大学生・黒鐘智慧理の私生活 7
燎火と煌羅が万花京で人知れずイオルムと激戦を繰り広げている頃。
智慧理の姿は大学の最寄り駅の近くにある映画館にあった。
「ん~っ!楽しかったぁ!」
智慧理の隣を歩く鼎が、満足気に体を伸ばす。
「面白かったね、『メカゾンビシャークVSエクソシストエイリアンⅤ』!」
「あはは……」
キラキラとした瞳で同意を求める鼎に、智慧理は曖昧な笑みを返す。
『メカゾンビシャークVSエクソシストエイリアンⅤ』は言葉を選ばずに言えばクソ映画もいいところだったが、それを直截に鼎に告げるのは憚られた。
「まさか5作目にして本格ミステリーになるなんて……『メカエク』シリーズの新境地を見たって感じだよね!」
「そ、そうだね……」
智慧理に言わせればそれは新境地ではなく迷走だったが、鼎の高揚に水を差さないために口を噤んだ。
「ホントはグッズも買いたかったけど……レイトショーの時間だとグッズ売り場閉まっちゃってるんだね」
閉鎖されたグッズ売り場に残念そうに視線を向ける鼎。
「また今度グッズだけ買いにくればいいんじゃない?」
「……そうだね、そうだよね。また一緒に『メカエク』のグッズ買いに来ようね、智慧理!」
「私はグッズはいいかな……」
映画の感想を語り合い(というより鼎が一方的に感想を捲し立て)ながら、2人は映画館を出る。
時刻は既に22時を過ぎ、当然辺りは真っ暗だ。人通りもかなり少なくなっている。
「智慧理、バイク停めた駐車場どっち?」
「あっち」
「そっか、じゃあもうちょっと一緒だね」
バイクで帰る智慧理と電車で帰る鼎とでは、帰り道がバラバラだ。
だが途中までは同じ方向ということで、2人はしばらく肩を並べてゆっくりと歩く。
「そう言えば今度『ゾンビリベンジャー』って映画の続編が公開されるんだけど、それも一緒に見に行かない?」
「ゾンビ、リベンジャー……?どんな映画?」
「元軍人の父親から戦闘の訓練を受けた女子大生が、ゾンビだらけの世界で生き抜くアクション映画」
「へぇ、私結構そういう映画好きだよ」
「でも監督が主演女優をエロく撮ることに集中しすぎたせいで、ストーリーの整合性が犠牲になってるの。死んだ人が3シーン後に何事も無かったかのように再登場したり、ゾンビに噛まれたシーン無かったのにいつの間にかゾンビになってた人が4~5人いたり」
「全然ダメじゃん。なんでそんな映画が続編出るの」
「えっとね、クソ映画愛好家からの支持が2割と、主演女優のエロ人気が8割」
「ほぼエロ人気で続編制作されてるじゃん。映画としてどうなの?」
「でもホントにめっ……ちゃくちゃエロいんだよ主人公」
「……そんなになの?」
「……私ブルーレイ持ってるけど?」
「……今度貸して」
「にっひっひ、りょーかい!明日大学で会った時に貸すね」
明日の約束を交わしたところで、2人は進行方向が分かれる地点に到着した。
「じゃあ私こっちだから」
「うん、また明日ね、智慧理」
「またね、鼎」
駅へと向かう鼎の背中を見送り、智慧理はバイクを停めたコインパーキングに向かって歩き出す。
直後、
「きゃああああっ!?」
背後から鼎の悲鳴が聞こえてきた。
「っ!?」
智慧理は弾かれたように振り返る。
すると道端に停車したワゴン車の中から現れた覆面の2人組が、鼎を無理矢理車の中に引きずり込もうとしていた。
「鼎!?」
智慧理と鼎の距離は約100m。智慧理がその距離を詰めるのにかかった時間は、5秒にも満たなかった。
「てやぁっ!!」
駆け抜けた勢いそのままに、智慧理は鼎に掴みかかっている覆面の片割れに強烈な飛び蹴りを食らわせる。
「ぐがあっ!?」
野太い悲鳴を上げながら吹き飛んでいく覆面の片割れ。飛び蹴りが命中した瞬間首の辺りからゴキッという破砕音がしていたので、もしかしたら死んだかもしれない。
「てやぁっ!!」
更に智慧理は滞空したままもう片方の覆面にも回し蹴りを放つ。
最初の飛び蹴りから0.1秒と経たずに放たれた2撃目は、常人の反射神経で反応できるような攻撃ではない。2人目の覆面も為す術無く吹き飛んでいく。
そして蹴りが頭部に直撃した瞬間グシャッという音がしたので、こちらも死んだかもしれない。
「やめて!離して!」
だが智慧理が覆面2人を始末している間に、運転席を飛び出した3人目の覆面が鼎を車内に引きずり込んでいた。
「何してるの!」
智慧理は閉まりかけたスライドドアを右手で押さえ、左手で3人目の覆面を車内から引きずり出す。
「てやぁっ!!」
そして智慧理がフリーになった右手を固く握って覆面の眉間に叩きつけると、覆面の下のアスファルトに蜘蛛の巣状の罅割れが発生した。
これはもう死んで無い方がおかしい。
「鼎、大丈……ひゃっ!?」
覆面達を始末し、鼎の安否を確認しようとした智慧理。だがそれよりも先に車の中から伸びてきた腕が、背後から智慧理の首を絞めた。
「ぐっ……う……」
智慧理は腕を振り払おうとするが、腕は恐ろしいほどの力で智慧理の首を締め上げており一向に離れない。
そして頸動脈を絞められることにより、智慧理の意識は急速に失われていく。
「かな、え……」
最後まで鼎の身を案じながら、智慧理の意識が暗転する。
そして智慧理を絞め落とした腕は、そのまま気絶した智慧理をワゴン車の中へと引きずり込んだ。
「桜庭さん!?」
一部始終を離れた場所で見ていた魅影は、驚きのあまり初動が遅れてしまった。
智慧理が鼎を助けに向かった際は、魅影は一瞬自分も力を貸すべきかと考えた。だが誘拐犯如き記憶の無い智慧理1人でも充分すぎるだろうと、結局は静観を選んだのだ。
しかしその結果、智慧理は誘拐犯の仲間に昏倒させられ、ワゴン車に引きずり込まれてしまった。
更にワゴン車は智慧理と鼎を乗せたまま、智慧理に倒された仲間を置いて発車しようとしている。
「っ、させないわ!」
このまま智慧理を連れ去られる訳にはいかない。魅影はワゴン車に向けて右手の人差し指と中指を伸ばす。
「『青鷺』!」
ワゴン車のタイヤを狙い、魅影は祓道の青い炎を放ったが……
「なっ!?」
突如『青鷺』の射線上に、フードを目深に被り不気味な仮面で顔を隠した人影が現れた。
『青鷺』はその仮面の人物に命中し、ワゴン車への狙撃は阻止されてしまう。
同時に魅影の周囲に同じ仮面を着けた人影が10人以上現れ、魅影は完全に取り囲まれた。
「……なるほど、王賀鼎の誘拐が目的ではなかったのね」
状況から考えて、魅影を取り囲む仮面の集団が、誘拐犯と無関係というのは有り得ない。
そして仮面の集団が最初から魅影を想定して配備されていたとしたら、そもそも相手の狙いは鼎ではなかったということだ。
鼎と魅影との間に直接的な関わりは無く、鼎の誘拐において魅影の妨害は想定する必要が無いのだから。
「最初から狙いは桜庭さんの方だった、ということかしら?」
魅影の質問に、仮面の集団は誰1人答えない。
「答えないのだったら、さっさとそこをどいてもらえないかしら。私は桜庭さんを取り返しに行かないとならないの。邪魔をするなら……」
魅影の瞳が赤く輝く。
「私は殺しを厭わないわよ」
魅影の脅迫にも、仮面の集団は答えることが無い。
だが返答の代わりと言わんばかりに、仮面の向こうの瞳が一様に緑色の光を放った。
「へぇ……ただの人間では無いのね」
仮面の集団から怪異らしい気配は感じられないが、だからと言って瞳が緑色に光る存在がただの人間とも思えない。
「祓道師の亜種か何かかしら……」
仮面の集団はそれぞれ刃渡りの長いナイフを取り出し、一斉に魅影へと躍りかかる。
「まあ、あなた達が何者だとしても……」
魅影は右手の中に超高密度の炎の塊を出現させた。
「常夜見家征伐衆筆頭のこの私を、容易く討てるとは思わないことね」
炎の塊を握り潰すと、炎は剣へと形を変える。
『礫火天狗・赫威』だ。
「はぁっ!」
魅影が炎の剣を横薙ぎに振るう。それだけで仮面の集団は十把一絡げに吹き飛んだ。
腹部に大きな熱傷を負った仮面達は、地面に倒れたままピクリとも動かない。
「さて……早く桜庭さんを追いかけないと」
魅影は自らが殲滅した仮面の集団を一切顧みることなく、即座に意識を智慧理の捜索に切り替える。
智慧理を乗せたワゴン車は、魅影が仮面の集団を相手取っている間に走り去ってしまった。
だが魅影の探査術式があれば、視界から消えたワゴン車を捜索することができる。
「桜庭さんは……北東の方角ね」
探査術式によって智慧理の現在地を突き止めた魅影は、自らの体をレッサーパンダに似た本来の怪異の姿へと変化させた。
人間の姿よりも怪異の姿の方が、走る速度が速いのだ。
「桜庭さんを誘拐して何をするつもりなのかしら……いずれにしても早く助け出さないと……」
万一智慧理が祟り神として覚醒してしまえば、大惨事どころの話ではない。
魅影は一刻も早く智慧理を助け出すべく、4本足で夜の街を駆け抜けた。
前方にワゴン車を発見した魅影は、そのまま自らの足でワゴン車を追跡する。
「どこへ向かっているのかしら……」
怪異の姿の魅影は、自動車と同じ速度で1時間以上走ることができる。
だが逆に言えば魅影が今の速度を維持できるのはせいぜい1時間程度なので、できれば限界を迎える前に敵の拠点を突き止めたいところだった。
魅影が追い付いてからしばらく直進していたワゴン車が、ここで信号を左折する。
「左折……?」
魅影が訝しんだのは、左折した先に何があるかを知っているからだ。
その先には道が続いておらず、あるのは運動公園の駐車場。早い話が行き止まりだ。
「車を乗り捨てるつもりかしら」
誘拐犯が自ら袋小路に突入する目的として、魅影が思いついたのは移動手段の変更だった。
車を別のものに乗り換えたり、車以外の移動手段に切り替えたりすれば、追跡者を攪乱することができるだろう。
だがいざ魅影が運動公園の駐車場に入ってみると、ワゴン車は魅影が予想だにしなかった行動をとっていた。
「なんて無茶な……!?」
ワゴン車は駐車場と公園との境界に設置された車止めを破壊しながら、無理矢理車ごと公園内に侵入していたのだ。
「疚しいことをしている自覚が無いの!?」
強引な侵入に伴う車止めの破壊は、当然けたたましい破砕音を発生させている。
周囲に魅影以外の人の気配はしないため、その破壊行為が咎められることは無いが、それにしてもあまりにも人目を忍ぶ意志が感じられない行動だ。
「頭がおかしいわ……」
誘拐犯の行動に面食らいつつ、魅影もワゴン車を追って公園の敷地内へと侵入する。
ワゴン車は公園内に整備されたランニングコースを、高速道路のような速度で突き進んでいく。もし誰かがランニングしていたら凄惨な事故が起きていただろうが、幸い夜間ということでランニングコースの利用者はいなかった。
ランニングコースを爆走するワゴン車は、その勢いそのままに芝生広場へと突入する。
サッカーやフリスビーなどで楽しむために整備された芝生が、非常識なタイヤによって蹂躙されていく。
「運動公園を何だと思ってるのかしら」
魅影が芝生広場に足を踏み入れたのとほぼ同時に、ワゴン車が芝生広場の中央で停車する。
そして次の瞬間、ワゴン車がその場から消失した。
「……は?」
目を疑う魅影。だが何度目を目を擦ってみても、ワゴン車の姿はどこにも見当たらない。
「消えた……!?」
魅影は探査術式でワゴン車の所在を探ったが、ワゴン車の現在地を補足することはできなかった。
考えられる可能性は2つ。ワゴン車がこの世から跡形も無く消滅したか、ワゴン車が一瞬で探査術式の観測範囲外まで移動したかだ。
そして正解は十中八九後者だろう。
「っ……ああっ!!」
人間の姿に戻った魅影は、頭に手を当てて苛立ちを露にする。
ワゴン車が探査術式の範囲外に移動したということは、智慧理を攫った誘拐犯をみすみす取り逃がしたということだ。
自分の不甲斐なさに、魅影は腹が立って仕方がなかった。
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