で輪を形作り、それをメルの方へと向けた。

 一体何をするつもりかとメルは首を傾げる。


 「……『火鼬(ほのいたち)』」


 そして燎火が何やら呟くと同時に、2本の指で作った輪から拳大の火球が射出された。


 「はぁっ!?」


 何の道具も無しに突然炎を出現させた燎火に、メルは驚愕を隠せない。

 そしてメルが驚いている間に、火球はメルの目前まで迫っている。メルは反射的に上体を大きく反らし、紙一重で火球を回避した。


 「なっ……何ですか今の!?魔法!?」

 「魔法ではありません、祓道です」

 「何なんですか祓道って!?」

 「幽霊や怪異を祓除するための特殊技能です」

 「メルにも分かる言葉で話してください!」


 燎火の説明は今ひとつ理解出来なかったため、メルは祓道について「ほぼ魔法のようなもの」という認識を固めた。実際、何もないところから炎を発生させるのは、魔法と呼ぶに相応しい所業だ。


 『とうとう幽霊だけじゃなくて魔法使いまで出てきたか』『まあ幽霊が実在するなら魔法使いも実在しておかしくないわな』


 視聴者は案外、燎火の祓道に順応していた。日頃からメルの配信を見ている視聴者達は、人間が火を飛ばしたくらいでは今更大して驚かないのだ。


 「生身の人間に火の玉飛ばすとか正気ですか!?」

 「大丈夫です。『火鼬』の威力は高くありません。1発受けた程度では死にはしませんから」

 「死ななきゃいいってもんでもないんですけど!?」

 「『火鼬』」


 メルのクレームを完全に無視し、燎火は再び火球を放つ。


 「ちょっ、話の途中で……!」


 だが初見ならばともかく、火球が来ると分かってしまえば、回避を最も得意とするメルがそれを食らうことはない。例えそれが不意打ちだとしてもだ。

 メルは火球を回避しつつ前進し、燎火との距離を詰める。


 「いい加減にしてくださいっ!」


 地面を蹴って跳躍したメルが、燎火に向かって回し蹴りの体勢に入る。

 そんなメルに対し、燎火はただ左の掌を向けた。


 「『虎嘯(こしょう)』」


 そして燎火がそう呟くと同時に、強い衝撃がメルの体を襲った。


 「きゃあっ!?」


 空中にいたために踏ん張りがきかなかったメルは、そのまま5mほど吹き飛ばされた。


 「火を飛ばすだけじゃないんですか……!?」

 「当然です。祓道はあらゆる状況に対応することを想定していますから。『火鼬』」


 メルが立ち上がるよりも早く、燎火が火球を放つ。


 「くっ!」


 メルは地面を転がる形で火球を回避する。

 燎火は続けて2発3発と火球を放つが、それらもメルを捉えることはなかった。


 「……『火鼬』では速度が遅すぎますね。仕方ありません」


 燎火はそう言って輪を作っていた右手の親指と人差し指を元に戻す。

 そして今度は右手の人差し指を中指をメルの方へ向け、親指をその90度横向きにピンと立てた。


 「『青鷺(あおさぎ)』」


 するとメルに向けられた2本の指先から、青い炎が放たれた。

 青い炎は鳥を彷彿とさせる十字型の形状となってメルに迫る。その速度は先程の火球の比ではない。


 「ひゃっ」


 メルは情けない声を上げながら急いでその場から飛び退き、青い炎の射線上から離脱する。

 青い炎は靡くメルのツインテールを僅かに掠めて後方へと逸れていく……かと思いきや。


 「っ、きゃあっ!?」


 青い炎はメルの横を通過する瞬間、轟音と共に盛大な爆発を起こした。

 爆風に煽られ、メルの体は大きく宙を舞う。


 「ぐっ、うう……」


 爆風と落下の衝撃で痛む体を庇いながら、メルはふらふらと立ち上がる。


 「『青鷺』の殺傷能力は『火鼬』の比ではありません。私も加減はしますが、それでも桜庭さんの命の保証はできません。ですからこの辺りで呪物を渡していただくのがお互いの為かと……」

 「命の保証ができない?ふふっ、面白い冗談ですね……」


 燎火の降伏勧告を、メルは笑い飛ばした。


 「メルの命より、自分の命を心配したらどうですか~?」

 「……どこまでも平行線ですね」


 燎火は溜息を吐き、再びメルに2本の指を向けた。


 「『青鷺』」


 放たれた青い炎を、メルは大きく横に跳んで回避する。

 すると炎は先程と同様に盛大な爆発を起こし、メルは爆風に吹き飛ばされた。


 「くぅっ……」


 燎火は次々と青い炎を射出する。『青鷺』は高い威力を持ちながら、連射速度にも優れているらしい。

 メルにとって炎そのものを回避することは容易いが、爆発した際に広範囲に広がる爆風までをも完全に回避するのは困難だった。


 「はぁ、はぁ……」


 何度も爆風を受けて消耗したメルが、肩で息をしながらよろよろと立ち上がる。


 「何度立ち上がっても同じことです。桜庭さんが私に勝つことは不可能です」

 「私に蹴り飛ばされてた人が、よく言いますね……」

 「……確かに近接戦闘では桜庭さんに分がありましたが、私が攻撃祓道を解禁した以上、遠距離攻撃手段を持たない桜庭さんに勝ち目はありません」


 燎火が『青鷺』を使い始めてから、メルは1度も燎火に近付けていなかった。メルが燎火を上回る近接戦闘能力を有していても、近付けなければどうにもならない。

 しかし勝ち目がないとまで言われて、大人しく引き下がれるメルではない。


 「そろそろ終わりにしましょう。『青鷺』」


 止めと言わんばかりに、燎火が何度目になるか分からない『青鷺』を放つ。

 当然メルはそれを避けようと動くが、今回はただ避けるだけでは無かった。

 これまでのように横に避けるのではなく、青い炎を出迎えるように前に進み出たのだ。


 「なっ……」


 自ら炎へと向かう自殺行為にも思えるようなメルの行動に、言葉を失う燎火。

 勿論メルも炎に正面衝突をするつもりは無く、炎とすれ違うようにして間一髪横を通り抜ける。


 「あ~した天気に……」


 そして『青鷺』とすれ違うのと同時にメルは跳躍し、フィギュアスケートのように空中で体を捻る。


 「なぁ~……」


 そして回転の勢いを利用して右脚を大きく振り被り、


 「れっ!!」


 子供が明日の天気を占うように、燎火目掛けて右脚のパンプスを飛ばした。

 パンプスは弾丸のような速度で空中を突き進み、その速度に燎火は反応することすらできない。

 そして弾丸と化したパンプスは燎火の額にスコーン!と命中し、燎火は大きく仰け反った。

 同時にメルの後方で、『青鷺』の炎が爆発する。背中に爆風を受けたメルは、その勢いすらも利用して一瞬にして燎火へと肉薄した。


 「てりゃあああっ!!」


 燎火に正面から飛びついたメルは、両脚の太ももで燎火の首を挟み込む。

 そしてそのまま燎火を地面に引き倒すと、三角絞めに移行して燎火の頸動脈を締め上げた。

 燎火は何とかメルの足から抜け出そうと藻掻くが、その抵抗は徐々に弱まっていき、やがて完全に意識を失って沈黙した。


 「はぁ……」


 メルは燎火が意識を失ったことを確認すると、絞め技を解いて立ち上がる。

 服に付いた土埃をパンパンと払ってから、カメラに視線を向けて人差し指をビシッと突き出し、


 「今のうちに逃げましょう!」


 そう言って風のような速さで走り出した。

 展望台まで登って来た道を逆走しながら高速で駆け降りるメルは、その最中に撮影係のサクラへと思念で問い掛ける。


 (サクラさん、祓道師って知ってました?)

 (ええ。実際に会うのは初めてだったけれど、祓道師という存在は聞いたことがあるわ。私が現役の神様だった1000年前から活動していたわ)

 (そんなに昔から……なんかメル、祓道師の人に目を付けられたみたいですけど、これって今後面倒なことになりますかね?)

 (私も祓道師のことは詳しくないけれど、なるかもしれないわね)

 (うわぁやだなぁ)


 顔を顰めながらもメルは走り続け、亀鳴城公園からかなり離れた小さな公園にまで逃げてきた。


 「ここまでくれば大丈夫ですかね……」


 メルはしばらく周囲を警戒し、燎火が追ってきていないことを確認してから、改めてカメラへと向き直った。


 「何だったんでしょうね、あの女の子。祓道師って言ってましたけど、魔法使いみたいでしたね」

 『あの子も幽霊かなんかだったんじゃないの?』

 「いえ、メルが見た感じ普通の人間でした。ほら、この目で」


 メルが自らの左目を指で示す。「桜の瞳」に関してはコメントで質問されることが多く、メル自身も時々雑談で話題にしているため、その能力を知っている視聴者も多い。


 「え~っと、ここで残念なお知らせなんですが……今回の配信のネタだった亀鳴城公園の幽霊は、あの幾世守さんっていう女の子が殺しちゃったみたいなので、今日の配信はここまでになっちゃいますね」

 『え~』『早い』

 「メルもね、もうちょっとやりたかったんですけど……でもまたすぐに次の心霊スポット探訪もやりますので。リクエストもいただいてますから、本当にすぐにやれると思います!」


 カメラに向かって両手を合わせ、申し訳なさそうに眉尻を下げるメル。


 『まあこのチャンネルのメインコンテンツのアクションシーンは見れたからいいか』『可愛い女の子も出たしな』


 視聴者の反応は概ね寛容だった。


 「それにしても、亀鳴城公園の幽霊が燃やされてたり、魔法使いみたいな女の子が攻撃して来たり、今日の配信はかなりごちゃごちゃになっちゃいましたね~」

 『確かに』『なんかよく分からんかったわ』

 「でもメルは結局1回も包丁を抜きませんでしたから、最初の目標だったビクビク大作戦は成功って言っていいんじゃないでしょうか!」

 『え?』『え?』『なんか目的と手段が入れ替わってない?』


 ホラーな雰囲気を演出するために、メルが配信の冒頭で提唱したビクビク大作戦。その一環としてメルは包丁を抜かないことを決めていたが、それはあくまで緊張感を生むための手段にすぎない。

 配信中に包丁を抜かなかったからと言って、それでビクビク大作戦の成功を謳ってしまっては、コメントにもある通り手段が目的にすり替わってしまっている。

 しかしメルはそんな些細なことは気にしなかった。


 「という訳で、皆さん次回の心霊スポット探訪でお会いしましょ~、バイバ~イ!」


皆様のおかげで最初に目標として設定した総合評価100ポイントを達成できました


ありがとうございます

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